第1話 密航の沈没船 その2
文字数 5,101文字
甲板に出た紫電。
「あらよっと」
床がきしむために、恐る恐る一歩ずつ踏み込む。隅っこに来た時振り向いて、
「数百年の時を越えて、ようやく日本に来たってワケか」
そう考えると感慨深い。当時の乗組員たちはずっと、この日本に来ることを毎日夢見ていたのだ。
「ようこ……」
歓迎の挨拶を言おうとした彼だったが、甲板の上に転がっているある物に目が走った。
それは、ペットボトルだ。
「何でこんなものが?」
二十世紀にならないと誕生しない物体が、大昔の船の上に置いてある。
「………不自然過ぎる!」
そしてその周りをよく見てみると、袋の残骸やプラスチックの容器、缶詰と缶切りも捨ててあった。釣り竿まで放置されているのだ。
それは明らかに、誰かがいた形跡。
(でも、誰が? この沈没船が日本に来たのは、多分今日の昼間ぐらいだ。それにこれ自体を認識できるのは霊能力者だけ。普通の人では触ることはおろか、見ることすらできねえはず! ホームレスが住居に使っていたとは考えられねえ……)
その者は、船で生活していたのだろうか? そう考えるのは無理がある。
(できっこないぜ! だってこのスカル・リバイス号は、沈没船だ! 何世紀も前に海の底に沈んだんだ!)
だがここで、彼は閃く。ある可能性を。
「も、もしや!」
それは、何者かがこの船を使って来日したということ。生活感の痕跡の持ち主は、海を渡る手段にこの船を選んだのだ。
「でもソイツは、日本の入国審査とかをパスできねえ人物か? それとも入国したこと自体を隠しておきたい……」
そこまで考えていると、下の方から悲鳴が聞こえた。
内部を探る雪女は、かなりおぞましい物を見ていた。
「………」
それは、人間の白骨だ。この船と運命を共にした、乗組員の遺体である。
「悲しいことに……。でも私は、きみたちには何もしてあげられない…」
せいぜい合掌する程度である。それで成仏してくれれば、と。
「あれ?」
さらに奥に進もうとした際、それが目に入った。
「…寝袋?」
かなり新しいシェラフである。全部で六つあった。その近くには、電池式のランタンや雑誌、ボードゲームまで転がっている。
「誰かがここで生活をしていた? つい最近まで?」
雪女も紫電と同じことを感じたのだ。
もっと詳しく調べる必要があることに気づいたので、彼女は船長室の扉を開けて中に入る。
「うわぁ」
椅子に腰かけた船長と思しき白骨が、そこにあった。テーブルには航海日記まであって、毎日書いていたみたいだ。スペイン語は雪女にはわからないが、日付は数字で記されていたのでそれだけは読めた。
「一五三四年十二月。ここで日記は止まって……」
ない。何と続きが書かれている。
「二〇一五年、一月十三日?」
その日から毎日、記述は復活している。
「え、でも……」
船長の髑髏を懐中電灯で照らす。確かにもう遺体のはずだ。
しかし何と、この骸骨が突然動き出したのである。
「きゃああああああ」
驚いた雪女は大きな声を上げて、後ろに下がった。船長の骸骨はサーベルを握って立ち上がったのだ。
「ゆ、幽霊船ならあり得てもおかしくはない、よね……」
動きはゆっくりだ。しかし、殺意を感じる。だから雪女は船長室から逃げた。
「……ここも」
先ほどまで床に転がっていた乗組員の骸骨も、力を得たかのように起き上がる。
「ガラガラガラ……」
顎を動かし、何かを言っている。そして言い終えると雪女にサーベルを向けた。
(く、来る……)
ここは霊障で対処する。相手の数は多いが、それで何とかするしかない。
その時だ。突然天井が崩れた。
「大丈夫か!」
紫電が上から降って来たのだ。彼は雪女の悲鳴を聞いて、すぐに駆け付けてくれた。
「心配しなくても……。私だって、霊能力者だよ? いきなり骸骨が動き出したから驚いただけ……」
「今はそんなことを言っている場合じゃねえだろう! これは明らかに、怪しい!」
もっと調べたいことがあるのだが、今はそれよりもこの骸骨たちを何とかしなければいけない。紫電はダウジングロッドを抜いた。
