第10話 光への帰還 その3

文字数 3,905文字

「うおおおおお!」

 雄叫びを上げながら緑祁は火災旋風を撃ち出した。炎の渦なら、氷斬刀に切られることはないはずだ。

「温いな」

 ここで雉美が使うのは、霊障合体・螺旋鋼だ。機傀で生み出した金属を木綿の力で捻じ曲げる。

「うぐ!」

 投げ縄のように放り投げて緑祁を捕まえた。しかも螺旋鋼は火災旋風に曝されており、熱を帯びている。その熱さが、拘束されている緑祁に伝わっていくのだ。

「ぐええええ! あ、熱い! 火災旋風を、解かないと……」

 火災旋風を消したら、直後に雉美が接近してきて緑祁のことを乱舞の力で持ち上げ、

「出直してこい! 甘ったれが!」

 電信柱に向かって投げつけた。背中を叩きつけられた緑祁は、

「つ、強い……! 何て力だ……!」

 軽く絶望を覚える。相性の悪さもあってか、雉美は緑祁にとってかなりの強敵だ。

(どうすれば、勝てるんだ……? このままだと逃げられるどころかその前に、殺されてしまう!)

 しかも今、緑祁には式神の札がない。[ライトニング]と[ダークネス]には頼れない。おまけに辻神たちはペデストリアンデッキの上で迷霊と戦っており、こちらの戦闘には気づいていない。後から仙台駅の前にやってきた皇の四つ子も彼らと同じで、上空の迷霊の除霊に従事していて、緑祁のことを探す暇すらないだろう。

「豊雲さんの仇を取らせてもらおうか。後悔は死んでからするんだね。あの世で豊雲さんに詫びていな、許されないだろうけど!」

 雉美は機傀で斧を作り出し、それを構えて緑祁に迫る。

(くっ! ここまでなのか……!)

 緑祁は自分が死んでしまうことよりも、この場から雉美が離れ逃げてしまうことの方を憂いた。
 その時、夜空に金色の稲妻が走った。

(あれは辻神も電霊放だ)

 狙いはおそらく宙を漂う迷霊だろう。緑祁の援護が目的とは思えない。だが緑祁はその電霊放を見て、辻神のことを連想した。同時に、彼に言われたことを瞬時に思い出していた。

「明日を掴むために……暗い自分を認めろ! 受け入れろ! それも、緑祁! おまえの一部なんだ!」

 そのフレーズが印象的だった。
 彼は自分を励ますために、叫んでいた。だから言葉の意味は激励しか込められていなかったかもしれない。でも緑祁はその言葉の中から、この窮地を脱出するための方法を模索した。

(これだ!)

 そして思いついたことを実行したのだ。

「あ、熱い……? 何だ、この風は?」

 突然、熱風が吹き出した。それも九月の仙台の夜とは思えないほどに熱い風だ。思わず足が止まり、汗が噴き出る。

「まさか! これは!」

 思い当たる節が一つだけある。

「ああ、そうだよ。霊障合体・大熱波! 雉美、そっちにそそのかされて僕が生み出してしまった、イレギュラーな霊障合体だ!」
「ぐ……!」

 喉がヒリヒリする熱さだ。ずっと立っていると、いいや緑祁に近づこうとすると、火傷してしまいそうだ。

(だが確か! 大熱波は途中で向きを変えられなかったはず!)

 間近で観察していて良かったと思う。雉美は横に動いて大熱波から抜け出した。

「ふ、ふう……。無駄に熱い。服が汗だくだわ……」
「今回だけだ! 雉美! そっちを捕まえるためにだけ、僕はこの力を使う。そっちが生み出したんだ、文句はないだろう?」

 辻神は緑祁に言った。暗い部分も含めて全てが自分自身なのだと。だから、この……本来は存在しないはずの霊障合体を使う。暗部を生み出させた雉美を捕まえて、それをもって封印する。

「いいだろう、緑祁! 心の闇を克服し、あたしに勝つか! 素晴らしいストーリーだな」
「別に、凄いとは思わない。僕は仲間がいないと、闇の中から抜け出せないくらい、弱いんだ。でも、そんな僕にでも、許せないことがある! それは雉美! そっちが僕に対してしたことだ!」

 緑祁の声には怒りも込められていた。目つきもやや鋭くなっている。だが、負の感情は心にはない。精神面をちゃんと制御できている。

「だがな緑祁……。あたしは間近で、あんたのその霊障を見ていたんだ。対策ぐらいは考えられるさ。さっきはいきなりだったから焦ったが、落ち着けば怖くはない」

 雪を用いて、自分の服を部分的に凍らせた。これで大熱波への対策はできる。

「さあ、終わらせてやろう! 行くぞ! 霊障合体……」
「そうはさせない!」

 瞬時に腕を振り下ろすことで、雉美の真上に低気圧を生み出し落とした。

「ぐおおお! これは…!」

 暴れ出す雨風が雉美を襲う。

「だが、これは木綿で…!」

 靴に仕込んでおいた植物の種を成長させ、アスファルト舗装を砕いて地中に潜らせることで体を固定。これで吹き飛ばされることはない。

「大熱波だ!」

 動けない雉美を見るや否やすぐに緑祁は大熱波を使用。雪で涼しさを保ってはいるが、長々と続けば溶け出し耐えられないだろう。

(いいや!)

