第3話 二度は開かない その1

文字数 3,802文字

 紫電と雪女は次の日、成田空港に来ていた。

「相変わらず飛行機は怖いね。落ちないかどうか、心配だった……」
「そうか? これから乗るバスの方が事故率は高いぜ?」
「紫電、そういう嘘は私には通じないよ?」
「出鱈目じゃねえって。でも死者が出る可能性は滅茶苦茶高い」

 そう考えると雪女が機内でブルブル震えていたのもあながち間違いではなさそうだ。
 バスに揺られて一、二時間程度。二人が呼び出された場所は、【神代】の本店である予備校だ。

「改めて見るとこんなに大きいんだね、(わらし)が来たここって……」
「贅沢なデカさだよな、予備校の割には。八戸にも支部があって中高時代は俺も世話になった。……童って誰だ?」
「『月見の会』のメンバーだった子だよ。霊怪戦争の最初に、ここに攻撃を仕掛けた人。生きていれば高校生ぐらいだったかな……?」

 まずはその彼女の霊を弔ってある、外に置いてあるお地蔵様の前で拝む。それから中に入る。

「待っていたぞ、紫電! 久しぶりだな!」
「ああ、九月以来だな、重之助さんよぉ」

 出迎えたのは、眼帯をしている男、宗方重之助である。

「今度は富嶽様に直談判とかしないでくれ? こっちの心臓にも悪い」
「あの時は、悪かった……」

 あの日、紫電は無理矢理【神代】のトップである富嶽と会話した。その時に重之助は横にいたのだ。

「俺は結局、緑祁に勝てなかったんだ……」
「気を落とすな! 向上心は持ち続けるべきだぞ。それに長治郎から聞いたが、引き分けだったんだろう?」

 緑祁との勝負は引き分けで、両者の敗北となった。でも言い換えれば、負けてはいないのだ。だから重之助は、紫電も緑祁も戦いの勝者と認識している。

「私にはまだ作業が残っている。十五階の会議室に向かってくれ」
「おう!」

 重之助に指示されたフロアに行き、そこの扉を開く。

「おおっ!」

 そこには、百数名がいた。みんな紫電たちと同じような雰囲気を漂わせており、それはつまり全員霊能力者であるということ。

(緑祁や香恵はいないようだな……? 骸たちや皇の四つ子、琥珀たちもいない?)

 それ以前に、どうして彼らはここに集められているのだろうか? その答えを探るためにちょいと近くにいた男に話を振ってみる。

「お前、どうしてここへ?」
「俺は【神代】に頼まれて。君は?」

 (かま)賢治(けんじ)という紫電よりも五つ年上の彼は、詳しい事情を知らない様子。

「俺たちは、幽霊船の調査をしたんだが……」

 紫電たちも実は同じだ。
 幽霊船のことを報告したら、【神代】は次の日にここに来ることを命じたのである。ワケを聞いても教えてくれなかったのだが、【神代】直々の命とあっては逆らえない。

「ということは、知らないと?」
「みんなそうだ。【神代】ってばいっつも事情なしに呼び出しやがるからな……」

 そんな会話を教室の後ろの方でしていると、前の扉から双子の女性が入って来た。片方の彼女は黒板に板書を始める。そしてもう片方は教卓の側に立ち、

「今日はみなさん、お集まりいただきありがとうございます。早速ですが、今現在起きていることを説明いたしましょう」

 この双子は彩羽(さいば)姉妹という。下の名前は姉が珊瑚(さんご)で妹が翡翠(ひすい)。黒板に文字を書き込んでいるのは妹で、姉はリモコンを押してスクリーンを下ろしプロジェクターも起動させる。教卓には教室の様子がわかるよう、ビデオカメラを設置。

「こちらからはよく見える。今日は集まってくれたことに感謝しているぞ!」

 そのスクリーンに映し出された人物は、あの神代富嶽だ。

「富嶽様!」

 みんな、一斉に頭を下げる。

「上げてくれ。そして適当に席に座ってくれ」

 言われた通りにすると富嶽は、

「では早速だ! 実は今、君たちが予想だにしていない事態が起こっておる! 緊急事態なのだ!」

 と叫んだ。

「それは一体……?」

 賢治は疑問に思うが、隣に座っていた紫電は、

(多分、あれのことだろう。例の海外から来た、何者か!)

 それは正解で、

「実は先日、海の向こうの霊能力者集団がこの日本に上陸したらしいのだ。彼らは危険で、従わない吾輩たちを無理矢理支配下に置こうと企んでおる!」

 その言葉に緊張が走る。
 一方で、

「因果応報じゃないの?」

 雪女がそう言った。

「お前、何を言う! 富嶽様の目の前で!」
「恥知らずが! つまみ出せ!」

 総スカンをくらう雪女。彩羽姉妹なんて彼女を睨みつけている。でも富嶽は、

「実は雪女の言う通りなのだ。【神代】も同じようなことを過去にしてきた。諸君らも『月見の会』などの話は聞いたことがあるであろう? それを踏まえれば、やったことの報いが時を越えて襲ってきたとも言えなくもない」

 庇う。

「相手の正体はわかっておる。【UON】……ユニオン・オブ・ネクロマンサーだ! 最近アジアに進出した彼らが、この日本にも出没した!」

(やはり……!)

