第3話 報復開始 その2

文字数 4,141文字

 最初のターゲットは、神奈だ。ヤイバからすれば皐の肩を常に持つ人物で、ムカつく存在。そして照からすると彼女の言い分を一切聞き入れなかった、ある意味では皐と同レベルで許せない人だ。

「他にも殺すべきヤツはいるが、まず神奈。それから皐だな」
「異議なしだよ」

 そうと決まれば、作戦を立てるのみ。

「どうやって討つの? 居場所を知らないよ?」

 霊能力者ネットワークには住所も書かれているが、神奈については実家の所在地が記載されていた。既に親元から独立して一人暮らしを始めているであろう神奈がそこに残っている可能性はかなり低い。賭けるには危険だ。

「オレとしては、産んで育てた両親も同罪。実家ごと吹き飛ばしても構わないが?」
「………」

 照は、戦慄を覚えた。同じ人物を恨んでいるはずなのに、その次元が違うのだ。

「まあ、大きく動くと【神代】に勘付かれる。それは避けよう」

【神代】に睨まれたら、それこそ復讐ができなくなってしまうだろう。ヤイバも照も、皐たちの罪を暴く形になる復讐は考えていない。物理的に抹殺するつもりだ。

「一つ考えがある」

 ヤイバはそれを照に教えた。

「……じゃあ、それで行こう。ヤイバ、あなたが手を下すんだよね? 確実に殺せる……んだよね?」
「任せろ」

 自信満々な返事を聞いた照は、少し安心した。


 その次の日の午後のことだ。

「いいか照? 神奈をおびき出すのは、簡単なことだ」

 神奈の実家近くには、神社がある。そこをヤイバと照は訪れる。

「オレは巡礼者なのだが、よこしまな心を捨てきれなくてね。あそこのお嬢さんが気に入った、是非とも話をしたいんだ、協力してくれないかな? オレと同じく霊能力者みたいなんだが……」

 こういう話を神主にすると、下世話を焼いてくれる。

「連絡を取ってみよう」

 またこの時、偽名を名乗っておくのも重要だ。照のことは妹という設定。

「どうもすみません、兄が…。兄は女性とまるで縁がないんです……」

 残念そうな言葉をかければ、その分断りづらくなるのも計算の内だ。

「なあに、心配することはない。確か佐倉の娘さんは、独身なはずだ。きっと喜んで話を聞いてくれるさ」

 話をつけてこの晩は神社に泊めてもらうことに。照だけ離れ屋に入れ、ヤイバは、

「プレゼントを物色してくる」

 と言い、外に出た。

 この神社は階段の上に建っている。訪れるのなら必ず登らなければいけない石段だ。その横に生えている木の上で、ヤイバは待機する。闇夜が彼の気配を消してくれているために、コウモリやガ、フクロウすらその存在に気づいていない。
 夏の暑い夜に、階段を一段一段ゆっくりと登る女性が一人。神奈である。あまり華やかではない外見だ。

「来たか……」

 ヤイバのこの呟きは、風に吹かれてこすれ合う葉の雑音にかき消された。だが次の瞬間彼は飛んだ。階段という不安定な場所に上手く着地し、神奈の前にその姿を見せた。

「っわ! ビックリした!」

 突然目の前に人が降って来たのだ、驚かないわけがない。
 そしてこの瞬間、ヤイバが長年望んでいた復讐が、ついに始まった。

「………」

 この時ヤイバは、神奈の顔を見て目を合わせた。これはワザとで、自分が誰であるかを認識させるためだ。数秒二人は向き合い、お互いをよく見る。のだが、

「誰あんた? ウチちょっと今忙しいんだけど?」

 神奈の方は何と、ヤイバのことを憶えていないのだ。八年前の人物だから無理もないが、仲間と共謀して人生を破壊したというのに、その罪の意識の一欠けらも心に刺さっていないのだ。

「その用事は、すぐになかったことになる」
「は? 何言ってんの? 意味わかんないんだけど? つーかさ、邪魔だから退いてくれない?」

 煩わしそうな口振りだ。

「そうか。オマエには、意識がないのか。残念だ、懺悔の一つでも聞けると期待していたのだがな……」

 そこまで言っても、神奈はヤイバのことを思い出せない。完璧に忘却しているのだ。しかし殺気を感じ、霊障の準備をする。

「や、ヤバい!」

 手を振って鬼火を繰り出し、ヤイバに向けて撃ち出した。

「オマエはそれしかできない。それは昔から変わっていないらしいな……?」
「む、昔…? ウチのことを知っている?」

 だが、放たれた鬼火はヤイバの体には届かない。彼は何と、大きな釘を握っている。それで鬼火をかっ切って消したのだ。

「どこから持ち出したのそれ! 目を放してないのに」

 これは機傀(きかい)という、鉄と鋼の霊障である。ヤイバは自分の周りの金属類を自在に操ることができるのだ。また一分以内であるなら、自分の周りに鋼鉄を出現させることも可能。

(ここまでしても思い出してはくれないか。もう期待するだけ無駄だな。コイツは、自分がどうして死ぬのか、理解させないで地獄に突き落とそう)