「ガウ!」
骸骨が一体、彼に切りかかろうとした。しかし電霊放を頭部に撃ち込まれ、頭蓋骨が砕け散ると体も崩れた。
「さては頭が弱点だな?」
この現象に全く驚かない紫電。雪女はそれを尋ねたが、
「後で話す! 今はこの骸骨どもに集中だ! あの世に送り返せ!」
「わかったよ」
雪女も霊能力者として、その戦闘力を遺憾なく発揮。敵の剣を雪の結晶で防ぎ、頭に雪の氷柱を撃ち込む。
「ガガッ!」
これに怯んだ骸骨たち。しかしまだ大勢いる。その数のアドバンテージを活かし、人海戦術を展開してきた。ただでさえ狭い船内で、この布陣は二人にとって、圧倒的に不利だ。
「雪女! 一度甲板に出るぞ! ここではマズい!」
「でもどうやって? 階段はこっちにはないよ?」
「関係ない!」
紫電は雪女を抱えると大ジャンプし、天井を突き破って上の階に飛び上がった。まだそこの骸骨たちは起き上がっておらず、すぐに階段を登って甲板に出る。
「やっぱりボートがねえ! スカル・リバイス号は確か、生存者がいなかったはずだ! 逃げた痕跡もなかったはずなのに、ボートだけが忽然と消えている!」
誰かが使ったと、紫電は言いたいのだ。それは雪女にも伝わって、
「少なくとも六人はいるよ。寝袋がそれだけあったから」
「そうか。じゃあ俺たちの考えが正しければ……」
誰かがこの幽霊船をあの世から引きずり出して、密航に使った。
「間違いねえ! 【神代】に報告だ!」
スマートフォンを取り出したが、圏外であった。この船を降りるまで、外部と連絡が取れないということである。
「しかしどうやって降りる? 甲板まで上がっちまうと、多分雪の結晶も落下の衝撃と重力には耐えられねえんじゃねえのか……」
「た、多分……」
二人が逃げ道の確保に困っていると、船の内部から骸骨がぞろぞろと現れる。
「もう来やがったぜ!」
しかしどいつもこいつも、紫電たちに襲い掛かろうとしない。急に、その集団が二つに分かれて道を開いた。
「あれは……船長?」
スカル・リバイス号のキャプテンだ。その骸骨がサーベルを二本持って、堂々と歩み寄ってくる。仲間をやられてかなり怒っているのだろう、顎をガタガタを振るわせ闘気を露わにしている。
「やってやろうじゃねえかよ、お前たちの親玉! ここであの世に送り返してやるぜ!」
紫電が前に出た。
(頭を撃ち抜けば、それで勝てる!)
そういう油断が彼にはあった。
ダウジングロッドを向け、電霊放を撃ち込む。だが、船長の骸骨は眼前でサーベルをクロスさせて受けた。サーベルの刃に電流が走るがそれだけだ。
「防いだ、だと!」
そんなはずはない。紫電はそう思い何発か連続で撃った。でもそれらは全て、剣でさばかれ空しく空気の中に消える。
「なるほどな、これは厳しそうだぜ……」
こちらの攻撃が通用しないとなると、苦戦は必至。
対する船長が動いた。他の骸骨よりも素早く、剣を振り下ろす。
「いぃ!」
刃こぼれしているはずの年代物のサーベルだが、切れ味は全く落ちていないようだ。紫電の前髪を少し、切り落とした。
「ガクガクガッ!」
次は胴体に当てるつもりだ。横にサーベルを振って、紫電に攻撃する。
「うおっと!」
だがこれを紫電、しゃがんで避ける。同時に船長のことを蹴り飛ばした。重さの方は紫電の方が勝っているため、船長の骸骨は吹っ飛んで他の乗組員にぶつかる。
「ガガガ!」
衝撃で骨組みがバラバラになったのだが、その後に信じられないことが起きた。何と船長、同時に散らばった他の乗組員の骨を吸収し、自身の体を構成する一部に加えたのである。
「おいおいおい、そんな人外じみたことが許されてんのかよ……! さっきよりも大きく太くなった…?」
唯一頭だけは変化していないが、腕、胴体、脚は長さも太さも二倍。剣を振り下ろすスピードも上昇。
(いいやそのパワーアップは墓穴だぜ! 大きくなったということは、俺が懐に潜り込んだら対処しにくくなったってことだ! 電霊放を頭にぶち込んでやる!)
