第1話 戦う相手は その3
文字数 2,817文字
「残念だったな、ヤブ医者の予備軍! 俺たち薬学部が、大学最強のボウラーになる!」
「何を言う、効果のないのサプリメントしか開発できない無能のくせに!」
「おおっと? 遠吠えは負けてからならいくらでも聞くぜ?」
「自己紹介か、それ?」
大学生活において、紫電の学部と隣の大学の薬学部は仲が悪い。でもそれはお互いをライバル視し過ぎた結果こじらせているのであって、設立当初から険悪ムードが漂っているのではないし、心の底から相手を毛嫌いしたり貶めようとしたりはしていない。話に聞く中には、仲良くやれている人だっているぐらいだ。
「頼むぞ、紫電! 得意の紫電一閃を見せてくれ!」
「勝手に技名決めんなよ…」
「いざという時は、霊能力でこう、なんとか…」
「それは駄目だ、不正行為じゃねえかよ。今日は真面目に実力勝負だろう?」
紫電が霊能力者であることは、大学でも有名だ。
「ケッ! 霊感商法まで始めてんのかよ? 落ちるところまで落ちてんだな、お前ら!」
薬学部の誰かがそう叫んだ。もちろん紫電の耳にも入る。
(カチンと来たぜ…?)
聞こえないフリをしたが、紫電は決めた。徹底的に薬学部を叩き潰すと。
ボウリング勝負開始。隣同士のレーンで四人のチームが点数を競う。紫電は二番目だ。ボールに指を突っ込んだ時、
(これがもし、緑祁とのバトルだったら?)
彼と球技で競い合う状況になるとは思えないが、その場合はどうなのだろう?
(緑祁だったら、娯楽では手を抜くか? 楽しむことに従事するかもな。ここで本気を出すのは大人げない?)
いいや、と首を横に振る。
(違う! 薬学部の連中にすら勝てないんなら、緑祁にも勝てない! アイツは農学部らしいが……いやいや、そういう話じゃなくて! 普通の戦法を展開する相手には勝って当然なんだ!)
第一投。紫電はボールがピンに到達する前に振り向いて席に戻った。
「何いいいいっ! いきなりストライクだと…! ヤブのくせに、飛ばすじゃねえか!」
今日は参加しないギャラリーが多く、緊張していつも通り投げられない人もいた。でもその中に紫電はいない。
(いいか薬学部どもめ! 勝負って言うのはな、常に二つのバトルが火花を散らしてんだ。一つは戦う相手と。そしてもう一つは、自分自身とだ!)
だからこのボウリング、紫電は隣のレーンをできるだけ見ない。この球技はテニスのように相手と向き合っったり、バスケットのように一つのボールを奪い合ったりはしない。自分がいかに高いスコアを叩き出すかが肝心なのだ。
「おお! こっちもストライクだ!」
どうやら薬学部にも猛者がいるらしい。見ると三年の女子だ。華奢な体の割に、一投で全てのピンを倒した様子。そして今紫電の方を向いたので、目が合った。
「小岩井君でしょう? 私、いんちきボウラーには負けないからね!」
しかもおちょくって来たのだ。
(ちょうどいいぜ。今はあの先輩を仮想敵に見立ててボウリングで勝負だ)
続く紫電の二投目。さっきと同じように紫電は投げた後を確認しないで席に戻ろうした際、
「あ、惜しい!」
という声が聞こえたので振り向いた。すると、一ピンだけ立っている。
「やーいやーい! ストライク逃したー!」
すかさずヤジを投げる薬学部の連中。
「気にすんな、紫電。あれを倒せばスペアだから……」
「わかってるぜ」
言われた通りにする。
「ナイス!」
友達とハイタッチもしたが、隣のレーンのスコアを見ると、何とさっきの先輩はまたもストライク。
(追い抜かされた……!)
この時、紫電に衝撃が走った。
(俺は馬鹿か! あれだけ勝負が云々言っておきながら、自分が一番集中できてねえぞ? 落ち着け、冷静になれ、心に波を立てるな!)
頬を叩いて気を確かめる。
(これは、仲間からすれば薬学部との勝負。でも俺からすれば、自分とのバトルだ!)
認識を改め、
(あの先輩は俺の敵じゃない! 俺が倒すべき相手は、緑祁だ! 敵を見誤るな! だから今は自分のボウリングをすればいいんだ!)
多分隣の先輩は、今回の敵は紫電であるという認識だろう。だが彼の方は違う。今は自分が一番の敵。勝ちたいという思いが一番邪魔。今すべきことは、当たり前のルーチンワークだ。
(勝つのは当然だ……)
もし今の彼の手元に刀があったら、間違いなく彼は自分を切っているだろう。それぐらい、自分の精神を試している。図っている。探っている。
(よし!)
