第4話 浅からぬ因縁 その1

文字数 3,936文字

「そろそろインターチェンジじゃ。降りる準備をしておけ、紅華!」

 皇の四つ子たちはもう既に、静岡にまで到達している。ここまで来ている他の参加者はいない。それは【神代】の順位表を見ればわかる。大会が始まってからもう十日が過ぎたが、未だ彼女たちは一位をキープしている。化け物じみた成績だ。

「料金、ほれ」

 高速を降りたらカーナビの指示に従うだけ。目的地である伊豆神宮は伊豆半島の付け根にある。弱い雨が降っているが、それでも渋滞はしないだろう。

「まずは太平洋側を攻めるぞ! その後に日本海側じゃ!」

 皇の四つ子たちはちゃんとルート構築をしていた。まずは愛知、静岡、山梨をクリアする。その後に神奈川、東京を突破してから新幹線で金沢に行き福井に車で移動。それから新幹線にまた乗って戻りながら石川、富山、新潟、長野、群馬、埼玉とチェックポイントを通過する。

「新潟から山形に向かうのはどうじゃ?」
「駄目じゃな、新幹線が通っておらぬ。車での移動は時間と労力のロスが大きい」
「しかし、一旦戻るっていうのも……」

 緋寒の提案したルートは、一度東京に戻るというものだ。確かに無駄が多そうだという、朱雀の発言も正しい。

「じゃが、それ以外の道が中々思いつかぬ。それにわちきらはぶっちぎりでトップを独走しておるのじゃ、少しグダったところで追いつかれはせぬ」

 そもそも全ての県を回るという大会の性質上、どうしても移動のために同じ県を訪れなければいけなくなってしまうことがある。だから無駄は必要経費と割り切る。
 道中に他の参加者と遭遇した場合は、積極的に戦って脱落させる。皇の四つ子は容赦しない性格なので、霊能力者の方から避けてくれることも多い。

「静岡では少し休憩してもいいかもな」

 急ぎ過ぎて終盤に潰れるのも、できれば避けたい。

「しかしじゃ、たった一日サボっただけで追い抜かれる可能性も否定はできん」
「そうじゃな………」

 赤実は思った。一昨日突破した神社を、もう通過しているチームもいる。一日のロスが順位の変動に繋がりかねない。

「休みながら行くか」

 そこで緋寒が言う。一日単位で休息するのではなく、神社や寺院に到着して御朱印をもらったらすぐに出発するのをやめる…チェックポイント通過時に短めの休憩を入れるのだ。

「それでいい」

 妹たちが納得したので、そのように作戦を調整した。
 ほどなくして一般道を通り、伊豆(いず)神宮(じんぐう)に到着。林の中にある、大きな神社だ。

「相変わらず一番乗りじゃな」

 早速住職を探そうとしたその時のことだ。

「んむむ?」

 その違和感に、緋寒が最初に気づいた。
 周囲の空気が強張っている。木々が風で揺れ、木の葉の擦れる音がする。それに対し、幽霊の気配を感じない。
 これ自体は変なことではない。ただ大会中、式神や幽霊を使役することは禁止だ。それはつまり、特別大きな霊が動き出すことがないということ。

「気をつけよ! 何かが……おる!」

 緋寒が叫んだ。すると、

「何じゃ、一体?」

 周囲の風景が歪み始める。まるで幻覚でも見せられているかのように。

「蜃気楼か!」

 霊障だ。誰かがここで使っているのだ。

「誰じゃ! 出て来い! 正々堂々としろ!」

 ダメもとで紅華が言う。自分たちに恐れをなして姿を見せないかもしれないからだ。
 しかし以外にも、伊豆神宮の本殿の影から二人、出てきた。

「ここに来ると思っていたぜ? 皇ぃ!」
「ヨソウドオりだね…」

 土方範造と天川雛菊だ。

「何でそなたたちがおる?」

 今日の朝の順位表に、彼らは表示されていなかった。つまりはトップ十にも入れていないということ。なのに暫定一位の自分たちよりも先に、ここに到着している。これが謎だ。

「先回りしてるだけさ」

 その答えは、こうだ。範造たちはずっと首位をキープしている皇の四つ子たちの存在を鬱陶しく思い、ワザとチェックポイントを通過しないでここまで来ていた。そうすれば順位表に表示されることなく先回りができる。

「ルールイハンはしてないわ……。キンシされてなければ、やっていいってこと」
「そういう態度が、好きになれんのじゃ」

 呆れて緋寒がそう吐き捨てる。
 皇の四つ子は、規則を重んじ常にルールを守ってきた姉妹だ。そういう決まり事への厳しさを買われて、【神代】の監視役に若くして任命されたのだ。

「平然とグレーなことをしでかすそなたたちは、どうも好かん。チカチカ信号なら渡って良いと本気で思っておるのか?」
「強かさが足りてねえな、貴様らは世渡りも下手なんじゃあねえのか? ギリギリを攻めることも重要だ。時としてルールを守ることができないことだってある。その時にそういう決断ができないんだろう?」

