第1話 嫌な空気

文字数 5,770文字

 霊能力者大会は、三月中に終了した。企画は大成功を収め、ゴール地点とされた三内丸山遺跡は大盛り上がりを見せた。

「数年に一度は、こういう催し物を行うべきだな! 霊能力者の意識の向上にもつながるし、仕事の斡旋の優先度も決めやすい」

 この大会に出場し、途中で敗退してしまった者には優先的に、好待遇の仕事を用意してある。そういう配慮もあり、富嶽の部下たちはこぞって、

「そうしましょう! 次の開催はいつ頃にしましょうか?」

 と、聞いた。

「まあ待て! そう急かしても興ざめだ、後でゆっくり決めればよい」

 参加者用の晩餐会とは別に、【神代】の幹部クラスの人たちは本店のフードコートで軽く打ち上げをしていた。

「次回は賞金を倍にしましょう!」
「召喚士も参加をOKにすれば! その場合、式神が壊れないよう工夫が必要ですね!」

 みんな、大会に関する会話で持ち切りだ。

(…ん?)

 しかし富嶽、この場を見渡して感じた。
 人が足りないのである。年齢制限を満たしていても大会出場資格を【神代】側から与えられなかった……つまりは【神代】の上層部の人たちが今日、ここに集められているはず。だが数人分、欠席もある。そのことに他の人は気づいていない。

(まあいい! 今を楽しむべきだな)

 お酒が回っていたせいもあって、そこまで気にも留めなかった。いや気にしていたとしても、単に予定が合わなかったりこういう空気が苦手だったりと個人の特性の問題だと判断していただろう。
 だが、この欠席には意味があった。


「死んだか、豊次郎……」

 虎村神社は郡山市内にある。神社なのだが、ここの神主である蛇田正夫が増築工事を行い、豪邸のような外見である。

「予想外に苦戦しそうだな、私の望みは」

 吉備豊次郎は何故死んだのか。それは正夫が渡した札などのせいではない。封じ込めていた故神、害神、救神を解き放つには、相当な精神力と霊力が必要だったのだが、彼だけでは役不足だったのだ。特に解き放った後が悪い。豊次郎が死んだせいで、制御不能に陥ってしまった。だから負けたと、正夫は推測する。

「だが豊次郎、君の死は無駄じゃない。これから私は本腰を入れることになりそうだ。それを気づかせてくれたよ」

 長年面倒を見てきた部下が亡くなったというのに、正夫は顔色一つ変えず本を読んでいる。

「さて、そろそろだな……」

 この日、虎村神社には客人が二人くる予定だ。淡島(あわしま)豊雲(とよぐも)と茂木剣増。二人とも、数十年来の友人。

「遅くなってすまない、正夫」
「何も気にする必要はない。五分しか遅れてないじゃないか。こんなの誤差の範囲内だろう?」
「そうだな。では今日も始めるか!」

 正夫を入れて三人。かなり昔から活動をしていた。それはつまり、人生のほとんどを【神代】に尽くしてきたことを意味する。その努力もあって、数年前までは重要なポジションに座らせてもらっていた。
 全てが狂ったのは、標水が死んでから。

「どうもあの若造は気に食わんな。今の【神代】を見てみろ! 怠くなった態度、緩くなった神経……。霊怪戦争がやっと終わったというのに、日本全国の霊能力者をやっとまとめ上げたというのに、昔よりも牙を失ってどうする?」

 豊雲が怒りのこもった口調で言った。

「どうにかしないといけないな。だがワシら、富嶽からは目の敵にされている……」

 富嶽がトップの座に就いてから、もう何度意見をしただろう。

「もっと厳しく! 標水以上に冷酷に管理せよ。今までですら生易しいのだ」

 だがその意見は一度も聞き入れられなかった。逆に、

「恐怖が全てを支配する時代は終わったのだ」

 と言われた。そしてそれ以降、重要なことを決める会議などに呼ばれなくなってしまう。じゃあそうかと言わんばかりに豊雲たちも、招かれても無断で断ることが多くなった。

「だがお前は違うみたいだな、正夫? 去年の講演会で、研究に関して発表があったと聞く」
「ああ、あれは……。私なりの、改革だよ。いつまでもいがみ合っていては駄目だ。譲歩する必要があるのなら、こちらから。そうすれば向こうも、態度を和らげてくれるんだ」

 その成果もあり、正夫だけは次の講演会にも呼ばれそうだ。

「抜け駆けしおって!」

 剣増が悪態を吐いた。しかし三人とも、求める願いは同じ。

「どうにか、前のような立場に戻りたい。【神代】から意見を求められる、ブレインのような存在に返り咲きたい」

 だからこうして頻繁に集まり、話し合っている。ただ大抵の場合は、陰口を叩くだけで終わる。だから三、四年経っても全然進歩がない。

「今の空気は体にも悪い! やはり【神代】には薄情さと残酷さがなければ!」

 少しでも代表と違う意見を唱えようものなら、弾圧される。言うことを聞かないなら、幽閉される。そして敵対しようものなら、殺害される。そんなピリピリした雰囲気を生き抜いた三人にとって今の【神代】は、全然違う組織に属しているような気分。

