第2話 復讐の野心 その2
文字数 3,772文字
二〇〇四年、朔那の父と弥和の父の会社に、とある人物が入社してくる。それが、上杉左門だった。
「僕に任せてください!」
三十歳手前の彼には、とてもやる気があった。だから採用したのだ。だが、彼が持つ野心に気づけなかったのが致命的だった。
左門はかつて、貧乏な生活を送っていた。だからこそ、金持ちに憧れていたのだ。同時に、裕福な人間に対して嫉妬の念を抱いていた。
「僕も金持ちになって、豪遊したい。大きな家に住みたい」
そう思ったのだろう、左門は真面目に働く傍ら、霊能力者であることを利用して【神代】の仕事も積極的にこなしていた。全ては裕福な生活を手に入れるため。
だが、
「上杉君、せっかくうちの会社で働いてくれているんだ、もっと業務に集中してくれないかな? 成績もいいし勤務態度も悪くないのに、そこがもったいない。裏稼業の大切さも分かるけど、こっちに重点を置いてくれ」
と、朔那の父たちに言われたのだ。それが左門にとって、許せなかった。
(金持ちのあんたらには、僕の苦労はわからないだろうな。僕の夢、希望……。札束で買える程度としか、思ってないのか? ふざけるな!)
別に彼を怒らせるために言ったのではない。寧ろ逆で、左門のことを気遣ったのだ。会社に勤めている上に【神代】の仕事までしていると、いずれ体が持たなくなってしまう。その時が来て欲しくなかったから、言ったのだ。
「見てろ、鉾立社長に骨牌副社長! 負けて涙を流すことになるのは、あんたらの方だ!」
そして彼は、報復を決行した。
ある日、朔那の父の会社に、
「社長! 取引先から大損害が出ていると!」
「な、何?」
悪い報せが入った。どうやら社員が大きな失敗をして、賠償しなければいけなくなってしまったというのだ。
「で、でも! うちの会社には優秀な社員がいる! すぐに埋め合わせを!」
「そ、それが……。社員が!」
同時に、あることが起きた。それは会社の根幹をなす優秀な社員たちが、一斉に退職してしまったのである。
「待ってくれ! 君たちに辞められると、どうやって賠償をすればいい?」
「申し訳ございません。今までありがとうございました」
「考え直してくれ!」
「無理です。こっちにも生活がかかってます!」
呼び止めることは不可能だった。
「どうする、鉾立……?」
「社員に借金を背負わせるわけにはいかない。俺とお前だけで何とかしてみよう」
しかし、それも上手くいかない。何と辞めた社員はすぐに新しい会社に入っており、朔那の父たちの会社に代わって取引先と契約してしまったのだ。
「駄目だ。借金だけが残った……」
どうしようもない、膨大な額。これを返済するとなると、生きている間には不可能としか思えない。
絶望した二人は、せめて子供たちだけは守ろうと思い、それぞれの奥さんを連れて夜逃げした。
もちろんこれらは、全て左門が仕込んだものだ。意図的に取引先の会社に損害を与えた。そして自分が中心となって独立することにして、優秀な社員を引き抜いた。最後に復帰のチャンスも与えずに、取引先を独占したのである。
「ざまあみろ! 僕を怒らせた罪は重いぞ、鉾立! 骨牌!」
ついでに家も奪った。自分の夢を理解せずわかろうともしなかったことに対し、左門は報復を完了したのだ。
このことを知った朔那と弥和。推測混じりではあるが、ほとんど事実としていいだろう。
「そんなことが、あったんだね……」
弥和は、知ると同時に諦めた。何せ左門は、かなりグレーなことこそしているものの、罪に問えなさそうなのだ。
しかし朔那は違う。
「父と母の仇を討つ! 絶対に!」
暴力に任せてでも、復讐する必要があるという認識だ。
調査の過程でこの上杉左門という人物が霊能力者であることがわたった。だから、
「なら、霊能力者ネットワークで探せる! すぐにでもやっつけれるぞ!」
確かに調べて顔と名前、及びそれ以外の情報も得られた。今現在どこに住んでいるかもわかっている。なのだが、
「でも、【神代】の中でそんなことをしたら、私たちの方がマズいよ?」
「あっ!」
そうだ。【神代】は霊能力者が暴走したりその力を悪用したりしないよう見張ることもしている。霊能力者の保護もだ。だから左門への復讐は許されることではない。
「だとしても! 何もしないでいられるか! アイツは私たちの両親を死に追いやっているのに、生きているんだぞ!」
「だけど……」
朔那と弥和が力を合わせれば、左門を抹殺することは簡単だろう。だがその楽にできるはずのことが、禁止されていてできない。
(こんな理不尽あるか! 絶対に私は忘れないぞ、上杉左門!)
