導入 その2

文字数 4,166文字

 勝負のルールは簡単。命の取り合いはなしで、勝利条件は降参させるか、相手の背中を地面に着けさせること。

(呪縛が通れば、すぐに終わらせられる!)

 法積は藁人形をポケットからすぐに取り出せるよう、手を突っ込んで準備。

「よ~い……」

 審判は洋大。彼が勝負あり、と思っても試合終了だ。

「始め!」

 開始の合図が、試合の火蓋を切って落とした。
 同時に、可憐が駆けた。驚異的な反射速度で法積に迫る。

(……! い、いや! こっちから近づく必要がなくなったと考えよう)

 札を振りかざす彼女に対し、法積は藁人形を取り出し突き出せた。

(勝った! この藁人形へのダメージは全て、お前に返って行く! それが呪縛だ……)

 だが、ピタリと可憐の動作が止まる。そして次の瞬間には後ろにジャンプした。

「危ないわね。呪縛を持っているとは驚いたわ。でもそれだけ。対処はいくらでもできる」
「言うじゃないか、可憐! ではこれは……どうだ!」

 距離を取られた法積は札を使って霊魂を発射。相手が逃げ回るのならこれで攻める。

「はっ!」

 しかし可憐の札は、その霊魂を真っ二つに切り裂いてしまう。二つに分裂してしまった霊魂は空しく可憐の後方に飛んで木にぶつかって消えた。

「チッ! 切るタイプの札か! これは面倒だな……。だが!」

 まだ奥の手はある。それはこの旅を始めるにあたって、慶刻がもたらしてくれた新技、霊障合体だ。呪縛と霊魂を融合させる、突撃地雷(とつげきじらい)だ。札と藁人形を重ねて、そこから呪縛を帯びた霊魂を発射する。

(つまりお前は、切って防御はできない! くらって終われ!)

 避けても突撃地雷は自動で相手を追尾してくれる。しかも見た目では普通の霊魂と判別することが難しい。

「甘いわ!」

 突撃地雷が迫りくる中、可憐は切ることよりも逃げることを選択。

「勘がいいな、コイツ!」

 札と藁人形を重ねたことに不信感を抱いたのだ。そのせいで見切られ、避けられる。

(でも、後ろの突撃地雷は向きを変えてお前に命中するんだぜ!)

 可憐は今、法積の方を向いている。真後ろで突撃地雷が進行方向を百八十度変えたことに、気づいていない。

「そりゃ!」

 また突撃地雷を撃ち込んだが、それらも全てかわされる。

(いい気になってんじゃないぞ? お前、勝ってないからな……)

 また可憐が法積に近づいて札で切りつけようとした。その札の軌道を見切って彼は当然藁人形を前に出し呪縛を構えた。
 にもかかわらず、

「ぐわ?」

 切られたかのような激痛が、手首から走る。

「な、何で……? え……?」
「それがそのまま通じるほどね、私は単純ではないわよ?」

 可憐が、藁人形に札が直撃する直前に手首を捻ったのだ。札の向きが変わって、法積の手首に当たったのである。切れ味は落とされていたらしく、痛みだけが与えられた。

「だ、だが! こんなに近づいていては……」

 霊魂は避けられないはず。そう思って発射しようとした途端、霊魂の札だけが真っ二つに切られた。

「あっ!」

 これでは霊障が使えない。

「勝負、あったみたいね?」
「そ、そんな……」

 弱気な発言をする法積。でもこれは作戦で、後ろから迫りくる突撃地雷の存在を察知されないようにするため。
 そんな彼の思惑を読み切ったのか、可憐は二枚目の札を取り出した。それは振ると、細い紐のように展開される。そういう風に切れ目が入れてある札だ。それが法積の体を鞭のように縛り付けて捕まえ、

「えぇい、やぁっ!」

 彼女の後ろに放り投げる。

「ごばあっ!」

 そして法積に着弾する、突撃地雷。持つぶつかった衝撃が二重にダメージとして対象物に加えられる。これが三発もあったのだから、当然法積は耐え切れずに膝が崩れた。

「そ、そこまで! 試合終了! 勝者、可憐さん!」

 洋大のジャッジが下る。

「俺が、負け負け負け……」

 放心状態の法積。ただ敗北という結果だけが彼に与えられた。

「全然、大したことないわね」

 その言葉も追い打ちで、彼の心に突き刺さる。


「法積が負けたか……」

 相手が結構な実力者であることがわかった。

「あの長治郎の指示を受ける立場なのだ、そのくらいの力はあってしかるべき。だが所詮、我輩の敵ではない!」
「待て閻治! 俺が先に行く!」
「何故だ?」

 あまり勝負に強いとは言えない慶刻が、自分が先に戦うと言い出したのだから、閻治は驚いて止めに入る。

「俺の持つ霊障だけじゃ、多分勝てない。だがそんなことはどうでもいい。今、法積は俺が教えた突撃地雷を使った。なのに負けた!」

 それが気に食わない。霊障合体の研究に精通する自分の顔に泥を塗られた気分を味わったので、それを勝利で洗い流したい。

「我輩は構わんが?」

 そう言って可憐の方を見ると、

「私も別に。大丈夫よ?」

 一戦多くなることに対し、特に何も思っていないようだ。

「気をつけろ、慶刻! だが一つ覚えておけ? 死んでいなければ、どんな傷でも慰療で治せることをな」

 負傷した法積を撫でて治しながら言う閻治。これはアドバイスだ。要するに、

(死なない程度になら痛めつけてもいい、ってことだろう?)