しかし紫電、ポジティブに考える。その発想が彼に勝機を与えるのか、
「ガブッ!」
船長が腕を大きく上げ、振りかぶった。
「ここだッ!」
その時、紫電は判断する。後ろに下がるのではない。逆に前に出るのだ、と。床を蹴って駆け出した。
「ギギィッ?」
サーベルは、正確な軌跡を描いた。もしも紫電が前に動いていなかったら、彼の頭と胴体は離れ離れになっていただろう。だがその精密な剣さばきが、予想外の動きを見せた紫電を捉えることを不可能にしてしまった。
「ガアア!」
しかし左手の二本目がある。これを上から突き立てて串刺しにしようという魂胆だ。
「つぁ!」
今度も紫電、避ける。一歩だけ後ろに下がった。
「ガ、ガガ……?」
二本目のサーベルは甲板を貫いた。それはつまり、床に刺さったということ。すぐに引っこ抜けないほど力を込めていたのだろう、深々と刺さったのだ。
「これでお前を守れる剣は無くなったな?」
「ゲッ!」
右手は左に振ってしまった。そして左手のサーベルは床に突き刺さった。右手を動かして防御しようにも、左腕が邪魔でできない。
「くらえ!」
隙だらけの頭部に電霊放を撃ち込む。
「グッガアアアア!」
だがこの船長、ここで負けるわけにはいかないという確かな覚悟を持っている。故に邪魔な左腕を切り下ろして、右手を上げてサーベルで電霊放を防ぐ。
「そう来ると思ったぜ……」
その動き、紫電からすれば予想通りだ。だから彼は同時に二発、電霊放を撃っていた。一発目の後ろに隠れて見えてなかった二発目。それをさばくことは、船長にはもう不可能だ。
「ギャシャッ……!」
脳天に命中した電霊放は船長の頭蓋骨を一撃で砕いた。
「ようし! さああの世に沈んでんだな……」
頭部が破壊されれば、他の乗組員の時と同じように力を失い船長の体は崩れ落ちる。
同時に、船が揺れ出した。
「な、何……?」
「もしや船長が負けたから、この船が海の底に戻るんじゃねえのか?」
船長あっての幽霊船。負けてしまえば力を失い、現世にいられなくなる。元々ボロボロだった船体にヒビが入り、バラバラになろうとし始めたのだ。
(船長や乗組員はあの世に帰るだけだろうけど! 俺や雪女はどうなる……? 投げ出されるのか、船から?)
それはこの甲板から、海に突き落とされるようなものだ。
(マズい! 雪女は泳げないしだいいち、冬の海に落ちること自体が危険だぜ……!)
でも彼の霊障では、この状況を打破することは不可能。
音を立てながら幽霊船が崩れ、海に沈んでいく。
「雪女!」
何とか彼女を抱きかかえることには成功した。でも絶体絶命が目の前にある。
(海に飛び込むか? 服着たまま? それに雪女を抱えて、砂浜まで泳ぐって?)
どう考えても無理だ。
「駄目か……」
諦めが言葉に出てしまう。
しかし、
「どうしたの紫電? そんなに簡単に投げ出すなんて、らしくないよ?」
雪女は逆だった。
「きみはあの船長を倒してくれた。だから今度は私の番」
紫電の体をしっかりと右手で掴むと、左手で雪の結晶の準備をした。
「でもこの高さじゃ……?」
「雪の結晶で足場を作ると思ってるの? 違うわ。知ってる紫電? 氷は水に浮くんだよ」
雪女は雪の結晶を繰り出した。それにしがみついている。
「そうか! 浮き輪代わりか!」
ついにスカル・リバイス号は再び海の底へ。一方で紫電と雪女は氷の塊に掴まり海に落ちる。
「ぶぶえ!」
冬の海の冷たさは尋常ではない。肌や肉を貫いてその冷水の感触が骨にまで達した気分だ。
「少しは我慢して。私にはこれが精一杯だから」
でも浮いている氷塊に掴まっているおかげで、溺れずに済んだ。
「泳げないけど足を動かして移動するぐらいはできるよ。これで少しずつ、海岸に戻ろう」
「ああ」
ゆっくりと、しかし確実に浜辺を目指して二人は進んだ。
「スカル・リバイス号……。ちょっとかわいそうだぜ。やっと日本に来たってのに、結局沈んじまうんだからよ………」
流石に同情を禁じ得ない。
「でも、そんなことよりも紫電、【神代】に報告しないといけないよ」
「わかってるぜ」
ただしスマートフォンはズボンのポケットに入れていたため、今ので浸水してしまった。
「まずは陸に上がって、執事が待っている車に戻るとするか。車には予備用のスマートフォンがある」
その報告の内容は、もう決まっている。
「何者かが、この日本に来た! ソイツらは幽霊船を使って密入国しやがったんだ!」
「あらよっと」
床がきしむために、恐る恐る一歩ずつ踏み込む。隅っこに来た時振り向いて、
「数百年の時を越えて、ようやく日本に来たってワケか」
そう考えると感慨深い。当時の乗組員たちはずっと、この日本に来ることを毎日夢見ていたのだ。
「ようこ……」
歓迎の挨拶を言おうとした彼だったが、甲板の上に転がっているある物に目が走った。
それは、ペットボトルだ。
「何でこんなものが?」
二十世紀にならないと誕生しない物体が、大昔の船の上に置いてある。
「………不自然過ぎる!」
そしてその周りをよく見てみると、袋の残骸やプラスチックの容器、缶詰と缶切りも捨ててあった。釣り竿まで放置されているのだ。
それは明らかに、誰かがいた形跡。
(でも、誰が? この沈没船が日本に来たのは、多分今日の昼間ぐらいだ。それにこれ自体を認識できるのは霊能力者だけ。普通の人では触ることはおろか、見ることすらできねえはず! ホームレスが住居に使っていたとは考えられねえ……)
その者は、船で生活していたのだろうか? そう考えるのは無理がある。
(できっこないぜ! だってこのスカル・リバイス号は、沈没船だ! 何世紀も前に海の底に沈んだんだ!)