怒りだけが心の中に積もっていく。
そして、相手がわかっているのに何もできないまま、春学期が終わって夏休みに入った。
「私たちの家族は、アイツのせいで引き裂かれた! 両親の命も奪われた! そんなヤツが、今もぬくぬくと生活していると感じると……ムカつく!」
苛立ちを段々隠せなくなってきたのは、朔那である。今も割り箸をへし折ったくらいだ。
「落ち着いて、朔那。アイツは悪いことしてるんだし、いつか裁かれる日が来るはずだよ」
「いつのことだ、それは?」
なだめようとする弥和だが、全然効いていない。でもとにかく、
「今このご時世で行動を起こしちゃうと、裁判所でも【神代】でも裁かれるのは朔那なの! だから、耐えて! 犯罪者になっちゃったら大学を辞めないといけなくなるだろうし、孤児院にも帰れなくなっちゃう!」
「……うぐ」
まだ、理性が朔那にブレーキをかけてくれている。
(でも、ちょっとしたキッカケがあったら……朔那は絶対に、復讐の道を歩んでしまう! 私が何とかして止めないと!)
弥和も自分の役割を理解しており、必死になって彼女のことを抑える。
「怒りに任せて行動しちゃ、駄目! 父さんも母さんもそんなの喜ばないよ」
「……わかっている」
結局この日も、ただひたすらに愚痴を言うだけで終わった。二人は孤児院に帰った。
(クソ! 何でアイツが許されて、私は駄目なんだ!)
布団の中で朔那はそう思った。左門があしたことは誰にも罪に問われず咎められてもいない。しかし自分が同じことをしようとしたら、止められる。してしまえば、裁かれる。
(ふざけるな! こんなの間違っている!)
感情が高ぶって眠れなくなっている朔那は、適当にタブレット端末を開いて見ていた。
「おや?」
その中で、とある人物のデータがあった。
「深山ヤイバ? コイツ、何をしたんだ?」
そのデータを調べる。どうやら恨んでいる人物に復讐をし、さらに海外に逃げて行ったらしいのだ。
「これだ!」
彼女は布団から飛び出た。そして弥和の部屋のドアをノックして叩き起こすと、
「何よ、朔那? 今何時だかわかってる?」
「これだ、弥和! この深山ヤイバを参考に復讐すればいい!」
「だ、誰?」
朔那はタブレット端末の画面を弥和に見せる。ヤイバが行ったであろうことも事細かにそこに書かれていた。
「なるほど、ね……」
一通り読んで理解する弥和。
「どうだ? できそうだろ?」
「無理じゃないかな?」
「んな…!」
弥和は思う。この人物にはいくつか幸運だった部分がある。まず、精神病棟から脱獄できた点。これは外に同じ志を持った協力者がいたということだ。加えて、復讐を完遂したタイミングで逃亡ができたことと、それを隠れて行えたこと。
「私たちが荷物まとめてたら絶対に怪しまれるし、外泊だって制限あるんだよ? だいたい海外に行けるようなお金はないし、パスポートだって持ってないじゃん! それに…」
「それに?」
「それに、去年と今年では多分【神代】の状況も違うはず」
ヤイバの復讐を、【神代】が許すとは思えない。そうすると前例を作ってしまうことになるからだ。だから、今は復讐を行えるような空気ではなくなっている可能性がある。厳しい取り締まりが、施されていると彼女は推測。
「クソ!」
そんな情勢の中二人が復讐に動けば、あっという間に捕まるだけだ。目に見えるし簡単に想像できる。
「もう、寝よ。朔那、お休み……」
「ああ……」
結局駄目だった。朔那は諦めて自室に戻った。
(どうすればいいんだ? 深山ヤイバに協力してもらう? いや、できない! 連絡先が削除されてしまっているし、日本からアクセスできるようになっていないんだ……)
かすかに見えた希望が、プツンと切れてしまった。悔しがった朔那は枕を思いっ切り殴った。
「クソー! 上杉左門め、絶対に許さないぞ……! 今に見ていろ、絶対に!」
だが、諦めきれない。すぐにまた感情が沸騰する。
自分たちが何をされたのか、全てわかった。相手が誰なのかも全部知った。そしてその相手の情報も、もう手元にある。なのに、前に進むことが許されない。
「【神代】に掛け合ってみるのは、どうだろうか?」
相手が罪人であることを報告すれば、何かしらやってくれるかもしれない。
「いや、駄目だ……」
けれどそれは期待できない。【神代】が裁くのは心霊犯罪者だけ、つまりは霊能力を悪用した場合に限られる。左門はそういうことだけはしていないので、【神代】の力では干渉できなさそうなのだ。
「諦めてたまるか! アイツは必ず討つ!」
だが朔那は結局この日も、何もできずに眠る。
「僕に任せてください!」
三十歳手前の彼には、とてもやる気があった。だから採用したのだ。だが、彼が持つ野心に気づけなかったのが致命的だった。
左門はかつて、貧乏な生活を送っていた。だからこそ、金持ちに憧れていたのだ。同時に、裕福な人間に対して嫉妬の念を抱いていた。
「僕も金持ちになって、豪遊したい。大きな家に住みたい」
そう思ったのだろう、左門は真面目に働く傍ら、霊能力者であることを利用して【神代】の仕事も積極的にこなしていた。全ては裕福な生活を手に入れるため。
だが、
「上杉君、せっかくうちの会社で働いてくれているんだ、もっと業務に集中してくれないかな? 成績もいいし勤務態度も悪くないのに、そこがもったいない。裏稼業の大切さも分かるけど、こっちに重点を置いてくれ」
と、朔那の父たちに言われたのだ。それが左門にとって、許せなかった。
(金持ちのあんたらには、僕の苦労はわからないだろうな。僕の夢、希望……。札束で買える程度としか、思ってないのか? ふざけるな!)
