導入 その2

文字数 5,749文字

 叢雲の予想は、当たっていた。

「クッソー電波が圏外か! ソシャゲにログインできん!」

 水道、ガス、電気、電話こそあるがそれ以外は全く普及していない三色神社。都会での生活に慣れていれば慣れているほど、我慢ができなくなる。閻治は日に日に気が荒くなった。
 それを見かねたのが、彼の親友である洋大だった。

「叢雲さん、ちょっといいですか?」

 畑仕事をしている叢雲の隣に来て、一緒に耕す。

「どうか、閻治さんとお手合わせ願えないでしょうか?」
「断るよ。あの戦争を通じて、俺は戦うことの無意味さを知った」

 彼はどんな闇を戦争で見て来たのだろうか?

「橋姫とは将来を誓い合った仲だ。俗にいう、運命の赤い糸で結ばれた相手。でも俺にはもう一人、戦い合う宿命の血の糸で結ばれた相手がいた」

 その人物について、洋大は教えられる。意外なことに女性だった。

「倒したんですか?」
「まさか? 決着はつかなかったんだよ。その前に戦争が終わってしまったから、永遠にお預け」

 実はその勝負、戦争の勝敗に直結していなかった。だから叢雲は戦うことに意味を見い出せなくなったのである。

「お前が焼いたって言う食器、使わせてもらってるよ。扱いやすくていい。売れば価値がつくだろう。俺はそういう意味のあることをしたいんだ。だから霊感のない神主さんに代わって俺が、儀式を執り行っている」

 これは言い換えれば、閻治と戦うという意味のないことはしないという宣言。

「無意味なんかじゃないですよ!」

 洋大が大声を出した。

「私は閻治さんの気持ちを知ってるんです! 彼はライバルが欲しい。でも出会ったことがない。自分と同じかそれ以上の実力者が欲しいんです! それが、叢雲さんですよ! ただのお遊びの戦いじゃないんです。閻治さんの強さを測って欲しいんです、私はあなたに!」

 汚い土の上で土下座までする洋大。

「よせよ、お前が頭下げるべきじゃないだろう?」
「いいえ! 頷いてくれるまで上げません!」

 この、親友のためなら恥も辞さない覚悟に叢雲の心は打たれた。

「……わかったよ。でも一つだけ条件があるんだ」


 その条件とは、月命日に『月見の会』慰霊碑の前で拝むこと。『月見の会』の集落跡地にそれはひっそりと建っている。

「【神代】として、『月見の会』の死んでいった仲間に謝って欲しいんじゃない。俺はただ、慰霊碑の前で当たり前にすべきことを一人の人間であるお前にしてもらいたいだけさ」

 花も用意し線香も上げた。水で慰霊碑を潤した。この時閻治は、

「安らかに眠れ。失われた命、流された血、決して無価値ではない。生きていたことは、誰も忘れない…」

 と呟いた。それを叢雲は耳にし、

(確かにコイツとなら、戦ってもいいかもしれない)

 洋大の言葉が間違っていないことを認識した。


「でも待ってよ、叢雲? 君の腕は……」

 日時は次の日と決まった。この晩橋姫は布団をいつも通り叢雲のそれとくっつけて敷き、彼の左腕を見た。

「ああ、そうだ……」

 その腕は、彼が掴むと外れた。実は叢雲が戦争で失ったのは、仲間だけじゃない。腕もだ。肘から先は義手。
 当時はこの失った腕の代わりに、兵器のような義手をつけていた。でもそれはもう捨ててしまったので、ない。

「だが洋大ってヤツから、代わりとなるものを渡されたんだ」

 正確には【神代】が作っていた、霊能力者向けの義手。それを一つ、急いでここに運んでもらったのである。

「手荒なことだけはしないでよ?」
「心配するな、命の奪い合いじゃない。でも……」
「でも…?」
「俺をその気にさせたからには容赦しない、勝たせてもらう。俺は相手が【神代】の後継者だろうが一切手は抜かない。あの戦争の時と同じ意気込みで、戦う」

