第6話 逆恨み その3

文字数 2,992文字

 日本刀を二本、機傀で出現させるとヤイバは危険を顧みず一気に距離を縮める。だが霜子もそれをされることは予想している。だから地面に電霊放を放ち、波状に電流を広げて近寄らせない。

「さあ、死ね! あなたを捕まえる必要はない。私が死刑を選んだんだから、それが正しい判決。仲間のことは死に際に尋問すればいい」

 だから、霜子の攻撃には殺人的威力がある。手加減など一切ない。しかしそれは、ヤイバも同じ。

「死神に睨まれてんのは、オマエの方だ……」

 手を夜空に伸ばした。すると空から、大量のナイフが降り注いだ。

「くっ! こんなことを………!」

 上に電霊放のバリアを張って、そのナイフの雨を防ぐ霜子。

「ワキががら空きだな? 電霊放の悪い癖だ、攻守に優れているようで実は、攻撃と防御を両立できない」

 二本の刀を霜子目掛けて振り下ろす。だが、その直前にヤイバの動きが止まった。

「ずる賢い女だ。その腰のポケットに忍ばせているな? ライターだ。燃料を抜いて、発電装置だけが露出している状態で、ポケットに入れている。オレが近づき一撃加えようものなら、そこから放電し、逆に感電死させる。危ない危ない……」
「気づいていたか!」

 霜子は舌打ちして返答をした。

「でもこれで気づいただろう、ヤイバ? あなたは私に危害を加えられないんだ!」

 持っていた日本刀が時間切れで消えた。すると降り注ぐナイフの雨も止む。

「さっきまでの威勢はどうした? 私を殺すんじゃなかったのかい、ええ? それとも命乞い? 言っておくけど聞かないよ。負け犬の遠吠えなんて、動かす鼓膜の労力がもったいない」
「違うな。今のオレが考えていることはただ一つ! どうやってオマエの命を潰すか、それだけだ!」
「………」

 まだ、諦めていない。ヤイバはそういう目をしている。でもそれは、霜子も同じだ。ヤイバに殺された仲間のことを考えると、今ここで彼を止める……いいや、殺さなければいけない。

(私に勝つって? できるはずがない! ヤイバの機傀じゃ、私の電霊放は防げない! 直接触れて攻撃しようにも、こっちにはライターの地雷があるから無理。詰んだのは、ヤイバ……あなたの方さ!)

 霜子は一瞬だけ、視線をヤイバから外した。その先には、メディテレーニアンハーバーがある。

(あの湖の中にコイツを落としてしまえば、私の勝ち! 電霊放を流し込んで、感電死させる! 一般人には事故死にしか見えないから、私が怪しまれることはない!)

 彼女の頭の中で、勝利の方程式が出来上がりつつあった。

(どうやって落とすか? 簡単だ。電霊放でワザと逃げ道を作ってやり、誘導すればいいんだ。ヤイバが自分から湖の中に入るよう仕向ける! アイツはそれが私の罠だと気づけず、死ぬ!)

 目をヤイバに戻し、スタンガンを構え直した。この距離なら、思い描いた軌跡を電霊放に描かせることができるのだ。

 だが、

「火山から飛び出すのが、マグマとは限らないな」

 理解不能なことをヤイバが呟いた。

(何語……?)

 一瞬、霜子の思考がそっちに逸れた。そしてその一瞬が命取りになった。
 轟音が、火山の火口からする。

「ぐはああわあ!」

 なんと、鉄板が霜子の体を突き飛ばした。

「既に生み出しておいたぜ。オマエも、電霊放を遮ろうとしない機傀の動きは読めないよな?」

 はねられた霜子の体は宙を舞って、地面に落ちるはずだった。

「あ、あれ……?」

 霜子は気づく。自分の体が、鉄のたらいの中に落ちたことに。

「何だこれ……?」
「遅い!」

 ヤイバのこの発言は、霜子の動きに対して放ったものではない。思考の遅さの指摘だ。

(この状況で、それを考えてはもうゲームオーバーだな…)

 先ほど霜子をはねた鉄板が動き出してたらいにぶつかる。その拍子で彼女は湖の方に放り投げられた。

「まさか!」

 これをヤイバは狙っていたのだ。

(水の中で電霊放は使えない。それはオマエが一番よく知っているだろう? その湖に落ちたが最後、スタンガンは濡れて無力化される!)