「そういえば、豊次郎君はどうしたんだ?」
「ああ、彼はね……。この間、死んでしまったよ」
「何だと? 聞いてないぞ?」

 剣増は驚いた。正月にここを訪れた時には元気な顔を見せてくれたのに、今回来てみれば、既に死んでいると言われれば誰でもそうなるだろう。

「何も驚くことじゃない。人間とて、生き物だ。いつかは死ぬんだ。彼の場合はそれが私たちよりも早かっただけだ」

 しかし豊雲は冷血にそんなことを言った。

「し、しかし葬式くらいは呼んでくれても……」
「いいや、豊雲の言う通りだ。こんな塩梅でいいんだ、本来の【神代】は」

 引き気味な剣増に対し、正夫は死を報せなかったことを詫びることなく豊雲に賛同する。

「だいたい……」

 話題を強引に変え、豊雲が喋り出した。いつもと同じ愚痴だ。

「霊能力者を競わせるようなこと、するか普通? やっても無意味なことだ。【神代】の中は、トップが一人いて後はそれに従うだけでいい。誰が誰より優れているかなど、一円の価値すらない天秤だ」
「そうなのだよ。そもそも……」

 こんな感じで、進歩しない悪口を交わしながらお茶を飲むだけ。一応三人の仲は良いので、豊雲と剣増は数日の間ここに泊まる。

「それにしても、富嶽が憎い! どうにかしなければ!」
「革命だ! 革命的な何かさえあれば、富嶽の性格だって変えられる!」


 正夫は自室に戻った。

「革命、か……」

 今ある体制を破壊し、新しい組織を作る。

「もう既に目の前にまで迫っているよ」

 二人に豊次郎のことを教えなかったのには、理由がある。それは、正夫は自分の内部を探られたくなかったのだ。
 ノートパソコンを開いてメールをチェックする。

「よし、来ているな…! 日時を決めよう。この日の夜に……」

 文章を打ち込んで、返信。これは霊能力者ネットワークを用いてないので、【神代】からも怪しまれることはない。

「さあ、私が見定めたあの子たち! 私と共に新しい組織を作ろうではないか!」


 正夫の野望、それは【神代】とは全く違う霊能力者の組織を作ることだ。

「腐ってしまった【神代】はもう駄目だ」

 だから、一から別の体制を生み出す。しかし、聞いただけで【神代】への背信行為と思われる彼の誘いに乗るような霊能力者はいない。
 だが、正夫は心霊研究家だ。極秘に研究したその成果を発揮すれば、彼の野望も実現可能となる。

「知人の葬式に出席してくれと言われた。しばらくこの、虎村神社を留守にするが……。豊雲、剣増、任せてもいいかな?」
「誰が死んだんだ?」
「どうでもいいだろう、剣増? 正夫は顔が広いから、私たちの知らない友人だって大勢いるさ。数が多ければ死ぬ確率だって高くなるわけだ」

 自室には鍵をかけた。二人の霊障では開錠することはできそうにないので、それだけで安心できる。

「早くて二日くらい? いいやもっと早く済ませよう」

 豊雲と剣増もこの神社のことをだいたい知り尽くしている。信頼関係があるからこそ、任せることができるのだ。

「あんたがいない間に厄払いの依頼があったら、ワシらが代わりにやっておいてやるよ。もちろん代金はいただくぞ」
「そんなにこないと思うがね……」

 言い訳を飲み込ませ、正夫は一人で神社を出た。向かうは市内の公園。車で夜の町を走る。


 適当に時間を潰し、十二時頃に目的地に到着。

「こんな深夜に呼び出して、申し訳なかったね」

 本来ならこんな時間には、人気はないはずだ。しかし今夜だけは違う。

「前に孤児院で会った時から、ものの数日。普通なら迷っていておかしくないだろうよ。でも決断してくれたことに感謝する。早速君たちの願いを叶えてあげよう」

 目の前には四人の少年少女がいる。全員、正夫が孤児院や児童養護施設に赴いて品定めした。言い換えれば、とある素質があると判断された者たち。

「約束通り、死者を見ることができる能力……霊能力を授けよう。だがそれには、もう少しだけ待ってくれ」

 何の素質があるのか? それは、霊能力者になることができるというものだ。

 霊能力者になる方法はいくつか存在する。一番多いのが、生まれつきのパターンだ。この場合は、なったというよりは霊能力者として生まれている。自分の能力に気づいていないだけで後から霊能力者であると自覚した場合でも、こちらに分類される。
 次に、何かしらのキッカケで霊能力者になる場合。要するに後天的かつ人為的に霊能力が発現するということ。【神代】において、そのケースはいくつか報告されている。心霊スポットに行った結果、幽霊が見えるようになった。臨死体験が体に霊能力を与えた、等。だが、確立はされていない。日々多くの心霊研究家が調べてはいるものの、上手くいったという話は一切耳にしない。

