第2話 一手遅れる その2

文字数 2,810文字

「今更なんですけども、昼間の内に行ってしまうってのは駄目だったんですか?」

 夜九時ごろ。雛臥は車を運転する蛭児にそう言った。資料を読んだ時、件の幽霊が出現する前に手を打つことができたはずだと感じたためだ。

「私も当初、それがいいと思った。だがね、それはできないと感じたんだ……」

 実は蛭児、この除霊について最初は調査をしようとした。しかし昼間はいくら探しても、

「呪われた岩は、姿を見せないんだ。あの岩は幽霊が活発に動ける日没後にしか出現しない。私は戦闘向きではないから、手が打てないんだ……」

 見つからなかったのだ。

「その、岩! 呪われた岩を壊せばいいんだろう? 簡単だぜ!」

 依頼の内容。それは、幽霊の源となっているであろう岩石の破壊だった。蛭児の調査によれば古くから、その岩石さえなければ地縛霊は力を失う、と言い伝えられていたらしい。それがどうして今になって力を蓄え現れたのか、それも疑問ではある。

「誰か、犯人がいると私は睨んでいる。【神代】に背く何者かが、新しく岩を用意したに違いなんだ」

 あり得ない話ではない。現に今の富嶽の政権は、かなり緩い。それこそ裏切り者が出ても仕方がないほどに。【神代】に取って代わろうと企む者がいてもおかしくはないのだ。

「その野望、打ち砕いてみせますよ……」

【神代】に忠誠を誓う雛臥と骸の意気込みは、心強い。
 安田川の東側に来ると、もう車では進めない。ここから先は歩いて現地に向かわなければいけないのだ。

「参ったな。付近にピクニック広場があるぜ……」

 降車する前に骸はカーナビを見た。その広場までは二百メートルもない。もしシーズン中に幽霊が活発だったら、一般人に大きな被害が出ていただろう。

「でも今夜までだ! さあ骸、行こう! 蛭児さん、案内をお願いします」
「任せてくれ」

 三人とも懐中電灯で足元を照らしながら進む。

(……ん? 何か、変だな……)

 違和感に気づいたのは、骸だ。

(何も、感じない……?)

 自分たちは例の呪われた岩に近づいているはず。なのに、気配を感じないのだ。周囲の雰囲気も全然呪いとはかけ離れた感じで、寧ろ浄化された聖地を歩んでいる感覚に陥った。ふと雛臥の顔を見ると、彼もキョロキョロしている。同じく何も感じていないのだろう。

(だがよ……)

 目を前に戻した。蛭児は進み続けている。

「あの、すみません」

 感じないことに我慢できなくなったのは、雛臥だった。

「ここら辺ではないのでは? 気配が感じられないんですが……」
「そうかい? すまない、私は鈍いのでよくわからないんだ」
「そうですか……。でも僕は、怪しい雰囲気を感じ取れないんです。骸はどう?」
「俺もだ……」
「君たちの意見はわかる。でも、呪われた岩はこっちにあるは………」

 蛭児が言いかけている時、何かがそれを遮った。

「うわっ!」

 白い骸骨のような幽霊が、現れたのである。

「で、出たぞ! 骸!」
「わかってる!」

 すぐに二人は構えて、蛭児の前に出る。

「目撃情報通りだ! このガイコツの幽霊が、岩を守っているんだ!」
「でもすぐに祓ってやる!」

 骸は木霊を使った。周囲の木々が彼の言うことを聞き入れ、幽霊目掛けて枝を伸ばす。しかし逃げられた。今度は雛臥が業火を使う。これは当たるのだが、手応えがない。

「何……?」
「無意味だ! あの霊の源である岩を破壊しなければ! そうしないとあの幽霊は祓えない!」

 蛭児が叫ぶ。

「なるほど。通りでこの依頼、難易度が高いわけだよ! いくよ、骸?」
「なあ蛭児さん。この奥にあるんだろう、岩が? あんたと一緒じゃ足並みが遅れる、俺と雛臥が先に行って、壊してやるぜ! あんたはここで待ってろ!」

 無駄とわかってても攻撃を仕掛け続ける二人。幽霊の注意を引くためだ。蛭児を守りながらでは、危険だ。だからここは戦える自分たちだけで奥に進んで、その源を断ち切る作戦。

「おららららぁあああ! こっちに来い! そしてあの世に突き落としてやる!」


 山の中を進んだ二人。その先の林の中に開けた場所があった。

「何だここは?」

 確実に、人工的な地形だ。でもピクニック広場からは離れている。

「あそこだ、骸! 見るからに怪しい岩がある!」

 しかしその疑問を成長させる暇がない。雛臥が指で指し示した通り、この中央には、禍々しい岩があった。まるで苦しんでいるかの様子な、人型の彫刻のような岩だ。

「壊す!」

 先に雛臥が走る。業火の威力を全開にして、岩目掛けて炎を放つ。だが、燃えていない。

「駄目だ、効いてない……? 骸、木霊を頼む!」
「ああ任せな!」

 岩に植物が勝てるだろうかと、普通なら思うだろう。だが植物の力は時として、岩石やアスファルトを砕き、家屋を崩壊させるほど強い。周囲には背丈の高い樹木はないが、足元に雑草がある。

(これで十分だ!)

 だが、一瞬骸の動きが止まった。

「どうしたんだ、おい!」
「まあ待て雛臥! 俺たちの勝利は確定したけどよ、調べるべきことがあると思うんだぜ?」

 停止した理由は、簡単だ。先ほど抱いた疑問が生き返ったからである。

「お前も感じてんだろ。どうしてこの森にはこんな岩が隠されてんのに、悪意の瘴気を感じられないのか! それを調べてからでも除霊は遅くないはずだぜ?」

 そこにどうしても納得できないために、破壊を渋っている。

「わかったよ! 僕があの霊を引き受ける! 骸は、あの呪われた岩を調べてくれ!」

 ここで二人の役割分担は素早く決まる。雛臥はできるだけ多くの炎を指先から吐き出し、幽霊の注意を引く。その間に骸が雑草の茎を使って、岩を調べる。

「こっちだ、コイツ! さあ燃やしてやるぞ!」

 どうやら完全に無意味ではないらしく、炎を前にすると幽霊は中々攻めてこない。防御できている。

(おかしい………)

 調査担当の骸は、二つの違和感にぶち当たった。

 一つはシンプルだ。岩の形が、見かけとは違う点である。

(確かに人の形……。ヨーロッパによくありそうな、彫刻みたいなんだ。でも木霊で触れた感触は、何だこれ……?)

 ただの岩ではない。地面に向かって垂直な面がある。そして所々に溝がある。しかし自分が見ているのは、人型の岩。
 そしてもう一つ。それは、この岩からは何も感じられないということ。蛭児はこれは、呪われた岩だと言った。だがそれに反して、邪念が全く伝わってこない。逆に安らかなイメージを彼は抱けたほどだ。

(神聖な感覚がするぞ? 呪い……ではないよな? 俺の感覚が狂ってるのか?)

 両手で頬を叩き、意識をハッとさせる。

(違う! 俺は間違ってない。おかしいのはこの岩の方だ。そしてあの幽霊も!)

 これは、何かある。そう確信した骸だったが遠くから、

「ぎゃああああああ!」

 悲鳴が聞こえた。

「ひ、蛭児さん?」

 マズい。幽霊はどうやら一体だけではないらしいのだ。それは無防備な蛭児を襲ったらしく、彼の悲鳴が森の中に響き渡る。
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