第14話 外来の奏鳴曲 その1

文字数 3,315文字

「ご搭乗ありがとうございました。本機は間もなく、成田空港に着陸する予定でございます。ただいまの時刻は……」

 朝の陽ざしを受けながら飛ぶ旅客機が、オランダからのたっぷり十三時間の空の旅を終えようとしている。着陸態勢に入れば皆、シートベルトを締め直す。

(思ったよりもかからなかったみたいだな)

 読んでいた論文を、筆記用具と一緒にカバンに戻す。日本に、いいやアジアに来るのは今回が初めてだ。楽しみという感情があるのは確かだが、その背後には緊張感もある。重要な任務を任されているのだ。
 着陸はスムーズに行われたようで、全然衝撃を感じなかった。気づけば機は減速しており、ゆっくりと止まる。搭乗口が開いたので、他の乗客と一緒に降り、日本の地を踏んだ。

(日の本の皇国か、悪くない)

 彼……ハイドラはスウッと深呼吸した。空気は悪くない。大都会だというのに新鮮だ。自然のおかげか、それとも何かまじない的な力が働いているのか……。

「旅行の目的は観光ですか?」

 パスポートを見せると、係員に質問をされる。彼は、

「勉強、です」

 と答えた。第一目標は異なるが、完全な間違いではない。

(霊障の合体に関し、実践的なデータを採取しなければ! それはワタシのチームが一番、開拓できているのだ!)

【神代】は【UON】に、助け船を求めた。その答えが彼だ。今までに何度も、チームの一員を日本に送っている。全ては霊障合体の技術をヨーロッパに持ち帰るためだ。厄介なことに【神代】のデータベースには、日本外からアクセスしようとするとかなり手間がかかる。霊障合体に関する論文は現地でインターネットに接続しサーバーに入って直接ダウンロードするか、それか【神代】の霊能力者から印刷されたものをもらう方が、楽だ。費用がかさむ方法しかないが、実際に日本で学んだ技術を行い、アドバイスをもらうことができるメリットもある。

「あ、こっちだ」

 実は彼は待ち合わせをしている。相手は範造だ。事前に知らされた服装と顔だったので、ハイドラでもすぐにわかった。

「お待たせ」
「とんでもない。どうだ、日本は?」
「そうだな……」

 まだ要所を回ったり観光したりはしていないが、それでも感想は抱ける。

「不思議な国だ。太陽が最初に覗き込む国だからなのか、神秘的な雰囲気だ。ヨーロッパでもワタシたちは、この国には何か特別な力があると信じていた。はるか昔は黄金の国だったり、侍の国だったり……。植民地にならなかったのには、政治以外にも要因があるのだろうな。今、確信に変わった!」

 文化や生活の違いもあるのだろう。それでも異様なのに違和を感じないのは、彼の経験上初めてのことだ。

「終わったら、いくらでも観光していいぜ。お土産もいっぱい買っておけ!」
「そうするつもりだ。だがその前に……」

 長旅で疲れたので、体を癒したい。範造はそれを察してくれ、

「じゃあ、まず空港を出よう。駐車場に車を準備してある。【神代】が手配したホテルまで送るよ。そこには確か、シザースって言ったっけ? 【UON】の人員も宿泊中だ」

 時差ぼけもあるので、今日一日は休んでもらう。作戦の展開は明日からでも遅くない。

「チームメイトは全部で六人!」
「でも、他は? 今回来たのは一人だけだろう?」
「ワタシのチームはワンマンアーミー気質なのでね」
「それじゃあチームを組んでいる意味が薄い気もするが……」

 車の中でそんな会話をし、ホテルまで送り届ける。
 次の日の昼、ハイドラとシザースはホテルの会議室でミーティングに参加する。範造と雛菊、それに宗方重之助が既にテーブルに座っており、プロジェクターを起動し、コードをパソコンに繋ぎ、スクリーンに画面を映し出した。

「人、少なくないか?」
「極秘ミッションだから、だ」

 五名しかいない会議。リモートで出席する富嶽を加えても六人だけ。

(一応緑祁には事前に伝えはしたが、まだ修練の方では動きがないらしいな。蛭児は捕まり、皐は処刑され、もう味方と言える人物は峻、紅、緑、蒼だけだ。焦りを見せてもいいはずだが?)

