第5話 禁忌の即興曲 その2

文字数 3,149文字

 修練たちが房総半島で禁忌を犯した時、緑祁たちは廃旅館にいた。

「【神代】のデータベースによれば……」

 弥和がタブレット端末でウェブページを開いた。その廃旅館は、結構危険な場所であるらしい。しかし周囲からは何も感じない。幽霊がいないのだ。

「洋次や峻たちが祓ったんだろうね。本拠地として使うなら、邪魔な幽霊は排除した方がいい」
「ちょっと待つっス、緑祁!」
「ん?」

 緑祁が廃旅館に入ろうとした際に病射が彼を止めた。

「どうしたの?」
「そこの茂み、怪しいスよ?」

 病射によれば、踏まれた跡があるらしい。足跡を調べると、

「どうやら八人分! ここにいたのは八人っス!」

 個人を特定することはできないが、訪れた人数はわかった。

「洋次たち孤児院組は四人で、峻たち修練の手下組も四人だろう? だとしたら、病棟を脱走したアイツらはここに来ていない?」

 朔那が推測する。ということは、

「また別の拠点があるってわけね……。本当に用意周到だわ」

 香恵の言ったことまで、式が書ける。

「どこら辺だろう? 修練の故郷は青森だから、戻ったのかな?」
「わからん。皐や蛭児はどうだ? 緑祁が言ってたが、あの二人は修練について行って病棟を出たんだろう? 自由の身になれば最後まで一緒にいる必要がない」

 しかし、調査の手は【神代】も伸ばしている。皐の家は辻神たちが、蛭児の家は骸と雛臥が向かった。今のところは、

「動きはない。家宅捜索もしてみたが、帰ってきた形跡もないんだ」
「ここには戻ってないんじゃないかな?」

 という反応だった。

(多分、皐と蛭児も修練と一緒だ。だとすれば、家に行っても意味がない! やはり修練を探し出すしかないんだ)

 とにかく手掛かりとなるものがあれば何でもいい。病射による足跡の鑑定も終わったので早速廃旅館に入る。

「入り口は汚いけど、廊下は綺麗だな。エントランスに、新しめのテーブルと椅子が」

 そのテーブルの上に紙が数枚置いてある。手に取ってみると、これは地図のようだ。

「これ……襲われた病棟の地図だわ! こっちはその周辺の地図!」
「ここで計画を練っていたってわけだな」
「こっちは、書類? 新聞記事のスクラップにも見えるスけど……」

 その日付を見ると、二年前の九月だった。そして千葉県の新聞社の新聞の切り抜きだ。それが印刷された書類に貼り付けられている。

「ヤイバが病棟を出た時の事件のことだ……。あの時の火災はニュースにもなっていた。当然、【神代】の中でも話題になっていたはずだ。それをアウトプットした。そうか、この事件が人為的に起こされたから、昨日の計画で真似たんだ」
「式神に関する資料もあるよ」

 他にも何かないかと探してみたが、日が落ちてきた。

「懐中電灯ある? こんなところで鬼火をつけたら、火事になりそう…」
「スマートフォンの光があるっス。それでいいっスか?」

 だがその小さな光では、足元を照らすので精一杯だ。

「焦る必要はないわ。日を改めましょう。今日は近くのホテルか旅館で泊まって……」

 一旦車に戻り道路を進んで、近隣のちゃんとしたホテルに向かう。今からでも五人分の部屋が予約できた。


「ふう……」

 ベッドの上で横になる緑祁。

「わかったことはあったけど、わからないこともあるや……」

 洋次や峻が、事前に考えてから病棟を襲ったことはわかったし証拠も押さえた。方法も寛輔が教えてくれた通りだった。
 だが今、どこにいるのか。何をしているのか。昨晩の計画以上の手掛かりが、廃旅館にはなかった。
 コンコンと、ドアがノックされた。緑祁が扉を開くと、相手は香恵だった。