 そういう裁き方もありだろう。そう判断したヤイバは、釘を掲げて神奈に襲い掛かる。

「死ぬがいい!」

 その殺意に反応した神奈は、

「いいや! あんたが死ね!」

 即座に大量に鬼火を生み出し、対抗する。

「全部くらわせて丸焦げにしてやる!」

 その火球を全てヤイバに向ける。彼女の言う通り、全て当てることができれば全身火傷は免れない。
 しかしヤイバ、

「とぉ!」

 足の裏に鉄棒を出現させ、それを蹴って真上にジャンプする。的が動いた鬼火は、ヤイバの背後にあった木を燃やしただけに終わった。

「逃げたつもり? 馬鹿じゃないの? 上に飛んだらもう逃げようがないじゃない!」

 鬼火を打ち上げる。宙を舞っているヤイバには、動いてかわすことができないと読んだのだ。

「オレの意見は違う」

 だがヤイバは、この神奈の上というポジションを利用する。七キロも重さがある砲丸を生み出しては、下に落とす。

「く、クソ!」

 ドスっ、ドスっと落ちてくる鉄の塊を避けるので精一杯な神奈は、攻撃に移れない。
 ヤイバの体が落下し始めた。

「捕まえる!」

 両手を広げ、着地と同時に神奈を掴むつもりなのだ。

「そう簡単にいくと思うワケ?」

 だが、その動きは目で捉えられている。どのように落ちるのかもわかっているので、神奈は少し動いて安全地帯を確保。

(したつもりなんだろうな? オマエは気づけてない。どうしてオレが、階段を戦いの舞台に選んだのか、その理由に!)

 ヤイバは神奈を捕まえられずに着地。だがその時、

「え……?」

 横にいた神奈の体が、階段の下に向かって勝手に動いた。足は下の段を踏むことができず、彼女は何段もある階段を転げ落ちていく。
 実は既に、ヤイバの機傀が働いていたのだ。小さめの錨が神奈の服に引っ掛かり、そして鎖で繋がれた砲丸の重みが彼女の体を下に持って行ったのである。結構な高さから落ちた神奈は傷だらけ血まみれになりながら転がり、地面についた頃にはもう意識がなかった。

 ゆっくりと降りて来たヤイバは、その死を確認した。体から抜け出た魂をヤイバは掴み、真っ二つに折り曲げて霊魂すらも破壊する。これで幽霊となることも阻止。

「まず一人! 神奈、オマエという一番面倒そうなヤツを最初に殺せて良かったと思っているぞ」


 ヤイバが階段を場所に選んだ理由は一つだけではない。

「た、大変だ!」

 わざとらしく顔を真っ青にさせて、彼は本殿に駆け込んだ。

「どうしたんだ、一体?」
「か、神奈さんが! あ、ああ!」

 口を動かしても何が起きたのかを説明しない。これも、焦っていることを演出している。

「どうしたのお兄ちゃん?」

 照も出て来る。

「かかか、かいだ、ん、に!」

 神主は神社を出て階段をかけ下ると、その遺体を発見した。

「け、警察! 救急にも連絡だ! 急いで!」

 数分後に駆け付けた警察に対し、落ち着きを取り戻したように見せたヤイバは次のように語った。

「一緒に歩いていたんです。でもいきなり神奈さんが足を踏み外して………」

 警察はその言葉を信じた。一応鑑識が調べたが、事件性はないと判断。
 これが、ヤイバの狙いだった。

(階段を踏み外して死ぬ。よくある事故じゃないか。疑いの目はオレや照には向かない! だから皐も、オレが動き出したことに気づけない!)

 一通りの事情聴取を終え、ヤイバは警察から解放された。

「今日は泊っていきなさい」

 神主はそう言うが、

「う、うう……」

 項垂れる演技をするヤイバ。照も、

「……こんなところにいたくないです…」

 気分を悪くしたフリをし、足早にその場を後にした。


 次の日の新聞を照はコンビニに買いに行った。

「佐倉神奈さん、事故死」

 そういう報せが、小さくあった。

「やったね、ヤイバ……」

 喜ぶ照だったが、彼は冷静で、

「まだ早い。肝心の皐を手にかけれていないからな。それにこのニュースのせいで、神奈の死も皐の耳に入ってしまったと考えるべきだ」
「それは深読みし過ぎじゃない?」

 親友が事故死した。ただそれだけのことをヤイバと結びつけるのは無理がある、と照は感じたのだが、ヤイバは一週間前の新聞を持ち出し、

「病院火災、行方不明者一人」

 その記事を彼女に見せた。

「あっ……」

 照も察知する。

「そう! この記事にはオレの名はない。が、霊能力者ネットワークや【神代】のデータベースにアクセスすれば、安否不明なのがオレであることは誰でもわかる。問題はこっちのニュースを皐が知っているかどうかだが……希望的観測は避けたい、握っていることを前提に動いた方がいい」

 病院の火災、行方不明のヤイバ、そして神奈の死。この三つの事象から、

「火災に乗じてヤイバが病院から抜け出し、行方をくらましながら八年前に関わりのあった人物を殺している」

 ことは当事者であればある程度察せる。

「少なくとも皐に加えてあと三人、いるんだからな? オレが復讐すべき人物は」
「そ、そんなに? 皐と神奈だけじゃなくて?」
「ああ。オレを裏切り、陥れた人物は全員もれなく、この世から消えてもらう!」

 その計四人に勘付かれないよう行動したいというのは、当然の作戦だ。

「だが、これから先は最悪の条件……オレの犯行であることがバレていることを追加し、作戦を練るぞ」

 その前に照は、最初の復讐が成功したことを祝ってワインをグラスに注ぎ、ヤイバと乾杯をした。

「でも、今のオレの願いはただ一つ。裏切り者には死の制裁を!」
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