第10話 光への帰還 その2

文字数 2,724文字

「電霊放の二重螺旋! ダブルトルネード!」

 辻神のドライバーの金属部分から放たれる電霊放は、迷霊に命中するとその体を消し飛ばした。

(どうやら、幽霊の質はそこまで良くないらしい……)

 簡単に除霊ができる。

「危ないヨ!」

 だが、彼の背後に迷霊が迫っていた。それを山姫が鬼火で焼き払う。

「済まない、山姫!」
「心配いらないって。でもこの数、凄い……」

 彭侯も汚染濁流を乱射して除霊している。それでも全然、数が減る様子がない。

(量でゴリ押すつもりだな……)

 夜空を埋め尽くす大量の迷霊。力は弱いが、数が重要なのだろう。

「雉美! やはりこのタイミングで逃げる気だな……!」


 迷霊を操っている雉美は、辻神たちの接近にも気づいていた。

「アイツは……? でもどうせ、私が仙台から出るまでにこの数を処理し切れるわけがない。無視していいだろう」

 できれば峰子を救出したいのだが、それはできそうにない。だから彼女には悪いが、一人で逃げる。

「さて、そろそろ頃合いか。………ん?」

 視線を、ビルの下に向けた。そこには雉美が逃げるために駐車しておいた車が一台ある。その横に、誰かがいる。

「おいおいおい、緑祁じゃないか……! まさか、この辺に来ていたとは! しかも私にも迷霊たちにも気づかれずに、私もところにたどり着く……? そうか、あの三人組を囮にしたんだな」

 この時、雉美は悟る。緑祁を利用しようとした自分には、彼との因縁がある。それを断ち切らねば、逃げられない。ここで彼を倒す。それは自分の宿命だ。

「いいだろう、緑祁! ここでその因縁を片付けてやる!」

 雉美はビルの上から飛んだ。


「雉美はこのビルの上だ」

 ビルのところにまで安全に来れたのはいい。だが、入り口がわからない。仮にあったとしても、鍵がないので入れない。

(ならば、どうやって雉美はこの屋上に登った? 霊障を使ったか、幽霊の手を借りた?)

 今はそのことを考えている暇ではない。とにかく雉美に逃げられないようにするのだ。
 ヒューっという音が、聞こえてくる。

「何だろう…?」

 しかしキョロキョロしても、近くに音源はない。だが、ドンドン音が大きく……近づいて来る。
 目の前に、誰かが降ってきた。

「っわ!」

 その人物は、雉美だった。

「緑祁! しつこい野郎だな! ここで諦めさせてやる!」

 どう見ても十階以上はあるであろう高さから飛び降りたのに、雉美は無傷である。これには理由があり、彼女は自分の体に霊障合体・鋼直を使っていた。体を金属並みに頑丈にして、上から落ちたくらいでは傷つかないようにしていたのだ。

「逃がさないよ、雉美! 必ず捕まえる!」
「いい威勢だな。だがそれもどこまで続くか!」

 緑祁は先制し、台風を送りつけた。この近距離なら、避けられないはずだ。

(雉美の霊障は知らない! でも電霊放だったら、これで潰せる!)

 だが、彼女がとった行動はシンプル。手刀を作り出して、台風を切り裂いたのだ。しかもよく見ると、その手刀には鋭い氷がついている。

「氷斬刀、か!」
「ほう、知っているのか」

 聞いたことはあるが、見るのは初めて。必要な霊障は氷と冷気を操る雪と、自分の肉体を強化する乱舞。

(近づくのは、マズい!)

 乱舞で強化された暴力を受けるのはかなり危ない。一撃で気絶させられかねないのだ。だから咄嗟に距離を取る緑祁。

「逃げるのか、緑祁? 私を捕まえようという威勢は、ハリボテだったか?」
「近づかなくても勝負はできる! くらえ、霊障合体……」
「ふん!」

 腕を振ると同時に、雪が舞った。しかもその雪はよく見ると、氷じゃない。小さな金属の破片だ。霊障合体・霊氷止水である。

「ぐっ!」

 火災旋風を繰り出そうとしていた緑祁の左手が、あっという間に血塗れになる。

(普通の雪じゃない! 砂利みたいだ! しかも切れ味がある!)

 慌てて手を引っ込めた緑祁。付着した金属片を右指で取って、

「鉄だ…! それもカミソリみたいだ……」

 その正体を理解した。

(でも!)

 だがこれは、逆に利用できる。少し触れただけで血に染められるのだ、これを雉美にぶつける。緑祁には、それができる。

「くうう! 痛みがジンジンくる……!」

 左手を押さえながら、うろたえて後ろに下がった。こうすれば雉美が、また霊氷止水を使ってくるという算段だ。そしてその通りになれば、緑祁の勝利。

「痛いだろうね? もっと傷だらけにしてやろう!」

 彼の思惑通りになった。雉美は両腕を振って、大量の金属製の雪を生み出して緑祁にけしかけたのだ。

「今だ! 霊障合体・水蒸気爆発!」

 雉美に見えないように左手に鬼火を、そして右手で鉄砲水を生み出していた。その二つを合わせることで、気体の爆発を引き起こすのだ。
 爆風が霊氷止水を巻き込みながら雉美に向かった。雉美は避ける暇もなく、全部をその身に受ける。
 決まった。はずだった。

「な、何…!」

 しかし彼女は、無傷だ。寧ろ金属片の方が雉美の皮膚に負けて粉々に砕けている。

「どういうこと……?」
「霊障合体・鋼直! 緑祁、あなたの得意技は、私には通じない!」

 簡単な話だった。雉美は自分の体を金属レベルに硬くして、防御したのだ。

「ほら! ボサっとしてんじゃないよ!」

 一気に近づき、その硬い拳で緑祁のことを殴りつける。

「ぎゃああ!」

 一撃で体が地面に崩れ落とされた。

「この程度で、豊雲さんをよく殺せたね?」
「と、豊雲……?」

 聞いたことがある名前を、雉美は呟いた。

「そうだよ! 淡島豊雲! あなたが四月に殺した人のことだ!」
「待って、僕は殺してはいない……! 助けようとしたんだ!」

 嫌でもあの時のことを思い出す。
 崩れ落ちる鍾乳洞。何とか緑祁は豊雲のことを説得し、一緒に脱出しようとした。しかし彼は応じてくれなかった。その直後に駆け付けてくれた仲間たちが、幽霊と合体していた豊雲のことを彼と認識できず、緑祁だけを連れて脱出。結果として見殺しになってしまったのである。豊雲の方は緑祁を殺す気満々だったが、緑祁の方には殺意がなかった。
 そのことを緑祁は説明したのだが、

「何だよ、やっぱり殺してるじゃないか。あなたが助けなかったから、豊雲さんが死んだ! 言い訳ばかり並べても現実は変えられない! 違うか!」

 聞き入れてくれない。

「……そうだね、僕がしっかりしてなかったから、豊雲は死んでしまった。僕の責任だって、そう感じているよ。だからもう、豊雲のような人を出さないと決めた! どんな人であれ、相手は絶対に助ける!」

 雉美はこの時、精神攻撃を試みていたのだが、思いの外緑祁が自分の覚悟を表明して立ち上がったので、

(やはり物理的に排除する!)

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