導入 その1

文字数 4,138文字

「全く。こんな忙しい時期に面倒なことをしでかす輩がいるもんだ」
「同感です」

【神代】は本店の予備校で緊急会議を開いた。その参加者の中には、神代閻治もいる。ちょうど彼は今朝、留年確定の慰安旅行から戻っていて、父である神代富嶽かに誘われたので向学のために座っている。

「ええ……。では皆様、この緊急会議にお集まりいただきまずはここで礼を述べます。今回、話し合うべき議題ですが……」

 比叡山絹子が司会だ。申し訳なさそうに謝辞を言って頭を下げた。
 そんなに急いで話すべきこととは、一体何だろうか?

「事前に説明しましたがここで、凱輝からより詳しい説明をしてもらいたいと思います…」

 彼女は神崎凱輝にマイクを手渡した。

「では、代わりました、凱輝であります。詳細を、述べたいと思います。どうか、集中し静かに、聞いてください………」

 早速だが何が起きたのかを言う。

「事件とは、言ってしまえば、慰霊碑の破壊であります。『ヤミカガミ』、『この世の踊り人』の慰霊碑が、壊されました。犯人は既に特定済みであります。一つの慰霊碑につき二人、経四名の若者です」

 彼が淡々と話を続ける中、誰かが手を挙げて、

「一体、何の目的で!」

 静かに聞けと言われたが、これは事前に教えてもらっていないので当然の疑問。そして凱輝には、これに応える義務がある。

「犯人は今、皇の四つ子……若い監視役が、見張っております。そして、もちろん事情聴取もしましたが、騙された、の一点張りでして。難航しております。我々といたしましては、この四人の犯人は知り合い同士であるので、何か本当の目的を隠している可能性もあり、お互いをかばい合っているかもしれず、慎重に調査を進めております」

 今は、これしか返答できない。返事にあったように犯人が、まるで自分たちが被害者であるかのようなことを言っているためだ。

「処分はどうする気ですか?」

 また誰かが発言した。通常、慰霊碑の破壊は【神代】の中では非常に重い罪。

「処刑しかないのでは?」

 過激な意見も飛び出る。

「そもそもこれは、禁霊術とどっちが重いのだ? その線引きがよくわからん?」

【神代】では、禁止されている霊的現象がある。

「ちょっと復習しておく。この会議には、初めて出る者もおるからな。閻治、できるか?」

 富嶽は自分の息子を指名した。これは嫌がらせとか修行とかではなく、【神代】の跡継ぎが既に知識を蓄えて来る日にトップに就く準備をしていることのアピールだ。

「何故、禁止されておるのか? それは魂が穢れるためだ。魂とは神秘的で不思議な精神。それが汚れることは、霊能力者にとっては一番避けたいことである」

 詳しい原理はまだ不明だが、この魂が穢れ呪われると、目に異常が表れる。具体的には、色を識別することが難しくなるのだ。汚れ続け完全に呪われた場合、失明することがわかっている。

「穢れに一番近いのは、殺人だ。人を殺す行為は己の魂を穢す、最悪の行い。そしてそれと同じレベルのことが禁霊術でも起きる! 故に、禁じられておる……」

 その内のいくつかを閻治は説明。

「真っ先に思いつくであろう一つが、『(カエリ)』だ。人を蘇らせるこの禁霊術は、死者が二度目の生物的活動をしてはならないという自然の摂理に反しているがために……」

 だから禁止されている。
 それが一体、今回の件とどう関係があるのか。閻治には、いいや【神代】もまだ知らないので彼は終盤、トーンダウンした。

「話がそれたな。閻治、軌道修正だ」
「わかっておる!」

 父に注意されたので、本題…慰霊碑の破壊がどうして重罪なのかを説明することに。それには、【神代】の血塗られた暗い歴史が関わっている。

「明治初期の話だ。我輩の先祖である神代詠山は霊能力者を管理するために秘密結社である【神代】を作った。だがその時、江戸幕府によって設けられていた四つの組織は首を縦に振らなかった………」

 四つの組織。それは『月見の会』、『橋島霊軍』、『ヤミカガミ』そして『この世の踊り人』だ。詠山の気は短く血の気は荒く、言うことを聞かないのなら、邪魔だから滅ぼしてしまえばいいと本当に当時、言った。一方的な虐殺と形容できる戦争が起きた。ちなみに戦争という超法規的な状況では、殺人は正当な行為とされているために、人を殺しても魂は呪われない。
【神代】によって流された、罪なき同類の血。奪われた人たちの霊を供養するために、詠山の息子である【神代】獄炎が慰霊碑を建てたのだ。そんな神聖なる慰霊碑を破壊するということは、【神代】の歴史に泥を塗ること、死者への尊厳を侮辱することに等しい。だから、たとえその凶行を行ったのが【神代】の血を受け継いでいる者であったとしても許されず、死罪となる。

「確か、『橋島霊軍』の慰霊碑も昨年のゴールデンウィークに壊されなかったか? あの時はどうなった?」
「あれは寄霊が壊したから、確か容疑のかかった少年は無罪になったはずだ。まだ新しい慰霊碑は作成中。でも今回は違うんだろう?」
「犯人は既に拘束しておるからな」