 しかしそんな戦い方は、緑祁は選ばない。大熱波と共に前進して雉美に迫り、

「植物を枯らす! 沸騰水だ!」

 足元に熱湯を放った。木綿で成長していた植物はその熱さに耐え切れず、柔らかくなってしまう。

「しまった!」

 この隙に、さらにもう一つ低気圧を落とした。今度は地面に張り付いていられず、吹き飛ばされる雉美。

「なあああああああ!」

 勢いよく、階段の横に体が叩きつけられた。

「ぐ、ぐう……」

 決まった。緑祁はそう判断し、霊障合体を解いた。

「終わりだ、雉美! 命までは奪う気はないし、そういう指示は出てない。でも、峰子と共に罪を償ってくれ! それが、唯一できることだと思う……」
「な、何の……」

 だが、まだ動こうとする雉美。その動作は弱々しかったために緑祁は、

(痛いのか? 僕に助けを求めている?)

 と感じる。

「雉美! もう動けないんだね……? なら、ジッとしててくれ。それとも助けがいるんなら、手を出して! 今、そっちに行く!」

 弱っている相手を見捨てられない。緑祁は手を貸すために近づいた。

(……ってか…! 甘い! 非情になり切れないのが、緑祁の欠点だな!)

 心の中でニヤリとする雉美。実は大したダメージは受けておらず、緑祁を近づけるために演技していただけだ。それを知らない緑祁は何の疑問も持たずに歩み寄る。

「きいいえええ!」
「えっ!」

 植物のつたが服の中から伸び、雉美の腕に巻き付いた。その状態で乱舞を使う。

「霊障合体・樺手(からて)! 死ね、緑祁!」

 植物自体の頑丈さと力強さが加わって、より強靭な一撃となるのだ。

「っがああ!」

 その一発で、緑祁の体は十数メートルは飛んだ。ビルの壁に衝突してやっと止まった。

「う、うう……!」

 傷みのせいで逆に緑祁の方が立てない。雉美は立ち上がって緑祁に近寄り、

「これ、なーんだ?」

 ポケットから札を取り出し見せびらかした。霊魂が封じてある札だ。それを緑祁に向けて、

「安心して死にな、緑祁! 霊障合体! 烈化弾丸! 雪達磨(ゆきだるま)! 果球(かきゅう)!」

 霊魂を他の霊障に混ぜれば、それは霊障合体となる。機傀が混ざり金属製の霊魂を飛ばす、純粋に威力が高い烈化弾丸。雪と融合することで、冷気をまとい対象を氷漬けにできる雪達磨。そして木綿を使って霊魂を植物の種とする果球。その三つが札から放たれた。勝利を確信する雉美。だが緑祁も、

(さ、最後のチャンスだ! 闘撃波弾がないのなら、できるはず!)

 これを跳ね返せれば、まだ勝負はわからない。痛む両腕を何とか動かし、鬼火と鉄砲水を合わせる。

(頼む……! 弾き返してくれ! 水蒸気爆発!)

 鉄砲水が鬼火の火力で瞬時に蒸発し、爆発的に増えた体積が緑祁に向かって飛ぶ物を吹き飛ばす。

「んな……!」

 渾身の霊障合体が、向きを百八十度変えて雉美に向かう。

(え、嘘! 鬼火と鉄砲水の組み合わせは……沸騰水なはず! なのに、何で………!)

 今の緑祁なら水蒸気爆発よりも沸騰水を使うと思っていたせいで、反応に遅れた。

「ぎゃああああああああああ!」

 自分の霊障合体に襲われ吹っ飛ぶ雉美。

「や、やった……!」

 でもまだ、雉美は動ける。這いつくばって移動する。しかし緑祁の方には行かない。

「う、うぐぐぐぐ! で、でも! 今の内に……」

 自分の車を目指しているのだ。もう緑祁と戦っても勝てる気がしない。しかし肝心の緑祁も、立ち上がれないほどに負傷している。ならば逃げればいいだけのこと。幸いにも車の鍵は無事だ。

「よ、よし! 逃げるが勝ちだ! 今はここから離れて、【神代】の追っ手もかわす! それでいいんだ!」

 震える膝を何とか押さえて立ち上がった。そして車のドアを掴もうとした。

「はっ?」

 その時、地震が起きる。いや、雉美の周囲だけが揺れているのだ。そしてアスファルト舗装がパックリと割れて、雉美の車を地割れが飲み込んでしまった。

「な、何が起きてるの……! まさか、緑祁がまだ? でもこれは、礫岩が使えないといけないはずじゃ……」
「そこまでだヨ!」

 ペデストリアンデッキの上から声がする。その方を向くと、山姫がこちらを覗き込んでいた。

「誰だ、あんたは……。って、迷霊は? どうなってるの?」
「やっぱり迷霊だったんだネ。凄い数だったけど、何とか除霊が間に合った! 皇の四つ子もいるし、育未たちや絵美たちもいる。それに上手い具合に仙台に霊能力者が集まってくれていたからネ」

 暴走していた緑祁を捕まえるために招集された人たちが、こんな夜中でも協力してくれたのだ。だから除霊が素早く終わった。

「こ、この小娘!」
「うるさいヨ、オバサン!」

 雪で攻撃しようとした雉美だったが、地面から噴き出した火炎噴石が顎に直撃。

「く、クソ………!」

 満身創痍の雉美はもう、立っていられなかった。
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