(【神代】が知らないだけで、方法自体は存在するんだ……)

 その方法を正夫は長年の研究で、一つだけ編み出した。その儀式はもう少し時間が経たなければ行えない。

「具体的には、午前二時頃だ! そこから二時間の間は悪霊が活発に動くと言われている。言うなら、魔の時間帯というわけだ。私の儀式はその悪霊の力を借りる。だがだからといって、君たちに与える霊能力が悪の力というわけではないのだよ。キッカケが必要なだけだと思ってくれ」

 その間に、公園の地面に魔法陣を描く。今日は晴れているので砂の滑りが良い。ものの数分で作れた。

「これを君たちに渡そう」

 封筒に入ったそれは、カミソリだ。

「これで切るのは、自分の体だ。ほんの一か所、どこでもいい。血を流せる場所ならな。この魔法陣の中に立って、ここ……この五芒星の場所に、血を垂らす。それで悪霊の力を少しだけ借りることができる。そうしたら……」

 さらに藁人形も取り出し、

「これを、睨め。目の力だけで破壊する勢いで、だ。それで君たちの体に霊気を固定する。上手くいけば、霊能力者になれるのだ」

 簡単そうに聞こえるが、実は難しい。悪霊の力を借りる瞬間、そのおぞましい姿を目撃することになるのだ。常人では耐えられない囁き声、死への誘いも聞こえるだろう。
 だがそれに打ち勝った時、普通の人が霊能力者に変わる。

「ところで……。契約のことは覚えているかい?」

 何も正夫は一方的に、素質のありそうな子を集めて霊能力者にしようとは思っていない。採用される少年たちには、とある条件があった。

「私が危険視している人物を、抹殺すること! 忘れたとは言わせないぞ? 永露緑祁という人物が青森で暮らしている。コイツは私の計画を十分に阻害する可能性を孕んでいる者だ。まずは彼の息の根を止めること! その後は私から表立っての命令は減るだろう」

 それは、人を殺めることができそうな子供ということだ。霊障を使って他人を傷つけても、公の法律では裁かれない。しかしそれをわかっていても一歩踏み出せないこともある。正夫が選んだ少年たちは、その一線を十分に越えられる子たちだ。
 条件に当てはまる子はそうそういない。不良ですら、わずかばかりの善良心を持っている。越えてはいけないラインを知っている。だからかなり苦労した。
 最終的に、各自が抱える心の闇を見て決めた。だから明らかに優等生みたいな子もいれば、臆病そうな子供もいる。

「念押しするが、最優先事項は永露緑祁の排除だからな?」

 写真付きの資料を配り、再度確認。


「お、時間だ」

 時計を見れば、もう午前二時を少し過ぎている。いよいよ儀式の始まりだ。

「最初に、霊能力者になりたいのは誰だ?」

 手を挙げた少年を魔法陣の中に招き入れる。藁人形は近くの木の幹に打ち付けておく。

「指先でいいぞ。そんなに大量の血は必要ない」

 と言われると彼は、手の甲をスイっと切った。カミソリの先端が少し血で赤く染まっている。それを魔法陣の指定の場所に、カミソリごと落とした。

「気をつけろ! 悪霊は平然と人の魂をあの世へ連れて行く! 誘いには乗るな!」

 この時その少年は、初めて幽霊という存在を目にした。全身の産毛が立ち上がるほどの緊張。心臓の鼓動も速くなる。
 悪霊が少年に重なった。彼に取り憑こうとしたのである。

「今だ! 藁人形を睨め!」

 最初の少年は、かなりの才能があるらしい。藁人形が一瞬でバラバラになる。

「いいぞ! それでいい! 今、君は霊能力を手に入れた…!」

 正夫はそう言ったが、事実である。彼は公園内を見回したが、他の三人とは見ているモノが違う。浮遊霊や地縛霊が視界に出現するようになったのだ。
 残り三人にも同じ儀式を施し、ここに四人の霊能力者が人為的に誕生した。

「ようこそ、私たちの世界へ。ではこれから、新しい組織をみんなで作ろう」

 最初は少なくていい。いきなり大きく動くと、【神代】に勘付かれやすくなる。この儀式を行えば後から何人でも増やせるので、今はこれで十分という判断だ。

「今日は解散する。君たちも新学期からの新しい生活があるだろう? 日常生活は普通に送ればいい。ただし霊能力は他人の前では使うな、【神代】にバレてしまうからな。まずは緑祁を……」

 闇に葬れ、と言いかけた時、既に少年たちが去っていったのを見た。

「……随分と現金な子供たちだな………」

 やはり多少の不安は拭えない。そう感じた正夫は、福島の心霊スポットを回って故神、害神、救神をもう一度作り直すことを決意した。
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