導入 その1

文字数 4,605文字

 和歌山にある、南紀白浜空港。ここの管制室は常に忙しい。飛行機同士が空中でぶつかるわけにはいかないので、画面に周囲の機体の進むべきルートが表示されている。

「せ、先輩! 七十キロ先に未確認機が飛んでいます……」
「何ぃ?」

 後輩がそう発言したので、上司である細野はモニターを見た。

「……本当だ」

 もしこれが、事前に報せを受けているのなら何も問題ではない。だが件の機体は明らかに日本の領空に不法侵入している。
 細野(ほその)はマイクを取った。

「未確認機へ。そちらの機体は日本の領空に侵入している。すぐに信号を出して南に退去せよ。繰り返す……」

 あらゆる周波数、そして言語で話しかける。この、飛行機かヘリコプターか、それとも他の飛行物体かもわからない謎の機体へ。

「反応はなし、か……」

 それを認識すると、管制室に緊張が走った。
 直後、

「おや、これは……!」

 メールだ。なんと後輩が担当しているモニターに突然ウィンドウが表示されたのだ。

「開くな! ウィルスが入っているかもしれん!」
「当たり前ですよ! こんなの無視です!」

 きっと機械の不具合だろう。誰もがそう思うこの状態、しかし細野は、

(おかしい。何故突然、七十キロの地点でレーダーに映った? もっと早く捉えられたはずだ……。それにこの、メッセージ……。不審極まりない)

 絶対になにか、ある。霊能力者であるが故に、本能がボリュームを上げて彼に警告しているのだ。

「ああっ!」

 後輩が大声を出した。というのもマウスに触れてないにもかかわらず、カーソルが動いて送られてきたメッセージウィンドウをクリックし、勝手に開いたからである。

「機材トラブル…?」
「いや、違う! 他の計器やモニターは正常だ!」

 様々な意見が飛ぶが、誰もこの現象を説明できない。

(もしや……やはり心霊的な現象か!)

 確信する細野。
 メールには、

「夜分に失礼いたします。どうか、今晩の数分だけ、そちらの空港の滑走路、その端っこを使わせていただきたいのです。迷惑をおかけするつもりはありませんので、旅客機が離着陸しない時間帯を選びました。私たちが着陸するところから、半径二百メートルに人を近づけないでもらいたいです。あと、消防車の準備をよろしくお願いいたします」

 英語でそう綴られていた。

「は、はああ? 意味わかんないです、これ!」

 それも当然だ。寧ろこの文章、理解できる方が狂っている。

「ん、細野さん。自衛隊から入電です。未確認機の情報なのですが……」
「どうした?」

 どうやら哨戒機がその姿を肉眼で確認したらしい。

「どんな機体で攻めてくるんだ……?」

 自衛隊が、領空に侵入した飛行物体を捉えたということは、そういうことだと細野は思った。
 だが、

「ヘリコプターが三機。なのですが、戦闘ヘリでも輸送ヘリでもないようなのです」
「どういうことだ?」

 情報によると、よくマスコミに使われているような報道ヘリが三機、横に並んで飛んでいるらしい。

「し、しかも……」

 これまでもにわかには信じがたいのだが、

「パイロットは、不在……」
「馬鹿な? 無人のヘリコプターがこっちに向かって飛んできているとでも言うのか!」

 コクンと頷く同僚。
 時間は過ぎる。管制室からでもその、三機のヘリコプターが見えた。細野は双眼鏡を覗き、ヘリコプターをよく見てみた。

「………確かに人がいない。そしてドアが三機とも、開いている? どこの国の国旗も描かれていない」

 不審な点しかない。だが彼は機体の横に、

「UON……?」

 そう書かれていることを見逃さなかった。

「知っている単語ですか、先輩?」
「あ? い、いや! 知らないな……」

 実は心当たりがあるのだが、ここは後輩を誤魔化した。

 夜中になって、そのヘリコプターは滑走路の前まで来る。細野は呼んだ消防隊と共に、言われた通り二百メートル離れた場所で待機。

「何が起きると言うんだ……?」

 そして、着陸した。

「気をつけてください! あれは国籍不明の不審な機体です! 中に爆弾を積んでいるかもしれません!」

 着陸後もメインローターはうるさく動く。

(まだ、何も起きないか……。いいや、ここから何かが!)