 バシャン、と霜子が水の中に落ちる音がした。

「っぷはあ!」

 すぐに水面に顔を出し呼吸する。だが、

「く、クソクソクソクソ! これじゃあ狙えない…!」

 岸を目指して泳ごうとした彼女の首に、ある物が巻き付いた。

「……ぅぐ!」

 それは、鎖だった。もちろんヤイバが機傀で生み出した鎖だ。しかも、重たい錨が繋がれている。

「ああ、ううっ……!」

 ブクブクと水の中に沈んでいく霜子の体。

「水泳部なら、二分ぐらいは息を止めても大丈夫だろうな。だがオマエは違う。慌てに慌てていたオマエは、十分な酸素を吸えてないし、しかも首を絞められている。だから残された時間はもっと少ないはずだ。数十秒……少なくとも機傀が有効な内は、浮かんで来ることは無理だ。与えられた一分、オマエの人生で最後かつ、最長の一分だ。よく苦しみを味わって沈んでいけ……」

 やがて、霜子の姿が見えなくなった。それから一度だけ泡がプワッと上がったが、それだけ。霜子は二度と浮き上がっては来なかったのだ。


 死闘を制したヤイバは、夜のテーマパーク内を堂々と歩いて入場ゲートに向かった。

「やったの?」

 照がそう聞いた。ヤイバは無言で頷いた。

「とても複雑な気分だ……」

 別に殺した相手に同情する気はない。相手は自分をはめたにも関わらず被害者だと思っている、完全に手遅れな脳の持ち主。
 しかし、

「八年前のゴールデンウィークだ。四月が終わる前に、六人でここを訪れたことがあった」

 あの時の思い出が、嫌でも脳裏をよぎる。
 笑い合い、絶叫アトラクションに恐怖し、色々なものを食べたり買ったりした。当日は混んでいたが、それでも隅々まで堪能するためにいろんなアトラクションに並び、乗った。しかもあの霜子が沈んだ湖の前で、記念写真を撮った記憶もある。
 あの当時は、本当に幸せだった。それこそその後の人生が全て嘘であるかのように。何もかもを忘れ、子供のように遊んだのだ。病棟に閉じ込められた時、当初ヤイバはその時のことを何度も思い出し、自分の心を支えた。それだけ、楽しかった時間だったのだ。

「もう、あの頃には戻れない」

 幸福な時はその後すぐに崩壊した。しかも皐の自分勝手のせいで。

「いいや、戻りたいとは思わない」

 既に関わった人間の半分が死んでいる。三人とも、ヤイバが殺したのだ。あの頃を振り返る資格は、彼にはない。
 ヤイバは照と一緒に入場ゲートを飛び越えたが、その時下を見た。

(………)

 高校を卒業したての若い男二人、女四人の幻影が見えた。みんな笑顔で園内に入る。その後に訪れる不幸など、微塵も感じさせないほどに仲が良さそうだ。
 そして、その内の一人はヤイバだった。つまり彼は当時の自分たちの姿を目撃したのである。

「もう、ここには戻らない。幸せの絶頂の記憶は、ここに封印しておく」

 ヤイバはそう言い、その幻影を見送った。するとその幻は、数秒後には空気に溶けて消えた。

「帰ろう。今からでも車でなら大丈夫。日付は変わるだろうけど、十分帰れる距離だし」
「そうだな」

 しかしヤイバ、何故か自動車を探す素振りを見せた。

「どうしたの? 私の車はアレだよ?」
「車種はそうだが、こんな………色、だったか?」
「は、どういう意味?」
「いいや何でもない。多分暗いのと目の疲れだ。休みたいから、オレの代わりに運転してくれ」
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