第10話 因果応報の結果 その2

文字数 2,780文字

 その正体が、壁から出現した。
 敦子である。彼女の霊障は、魂械(こんかい)。機傀の上位種であり、一時間以上と制限時間がかなり長いのだ。それを駆使して鉄板を扉の上にかぶせており、今蹴り飛ばしたのである。

「だ、ダイジョウブ……?」

 雛菊が皇の四つ子に駆け寄る。息はある。でも目が開かない。

「フン! 【神代】なんて死んで当然の害虫よ。気を遣うのはどうかしてるわ!」

 緋寒の肩を揺さぶる雛菊を、敦子は足で踏みつけた。

「おい、やめろ!」

 たまらず範造が飛びかかる。が、

「ぅぐ!」

 突然何もない空間から槍が飛び出し、彼の左肩を貫いたのだ。

「き、機傀! か、貴様……! クソが、油断したか……!」

 同じことができる範造からすれば、本当に注意不足が招いた結果である。

「範造が! 今すぐ手当てを……」

 駆け寄ろうとした雛臥を、絵美が手で制する。

「何するんだよ?」
「私たちが行っても意味がないわ……」

 彼女はわかっているのだ。まず一に、怪我は命に関わるほど重症ではないこと。それから慰療を使えば治せるが、それを行える朱雀が気絶しているので、今治療ができないこと。だから自分たちにできることがないことも。悔しいが、励ますことしかできない。
 だったら、目の前の敵と勝負することを選ぶ。

「かかって来なさい! あなたは蛭児の手下で、蘇った死者でしょう? 絶対にあの世へ送り返してやるわ!」
「ほ~ん。できるものならやってみなさいな。ホレ?」

 わかりやすい挑発を仕掛ける敦子。きっとまた、近づいてきた相手を串刺しにするつもりなのだ。

(あの女の魂械は、前触れもなく突然金属を出せる……! こっちが近づくのは、マズい!)

 しかし骸はその思惑を察し、雛臥に耳打ちした。

「お前の青い鬼火は、鉄を溶かせるか?」
「わからない……。やってみないといけないよ」
「なるほど。ならやる価値はあるな」

 こんな状況でも希望を捨てない。後押しされた雛臥は一歩前に出て、

「くらえ! 青い鬼火を!」

 使った。同時に敦子も短剣を魂械で作り出し、投げる。青い鬼火と短剣がぶつかった時、

「何ぃ!」

 短剣が燃えて形が変形した。

「やった! 勝ったぞ!」

 でもこれで有利となったわけではないが、それに気づけてなかった雛臥は前進しようとした。絵美が彼の襟を掴んで引き戻すと、彼が立っていた場所に大量の槍が出現。一秒でも遅れていたら、死んでいたところだ。

「九死に一生……――」

 油断が即死を呼ぶ、かなりの緊張感だ。

「前動作がないのは、かなり厄介だ。どうやって攻める?」
「僕が行こうか?」

 それは駄目だ。先ほど雛臥の青い鬼火が、敦子が生み出す金属に有効とはわかった。

「待て雛臥! アイツもそこまで馬鹿じゃないと思う。今度はわざわざ投げつけたりしないと思うぞ。もうちょっと下がれ……」

 とにかく相手の魂械の射程距離がわからない状況は良くない。相手に自分の命を鷲掴みにされているのと同じだからだ。

「痛っ!」

 急に絵美が声を出した。何か、尖っているものを踏んだのだ。足を持ち上げて確認してみるとそれは、まきびしだった。

(どこからこんなの……)

 困惑したが、それは一秒だけ。床から湧き出るように次々と出現する。

「まさかここも、魂械の範囲内なのか!」
「逃げる? でも皇の四つ子や範造たちは!」

 見捨てることになる。それは選べない。

「行くしかない――」

 もうここまで来たのだ、覚悟を決める。今更怖気づいて逃げるなんてことはしない。

「一気に片付けるしか、ないわ!」
「お、おう!」

 無謀かもしれない。でも変に策を練って絡まってしまうよりは幾分かマシだ。

(魂械がどこから出現するか! わからないのはそれだけだ! ほんのちょっとの空気の動きも見逃すな! 意識を集中して、避けるんだ!)

 骸のその意思を感じ取った刹那は、彼の首筋を優しく掴む。彼に自分の霊気を流し込んで教えるのだ。

「前二メートル。五十度開いて右に三十センチ、床から九十センチ。その場所の空気の流れが、わずかだが変わった――」

「そうか。それはいい情報だぜ!」

 眩暈風のおかげで、魂械がどこから出現するのかがわかった。大きな日本刀が出て、振り下ろされた。骸は攻撃の始まりがどの点か予めわかっていたため、そして確実に空振りさせるために、ギリギリまで引きつける。

「うおおあああああああ!」

 それから左に飛ぶ。本当にスレスレだ。

「ちょこまかと、うざったるいわね!」

 そしてすぐに刹那から、次の指示が伝わる。元々霊障にインターバルがない機傀なのだ、その上位種の魂械も同じ。流れるように次々と繰り出せる。
 だが、

「刹那! 俺はアイツを倒す! トドメはお前たちがさせ!」

 と言い、彼は敦子に特攻を仕掛けた。

「馬鹿、何言ってるのよ?」

 後ろで聞いていた絵美は混乱。どう見ても敦子に勝てる状況ではないし、倒すと言っておきながらトドメを頼むとはどういうことだ? そんな疑問が噴出するが、骸の次の動作を見たら止まった。

「びゃあああ……」

 前に動いただけで、釘が体に突き刺さる。胴体の目の前に出されるので、これらはもう避けようがない。

(いいんだ、俺の体なら! 傷は後で、治してもらえばいいだけだし、俺の体ならいくら傷ついても誰も文句は言わないから! 重要なのは、俺へのダメージじゃなくてアイツを倒すこと!)

 突っ込んだ骸はそのまま、敦子を押し倒した。

「は? 邪魔だよあんた。死にたいのなら、お望み通り殺してやる!」

 敦子に馬乗りになった骸だったが、それも長くは続かないらしい。魂械が空気中に日本刀を生み出すと、それが彼の胸を貫いた。

「ぐがぁ、はっ!」
「そうそう、死にな!」

 血が、口から流れ出る。それを骸は敦子の顔にかけた。

「うぶぶ……!」
「邪魔だ、汚らしい!」

 飛び散った飛沫が、敦子の目に入ろうとする。すると反射的に、瞼が閉じる。

(これだ! これを待っていたんだ、俺は!)

 彼がしたかったこと、それは相手の視界を奪うことだった。目を閉じたのが確認できたので、即座に敦子の体の上から転げ落ちる。

「なるほどね……。見えてないんじゃ、魂械を出しても私たちを狙えないわ!」
「えっ!」

 その声を聞いて敦子は目を開けようとしたが、既に遅い。骸の狂い咲きだ。瞼が縫われて開けられない。そして絵美たちもすぐに場所を変える。

(見失っている!)

 今、全然違う方向に手裏剣が飛んだ。明らかに雛臥の場所を特定できていないのだ。

「死ねだの、殺すだの……。死んだあなたが言わないでよ!」

 激流。それも単純ではなく、ウォータージェットのように。それが敦子の体を襲う。

「がっ!」

 瞬きする暇もない。断末魔を上げることすら叶わず、彼女の体は縦に両断されてしまった。

「やったわ!」

 もう動かないその体に、雛臥が青い鬼火を当てて燃やす。生じた煙は刹那の風が外に運んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み