第9話 白刃取り その2

文字数 2,872文字

「……だからヤイバ、そっちが皐を怨む理由はもうないんだ。皐が【神代】に捕まれば、もう言い逃れはできない。ちゃんと罪が日の下になるんだ。もう、復讐する意味はないんだよ!」
「ない、だと?」

 しかしヤイバの表情が曇る。

「腕を磨いたのかと思えば、そんな戯言呟きに来たのか?」
「違うよ。事実だ! 【神代】が本気を出せば、そっちも皐も逃げられやしない。これ以上罪を重ねる意味はないだろう?」
「意味ならあるぞ、復讐だ」

 やはり、ヤイバの意志は強固。

「今のオレの願いはただ一つ! あの女……皐に永遠と絶望の死を、与えることだ! それ以外に望みなど、何もない!」

 それは予想できたこと。この説得はダメもとだったのだ。

「そうだよね。だったら僕たちも、全力でヤイバを止める……!」

 香恵は既に十分な距離を取っている。だから、

「たち…?」

 この時初めて、ヤイバはその存在に気づいた。
 緑祁は何やら札を二枚持っている。文字が書かれた札だ。

「まさか、オマエ……!」
「頼むよ、[ライトニング]、[ダークネス]!」

 二体の式神が召喚された。

(前に駐車場で見た式神じゃねえか、これは! あの時は逃げて行っただけだが、戦うとなるとその実力はどうなんだ……?)

 未知の式神を前にして、ヤイバは少し震えた。
 先に動いたのは、[ライトニング]だ。嘶くと同時に精霊光を撃ち出した。その光に嫌な予感を抱いたヤイバは、一瞬だが横に飛んだ。後ろに生えていた木が、へし折られた。

「この光が、チカラか! かなり危ないみてえだな……」

 間髪入れずに[ダークネス]もチカラを発揮する。暗闇故に堕天闇は見えないので、今度はヤイバの体を弾き飛ばすことに成功。

「よ、よし!」

 ガッツポーズをした緑祁だったが、次の瞬間には腕の力が抜ける。

「今のは見えなかったがよ、オマエも予想してなかったんじゃないのか?」

 もし、さっき木が折れていなければヤイバの体はその太い樹木に叩きつけられていたはず。そうならなかったのは、精霊光が木をへし折ったため。ヤイバはその折れた木の上を通過し、花壇に尻餅を着いただけだったのだ。

「オマエはオレの敵じゃない。それは前にわかっている。問題なのは、その二体の式神の方だけだな……。オレの邪魔をするならもう容赦はしない、破壊してやろう」

 機傀で剣を繰り出すとそれを握り、ヤイバは前に出た。[ライトニング]に切りかかったのだ。

「退け!」

[ライトニング]は精霊光を出したが、寸前でヤイバにかわされ逆に剣を振り下ろされる。左の翼が切られた。出血はしていないが、激しい痛みを感じているようで、悲鳴が鳴り響く。

「ま、待って! [ダークネス]!」

 それを見ていた[ダークネス]が黙っているはずがない。ヤイバに対し、鋭い爪を向けたが、剣で受け止められてしまう。そのまま堕天闇を繰り出しそれが当たったのだが、彼の体が弾かれたために追撃ができなかった。

「本当にオレを止める気かよ? 連携できていない、バラバラな動きだ。これじゃあいくら式神を従えていようと、無意味!」
「ぐっ……!」

 言えている。
 力任せな作戦ほど愚かなことはない。今の緑祁がしていることは、まさにそれ。

(このままでは、逆にヤイバにやられる! どうにかしないと!)