 そう思った瞬間の出来事だ。
 右側のヘリコプターが、突然爆発した。

「いっ!」

 その爆発に連鎖するように、中央、左の機体も爆ぜる。飛行機によく使われる燃料は引火しやすいので、火事の規模は大きくなり、かなり大きな煙が夜空に向かって成長していく。

「火、火を消してください!」

 消防車が出動。細野自身も消火器を持って鎮火に努める。数時間後、火は消えた。黒焦げになった機体の残骸を警察や消防隊が調べたが、爆弾をはじめとする武器、禁止された薬物、生物兵器、そして生物の亡骸などは何も見つからなかった。


「これを君はどう思う、閻治?」

 細野はちょうどこの時期に、近くの神社に来ていた神代閻治に意見を尋ねた。

「現場に我輩を案内してくれ!」

 見てみないで判断するのは危険。それが閻治の意見だ。だから細野は、その爆発事故が起きた場所に彼を連れて行く。

「どうだ? まだ事件が起きて日が浅い。だから残骸も片付けられていないんだが……」
「怪しいな。見ただけで雰囲気が伝わってくる!」

 と言い、閻治は霊視を始める。細野も霊能力者なのだが、霊感が強い程度なのでそこまではできない。

「むむ……? これは一体…?」

 今までに感じたことのない、気配を閻治は掴み取った。

「わからないのか?」
「違う。わかる。だが、知らない」

 矛盾したような答えだ。しかしこれにはワケがあり、

「我輩は、ほとんどの霊能力者の霊紋を見たことがある。まだ見ていない者のやつもあるが、大まかな特徴は大体似ておる。日本人特有の霊気というわけだ。だが! ここからはそれを感じん! あまり見かけない霊気が漂っておるのだ!」

 それはつまり、

「これらのヘリコプターに乗っておった人物は、外国人だ」

 ということ。

「乗っていた? おいおい、前もって話していただろう? ヘリコプターは三機とも無人…」
「違うな。確かに誰かが乗っておった! ソイツらは自分たちの足跡を消すために、ヘリを爆破したのだ! 心霊的な爆発で霊紋が爆発で乱れてしまい、これ以上の霊視は不可能だ」

 流石の閻治の実力をもってしても、誰が何人、どういう目的で、そしてどこへ消えたのかはわからないという。

「非常に巧妙な手口だ! 細野、何か怪しい点はなかったか?」
「……ヘリコプターの扉が、着陸前から開いていたけど…」
「それだ! 乗組員は着陸と同時に、この日本の地面を踏んでどこかへ消えたのだ! おそらくそれを可能としたのは、蜃気楼! 自分たちの体に周囲の風景を投影し、透明人間となって来日、そのままこの場を去ったのだ!」

 他に気づいた点はないかと細野に閻治は尋ねる。

「そうだな。確か機体に、【UON】と書かれていた」
「まさか!」
「私もそのまさかを疑ったが、閻治、君もそう思うか?」

【UON】という単語は、一般の人にはなじみが薄いかもしれない。
 しかし霊能力者、それも【神代】で重要なポジションについている人は別だ。

「海外に拠点を置き主にヨーロッパで活動している、霊能力者の秘密結社……。名を、ユニオン・オブ・ネクロマンサー……」

 その組織が寄越したヘリコプターに、メンバーが搭乗していたのだろう。

「すぐに【神代】本部へ連絡だ! これはきっと、開国通告に違いない!」
「…? どういう意味だ、閻治?」

 あまり霊能力者ネットワークを覗かない細野は、閻治が勝手に進める話について行けてない。

「【神代】は日本中の霊能力者を管理するが、逆! 日本以外には手を出しておらん! そして海の向こうにも同じような組織があり、日本を掌中に収めるべく、動き出したということだ!」

