第5話 勝負への想い その3
文字数 2,053文字
「そこまで」
雪女が、やめの合図を出した。すると紫電はその場に崩れた。
「ふ、ふうー。目ん玉飛び出るぐらい疲れたぜ……。応声虫ってこんなに強いのかよ、全然かっこ良さそうな響きしねえのに……」
ボロボロな状態での勝利だ。快勝ではなく、なんとか辛うじて勝てたという印象。同じことを雪女も感じる。
「ううぐ……」
意識を取り戻した空蝉は目を開いた。
「大丈夫か? 立てる?」
彼に手を差し伸べる紫電だったが、紫電の方も誰かの手が欲しいぐらいである。
「借りよう」
その手を受け取って、空蝉は起き上がる。
「いやあ実に! 実に素晴らしかったぞ、君の電霊放は! まさかおれが負けるとは……。散々腑抜けとか何とか言ったが全部訂正しよう」
「霊障が強かったんじゃねえさ」
空蝉の褒め言葉を紫電は否定する。
「俺はどうしても、緑祁と決着をつけてえんだ。その想いが、強かったんだぜ」
「なるほど。精神の勝利か……言われてみればおれは、【神代】から金がもらえるから戦っていた。そんなちっぽけな理由じゃ負けるわけだ……」
紫電の中にある勝負への想いを感じた彼は、負けを認めた。そして、
「紫電! 君に言っておこう」
「何をだ?」
「これから君のもとに来る三人の霊能力者は、普段おれとチームを組んでいる人だ。そしてその中でおれは一番弱い。だが、三人に勝て! 勝って緑祁への挑戦権をつかみ取るんだ、絶対に! さらに緑祁にも勝つんだ!」
激励の言葉を投げかけると空蝉は一足先に病院から去った。
「紫電、やっぱり霊鬼を使うべきだよ」
雪女はそう言う。空蝉相手にかなり苦戦した。これから紫電に勝負を挑んでくる三人は、彼以上の実力の持ち主。となると、負ける可能性が高くなる。
「でも、今の俺に霊鬼を使いこなせるのか?」
紫電としては、それが疑問だ。
もしまた気分の高揚に飲み込まれたら、取り返しのつかないことが起きかねない。そうなってからでは遅い。
しかし、次の勝負に負けたら取っておく意味がなくなる。それも取り返しのつかないこと。
「それを見極めるためにも、どう?」
進める雪女は、例の鏡を紫電に手渡した。それに映り込む己の姿を見て紫電は、
「強い心があれば、制御できるとは思うが……」
肝心なのは、その屈強な精神。何に由来するか、だ。弱い決意では意味がない。
「緑祁と勝負がしたい、じゃ駄目なの?」
「それでもいいかもしれねえな」
提案された意見を紫電は受け取った。
勝負への想いは、誰よりも強い。だからそれなら霊鬼に惑わされずにコントロールできると思う。
「今日は空蝉とのバトルでもう疲れた! 明日、もう一度霊鬼の憑依を実験してみようぜ」
今すべきことは体を休めること。だから紫電は休息に努める。
しかし翌朝、もう新手が来る。
「小岩井さんの家はここでしょうか?」
「誰だ君は?」
「ああ私、北月 向日葵 というものです。紫電君に用事がありまして」
「今呼んでこよう」
疾風は息子を玄関に呼んだ。
「知り合いか? 家に招くとは、高校以来じゃないか? 大学生になってからはいつも外で遊ぶだろう?」
「……まあな」
部屋に連れて行くと、向日葵は、
「早速だけど始めよう。アナタ、いい場所は知ってる?」
「それなら…」
「あ、あの病院の屋上は駄目だからね? 空蝉の敗因は聞いたから。できれば河川敷とかグラウンドとかがいいな」
周囲に金属がない場所を求められた。
「別雷神社の横に草野球ができるグラウンドがある。そこはどうだ?」
市内の地理には人並みに詳しい。ので紫電はそこを提案し、向日葵は納得した。
「今日、するのか?」
「もちろん! 今私、波に乗ってるからね。それを逃したら、次はいつになるかわかったものじゃない!」
断ることができそうにないので、紫電は支度をする。予備用の電池とダウジングロッドも持ち、霊鬼の鏡を懐に仕舞った。
「じゃ、行くか……」
三人で向かったそこはちょうどいいことに、野球をしている人がいなかった。
「よし! 邪魔な人もいない。これなら大丈夫!」
この時、紫電は向日葵の行動を見た。ストレッチはしていない。
(となると、霊障は? 空蝉の応声虫は物理攻撃力が低かったから準備運動してたみたいだが、彼女のはそうではないってことか?)
もう戦いは始まっているようなものだ。だから相手の一挙一動を観察し、推測を立てる。
「紫電、ちょっといい?」
雪女が彼に耳打ちをする。
「霊鬼の鏡は持って来たよね?」
「ああ、もちろん」
「割れば、いつでも霊鬼を呼び出せるから、そして割った人にだけ憑依するから。今の紫電の強い心なら、きっと前みたいな失敗はしないよ」
これは暗に、今ここで鏡を割れ、と言っているのである。
しかし、
「いや、まだよそう。いつでも呼び出せるのなら、今じゃなくてもいいだろう?」
「まあそうだけど……」
ピンチになったら割る。それがいいと紫電は考える。最初から割って憑依されて暴れ出したら、それこそ何も学習できていない。
(勝負への想いは、戦っている時が一番輝くからな! 霊鬼はその時だ!)