 紫電の読みは大体当たっていた。どのような人物が現れたのかは不明だったが、誰かが秘密裏に日本に来たということは正解だ。

「そこで諸君らに命じたい! 【UON】を撃退せよ! 【神代】を守るのだ! ここに集められた諸君らは、【神代】でも実績のある若者たち! 過去五年に遡って経歴を調べ選び抜かれた優秀なエリート! 諸君らなら、絶対にこの日本を【神代】を守ることができると吾輩は信じておる!」

 その他にも富嶽は説明を行う。

「既に遭遇した人もいるかもしれん。事実吾輩のせがれがそうなのだ。ここで肝心なのは、【UON】はどのくらいの人材を日本に派遣してきたのか、が不明な点だ。またどのような侵略を計画しているのかも不透明のまま」

 だからこの任務、かなり難しくなるだろうと富嶽は言う。

「お任せください!」

 そう叫んだのは、山繭(やままゆ)柚好(ゆずこ)だ。彼女は続けて、
「私なら、臓器を引き出して逆に詰め物を入れ剥製を作れます。それを家族に送りつければ戦意をそげると思います!」

 アイドルのような容姿に似合わない発言が、周りをドン引きさせる。

「おい柚好! そんなことしたら火に油だぞ!」

 賢治が素早くツッコミを入れた。

「でもですよ? 相手は日本侵略を目論む人たち。言い換えれば外来種です。外来種なら同じ人間でも駆除ずるべきでしょう? 虫や亀やトカゲは殺せて人を殺せない理由は何です? 私だったらそうしますが?」
「そうじゃなくて……」

 そんなオーバーなことはしない方がいい、ということだ。

「賢治の言う通りだ。やり過ぎるのは、かえって【UON】の感情を逆撫でしかねん!」

 だから、富嶽はこの作戦においてある条件を入れた。それは、どんなことがあっても相手を殺めないこと。命の取り合いは絶対に許さないスタンスをまず表した。

「どうしてもですか?」

 質問をしたのは、夏目聖閃。彼の疑問ももっともだろう。相手は命を奪うことに容赦がないかもしれず、その場合は一方的に殺されるだけ。

「どうしても、だ!」

 でも富嶽は姿勢を曲げない。

「これは吾輩の憶測に過ぎんが、【UON】も人殺しまでは考えておらんはず。過去の事例を見てみても明らかで、それにその一線を越えたら、確実に日本中の霊能力者から不信感を買う! 勝利後の支配に悪影響が出るようなことは、賢明なら選ばんはずだ」

 そしてそれは【神代】も同じ。防衛線で相手を殺したら、【UON】が黙っていない。【神代】を完全に叩き潰すまで戦うだろう。

「となると、こちらの強さをアピールし、交渉のテーブルに引きずり出す! そしてその交渉で、傘下に加わらないことを主張、【UON】には今後【神代】に関与しないことも要求するのだ!」

 それが、【神代】の勝利だ。

「大人しく言うこと聞いて仲間になった方がいいんじゃ?」

 また雪女が言った。すると教室中の誰もが彼女を睨んだ。

「だって、日本の歴史を振り返ってみればその選択が間違っていることは明白だよ」

 だが彼女も主張を下ろさない。

「……日本はペリーに開国を迫られて、鎖国をやめた。その結果、欧米に負けないように国を発展させ植民地にならずに済んだ。服従を選んだが故に存続できた、って言いたいんだな雪女?」

 今度は紫電が彼女のことを擁護。

「その意見、わからなくはないが……。日本に【神代】以外の霊能力者の体制が生まれるのもちょっと……」
「一理あるかもです。富嶽様、その方面での交渉はできないんですか?」

 近くに座っていた賢治や柚好も理解を見せる。本気で【神代】を守りたいなら、【UON】の一味になるというのも手だ。それが一番の安全策であるかもしれないのだ。

「あんた、馬鹿じゃないの? そんなことして【神代】が守れるワケ?」

 ブーイングをしたのは奥川透子。聖閃の仲間で、さらに霧ヶ峰琴乃も、

「私も透子と同感だ。その過去の日本の通りにしたとしてだ、結局大日本帝国は列強と戦争をすることになり、滅んだだろう?」

 未来の話をしている。明治時代の日本の判断は間違っていなかったかもしれないが、それが昭和時代の惨劇の火種になるとは誰も思っていなかった。
【神代】がここで【UON】の仲間になったとしても、その先の未来で敵対する可能性を捨てきれないのでは、屈服する意味がないのだ。

「だいたいお前はさっきから、何でそんなことばかり言うんだ!」

 この教室の誰かがそう叫んだ。これはこの会議の進行を妨げるな、という意味と、歴史を振り返るだけで言葉に説得力がない、ということを含んでいる。
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