第2話 作戦の夢想曲 その2

文字数 2,995文字

 二時間後、洋次の仲間である桧原秀一郎、猪苗代結、飯盛寛輔が到着。本格的な話し合いが始まる。

「これが【神代】の病棟の地図です」

 紅がテーブルの上に広げた。病棟は三つ。内の一つは病院として機能している。残る二つが監獄だが、片方は二年前に火事で損傷し、今は建て直し中だ。

「だから、ここ! ここに修練様と他の霊能力者が閉じ込められている!」

 最後に残った病棟に、修練がいる。

「確認はしたのか? 面会とか、あるだろう?」
「僕らは禁じられているから無理だ。でも、ここ以外には考えられない」
「いいやそこよ。私だって去年まで入れられてたんだから。そこに修練様もいたわ」

 実際に病棟に一年間入れられていた蒼がそう言った。それに【神代】は他に懲罰用の施設を持っていないから、別の場所に移されたとも思えない。

「霊障を使って襲撃すれば、即座に落とせそうだな!」

 秀一郎がプリントアウトされた建物の写真を手に取り、そう言った。自分たちは合計で八人いる、全員が全力を出せば建物一つ、破壊することくらいは余裕でできそうだ。

「しかし、そういうわけにはいかないんだ……」

【神代】はそういうテロに対し、対抗策を張り巡らせている。

「【神代】はこの病棟の周囲に結界を張っているんだ。その中では霊障は全く使えない。外からも受け付けないほどに強力なバリアだ……」

 その結界のせいで、どんな霊障も弾かれる。幽霊だって侵入できない。しかも施設の敷地内にあるどの物体によって結界が張られているのかも公表されておらず不明だ。

「じゃあどうするの?」

 結が言うと、

「でもね、ヒントはある!」

 峻はまた違う資料を取った。二年前の九月に起きた、病棟の火災事故。

「僕はこれ……誰かが意図的に起こしたものだと推測する」
「で、でも。どうやって? 霊障を受け付けない使えないんじゃ、鬼火も起こせないんじゃないの?」

 寛輔の言う通り。その火災が人為的だとすれば、放火となる。だが【神代】の警備はガバガバではないので、放火魔が火をつけるのは不可能に近い。

「幽霊による火災なら?」
「お前さっき自分で、結界の内部に幽霊は入れない、って言ったよな? もうボケたか?」
「違う違う。幽霊を封じ込めて病棟に持ち込むんだ。そうすれば結界の中でも大丈夫」
「根拠は?」
「二年前の四月に僕がやった」

 洋次に聞かれた峻は答えた。同じような結界が張られた空間……病院の中で彼は以前、屍亡者を解き放ったことがある。それと同じ原理で、精神病棟内部に屍亡者か式神か幽霊を持ち込めば、

「なるほど」

 悪くないプランである。一度内部に入れてしまえば、【神代】だって結界のせいで霊障を使えず幽霊を除霊できない。

「峻たちは面会が禁止されているんでしょう? なら、私たちが行くしかないね」

 そう提案する結。ちょうど都合が良いことに、彼女たちを霊能力者にした、蛇田正夫も病棟に入れられているので、建物に立ち入る言い訳はいくらでも思いつける。

「じゃあ、式神に任せよう。幽霊よりも強力で、屍亡者よりも扱いが簡単だ。病棟を破壊尽くさせる! そこに僕たちが行って、修練様を救い出す!」

 そうと決まれば後は式神の調達だ。その辺の動物の幽霊を捕まえればそれで終わりだ。廃旅館の周辺は雰囲気が死んでいるので簡単に見つけられるだろう。

「でも、本当にやるの……」

 ここで弱々しく呟いたのは、寛輔だった。

「僕は怖いよ……。やってしまって、本当にいいんだろうか……?」

 不安で心配なのだろう。それもそのはずだ。今から行おうとしていることは【神代】の法で禁じられていること。犯せばどんな罰が降りかかるかわからない。最悪、計画が失敗して峻や洋次たちまで病棟送りになりかねないのだ。

