第1話 廃墟の島で その2

文字数 2,623文字

「緑祁、呉では大活躍だったんだってね? 聞いたわよ」
「誰から?」

 海神寺でのことは内密にされているはずだ。なのにその時の情報を絵美が知っているはずがない。だが以外にも、緑祁には心当たりがあった。

「大鳳雛臥と猫屋敷骸だね?」
「そうそう! あの二人とはよく一緒に仕事するのよ。大変だったでしょう? メカ音痴にキッザキザ……。面倒ったらこの上ないわよ!」

 以前に二人が絵美たちの愚痴をこぼしていたように、刹那と絵美も彼らの悪口をここで言う。普通なら不快に感じるだろう。しかし緑祁は、

(悪口を言い合えるほど、一緒に頑張って来たんだね。羨ましいよ、そういう人がいるってことが…)

 ややお人好し的な感想を抱いた。

「作られし神が二体。汝はそれらを従えている。我はその姿を見ることを望む。この頼み、聞き入れてくれるだろうか――」

 刹那が、緑祁に手に入れた式神を見せてくれないかと頼んだ。

「いいよ。ちゃんと持って来てあるし、何なら軍艦島の探索も任せようと思っていたんだ」

 緑祁が二枚の札を取り出した。それに念を込めて、式神を召喚する。[ライトニング]と[ダークネス]が、三人の頭上に表れた。

「すごい……! 話には聞いていたけど、こんなに力強いビジョンなのね!」
「美しくも気高さを感じさせる、二体の式神。敵に回せば、我らは敵わないであろう。だが今夜は味方。これが、どれほど幸運であることか――」


 ボートは暗い海の上を淡々と進んだ。軍艦島に接岸し、流されないようロープで強く結びつける。

「では、上がるわよ…!」

 絵美が先陣を切って上陸した。続いて刹那と緑祁も足を踏み入れる。

「わぁ……」

 島全体が廃墟と化している軍艦島。その圧倒的な光景・雰囲気に、三人は思わず息をのむ。

「これは、悪そうな霊が何体かいてもおかしくはないわね…」
「油断大敵。気を引き締めよ、という神よりの警告なのだ――」

 事前に調達しておいた案内用のパンフレットを開いて緑祁は、

「所々崩れてしまっている場所があるみたいだ。そこは[ライトニング]と[ダークネス]任せるとして、僕らは行けるところを回ろう」

 本来の上陸ツアーなら、見学できる場所以外は立入禁止である。だがこの任務は、島全体が調査対象なのだ。緑祁は二体の式神に命じ、もしも悪い幽霊がいるようなら倒してしまって構わないとした。[ライトニング]と[ダークネス]は元はこの世界の魂ではないのだが、こちらの世界に来た後で式神として生まれ変わったので、霊魂を認識・干渉できる。

「そっちは任せたよ。深追いはしなくていいから、可能な範囲で対処してくれ」

 二体の式神は緑祁の指示に頷いて答え、軍艦島の奥の方……学校跡がある北東部に飛んで行った。

「さて! こっちもチャチャっと終わらせるわよ!」

 現在三人がいるのは、第一見学広場。本来はこの柵の向こうに入り込むことは絶対に許可されない。が、他に誰も見ていない今なら話は別だ。

「よっこらせっと!」

 悪い気はしているのだが、だからと言ってこの場で仕事ができるわけでもないので、緑祁が柵を飛び越える。それに刹那と絵美も続く。

「ねえ緑祁? 火を起こしてくれないかしら?」

 絵美が頼んだ。というのも彼女は鉄砲水よりも強い激流を繰り出せるのだが、鬼火は使えない。これは刹那も同様で、彼女の場合は旋風の上位種である突風が操れるが、やはり炎に関する霊障は守備範囲ではない。だから緑祁に頼む。絵美の手には香炉が一つあり、その中に渦巻型の線香がある。

「ああ、これは確か……。悪い霊に効くお香だっけ?」

 火をつけながら緑祁は答えた。

「自衛のためよ。いつどこから幽霊が襲って来るかわからないからね。これがあれば屋外でも三人ぐらいは守れるんじゃない? 詳しく知らないけど?」

 生者である三人には、心地よい香りだ。だが霊には悪臭であるらしく、付近の弱い霊魂が蜘蛛の子を散らしたかのように逃げて行く。

「十分な効き目。これがある限り我らの安全は約束された。この煙は霊をあぶり出すのにも使えるために、活躍してくれるであろう――」

 島中央にある山を登り越え、元鉱員社宅の方に向かう。道中特に危険な霊は見当たらない。

「定期的に駆除してるらしいわ。でも、時間が経つと戻ってきたり新たに住み着いたりするらしいのよ。だから今夜私たちが祓うってワケ」

 お香が吐き出す煙は建物の中に広がり、霊を追い出す。島固有の地縛霊は流石に香りだけで祓えないが、

「この地で生まれ育って死んだ魂なんだ、見なかったことにしようよ」

 緑祁はそう決めた。刹那たちは異議を唱えない。そもそも地縛霊がいるということは、前回の除霊時にも祓われなかったこと……つまり人間に危害を与える気がないことを意味している。生前の場所にこだわりのある霊なので、荒らされれば黙っていないだろうが、

「この廃墟の島は、歩ける場所が限られている。故に荒らすことはできない。彼らにとってこの老朽した神殿は、誰にも穢すことのできない聖域となっているのだ――」

 元よりそういう輩は上陸できないので、そのケースを考える必要がない。

「あっ!」

 だが、地縛霊ではない霊が前方にいた。大きな青い体の霊だ。ソイツは他の霊魂を食ってさらに大きくなっていく。

「これは……排除しないといけない!」

 三人は同じことを考えた。緑祁はその場に留まり、刹那が右に、絵美が左に動く。

「ねえ! そこの青い幽霊! どうしてここにいるんだい!」

 返事は期待していない。コミュニケーションが目的ではないのだから。注意を引くことが大事。そして、

(成功だ!)

 敵の霊の顔が、緑祁の方を向く。そしてターゲットを彼に定めたのか、動き出す。大きな手が、緑祁の体を掴もうと伸びてくる。

「させないわよ!」

 左にいた絵美が激流を手のひらから放ち、霊を攻撃。水の流れのせいで霊はバランスを崩した。

「ググ?」

 そしてその瞬間を見逃さない。刹那が突風を起こし、霊の体を瓦礫に叩きつける。

「よし、任せて…!」

 トドメは緑祁だ。鬼火を起こし、霊を燃やす。

「グオオオオオオ………」

 巨体の割には、燃え尽きるのはあっという間だ。その青い体が黒煙になって空気に溶けだした際、蓄えていたであろう霊魂が放出された。解放された弱い魂たちは、お礼を言いたいのか心霊写真に写り込むオーブのように瞬いてから、消える。

 こんな具合に流れ着いた霊を排除しながら廃墟の中を進み、軍艦島を攻略していく。
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