「修練について、話をまとめておきたいわ」

 中に入れ、椅子に座らせる。緑祁はベッドに腰かけた。

「修練が頼れるアテは、多くはないはずなんだ。峻や紅たちの両親は既に他界しているみたいだし、洋次や寛輔たちは孤児院出身で、横に強い繋がりがあるとは思えない」
「なら逆に言えば、心当たりがない場所に潜伏している可能性が高いってことね」

 しかしそれだと、知らない場所が全て候補になってしまう。
 ここで香恵が、

「向こうが動くのを待つのはどうかしら?」
「何か、起きると?」

 コクンと頷く香恵。

「何も理由もないのに、修練を脱獄させる必要があると思う? 洋次や峻には、修練がいないと実行できない目的があるのよ!」
「となると、二年前の青森で起きた霊界重合にも関わってくるね」

 二年前に計画を阻止された。それを今になって、掘り返して実行している。峻や蒼たちだけではできない何かがある。

「その何かは、きっとこれね…」

 タブレット端末の画面を緑祁に見せた。それは【神代】のデータベースにある記事のようだ。

「ニ〇〇〇年の出来事? 青森で故霊と名付けられた幽霊が暴れ回って……! これって!」
「何か知っているの?」

 緑祁は思い出していた。初めて修練と会話をした時、何か言っていたのを。

「そうか、修練は復讐がしたいんだ…! 故霊をあの世に送った時に犠牲が出たって、彼が言っていた。それが峻や緑たちの親なんだ! その人たちは【神代】から、真っ当な評価をされなかったらしい。その逆襲をしたいんじゃないかな?」

 いい線をいっている感じだ。

「だとしたら、皐や蛭児も復讐のために動いていると考えるべきね。誰のことを恨んでいるかはわからないけど。病棟の中で出会った三人は相手こそ違うけど同じ願望を抱いていた、だから一緒に病棟を出て、復讐に…!」
「攻撃対象は【神代】自体かもしれない。修練が恨んでいるであろう人物は、評価をしなかった当時の【神代】代表、神代標水! でも標水は五年前に亡くなったから、【神代】という組織に対して報復をするのかも!」

 そう考えると、筋が通ることがある。
 峻、紅、蒼、緑の四人は、両親の名誉のために【神代】を敵視している。【神代】に対し、何かしでかしたいと考えているはずだ。
 洋次、結、秀一郎、寛輔たちにも、【神代】を恨む理由がある。それは洋次が以前に言っていた、味わった屈辱を清算することだろう。

「復讐、か……」

 緑祁はため息を吐いた。

(どうして人は復讐を選んでしまうんだろう……。それは何も生み出さないというのに、自分が不幸になるだけだっていうのに……)

 ヤイバや辻神や朔那、幽霊の邪産神を見てきた彼だからこそ、残念かつ悔しく思う。負の感情に飲み込まれてしまった人間は、もう正しき光ある道には戻れないと言うのだろうか。

(いいや! 僕が絶対に連れ戻す! 必ずやってみせる!)

 できるはずだと、緑祁は思う。辻神や朔那に対してはできたではないか。だから修練たちにも同じことができるはずだ。まだ始めてもいないのに、諦めるのは早すぎる。
 まだ修練たちに動きはない。【神代】からは何も連絡がないので、少なくとも今夜は問題はなさそうだ。

「一応、この考えは報告しておくわ」

 念のため、香恵は長治郎にメールを送る。修練たちが起こす事件を事前に防げれば一番良い。その連絡を受けて長治郎は、

「そういう可能性があるのか。ならば【神代】の予備校の守備を固めておこう」

 対策を今から施すと言う。また、

「何も起きなかった時のことも考えて、緑祁たちは引き続き件の廃旅館を調査してくれ」

 条件付きで今の任務の継続を指示された。
 緑祁は、

「本当に、向こうからのアクションを待つのかい? 被害が出てからでは遅い気もするけど……?」
「でも、修練たちの居場所がわからないのよ? 私も苦しいけど、尻尾を出すまで待ちましょう。今はその時のために、体を休めて……」

 戦いは昨日よりも激しくなるだろうから、体力の温存を提案する。緑祁も、

「わかったよ。でも何か起きたらすぐに向かえるように準備はしておこう!」

 納得し、この日は解散した。
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