「また、きさまの心配性か……」
「だ、だって! 洋次は怖くないのかよ!」
「恐怖は、ないわけではない。だがな寛輔、乗越えられない恐怖など人間には存在しない」

 言いくるめられた寛輔の懸念。一行は式神の基にする魂を調達するために森に出た。


「式神って、どのようなものが作成できる?」

 洋次の中の式神のビジョンは完全に、[ライトニング]と[ダークネス]で固定されている。空想動物が未知の霊障を使ってくる、というイメージだ。

「姿もチカラもランダム。狙って生み出すのは不可能です。そもそも霊能力者は人間の魂から式神は作れないし、そうなると人語を喋ることもできません」

 しかしそうではない。紅が解説を入れた。

「極端な話、全く期待外れということもあり得ます。予想を上回ることさえ、です。だから一体だけではなく、数体作りましょう」

 彼女は和紙を数枚、筆ペンを枚数分取り出した。洋次たちは、それが式神を作る際に必要だということがわからなかったために受け取れなかった。見かねた蒼が、

「私たちが担当するよ。洋次たちは札を病棟内部に運ぶ……その作戦を考えておいて」
「了解した」

 幽霊の気配を感じ取る峻たち。

「………そこか!」

 地を蹴って飛んだ。ちょうどうまい具合にクマの魂があった。それに和紙を押し当て、筆ペンで名前を書く。

(どうせ使い捨てにするんだし、名前は適当でも誰も困らない)

 あっという間に式神がまずは一体、完成した。周りを見てみると、紅、蒼、緑も一体ずつ作れた様子で、

「これでいい。あまり多過ぎても病棟に持ち込めないから」

 四体の式神で十分だ。札を洋次に渡し、

「念じるだけで召喚できる。時間差でもできるよ。これをどうにか、病棟内……結界の内側に持ち込んでくれ」
「その計画はもう出来上がっている」
「そうか。それは頼もしい!」

 一旦廃旅館に戻って、決行の日時を決める。

「………」

 その間、寛輔は苦しかった。本当に行っていいのかどうか、ずっと悩んでいた。だが仲間のためを思えば、言い出せない。


 一週間後、精神病棟に面会人が来た。

「蛇田正夫、面会の時間だ」
「誰が来た?」

 正夫はドア越しに驚いて返事をした。ここに入って一年が過ぎたが、誰も彼には会いに行っていない。それなのに唐突に、面会室に通されたのだ。

「…! お、お前は……!」

 そこにいたのは、結である。

「ここに天王寺修練って人がいる。そうだよね?」
「あのガキがどうした? それにお前はなぜ今頃になって私に会いに来た?」
「別に。気まぐれ」

 結は全然話をしない。しまいには、

「ちょっとトイレに行きたいんだけど」

 と、看守に言って席を外すほどだ。数分後に戻ってきたが、

「もういいや」

 面会を強引に終わらせてしまった。
 病棟から出て、近くのカフェに来た結。そこが仲間との待ち合わせ場所だ。

「仕込んだか?」

 洋次に尋ねられ結は、

「完璧だよ」

 指で丸を作って答える。トイレに寄った時、トイレットペーパーの芯の中に式神の札を念じ、丸めて入れた。秀一郎が、

「今夜の十時! カフェで粘るのはきついから、それまでカラオケボックスで待つか」

 場所を変えることを提案。洋次は結が作戦通りに動いたことに満足する一方で、この場所に来なかった寛輔のことを心配した。

「気にするなよ、洋次! アイツはチキン野郎なんだ。だったら来ない方が邪魔じゃなくていい!」
「………」

 秀一郎に言われ、それで納得することに。場所を峻たちにメールで伝えると、

「僕たちもそこに行く」

 と返事が。一時間と少しすれば合流できた。

「では、後は待とう! 式神が召喚される、時刻まで!」
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