 しかし、意思疎通は行えても[ライトニング]も[ダークネス]も、人語を喋れない。言い換えると命令は出せるが、フィードバックがない状態だ。

「足元がお留守になってるぞ?」

 機傀の次が緑祁目掛けて飛んできた。

「わわっ!」

 紙一重で避けた……と言うよりも狙いがそれほど正確ではなかったために、つま先の前の地面に釘は突き刺さった。
[ライトニング]も[ダークネス]も力任せにヤイバに襲い掛かるが、爪は剣やハンマーでさばかれ、逆にダメージを入れられる。精霊光は既に軌道を見切られて当たらず、また感覚で堕天闇も攻略されつつあるのだ。

(勝てない……)

 絶望の雲が、緑祁の心を覆った。
 その時である。[ライトニング]と[ダークネス]がヤイバを襲うのを中断し、緑祁の方に戻って来た。

「ど、どうしたの?」

 しかし札に戻して欲しい様子ではない。共に同じ方向を向いて、吠える。

(一緒に戦おうって、言ってくれてるんだ!)

 それでようやく、緑祁は気づいた。
 何が今の戦いに足りなかったのか。それは、緑祁自身の勇気だ。式神に任せてしまえばいいという考えは、召喚士ではない彼を事を、悪い方向にしか運ばない。では、緑祁が彼女らを掩護するか?

「僕が前に出る! [ライトニング]と[ダークネス]は、隙を狙ってヤイバを!」

 逆だ。緑祁が主に戦って、式神にはサポート役を任せるのだ。

「オマエが出る気か? この前オレに敵わなくって逃げ、文与を守れなかったオマエが?」
「ああ、そうだよ」

 別に修行したわけでも、反省をしたわけでもない。緑祁の強さは依然と何ら変わっていない。だが、勇気を抱くと自信が生まれた。

「いくよ、ヤイバ!」

 最初に繰り出したのは、鉄砲水。

「そんな単純な動き! オレに通じるとでも……。な、何?」

 確かに今の水の動きは弱々しい。当たってものけ反らせることすらできないだろう。だがその勢いの弱さが、隙を生んだ。その発生した隙の合間を水は進み、ヤイバの目に当たったのだ。当然ヤイバの瞼は、反射的に……本能で閉じる。

「今だ!」

 この合図を受けて[ライトニング]が精霊光を飛ばした。

「クソ、こんな目潰しが……? う、うおおお?」

 瞼を開くよりも先に、精霊光がヤイバに炸裂。彼の体は後方に吹っ飛び、コンクリートの地面に叩きつけられた。

「馬鹿な! そんなことが起き……!」

 立ち上がりながら言っていたのだが、直後に[ダークネス]の堕天闇が彼のことを転ばせる。そして立ち上がる前に緑祁が、旋風を送りつける。

「うぐ、おおおお!」

 ヤイバは機傀で鉄板を出し風を遮るつもりだが、その鉄の板は[ライトニング]と[ダークネス]が噛みついて放り投げた。だから風の切れ味が、ヤイバを襲う。腕の皮が切り裂かれ、血がにじむ。

「コイツ……! 前とは違う! 面構えが、違う!」

 あの時に見た、ただ雇われただけの捨て駒ではない。今はもう、自分の意思でヤイバを倒すことに集中した姿。

「油断したぜ、チクショウが! だがな、もうここからターンは与えねえ。オレが勝つ」

 両手を振り上げたヤイバ。すると空からクナイが大量に降り注ぐ。

(これで後ろに逃げるだろう? 普通ならそうする!)

 このクナイは、ヤイバの手前から降っている。だから下がれば、今ならまだ安全だ。実際に[ライトニング]と[ダークネス]は下がった。
 しかし緑祁はそうしない。

「何ぃっ!」

 なんと、降り注ぐクナイの中を傷つくことを覚悟して突っ切って来たのである。鬼火と鉄砲水で弾けるだけ弾き、最小限の安全地帯を確保しながら突進してくる緑祁の姿にヤイバは驚きを隠せない。

「今だ! 鉄砲水と旋風の組み合わせ……台風(たいふう)!」

 小型の嵐がヤイバを襲う。渦巻く風が水の威力を上昇させ、ヤイバの体を飲み込んだのだ。
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