別に彼を怒らせるために言ったのではない。寧ろ逆で、左門のことを気遣ったのだ。会社に勤めている上に【神代】の仕事までしていると、いずれ体が持たなくなってしまう。その時が来て欲しくなかったから、言ったのだ。
「見てろ、鉾立社長に骨牌副社長! 負けて涙を流すことになるのは、あんたらの方だ!」
そして彼は、報復を決行した。
ある日、朔那の父の会社に、
「社長! 取引先から大損害が出ていると!」
「な、何?」
悪い報せが入った。どうやら社員が大きな失敗をして、賠償しなければいけなくなってしまったというのだ。
「で、でも! うちの会社には優秀な社員がいる! すぐに埋め合わせを!」
「そ、それが……。社員が!」
同時に、あることが起きた。それは会社の根幹をなす優秀な社員たちが、一斉に退職してしまったのである。
「待ってくれ! 君たちに辞められると、どうやって賠償をすればいい?」
「申し訳ございません。今までありがとうございました」
「考え直してくれ!」
「無理です。こっちにも生活がかかってます!」
呼び止めることは不可能だった。
「どうする、鉾立……?」
「社員に借金を背負わせるわけにはいかない。俺とお前だけで何とかしてみよう」
しかし、それも上手くいかない。何と辞めた社員はすぐに新しい会社に入っており、朔那の父たちの会社に代わって取引先と契約してしまったのだ。
「駄目だ。借金だけが残った……」
どうしようもない、膨大な額。これを返済するとなると、生きている間には不可能としか思えない。
絶望した二人は、せめて子供たちだけは守ろうと思い、それぞれの奥さんを連れて夜逃げした。
もちろんこれらは、全て左門が仕込んだものだ。意図的に取引先の会社に損害を与えた。そして自分が中心となって独立することにして、優秀な社員を引き抜いた。最後に復帰のチャンスも与えずに、取引先を独占したのである。
「ざまあみろ! 僕を怒らせた罪は重いぞ、鉾立! 骨牌!」
ついでに家も奪った。自分の夢を理解せずわかろうともしなかったことに対し、左門は報復を完了したのだ。
このことを知った朔那と弥和。推測混じりではあるが、ほとんど事実としていいだろう。
「そんなことが、あったんだね……」
弥和は、知ると同時に諦めた。何せ左門は、かなりグレーなことこそしているものの、罪に問えなさそうなのだ。
しかし朔那は違う。
「父と母の仇を討つ! 絶対に!」
暴力に任せてでも、復讐する必要があるという認識だ。
調査の過程でこの上杉左門という人物が霊能力者であることがわたった。だから、
「なら、霊能力者ネットワークで探せる! すぐにでもやっつけれるぞ!」
確かに調べて顔と名前、及びそれ以外の情報も得られた。今現在どこに住んでいるかもわかっている。なのだが、
「でも、【神代】の中でそんなことをしたら、私たちの方がマズいよ?」
「あっ!」
そうだ。【神代】は霊能力者が暴走したりその力を悪用したりしないよう見張ることもしている。霊能力者の保護もだ。だから左門への復讐は許されることではない。
「だとしても! 何もしないでいられるか! アイツは私たちの両親を死に追いやっているのに、生きているんだぞ!」
「だけど……」
朔那と弥和が力を合わせれば、左門を抹殺することは簡単だろう。だがその楽にできるはずのことが、禁止されていてできない。
(こんな理不尽あるか! 絶対に私は忘れないぞ、上杉左門!)