雪女が、やめの合図を出した。すると紫電はその場に崩れた。
「ふ、ふうー。目ん玉飛び出るぐらい疲れたぜ……。応声虫ってこんなに強いのかよ、全然かっこ良さそうな響きしねえのに……」
ボロボロな状態での勝利だ。快勝ではなく、なんとか辛うじて勝てたという印象。同じことを雪女も感じる。
「ううぐ……」
意識を取り戻した空蝉は目を開いた。
「大丈夫か? 立てる?」
彼に手を差し伸べる紫電だったが、紫電の方も誰かの手が欲しいぐらいである。
「借りよう」
その手を受け取って、空蝉は起き上がる。
「いやあ実に! 実に素晴らしかったぞ、君の電霊放は! まさかおれが負けるとは……。散々腑抜けとか何とか言ったが全部訂正しよう」
「霊障が強かったんじゃねえさ」
空蝉の褒め言葉を紫電は否定する。
「俺はどうしても、緑祁と決着をつけてえんだ。その想いが、強かったんだぜ」
「なるほど。精神の勝利か……言われてみればおれは、【神代】から金がもらえるから戦っていた。そんなちっぽけな理由じゃ負けるわけだ……」
紫電の中にある勝負への想いを感じた彼は、負けを認めた。そして、
「紫電! 君に言っておこう」
「何をだ?」
「これから君のもとに来る三人の霊能力者は、普段おれとチームを組んでいる人だ。そしてその中でおれは一番弱い。だが、三人に勝て! 勝って緑祁への挑戦権をつかみ取るんだ、絶対に! さらに緑祁にも勝つんだ!」
激励の言葉を投げかけると空蝉は一足先に病院から去った。
「紫電、やっぱり霊鬼を使うべきだよ」
雪女はそう言う。空蝉相手にかなり苦戦した。これから紫電に勝負を挑んでくる三人は、彼以上の実力の持ち主。となると、負ける可能性が高くなる。
「でも、今の俺に霊鬼を使いこなせるのか?」
紫電としては、それが疑問だ。
もしまた気分の高揚に飲み込まれたら、取り返しのつかないことが起きかねない。そうなってからでは遅い。
しかし、次の勝負に負けたら取っておく意味がなくなる。それも取り返しのつかないこと。
「それを見極めるためにも、どう?」
進める雪女は、例の鏡を紫電に手渡した。それに映り込む己の姿を見て紫電は、
「強い心があれば、制御できるとは思うが……」
肝心なのは、その屈強な精神。何に由来するか、だ。弱い決意では意味がない。
「緑祁と勝負がしたい、じゃ駄目なの?」
「それでもいいかもしれねえな」
提案された意見を紫電は受け取った。
勝負への想いは、誰よりも強い。だからそれなら霊鬼に惑わされずにコントロールできると思う。
「今日は空蝉とのバトルでもう疲れた! 明日、もう一度霊鬼の憑依を実験してみようぜ」
今すべきことは体を休めること。だから紫電は休息に努める。
しかし翌朝、もう新手が来る。
「小岩井さんの家はここでしょうか?」
「誰だ君は?」
「ああ私、
「今呼んでこよう」
疾風は息子を玄関に呼んだ。
「知り合いか? 家に招くとは、高校以来じゃないか? 大学生になってからはいつも外で遊ぶだろう?」
「……まあな」
部屋に連れて行くと、向日葵は、
「早速だけど始めよう。アナタ、いい場所は知ってる?」
「それなら…」
「あ、あの病院の屋上は駄目だからね? 空蝉の敗因は聞いたから。できれば河川敷とかグラウンドとかがいいな」
周囲に金属がない場所を求められた。
「別雷神社の横に草野球ができるグラウンドがある。そこはどうだ?」
市内の地理には人並みに詳しい。ので紫電はそこを提案し、向日葵は納得した。
「今日、するのか?」
「もちろん! 今私、波に乗ってるからね。それを逃したら、次はいつになるかわかったものじゃない!」
断ることができそうにないので、紫電は支度をする。予備用の電池とダウジングロッドも持ち、霊鬼の鏡を懐に仕舞った。
「じゃ、行くか……」
三人で向かったそこはちょうどいいことに、野球をしている人がいなかった。
「よし! 邪魔な人もいない。これなら大丈夫!」
この時、紫電は向日葵の行動を見た。ストレッチはしていない。
(となると、霊障は? 空蝉の応声虫は物理攻撃力が低かったから準備運動してたみたいだが、彼女のはそうではないってことか?)
もう戦いは始まっているようなものだ。だから相手の一挙一動を観察し、推測を立てる。
「紫電、ちょっといい?」
雪女が彼に耳打ちをする。
「霊鬼の鏡は持って来たよね?」
「ああ、もちろん」
「割れば、いつでも霊鬼を呼び出せるから、そして割った人にだけ憑依するから。今の紫電の強い心なら、きっと前みたいな失敗はしないよ」
これは暗に、今ここで鏡を割れ、と言っているのである。
しかし、
「いや、まだよそう。いつでも呼び出せるのなら、今じゃなくてもいいだろう?」
「まあそうだけど……」
ピンチになったら割る。それがいいと紫電は考える。最初から割って憑依されて暴れ出したら、それこそ何も学習できていない。
(勝負への想いは、戦っている時が一番輝くからな! 霊鬼はその時だ!)