三投目だ。勢いよく理想的なコースに投げた。文句なくストライク。対する先輩は、両端が一本ずつ残ってしまったスプリットだ。
「頑張れ! こういう風に投げれば……」
仲間に励まされてレーンに立つ彼女。でも失敗した。上手くピンを弾けなかったのである。
「ああ、やっちゃった……」
落ち込んだその先輩は、チラリと紫電の方を見た。でも紫電は、無表情だった。
(先輩が失敗しようが成功しようが、もう俺には関係ない。俺は俺の道を進むだけだ。その道を塞ぐのは、緑祁だけだからな……)
この三投目が、両者の運命を分けた。
先輩は紫電のスコアが気になってしまい、集中できずに調子を落とした。対する紫電は、相手には目もくれずひたすらにストライクを量産する。ドンドンとスコアに覆しようのない差が出始め、それがまた先輩に悩みの種を植え付けるのだ。
勝負の内容は三ゲーム。それぞれで集計すると、一ゲーム目は薬学部の勝利だったが、二ゲーム目、三ゲーム目は紫電たちが取った。最終的に軍配が上がったのも、彼らの方だ。
「うわ、負けた……」
「ハッハーン! どうしたのかな、薬学部さん? お宅の薬を飲んでも風邪が治りませんけど? あるぇえ、処方する薬、間違ってません?」
「うるさいぞ、この……!」
薬学部はいちゃもんをつけようとしたが、そんなことをしても勝負の結果は変わらない。だから紫電たちは聞き入れなかった。
「私、小岩井君に負けちゃったね……」
先輩は紫電の前でそう呟いたが、肝心の彼は、
「済まないね。先輩のことは最初から眼中になかったぜ」
敵は自分。いかに勝負に集中できるかに彼は主点を添えた。だから勝ち負けはどうでもよかったのだ。
勝利の祝賀会が居酒屋で開かれた。
「今日は紫電を呼んでおいて、本当に良かったぜ!」
隣の席に座った同級生がそう言い、紫電のグラスに自分のをカチンと当てた。
「俺も今日、行って良かったと思ってるよ」
それは勝利に立ち会えたからではない。自分を見つめ直すキッカケになったからだ。
(俺は、集中できてなかったんだな。緑祁のことばかりに囚われてしまっていた。アイツとは決着をつけるべきだが、それは多分まだ先のこと。いつかのためじゃなく、今のために生きないといけねえぜ)
焦ってはいけない。
(でも、目標は越えねえとな)
けれど、諦めもしない。いつの日か確実に、緑祁を越える。彼よりも強いことを証明する。
そしてそれは、そう遠くない未来のことになるのだった。
「何を言う、効果のないのサプリメントしか開発できない無能のくせに!」
「おおっと? 遠吠えは負けてからならいくらでも聞くぜ?」
「自己紹介か、それ?」
大学生活において、紫電の学部と隣の大学の薬学部は仲が悪い。でもそれはお互いをライバル視し過ぎた結果こじらせているのであって、設立当初から険悪ムードが漂っているのではないし、心の底から相手を毛嫌いしたり貶めようとしたりはしていない。話に聞く中には、仲良くやれている人だっているぐらいだ。
「頼むぞ、紫電! 得意の紫電一閃を見せてくれ!」
「勝手に技名決めんなよ…」
「いざという時は、霊能力でこう、なんとか…」
「それは駄目だ、不正行為じゃねえかよ。今日は真面目に実力勝負だろう?」
紫電が霊能力者であることは、大学でも有名だ。
「ケッ! 霊感商法まで始めてんのかよ? 落ちるところまで落ちてんだな、お前ら!」
薬学部の誰かがそう叫んだ。もちろん紫電の耳にも入る。
(カチンと来たぜ…?)
聞こえないフリをしたが、紫電は決めた。徹底的に薬学部を叩き潰すと。
ボウリング勝負開始。隣同士のレーンで四人のチームが点数を競う。紫電は二番目だ。ボールに指を突っ込んだ時、
(これがもし、緑祁とのバトルだったら?)
彼と球技で競い合う状況になるとは思えないが、その場合はどうなのだろう?
(緑祁だったら、娯楽では手を抜くか? 楽しむことに従事するかもな。ここで本気を出すのは大人げない?)
いいや、と首を横に振る。
(違う! 薬学部の連中にすら勝てないんなら、緑祁にも勝てない! アイツは農学部らしいが……いやいや、そういう話じゃなくて! 普通の戦法を展開する相手には勝って当然なんだ!)
第一投。紫電はボールがピンに到達する前に振り向いて席に戻った。
「何いいいいっ! いきなりストライクだと…! ヤブのくせに、飛ばすじゃねえか!」
今日は参加しないギャラリーが多く、緊張していつも通り投げられない人もいた。でもその中に紫電はいない。
(いいか薬学部どもめ! 勝負って言うのはな、常に二つのバトルが火花を散らしてんだ。一つは戦う相手と。そしてもう一つは、自分自身とだ!)