怒りだけが心の中に積もっていく。
そして、相手がわかっているのに何もできないまま、春学期が終わって夏休みに入った。
「私たちの家族は、アイツのせいで引き裂かれた! 両親の命も奪われた! そんなヤツが、今もぬくぬくと生活していると感じると……ムカつく!」
苛立ちを段々隠せなくなってきたのは、朔那である。今も割り箸をへし折ったくらいだ。
「落ち着いて、朔那。アイツは悪いことしてるんだし、いつか裁かれる日が来るはずだよ」
「いつのことだ、それは?」
なだめようとする弥和だが、全然効いていない。でもとにかく、
「今このご時世で行動を起こしちゃうと、裁判所でも【神代】でも裁かれるのは朔那なの! だから、耐えて! 犯罪者になっちゃったら大学を辞めないといけなくなるだろうし、孤児院にも帰れなくなっちゃう!」
「……うぐ」
まだ、理性が朔那にブレーキをかけてくれている。
(でも、ちょっとしたキッカケがあったら……朔那は絶対に、復讐の道を歩んでしまう! 私が何とかして止めないと!)
弥和も自分の役割を理解しており、必死になって彼女のことを抑える。
「怒りに任せて行動しちゃ、駄目! 父さんも母さんもそんなの喜ばないよ」
「……わかっている」
結局この日も、ただひたすらに愚痴を言うだけで終わった。二人は孤児院に帰った。
(クソ! 何でアイツが許されて、私は駄目なんだ!)
布団の中で朔那はそう思った。左門があしたことは誰にも罪に問われず咎められてもいない。しかし自分が同じことをしようとしたら、止められる。してしまえば、裁かれる。
(ふざけるな! こんなの間違っている!)
感情が高ぶって眠れなくなっている朔那は、適当にタブレット端末を開いて見ていた。
「おや?」
その中で、とある人物のデータがあった。
「深山ヤイバ? コイツ、何をしたんだ?」
そのデータを調べる。どうやら恨んでいる人物に復讐をし、さらに海外に逃げて行ったらしいのだ。
「これだ!」
彼女は布団から飛び出た。そして弥和の部屋のドアをノックして叩き起こすと、
「何よ、朔那? 今何時だかわかってる?」
「これだ、弥和! この深山ヤイバを参考に復讐すればいい!」
「だ、誰?」
朔那はタブレット端末の画面を弥和に見せる。ヤイバが行ったであろうことも事細かにそこに書かれていた。
「なるほど、ね……」
一通り読んで理解する弥和。
「どうだ? できそうだろ?」
「無理じゃないかな?」
「んな…!」
弥和は思う。この人物にはいくつか幸運だった部分がある。まず、精神病棟から脱獄できた点。これは外に同じ志を持った協力者がいたということだ。加えて、復讐を完遂したタイミングで逃亡ができたことと、それを隠れて行えたこと。
「私たちが荷物まとめてたら絶対に怪しまれるし、外泊だって制限あるんだよ? だいたい海外に行けるようなお金はないし、パスポートだって持ってないじゃん! それに…」
「それに?」
「それに、去年と今年では多分【神代】の状況も違うはず」
ヤイバの復讐を、【神代】が許すとは思えない。そうすると前例を作ってしまうことになるからだ。だから、今は復讐を行えるような空気ではなくなっている可能性がある。厳しい取り締まりが、施されていると彼女は推測。
「クソ!」
そんな情勢の中二人が復讐に動けば、あっという間に捕まるだけだ。目に見えるし簡単に想像できる。
「もう、寝よ。朔那、お休み……」
「ああ……」
結局駄目だった。朔那は諦めて自室に戻った。
(どうすればいいんだ? 深山ヤイバに協力してもらう? いや、できない! 連絡先が削除されてしまっているし、日本からアクセスできるようになっていないんだ……)
かすかに見えた希望が、プツンと切れてしまった。悔しがった朔那は枕を思いっ切り殴った。
「クソー! 上杉左門め、絶対に許さないぞ……! 今に見ていろ、絶対に!」
だが、諦めきれない。すぐにまた感情が沸騰する。
自分たちが何をされたのか、全てわかった。相手が誰なのかも全部知った。そしてその相手の情報も、もう手元にある。なのに、前に進むことが許されない。
「【神代】に掛け合ってみるのは、どうだろうか?」
相手が罪人であることを報告すれば、何かしらやってくれるかもしれない。
「いや、駄目だ……」
けれどそれは期待できない。【神代】が裁くのは心霊犯罪者だけ、つまりは霊能力を悪用した場合に限られる。左門はそういうことだけはしていないので、【神代】の力では干渉できなさそうなのだ。
「諦めてたまるか! アイツは必ず討つ!」
だが朔那は結局この日も、何もできずに眠る。