 それが、閻治に対する最大限の敬意の表し方だと彼は感じたのだ。

「頑張って!」

 橋姫も彼を励ました。


 夜が明けた。三色神社の中庭に、二人の男が立っている。
 一人は閻治。目を閉じ手も合わせ経を唱えることで全神経を集中させている。
 もう一人は、叢雲。いつもの義手を外して橋姫に持たせ、代わりに特殊な義手をつける。

「ありがたいことに、俺の霊障に合うのを選んでくれたんだな」
「当たり前だ。全力の相手を倒してこそ、初めて実力を語れる」

 その義手には、先端に電極が二つ並んでいてその間にカギ爪がある。内部には電気を貯めていられる構造も存在し、明らかに人間性と生活性を感じさせない作りだ。

「でも霊鬼(れいき)はなしか……」
「何だそれは?」

 叢雲の発したとある単語に閻治は飛びついた。

「かつて『月見の会』で俺の親友が開発した、自分に強力な怨霊を憑依させて霊力と身体能力を向上させるシステムだ」

 だがそれは、『月見の会』の滅亡と共に失われた技術。だから【神代】も再現しておらず、叢雲に与えることはできない。

 他の準備が整ったので、

「では、二人とも……いいかね?」

 洋大、夢路、橋姫が見守る中、神主が二人の前に来て、

「命は奪わないこと! それ以外にも酷い怪我を負わせないこと! 約束できるね?」
「もちろんだ」
「わかっているよ」

 その他細かなルールを決め、二人の戦いは始まった。


(わからん………)

 勝負開始の合図が鳴る前に、閻治が抱いた感想である。自分の強さには絶対の自信がある。おまけに彼は、今現在【神代】が認知している霊障全て…ただし隣接世界の霊障である精霊光と堕天闇は除く…を使用できる。
 対する叢雲は聞くに、鍛錬されているのは電霊放だけらしいのだ。

 閻治はゼネラリスト。叢雲はスペシャリスト。

(どう出るのか? それも疑問だ……)

 どちらが優位なのかは誰にも白黒つけられない。だが少なくともこの場では誰もが閻治の方が有利だと感じるだろう。その肝心の彼が、勝利のビジョンを描けていない。

「では………始め!」

 神主が叫んだ。直後に動いたのは叢雲。

「うおおおお!」

 体を動かし、服をズラす。その行為に何の意味があるのかわかっていない閻治は出遅れた。

「し、しまっ……!」

 叢雲が義手の先端を閻治に向けた。電霊放を発射したのである。かなり太い稲妻が、電極部から解き放たれる。
 電霊放は、霊気を電気に変えることはしない。外部から電源を確保し、それを霊気で操るのだ。今の叢雲には、その主電源となる物が存在していない。それに義手の中にあるコイルには電気は全く蓄えられていないのだ。

「体を動かして服を擦り、静電気を作ったな、貴様! それで電霊放を撃った!」
「その通りだ。そしてこの義手、内部に回転する機構があるな? それを動かし続ければ、常時電気を確保できる!」
「させんぞ!」

 叢雲の左腕は義手だから、切断しても誰も怒らない。だから閻治は機傀を用い、刀の刃を飛ばした。だがそれは叢雲の義手のカギ爪に弾かれた。

「小賢しい一手だな? 【神代】の跡継ぎならもっと派手に来い!」
「貴様が機昨日言ったように我輩は一人の人間でもある! 勝利の方程式、その解を書くなら、途中式は一切省かん!」