だからこのボウリング、紫電は隣のレーンをできるだけ見ない。この球技はテニスのように相手と向き合っったり、バスケットのように一つのボールを奪い合ったりはしない。自分がいかに高いスコアを叩き出すかが肝心なのだ。
「おお! こっちもストライクだ!」
どうやら薬学部にも猛者がいるらしい。見ると三年の女子だ。華奢な体の割に、一投で全てのピンを倒した様子。そして今紫電の方を向いたので、目が合った。
「小岩井君でしょう? 私、いんちきボウラーには負けないからね!」
しかもおちょくって来たのだ。
(ちょうどいいぜ。今はあの先輩を仮想敵に見立ててボウリングで勝負だ)
続く紫電の二投目。さっきと同じように紫電は投げた後を確認しないで席に戻ろうした際、
「あ、惜しい!」
という声が聞こえたので振り向いた。すると、一ピンだけ立っている。
「やーいやーい! ストライク逃したー!」
すかさずヤジを投げる薬学部の連中。
「気にすんな、紫電。あれを倒せばスペアだから……」
「わかってるぜ」
言われた通りにする。
「ナイス!」
友達とハイタッチもしたが、隣のレーンのスコアを見ると、何とさっきの先輩はまたもストライク。
(追い抜かされた……!)
この時、紫電に衝撃が走った。
(俺は馬鹿か! あれだけ勝負が云々言っておきながら、自分が一番集中できてねえぞ? 落ち着け、冷静になれ、心に波を立てるな!)
頬を叩いて気を確かめる。
(これは、仲間からすれば薬学部との勝負。でも俺からすれば、自分とのバトルだ!)
認識を改め、
(あの先輩は俺の敵じゃない! 俺が倒すべき相手は、緑祁だ! 敵を見誤るな! だから今は自分のボウリングをすればいいんだ!)
多分隣の先輩は、今回の敵は紫電であるという認識だろう。だが彼の方は違う。今は自分が一番の敵。勝ちたいという思いが一番邪魔。今すべきことは、当たり前のルーチンワークだ。
(勝つのは当然だ……)
もし今の彼の手元に刀があったら、間違いなく彼は自分を切っているだろう。それぐらい、自分の精神を試している。図っている。探っている。
(よし!)
三投目だ。勢いよく理想的なコースに投げた。文句なくストライク。対する先輩は、両端が一本ずつ残ってしまったスプリットだ。
「頑張れ! こういう風に投げれば……」
仲間に励まされてレーンに立つ彼女。でも失敗した。上手くピンを弾けなかったのである。
「ああ、やっちゃった……」
落ち込んだその先輩は、チラリと紫電の方を見た。でも紫電は、無表情だった。
(先輩が失敗しようが成功しようが、もう俺には関係ない。俺は俺の道を進むだけだ。その道を塞ぐのは、緑祁だけだからな……)
この三投目が、両者の運命を分けた。
先輩は紫電のスコアが気になってしまい、集中できずに調子を落とした。対する紫電は、相手には目もくれずひたすらにストライクを量産する。ドンドンとスコアに覆しようのない差が出始め、それがまた先輩に悩みの種を植え付けるのだ。
勝負の内容は三ゲーム。それぞれで集計すると、一ゲーム目は薬学部の勝利だったが、二ゲーム目、三ゲーム目は紫電たちが取った。最終的に軍配が上がったのも、彼らの方だ。
「うわ、負けた……」
「ハッハーン! どうしたのかな、薬学部さん? お宅の薬を飲んでも風邪が治りませんけど? あるぇえ、処方する薬、間違ってません?」
「うるさいぞ、この……!」
薬学部はいちゃもんをつけようとしたが、そんなことをしても勝負の結果は変わらない。だから紫電たちは聞き入れなかった。
「私、小岩井君に負けちゃったね……」
先輩は紫電の前でそう呟いたが、肝心の彼は、
「済まないね。先輩のことは最初から眼中になかったぜ」
敵は自分。いかに勝負に集中できるかに彼は主点を添えた。だから勝ち負けはどうでもよかったのだ。
勝利の祝賀会が居酒屋で開かれた。
「今日は紫電を呼んでおいて、本当に良かったぜ!」
隣の席に座った同級生がそう言い、紫電のグラスに自分のをカチンと当てた。
「俺も今日、行って良かったと思ってるよ」
それは勝利に立ち会えたからではない。自分を見つめ直すキッカケになったからだ。
(俺は、集中できてなかったんだな。緑祁のことばかりに囚われてしまっていた。アイツとは決着をつけるべきだが、それは多分まだ先のこと。いつかのためじゃなく、今のために生きないといけねえぜ)
焦ってはいけない。
(でも、目標は越えねえとな)
けれど、諦めもしない。いつの日か確実に、緑祁を越える。彼よりも強いことを証明する。
そしてそれは、そう遠くない未来のことになるのだった。