だがここで、彼は閃く。ある可能性を。
「も、もしや!」
それは、何者かがこの船を使って来日したということ。生活感の痕跡の持ち主は、海を渡る手段にこの船を選んだのだ。
「でもソイツは、日本の入国審査とかをパスできねえ人物か? それとも入国したこと自体を隠しておきたい……」
そこまで考えていると、下の方から悲鳴が聞こえた。
内部を探る雪女は、かなりおぞましい物を見ていた。
「………」
それは、人間の白骨だ。この船と運命を共にした、乗組員の遺体である。
「悲しいことに……。でも私は、きみたちには何もしてあげられない…」
せいぜい合掌する程度である。それで成仏してくれれば、と。
「あれ?」
さらに奥に進もうとした際、それが目に入った。
「…寝袋?」
かなり新しいシェラフである。全部で六つあった。その近くには、電池式のランタンや雑誌、ボードゲームまで転がっている。
「誰かがここで生活をしていた? つい最近まで?」
雪女も紫電と同じことを感じたのだ。
もっと詳しく調べる必要があることに気づいたので、彼女は船長室の扉を開けて中に入る。
「うわぁ」
椅子に腰かけた船長と思しき白骨が、そこにあった。テーブルには航海日記まであって、毎日書いていたみたいだ。スペイン語は雪女にはわからないが、日付は数字で記されていたのでそれだけは読めた。
「一五三四年十二月。ここで日記は止まって……」
ない。何と続きが書かれている。
「二〇一五年、一月十三日?」
その日から毎日、記述は復活している。
「え、でも……」
船長の髑髏を懐中電灯で照らす。確かにもう遺体のはずだ。
しかし何と、この骸骨が突然動き出したのである。
「きゃああああああ」
驚いた雪女は大きな声を上げて、後ろに下がった。船長の骸骨はサーベルを握って立ち上がったのだ。
「ゆ、幽霊船ならあり得てもおかしくはない、よね……」
動きはゆっくりだ。しかし、殺意を感じる。だから雪女は船長室から逃げた。
「……ここも」
先ほどまで床に転がっていた乗組員の骸骨も、力を得たかのように起き上がる。
「ガラガラガラ……」
顎を動かし、何かを言っている。そして言い終えると雪女にサーベルを向けた。
(く、来る……)
ここは霊障で対処する。相手の数は多いが、それで何とかするしかない。
その時だ。突然天井が崩れた。
「大丈夫か!」
紫電が上から降って来たのだ。彼は雪女の悲鳴を聞いて、すぐに駆け付けてくれた。
「心配しなくても……。私だって、霊能力者だよ? いきなり骸骨が動き出したから驚いただけ……」
「今はそんなことを言っている場合じゃねえだろう! これは明らかに、怪しい!」
もっと調べたいことがあるのだが、今はそれよりもこの骸骨たちを何とかしなければいけない。紫電はダウジングロッドを抜いた。
「ガウ!」
骸骨が一体、彼に切りかかろうとした。しかし電霊放を頭部に撃ち込まれ、頭蓋骨が砕け散ると体も崩れた。
「さては頭が弱点だな?」
この現象に全く驚かない紫電。雪女はそれを尋ねたが、
「後で話す! 今はこの骸骨どもに集中だ! あの世に送り返せ!」
「わかったよ」
雪女も霊能力者として、その戦闘力を遺憾なく発揮。敵の剣を雪の結晶で防ぎ、頭に雪の氷柱を撃ち込む。
「ガガッ!」
これに怯んだ骸骨たち。しかしまだ大勢いる。その数のアドバンテージを活かし、人海戦術を展開してきた。ただでさえ狭い船内で、この布陣は二人にとって、圧倒的に不利だ。