 電霊放に鬼火は通じないので、閻治は別の霊障を選ぶ。

「これでどうだ? 礫岩(れきがん)!」

 それは、岩と大地の霊障。叢雲の足元の地面から、鋭く尖った岩石が飛び出した。

「鈍いな……」

 だがその岩石の動きですら、叢雲のことをとらえられない。たった一度のジャンプでかわされる。

「フンっ!」

 今度は地を割った。地割れの中に落としてしまおうという魂胆だ。だが、

「くらえ……。電霊放!」

 叢雲は、足元の大地が動いて割れていくのにもかからわず、電力をチャージしている。逃げようとしない。もちろんその体は、地面に開いた穴の中に消えていく。

「あっけないな。こんな形で……」

 本来なら閻治のこのセリフ、勝ってしまうとは、と続く。だがその口から放たれたのは勝利の余韻ではなく、悲鳴だった。

「ば、ばかなぁぁあああああ!」

 天に向けて放たれた電霊放が、曲がったのだ。その動きに驚いて回避できなかった閻治は、まともにくらってしまう。全身の細胞が痺れ、腕の産毛がピンと伸びている。

「あらよっと」

 穴の中からひょいっと出て来た叢雲は、痺れてしゃがんでいる閻治を見ると、

「おいおい? まだ、だろう? あんなに良い意気込み見せてくれてたんだから、まだ戦えるはずだ……。もしもお前があの女だったら、痺れに気を取られることもなかっただろうな?」
「あの、女……?」

 洋大を通じて教えてもらった、戦い合う運命にあった人物。叢雲の左腕を切り落とした人間。最後まで彼と戦い、結局決着がつけられなかった女性。

「今のお前、あの女に劣っているよ。あの女は霊障を全然使ってこなかった。札使いだったからな。でも勇気をもって、俺の電霊放を切り裂いて近づいてきたぜ? それがまさか、【神代】の御子息にはできない? 笑わせんなよ……!」

 挑発なのか、それとも失望なのか。言った叢雲にとっては後者、聞いた閻治にとっては前者。

「いいだろう! 今からでも遅くはない、本気を出してやる! 言っておくが、後悔しても我輩は耳を貸さんぞ!」
「望むところだ……」

 礫岩を使うのをやめる。電霊放が曲がる以上、地形操作は役に立たない。今から閻治が用いるのは、乱舞。自分の身体能力を上げる霊障だ。

(危険だが、臆するな! 接近戦に持ち込めばいい! アイツの電霊放は大きすぎて、距離を取らないと当てられないはずだ!)

 瞬時に相手に近づき、握りしめた拳を振るった。だがそれは、左腕で受け止められてしまう。

「ならば!」

 こちらも左手で攻撃する。手刀を作り、右手の拳を止める義手を切り落としてしまうのだ。

「とぅあ!」

 しかしその考えは甘かった。叢雲の右手、人差し指と中指の間で火花が散る。

(で、電霊放……? 馬鹿な? 小回りの利く小さ目なヤツも、使えてしまうのか!)

 放たれた小さな電流は、閻治の顔面に向かって飛んだ。反射的に左手が、その稲妻を遮る。

(っぐぐ! 小さくても効き目は十分高い!)

 だが、今の彼には怯んでいる暇がない。ここは足だ。叢雲のことを蹴り飛ばすのだ。そう思って足を上げると、叢雲の方から閻治から離れる。

拡散(かくさん)電霊放(でんれいほう)!」

 これはさっきとは違うタイプ。電撃を散弾銃のように拡散させることで命中率が上昇する。反面、一発一発の威力は落ちる。

「……鉄砲水だ」

 防御に回った閻治は鉄砲水を手から繰り出し、自分に当たりそうな電霊放だけをさばいた。この時、撃ち終わった叢雲が後ろに下がろうとしているのが見えた。

「逃がすか!」

 機傀で鉄棒を作り出し、これを握って追い打ちを仕掛ける。

「ならば俺も……こうだ!」

 何と叢雲も、接近戦を選んだ。電気をカギ爪に流し、それで閻治を切りつけるつもりなのだ。

「うおおおおお!」
「フンっ!」

 鉄棒とカギ爪が衝突した。鈍い金属音が鳴り響いた時、

(コイツ……! 電撃に関しては、隙が無い!)