 ここで、この会議の開催意義がやっと富嶽の口から語られる。

「問題というのは、だ。犯人が言っておる、騙した人物のことである。本当かどうかは正直、かなり疑わしいのだが、嘘を言っておるようには見えんと皇から聞く!」

 その人物の名前はもう判明している。

「じゃあ、ソイツに聞けばいいだろう?」
「既にした」

 慰霊碑破壊の一件について尋ねると、変な顔をされた。全く知らないと言うのだ。

「なら犯人の嘘か?」
「それを話し合い、解決するための会議であることを忘れるな」

 犯行に及んだ四人の素性はもう調べてある。

「動機は一体何だ?」

 そこがわからない。調べても何も見えてこないのだ。四人は今まで【神代】に貢献してきたし、背信行為もしたことがない。だから理由は全く不明瞭。

「となると、真犯人に騙されたというのもあながち嘘ではない………のか?」

 という、堂々巡りになる。
 ここで閻治が、

「危険だが、策はある!」

 と叫んだ。

「それは一体?」

 何であるかを聞かれると、

「これはもう、当事者間でしかわからない話! ならばその四人に、猶予を与えるのだ。与えられた許された時間の中で無実が証明できるのなら、それでいい。できんのなら、精神病棟に一生幽閉する。簡単であろう?」

 普通なら思いつかないだろう。だが閻治は若い。その若さゆえの柔軟な発想だ。

「それもありかもしれんな…」

 富嶽が言った。

「ですが!」
「だがな? 今さっさと四人を処分してしまうことは、一番愚かで危険。どうせ皇の四つ子の監視がついておるのだ、もう一組監視を加えて時間を与えてみるのも手。隠れた他人とコンタクトを取るかもしれんし、真犯人が動き出すかもしれんのだ。……それらがないかもしれんけどな。少なくともここで何のためにもならないような会議を続けるより幾分かマシ、だと吾輩は感じるが?」

 鶴の子が鳴くと、親が一声出した。今の【神代】の過激とは程遠い温和なムードだからこそ、許される策だ。

「では、そういうことにしよう。凱輝、あの処刑人たち、どうせ暇であろう? 監視に加えろ」
「できますが、皇の四つ子とは仲が悪いのでは?」
「だからこそ、その仲の悪い二組がおれば、四人に両方とも買収されるようなことはない」

 もしも皇か処刑人のどちらかが四人の味方をしても、残った一方はそれに反感を抱いて監視を続けてくれるであろうということ。

「了解しました。すぐに手配します」
「頼むぞ」

 これにて会議は終了。閻治は予備校の駐車場に待機させておいた、赤馬(あかうま)が運転する車に乗り込んだ。


 万年稲荷大社は、東京二十三区の外にある。慰安旅行を再開する前に閻治は、そこに行く。

「今後の予定だが、和歌山から四国に行くつもりだ。八十八か所霊場巡りを春休み中にし、神頼みポイントを貯めて新学期に臨む!」

 ちょうど愛媛には、閻治の親友である栗花落洋大が住み込んで働いている陶芸工場もある。三月にはそこに寄るつもりなのだ。
 稲荷大社の神主である竹林(たけばやし)は、あまり霊感が強くない。だがここにはよく心霊写真が送られてくる。彼はその供養とお焚き上げをすることになっているのだが、閻治がいれば百人力である。

「本当に助かるよ。どれぐらいでできそう? 結構な量だし、疲れるだろう? 一週間かい?」
「一日でいい! それ以上はかけん」

 大量の写真、その一枚一枚に目を通す。同時に同封されている文面も読む。

「これは心霊写真ではない」

 キリっとした表情で閻治は言った。

「パソコンの画面に映っていた顔が写真に写っておるだけだ」

 本物は少ないらしい。

「これも違う。写真の外にいる人物の陰だ」

 心霊写真には、幽霊の念が善悪関係なく込められている。

「これは何だ! 我輩を馬鹿にしているのか!」

 激昂した彼は写真を左右に引っ張って引き千切った。竹林がその理由を聞くと、

「作り物だ! 霊能力者を騙してやろうという魂胆が丸見えだ」

 この分野では、閻治はプロである。だからどんなに合成したりそれっぽく作れていたりしても、彼を引っかけることなど不可能。

「お、これは本物だな。先祖の霊が、子孫の身に危険が迫っておることを知らせている。消えているのは腕か。この念の量だと多分、骨折程度の事故で済むだろう」

 本物は、雰囲気でわかる、写真に隔離された幽霊の念が、何もしてなくても伝わってくるのだ。より深く探るために、左手をかざしてその念を読み解く。

「これは! マズい! 死神が写っておる! 半年から一年ぐらいの近い未来、被写体の人物は死ぬぞ! すぐに連絡を……」

 その写真をひっくり返してみると、日付は十年以上前。同封の手紙にも、夫が死ぬ前に撮ったものです、との文が。

「遅かったか! 我輩がこの存在に十年早く気づいておれば!」

 悔しさのあまり、畳のドンと床を叩いた。

「ところで閻治君? 【神代】での会議は何だったんだい?」
「禁霊術や慰霊碑の破壊に関してだ。この世にも本当に大馬鹿野郎がおるもんだ、呆れる」
「その……禁霊術についてよくわからない? 何をしたら罰せられるんだ? 慰霊碑の破壊は、禁霊術ではないんだろう?」
「そうだな……」
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