「雪女! 一度甲板に出るぞ! ここではマズい!」
「でもどうやって? 階段はこっちにはないよ?」
「関係ない!」
紫電は雪女を抱えると大ジャンプし、天井を突き破って上の階に飛び上がった。まだそこの骸骨たちは起き上がっておらず、すぐに階段を登って甲板に出る。
「やっぱりボートがねえ! スカル・リバイス号は確か、生存者がいなかったはずだ! 逃げた痕跡もなかったはずなのに、ボートだけが忽然と消えている!」
誰かが使ったと、紫電は言いたいのだ。それは雪女にも伝わって、
「少なくとも六人はいるよ。寝袋がそれだけあったから」
「そうか。じゃあ俺たちの考えが正しければ……」
誰かがこの幽霊船をあの世から引きずり出して、密航に使った。
「間違いねえ! 【神代】に報告だ!」
スマートフォンを取り出したが、圏外であった。この船を降りるまで、外部と連絡が取れないということである。
「しかしどうやって降りる? 甲板まで上がっちまうと、多分雪の結晶も落下の衝撃と重力には耐えられねえんじゃねえのか……」
「た、多分……」
二人が逃げ道の確保に困っていると、船の内部から骸骨がぞろぞろと現れる。
「もう来やがったぜ!」
しかしどいつもこいつも、紫電たちに襲い掛かろうとしない。急に、その集団が二つに分かれて道を開いた。
「あれは……船長?」
スカル・リバイス号のキャプテンだ。その骸骨がサーベルを二本持って、堂々と歩み寄ってくる。仲間をやられてかなり怒っているのだろう、顎をガタガタを振るわせ闘気を露わにしている。
「やってやろうじゃねえかよ、お前たちの親玉! ここであの世に送り返してやるぜ!」
紫電が前に出た。
(頭を撃ち抜けば、それで勝てる!)
そういう油断が彼にはあった。
ダウジングロッドを向け、電霊放を撃ち込む。だが、船長の骸骨は眼前でサーベルをクロスさせて受けた。サーベルの刃に電流が走るがそれだけだ。
「防いだ、だと!」
そんなはずはない。紫電はそう思い何発か連続で撃った。でもそれらは全て、剣でさばかれ空しく空気の中に消える。
「なるほどな、これは厳しそうだぜ……」
こちらの攻撃が通用しないとなると、苦戦は必至。
対する船長が動いた。他の骸骨よりも素早く、剣を振り下ろす。
「いぃ!」
刃こぼれしているはずの年代物のサーベルだが、切れ味は全く落ちていないようだ。紫電の前髪を少し、切り落とした。
「ガクガクガッ!」
次は胴体に当てるつもりだ。横にサーベルを振って、紫電に攻撃する。
「うおっと!」
だがこれを紫電、しゃがんで避ける。同時に船長のことを蹴り飛ばした。重さの方は紫電の方が勝っているため、船長の骸骨は吹っ飛んで他の乗組員にぶつかる。
「ガガガ!」
衝撃で骨組みがバラバラになったのだが、その後に信じられないことが起きた。何と船長、同時に散らばった他の乗組員の骨を吸収し、自身の体を構成する一部に加えたのである。
「おいおいおい、そんな人外じみたことが許されてんのかよ……! さっきよりも大きく太くなった…?」
唯一頭だけは変化していないが、腕、胴体、脚は長さも太さも二倍。剣を振り下ろすスピードも上昇。
(いいやそのパワーアップは墓穴だぜ! 大きくなったということは、俺が懐に潜り込んだら対処しにくくなったってことだ! 電霊放を頭にぶち込んでやる!)