 だが逆に、その規則を犯しまくっている人たちもいる。それが範造と雛菊だ。許可されているとはいえ、二人は【神代】において禁じられている、殺人を行う役。元々真面目な少年少女時代を送っていなかったが故に、そういう汚れ役を押し付けられたのだろうと推測できる。
 すなわち皇の四つ子と【神代】の処刑人の間には、埋めがたい溝がある。その溝がこの二組の仲を最悪にしているのだ。

「はあ……。もうこれ以上話しておっても平行線じゃ。さっさと終わらせてやる!」

 人数的には皇の四つ子の方が多い。この差を用いれば相手が範造と雛菊であっても、すぐに勝てると判断した。

「おい待てよ? 俺たちが貴様らを倒すのに、二人だけで来るわけないだろう?」
「なんじゃと?」

 数で劣る範造らにも、その人数差が深刻であることはわかっている。だから、

「徹底的に貴様ら皇の四つ子を叩きのめしてくれる奴らと、チームを組んだ」

 パチンと指を鳴らすと、緋寒たちの後ろから二人の女性が現れた。

「そなたたちは……御門(みかど)梅雨(つゆ)(かんむり)(さき)! まさか、範造たちの味方をするのか!」

 知っている人だ。だが仲は良くない。梅雨と咲は結構自分の実力に自信があり、そして猛者として有名な皇の四つ子の強さを認めていない。対する緋寒たちもそんな梅雨たちと打ち解けようと思わなかった。特に御門の一族は、血族レベルで皇へ嫌悪の目を向けている。その御門家と古くから交流があるのが冠の一族。これでは仲良くしようとする方が不可能に近い。

「あんたら、今日で終わりにしてやるわ!」
「覚悟するんだな、皇!」

 予想外の増援に驚く朱雀。

「どうする、緋寒?」
「一つしかないであろう?」

 戦って勝つ。やるべきことはそれだけだ。

 皇の四つ子と【神代】の処刑人。そして御門、冠との因縁。大層に深いわけではないが、無視することもできない。それをここで、緋寒たちは一度清算するつもりなのだ。


「赤実、朱雀! おまけどもの相手は頼んだぞ?」
「わかっておる。じゃが霊障は何じゃ?」
「知らん!」

 下の妹二人が、梅雨と咲と戦う。緋寒と紅華は範造たちの相手だ。ただ全然関りのない人たちなので、霊障については不明。調べようにもここでタブレット端末を広げたら、その隙に攻撃されてしまう。

「いいかい、皇! 私たちを甘く見るんじゃないよ? こっちはもう、準備は終わってるんだからね」
「何を言い出すつもりじゃ?」

 梅雨が今、確かにそう言った。赤実は周囲をキョロキョロしたが、特に何か隠し玉がありそうなわけではない。

(ハッタリか? しかしあの表情、嘘は言っておらぬ)

 ここで動いたのは朱雀だ。

「言わせておけばうるさいぞ!」

 旋風を繰り出し、二人に向けた。だがその風の刃は、二人の姿をすり抜ける。

「……これは、蜃気楼?」

 今見ているのは幻覚だ。だから手応えがない。これは梅雨の方の霊障の一つ。

「慌てるでない、朱雀! そなたの風で周囲を探れ! どこに本物がおるのかさえわかれば、蜃気楼なんぞ怖くはない!」
「そうじゃな」

 自分たちの周りに風を展開。この空気に触れれば、本物がどこにいるのかはすぐにわかる。

「どうじゃ? 本物の咲と梅雨はどこにおる?」
「……いない! そんな馬鹿なことはあり得ぬが、おらんのじゃ……」

 だが空振り。

「もっとよく探れ! わたいらを相手している以上、必ず近くで見ておるはずじゃ!」
「そうは言われても…」

 もしかしたら離れた場所にいるのではないかと朱雀は言う。

(そうなのか……。だとしたら、かなり広範囲に蜃気楼を見せておる? そんなこと、でき……)

 ハッとなった。

「朱雀、ただの蜃気楼ではない! さっきから雨が降っておる!」
「だから何じゃ?」
「その雨に、幻影を投影できているのなら?」
「まさか?」

 これが、霊障合体・(にじ)である。まず鉄砲水を使って周囲に雨を降らせる。その降り注ぐ雨粒に、偽の視覚情報を映し出す。本来、そこまで離れた場所に蜃気楼は出現させられないのだが、雨というスクリーンがあれば話は別だ。しかも器用で、本当にそこに存在しているかのようなビジョン。

(蜃気楼が相手なら、目に頼ってはいられぬ)

 朱雀は目を閉じた。耳を澄ませて音を拾うのだ。そうすれば目だけを欺ける蜃気楼は無視できる。

「そこ、じゃ!」

 何か……足音のようなものが、左前方でした。そこに朱雀は旋風を送り出し、赤実も雪の氷柱を発射。

「仕留め……てない!」

 目視できていなくても狙いは正確だったはずだ。それなのに当たった感触がない。

「もしやそなたたち……。音すらも誤魔化せておるな?」

 もう、それしか考えられない。そして音に関する霊障は、応声虫。これは咲が持っている。
 つまり梅雨と咲は二人で協力し、絶対に自分たちが見つからない状況を作り出しているのだ。

「いかん! 一旦引くぞ、赤実!」
「くぅ……。仕方あるまい…」

 悔しいが、自分たちだけではどうすることもできない。それ以上に今のこのことを、緋寒と紅華に教えなければいけない。
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