 日本においては【神代】、海外においては【UON】。

「ぼさっとしてはおられん! 既に【UON】はアジアに進出し、去年の十一月にはカンボジアまで勢力を拡大しておる! このままでは、【神代】も飲み込まれる!」

 その勢力圏内に【神代】が、収められるかもしれないのだ。これは全然良い話ではない。【UON】の支配下に置かれれば、その国にもともとあった霊能力者の組織は例外なく解体され、吸収される。
 すなわち、【神代】が消滅する可能性があるということだ。

「本当にそんなことが?」
「今まで我輩の先祖が築き上げた産物、その全てが水泡に帰す! それは何としても防ぐのだ!」

 もしも傘下に入れられてしまったら、今までとはガラリと変わるだろう。【神代】は霊能力者の仕事や生活の面倒も見ているのだが、それが無になる……考えただけでもゾッとする話。

「きっと【UON】は前例通り、力試しを【神代】に仕掛けてくるであろうな。それに負ければ【神代】は、崩壊……」

 日本の霊能力者のためにも、負けられない戦いが始まろうとしていたのだ。


 留年確定の慰安旅行中だった閻治だが、海外の霊能力者集団、【UON】が攻めてくるとわかれば呑気にしてはいられない。

「すぐにでも東京に戻る!」
「だけど、今日はもうバスがないぞ? 今晩は連絡を入れて、明日の朝一にしなさい」

 宿泊中である鱗寺の住職に止められ、仕方なく閻治は朝を待つことに。もちろん父である富嶽に電話をかけ、【UON】のことを知らせる。

「わかった。よく教えてくれた、閻治! 流石吾輩の息子だ、すぐに危機を察知できるとは! こっちで対処に動くから、閻治はゆっくりしておれ。何も急に戻って来ることはない」
「しかし!」
「閻治! 【神代】の息子は最後の砦だ。それが真っ先に出てくるわけにはいかんだろうが!」

 父には頭が上がらないので、潔く引き下がる。
 しかしそうは言われても、大人しくできるわけがない。

「ダメもとだが……」

 また、例のヘリコプターの爆発現場に戻った。霊感を研ぎ澄まし、行方をくらました侵入者のことを探ってみる。

「難しい……。やはり痕跡が途切れておるな……」

 やはり何もわからない。
 閻治が目を閉じて集中している最中、それを乱す者が現れた。ワザとらしく足音をおおきく立てて、ソイツは彼に近づいて来るのだ。

「誰だ!」

 振り返り目を開けると、そこに立っていたのは三人の男と一人の女。みんな、日本人ではない。

「コソコソ嗅ぎまわっているヤツがいると言われて見てみれば、本当にいるとは! 何だおまえ、おれたちのことを探してんのか?」
「さあな。我輩は貴様らのことなど知らんが?」
「おいおい、そんなことないだろう? 探しているからこそ、この残骸を調べる。調べておれたちまでたどり着こうとする。確か、【神代】だったか? 日本の霊能力者たちも結構優秀じゃないか?」

 このセリフ、こう続く。

「まあ一部を除けば、な!」

 この四人組のリーダー格である、ゼキアという男がそう叫ぶと、突然滑走路のコンクリート舗装を突き破って岩が飛び出た。

「……礫岩か!」

 閻治は飛ぶ。岩の動きはそこまで速くない。だからすぐに横へ逃げる。

「おいぃい? 逃げる気かよ? おれたちがせっかくこうして来てやってんだ、ちょっとは付き合うもんだろう?」
「もちろんだ」

 閻治はそのつもりだが、ここでのバトルは空港に不利益しか生まない。それをゼキアも理解したので、壊してしまった滑走路は礫岩を用いて修復し、近くの森林に場所を移す。
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