しかし紫電、ポジティブに考える。その発想が彼に勝機を与えるのか、
「ガブッ!」
船長が腕を大きく上げ、振りかぶった。
「ここだッ!」
その時、紫電は判断する。後ろに下がるのではない。逆に前に出るのだ、と。床を蹴って駆け出した。
「ギギィッ?」
サーベルは、正確な軌跡を描いた。もしも紫電が前に動いていなかったら、彼の頭と胴体は離れ離れになっていただろう。だがその精密な剣さばきが、予想外の動きを見せた紫電を捉えることを不可能にしてしまった。
「ガアア!」
しかし左手の二本目がある。これを上から突き立てて串刺しにしようという魂胆だ。
「つぁ!」
今度も紫電、避ける。一歩だけ後ろに下がった。
「ガ、ガガ……?」
二本目のサーベルは甲板を貫いた。それはつまり、床に刺さったということ。すぐに引っこ抜けないほど力を込めていたのだろう、深々と刺さったのだ。
「これでお前を守れる剣は無くなったな?」
「ゲッ!」
右手は左に振ってしまった。そして左手のサーベルは床に突き刺さった。右手を動かして防御しようにも、左腕が邪魔でできない。
「くらえ!」
隙だらけの頭部に電霊放を撃ち込む。
「グッガアアアア!」
だがこの船長、ここで負けるわけにはいかないという確かな覚悟を持っている。故に邪魔な左腕を切り下ろして、右手を上げてサーベルで電霊放を防ぐ。
「そう来ると思ったぜ……」
その動き、紫電からすれば予想通りだ。だから彼は同時に二発、電霊放を撃っていた。一発目の後ろに隠れて見えてなかった二発目。それをさばくことは、船長にはもう不可能だ。
「ギャシャッ……!」
脳天に命中した電霊放は船長の頭蓋骨を一撃で砕いた。
「ようし! さああの世に沈んでんだな……」
頭部が破壊されれば、他の乗組員の時と同じように力を失い船長の体は崩れ落ちる。
同時に、船が揺れ出した。
「な、何……?」
「もしや船長が負けたから、この船が海の底に戻るんじゃねえのか?」
船長あっての幽霊船。負けてしまえば力を失い、現世にいられなくなる。元々ボロボロだった船体にヒビが入り、バラバラになろうとし始めたのだ。
(船長や乗組員はあの世に帰るだけだろうけど! 俺や雪女はどうなる……? 投げ出されるのか、船から?)
それはこの甲板から、海に突き落とされるようなものだ。
(マズい! 雪女は泳げないしだいいち、冬の海に落ちること自体が危険だぜ……!)
でも彼の霊障では、この状況を打破することは不可能。
音を立てながら幽霊船が崩れ、海に沈んでいく。
「雪女!」
何とか彼女を抱きかかえることには成功した。でも絶体絶命が目の前にある。
(海に飛び込むか? 服着たまま? それに雪女を抱えて、砂浜まで泳ぐって?)
どう考えても無理だ。
「駄目か……」
諦めが言葉に出てしまう。
しかし、
「どうしたの紫電? そんなに簡単に投げ出すなんて、らしくないよ?」
雪女は逆だった。
「きみはあの船長を倒してくれた。だから今度は私の番」
紫電の体をしっかりと右手で掴むと、左手で雪の結晶の準備をした。
「でもこの高さじゃ……?」
「雪の結晶で足場を作ると思ってるの? 違うわ。知ってる紫電? 氷は水に浮くんだよ」
雪女は雪の結晶を繰り出した。それにしがみついている。
「そうか! 浮き輪代わりか!」
ついにスカル・リバイス号は再び海の底へ。一方で紫電と雪女は氷の塊に掴まり海に落ちる。
「ぶぶえ!」
冬の海の冷たさは尋常ではない。肌や肉を貫いてその冷水の感触が骨にまで達した気分だ。
「少しは我慢して。私にはこれが精一杯だから」
でも浮いている氷塊に掴まっているおかげで、溺れずに済んだ。
「泳げないけど足を動かして移動するぐらいはできるよ。これで少しずつ、海岸に戻ろう」
「ああ」
ゆっくりと、しかし確実に浜辺を目指して二人は進んだ。
「スカル・リバイス号……。ちょっとかわいそうだぜ。やっと日本に来たってのに、結局沈んじまうんだからよ………」
流石に同情を禁じ得ない。
「でも、そんなことよりも紫電、【神代】に報告しないといけないよ」
「わかってるぜ」
ただしスマートフォンはズボンのポケットに入れていたため、今ので浸水してしまった。
「まずは陸に上がって、執事が待っている車に戻るとするか。車には予備用のスマートフォンがある」
その報告の内容は、もう決まっている。
「何者かが、この日本に来た! ソイツらは幽霊船を使って密入国しやがったんだ!」