 大きな一手が許可されたということ。

「じゃあ二人とも、位置ついて! よ~い、始め!」

 二戦目、慶刻対可憐。俊敏さでは負けている慶刻側としては、カウンターを狙いたいところだ。

「づあ!」

 早速霊障を使う。慶刻の霊障は二つあり、一つは機傀。金属バットを生み出し、可憐が射程圏内に入るまで構える。一方の可憐は、

「そこっ!」

 札を構え突撃だ。

「もらった! ホームランにしてやる!」

 フルスイングをした。これが当たれば骨折は免れないが、

「全然硬くないわね、あなたの機傀は」
「切られた、だと……?」

 当たった感触がなかった。寧ろ急に、バットが軽くなったのを感じる。先端を見ると、バッサリと綺麗に切り落とされていた。

(金属があの札に負ける? いやいやいや! あり得ないだろそんなこと! いくらアイツが札使いであるとはいえ、そこまでの強度を誇る札を持っているのか?)

 存在自体はしている。だが【神代】の中でも相当の立場でないと配られないはずだ。相手は巡礼者だから、そのようには感じられない。

(く、来る! 追撃が…!)

 今あれこれ考えても仕方がない。ここはこの状況からどうやって勝つか、それを見極め行動しなければいけない。ここで慶刻の二つ目の霊障、雪が繰り出される。雪の氷柱を頭上に生成し、それらを一気に落とした。

「これでアイツは距離を取るはず!」

 だが、その予想を一々破壊してくるのが可憐。なんと降り注ぐ氷柱一本一本を、札で切って壊している。全く後ろに下がろうとしない。

「マズい、これでは!」

 逆に慶刻が後ろに下がり、雪の結晶を展開して守りを固める。分厚さは三十センチ。鉄より硬くはないが、これを切り裂くのは至難の業のはずだ。
 その難易度の高いことを、可憐は一瞬でクリアしてしまう。横に札を振っただけで、分厚い結晶の盾が真っ二つに。

「くっ! どうなっているんだ、これは…!」

 グズグズしているとさっき法積戦で見た、紐のようになっている札で攻撃され絡めとられる。ここはもう出し惜しみはせず、霊障合体を使うのだ。

「くらえ! 機傀と雪の霊障合体…………霊氷止水(れいひょうしすい)!」

 小さくて尖った金属の塊が、雪のように舞い散る。この中に入ろうものなら、あっという間に血塗れだ。それを慶刻は自分の周囲に漂わせたのである。

(これで動きを殺せば……。後は機傀で日本刀を生み出し、切れば……!)

 勝利は自分のものだ。そう思った矢先の出来事。可憐が札を構えて突っ込んできたのである。

「自爆するつもりか、コイツ? いや、違うぞ……?」

 自分の勝利を確信している目だ。それは負傷覚悟ではない。両手に持つ札で、宙を漂う金属を片っ端から叩き切り、落としている。それをしながら迫ってくるのだ。

「何という力! 勝負への執念! だがここまでだ、可憐! 俺に近づけば近づくほど、霊氷止水は激しさを増す! 札二枚ではさばききれないほどにな!」
「なら、こうしようかしら?」

 ここで可憐はあの、紐のように伸びる札を使った。

「捕まえるつもりか! でも距離が足りてない! それにこの霊氷止水は、俺の任意のタイミングで消せるんだ。これで俺の方を自爆させることは不可能!」
「そんなこと、考えてないわ」
「何い?」

 シュルシュルと伸びてくる紐状の札、その先端に一枚の札がある。それが慶刻に向かって伸び、巻いていた札を発射した。

「いっ……!」

 首筋をかすめた。一瞬だが全身から冷や汗が飛び出て、呼吸が粗くなり心臓の鼓動も速くなる。慶刻は手で首を触り、繋がっていることを確認した。

「切られたと思った……」

 だが切れてはいない。感覚だけで、血も流れていないのである。ならば勝負はまだ終わっていない。そう思った彼は一歩踏み出した。
 が、

「もう終わりよ!」

 全ては可憐の思惑通りに動いている。慶刻が前に出たということは、紐状の札が届く距離。

「ああ! この紐札が……!」

 慶刻の腕に巻きつく。元が切ることに特化した札だからか、締め上げられるとカミソリを押し付けられているような鋭い痛みが走る。しかも可憐はこの札を手繰り寄せて、慶刻を自分の攻撃が届く距離まで引っ張る気だ。

「切断しなければ! こんな細くなっている紙、すぐにでも!」

 切れる、と言いたかった。だが機傀で生み出したハサミが、札に負けて逆に折れて慶刻の足元に突き刺さる。

「じゃ、じゃあ霊氷止水だ! くらえ!」

 慌てた彼は霊障合体を使う。金属の粒を生み出し雪のように動かす、霊氷止水。それを可憐に向けた。

「もう攻略済みよ、それは!」

 耳を疑う発言だ。だがそれは本当で、可憐はもう一枚紐状の札を取り出し展開して器用に動かし、自分に向かって飛んで来る金属を一個一個、叩き落したのである。

「馬鹿な……? か、可憐んんんん! ごあっ!」

 そのまま引っ張られ可憐の射程圏内に入ると、慶刻は腹に札を突き付けられ、その衝撃と痛みのショックで気絶。

「や、やめ! 大丈夫かい、慶刻君!」
「平気よ。加減はしたからね」

 洋大が慶刻に触れると、ちゃんと生きていて温かい。耳を澄ませば呼吸の音も聞こえる。

「試合終了。勝者、可憐さん……」

 閻治側の二連敗が決定した。
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