 修練は、【神代】の本店への襲撃後……つまりはあの晩以降、【神代】への攻撃をぱったりとやめた。まるで本当の目的が他に何かあるかのように。それが不気味で仕方がない。

(ま、捕まえてしまえばわかることだ)

 ただ、そこまで深刻な問題とは範造たちは思っていなかった。今は動機の解明よりも犯行を止めるべきなのだ。
 時間が来ると、スクリーンが切り替わる。こちらにもウェブカメラがセットされているため、画面の向こう側にいる富嶽にもハイドラとシザースの表情がわかるようになっているのだ。

「来てくれたこと、感謝しておる」
「頭をお上げください、ロード・フガク! ワタシたちを今、【神代】の一員と思ってください。普段通りの指示の出し方で良いのです」

 任務に従事する以上、ハイドラは余計な感情を持ちたくないと思っている。だから、機械的な命令を求めた。

「そうだな……。わかった、そうしよう」

 頷く富嶽。画面を変えて、現状を説明する。

「今、【神代】は苦汁を飲まされておる……。それもただ一人の霊能力者に! 【神代】の本部は破壊され、吾輩も今は神蛾島に避難しておるのだ……」

 弱気な解説だ。同時に瓦礫の山になった、予備校の本店の写真も見せる。

「これは酷いですね……」

 思わず言葉を失うシザース。見ていると全身に鳥肌が立つのがわかる。

「だが、前に進んでおらんわけではないのだ」

 希望は、ある。この一連の事件の重要人物の内、二人は既に無力化した。

「片方は逮捕した。もう片方は処刑し、悪霊となったが祓った」
「なるほど。やられてばかりというわけではないのですね」

 そして、二人にも【神代】の前進を手伝ってほしいのだ。

「そこに範造がおるだろう? 昨日、空港からホテルまで送ったはずだ。吾輩たちの算段では……」

 修練さえ処刑できれば、事件は解決する。配下の霊能力者は四人だけで、彼らは修練がいなければ脅威ではない。だから修練は、範造に殺めさせる。
 しかしその方程式を解くためには、山のように高い壁がそびえ立つ。
 一つは、修練自身が強靭な霊能力者であるということ。処刑をするにはまず、捕まえなければいけない。それはつまり、彼と勝負し勝利する必要があるということ。
 もう一つ。今現在、修練一行の居場所がわからない点も無視できない。行動を起こしていないために、潜伏先の見当もつかない。おまけに捕まえた蛭児すら、心当たりがないらしいのである。

「可能性の断片として、青森……本州の最北端の県に行くかもしれない。だが、確証ではないのだ」

 それだけに賭けるのも危険。

「ロード・フガク、つまりはこう言いたいのですな?」

 ここまで聞けば理解できる。だからハイドラは、

「ワタシたちがやるべきことは二つ! 一つはシュレンの身柄の確保。それができない場合は、潜伏先の特定!」
「話が早くて助かるな。そうなる」
「さらに! 処刑は極秘ミッションなために、【神代】の一般的な霊能力者の力は借りれない。だからわざわざ、海の向こうからワタシを呼んだ!」
「その通りだ。そこにおる範造と雛菊の力は貸せる」

 少ない手数で大きな獲物を狩る。難易度が高い任務だが、ハイドラはやる気に満ちていた。
 他の【神代】の人員にも一応は、処刑の件は伏せ修練の逮捕という名目で手配は命じてある。しかしそれすらも修練は欺き、情報網に引っ掛からずにいるのだ。
 会議は任務の概要を聞いて終わった。後は重之助が、

「やはり、場所だよな……。日影皐という人物……処刑されたヤツは、岩手のホテルに滞在していたことがわかっているんだ。だとすると、修練もそこにいる? あ、岩手というのは青森の下、東の方のことだ」

 安直かもしれないが、探してみる価値はある。

「ならば、行くぞ! 案内してくれ」
「わかった。君の端末のアドレスを教えてくれ。岩手周辺の心霊スポットや廃墟、洞窟などのリストを送りたい」
「よし、絨毯爆撃だな! 徹底的に探索だ!」

 そうと決まればすぐに移動だ。運転席に範造。助手席に雛菊に加え、ハイドラとシザースが後部座席に乗り込む。
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