 閻治の手は痺れていた。鉄棒を伝って電気が、彼の体に流されているのだ。その流れを遮断するために、彼の方から下がった。すると叢雲は、

「そこだ!」

 カギ爪で閻治の服を引っ掻け捕える。

「なにっ!」
「そうりゃあああ!」

 電気を流し込み、抵抗させる暇を与えない。さらに力任せに閻治の体を放り投げる。地面に落ちた彼の体に向けて、

「今度は、集束(しゅうそく)電霊放(でんれいほう)だ! これで終わらせてやる!」

 左腕を右手で支え、エネルギーを貯めた。みるみるうちに電極の先端が、光り輝いていく。くらったのなら、確実に閻治は負けだ。

(これが三年前なら、命を奪えるレベルだぜ? 【神代】の跡継ぎ! さあこれにどう対処する?)

 勝利するには、これを撃てばいいだけ。でも何故かこの時叢雲は、閻治がこの劣勢をどう切り抜けるかに興味があった。

(試されておる……!)

 その感情は、閻治にも伝わった。

(第一に、あの威力の電霊放は体で受け止めることはもう不可能。そして第二に、アイツの電霊放は曲がる……)

 判明している情報からでも絶望できる。避けること自体が無理な気しかしないのだ。

(だがな……諦めることだけは我輩は、しない!)

 自分の心の流れを強い方に変えた。

「くらえ、閻治ぃぃっ!」

 叢雲は電霊放を撃った。眩い閃光が、周囲の景色をかき消さんばかりに放たれる。この時、彼にはとある感触があった。

(当たったな……)

 それは勝利の手応えだ。いくら命を取らないとはいえ、今の威力の電霊放を受ければもう自力で立ち上がることすら困難な状態になることは、間違いない。それが命中したのだから、勝ったと勘違いするのも頷ける。

「おお、そう来たか!」

 光が晴れた時、閻治の周囲には砕け散った金属と氷の破片が散らばっていた。

「避けられないのなら、当ててやろう。ただそれだけのこと!」

 機傀と雪の結晶の合わせ技だ。電霊放が迫りくる中、目の前に、雪の結晶でデコイを作る。しかしそれだけでは偽物に当たったことがバレてしまうので、機傀で適当な金属をその中に入れて自分と同じ重さを稼ぎ、直撃した感触を相手に与える。

「いいぜ、勝負は振り出しだ。ここからでも面白い」

 あれだけの威力の電霊放を撃ちながら反動がないのか、叢雲は足を動かし閻治に迫った。対する閻治も、

(カギ爪に引っ掛けられたら、流石にもう持たんぞ……。ここはどうにかかわすしかない!)

 機傀で鉄棒を生み出し応戦する。

「そこだぁああ!」
「させん!」

 叢雲はカギ爪を横に振った。一方閻治は鉄棒をなんと、目の前の地面に突き刺す。爪はその棒に引っ掛かり、流し込まれる電流は全て地面に逃げる。

「こんなもの………! ぜぁああああああああ!」

 だがそれでも叢雲は、自分を邪魔する鉄棒からカギ爪を離さない。雄叫びと共に電気の威力を最大限に上げ、振り切るつもりなのだ。

「無駄だ! その棒は切れんぞ。我輩の機傀は生半可なものではない」
「あああああああああ!」

 閻治の言葉は叢雲の耳には入っていない。流し込まれる電気は地面が吸い上げてしまうが、それでも構わず力を入れ続ける。

 ボキッという音がした。

「何とっ!」

 折れないと思っていた鉄棒が、真っ二つに。切り飛ばされた部分は地面に落ちて閻治の足元の方に転がる。

「どうだ、閻治? これでもお前が、俺に勝つと?」
「面白くなってきたな」
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