導入 その3
文字数 3,100文字
二人の戦いはヒートアップし、最終局面に入ろうとしたその矢先、
「な、なんだ……?」
地が揺れた。
(コイツの礫岩か? いいや、違う!)
当初は叢雲もそう思った。だが閻治の顔を見ると、彼も驚きを隠せていない。だから二人とも、
「何かが起きている!」
ことに気づく。
次の瞬間大地を割って、この世ならざる存在が現れた。
「グオオオオオオオン………」
巨大なタカのようなそれは、羽の代わりに鋭い爪を腕の先に持っていた。
「まさか、脅霊 …?」
叢雲には心当たりがあるらしく、そう声をこぼした。
「いや、違う! これはおそらく犠霊 ……。歴史の闇に葬られ忘れ去られた者たちの、憎悪の姿」
どうしてこの地方に三色神社が存在するのか。その存在意義は、この犠霊を封じ込めるためである。同時にダム建設や災害などで命を落とした者の供養も目的だったが、この幽霊はその魂すらも吸収し、地下に潜んでいた。今この戦いの衝撃で、目覚めたのだ。
「閻治君、叢雲君! 勝負は中断だ! 逃げろ!」
神主の判断は冷静で、二人の身を案じていた。すぐに見物人は本殿に避難させ、後は二人だけ。だが、
「逃げるだと? この我輩にそう言い聞かせるつもりか、貴様? この場合で吐くセリフが違うだろう?」
「神主さん……。俺は勝負に横槍を入れられるのが大っ嫌いなんだ! 三年前を嫌でも思い出す……あの時、脅霊さえいなければ、あの女との決着が!」
閻治も叢雲も、戦うことを選ぶ。
「犠霊なら、問答無用で破壊対象だ! この世から消してやろう……!」
「俺が先だ!」
叢雲が前に出た。電霊放をチャージし、撃ち込むつもりである。
(アイツの電霊放は、信じられる。だから……)
この場合閻治の行動は一つだけ。時間稼ぎだ。
「こっちを向け、犠霊!」
鬼火を飛ばして向きを変えさせる。
「グシャアアアアン…」
爪を振り下ろす犠霊。一撃で地面がめくれるほど鋭い。
「だが! 貴様に傷つけられた大地の怒りを思い知れ!」
ここは礫岩。突如地面から鋭い岩が飛び出し、犠霊の腕に突き刺さり、串刺しにすることで固定した。
「ググギャアアオオオオ…」
閻治は犠霊のことを見た。上半身だけが地面から出ている状態で、下半身はまだ地の下だ。だから行動力に乏しいはず。
(仕留めるのなら、今がチャンス! コイツの目的はおそらく、ダムを破壊し多くの人の命を奪うこと! そうはさせるか、この我輩が!)
次の一手に鉄砲水を選んだのだが、なんと犠霊は口から激流を吐き出した。そして閻治の水流はそれに押し負けて、転んでしまう。
「ぬおっ!」
倒れこんだそこに、腕が迫った。一瞬早く動いていなかったら、切られていた。
(まだなのか、叢雲? まだこの犠霊を倒すのに、電力が足りないのか?)
焦る閻治。電霊放が撃ち込まれないことに、汗が流れる。
だが叢雲の方は、準備が整っていた。
(邪魔だ、閻治! お前が退かないと電霊放を撃てない! この威力、人なら一瞬で蒸発する……お前が離れないと!)
しかし今、お互いに意思疎通が取れていない。犠霊の注意を引きたくないから閻治は叢雲に声をかけないし、叢雲も気づかれたくないから閻治に向かって叫ばない。
「グギャン?」
最悪なことに、犠霊が叢雲の存在に気づく。電霊放を貯めているので、光が電極から漏れ出し視界に入ってしまったのだ。
「まずい……」
もちろん危険を感知して爪を振り下ろす犠霊。しかしその一瞬こそ、閻治は待っていた。
「そこだっあああ!」
瞬間、閻治は飛んだ。旋毛風に乗って機傀で刀を出し、雪の氷柱も展開しながら。犠霊の腕が完全に振り下ろされる前に、切断したのである。
「ギャアアアアン!」
片方の腕は礫岩によって地面に固定され、もう片方は切り落とされた。そして閻治が犠霊の側から離れたのを見ると叢雲は、
「消え失せろ……! 勝負に水を差したヤツに落とす天罰だ」
最大威力の電霊放を撃ち込んだのだ。
「キ、キイイイイィィィィ……………ン」
巨大な稲妻に犠霊の体は飲み込まれて消えた。
「や、やったのかい?」
神主が急いで二人の下に駆け寄る。
「どうだ? これでも我輩に逃げろと言うか?」
勝ち誇った顔の閻治。だが叢雲の表情は暗い。
「ぎ、義手が……」
あまりにも力を込め過ぎた。電極が溶け落ち、真ん中のカギ爪は根元から蒸発してしまっている。
「これでは、もう勝負を続けることは不可能、か………」
不思議と、閻治はその結果を異議なく受け入れた。でも叢雲の方はと言うと、オシャカになった義手を地面に叩きつけ、
「また、だ! また三年前と同じことが! どうして俺は、勝負の神に嫌われているんだ?
ちくしょう!」
悔しさのあまり叫ぶ。勝てなかったことが悔しいのではない。寧ろ勝ち負けはハッキリつけたかったぐらいだ。勝負が中断させられて決着しなかったことが一番気に食わないのである。でもその癇癪も、すぐに理性で抑え込んだ。
「………引き分けだよ。それでいいね、閻治君。叢雲君? 二人とも、勝者だ! あの犠霊を祓ったんだから、誰が何を言おうと!」
これ以上戦えない状態を察知した神主は、そういう判定を下した。
「かなり意味のあったバトルであったぞ、叢雲! 我輩の歴史に名を刻んでおこう」
「【神代】の跡継ぎにそう言われるのは光栄だな。閻治、【神代】の未来……霊能力者の明日はお前がいれば安泰だ」
二人は面と向き合って立ち、熱い握手を交わす。合わせた目は情熱で燃えていた。
ふと地面に目を下ろすと、犠霊の目玉だけが転がっていた。
「しぶとい野郎だ! でも……」
義手がないので、あの世まで吹き飛ばすほどの電霊放を撃てない。
「待て。我輩に考えがある」
そう言って閻治は目玉の下に歩み寄り、懐から和紙と筆ペンを取り出した。この犠霊の残骸から、式神を作るつもりなのだ。
「名前は、そうだな……」
天を見上げた。九月の午前中の太陽光は、結構眩しい。
「[アマテラス]にしよう」
和紙にそう書き込み、それを目玉に当てる。次の瞬間犠霊は和紙に宿り、和紙は式神の札となった。
「洋大の時もこうやって、除霊不可能と言われた呪いを祓った」
そして今作った式神を召喚してみる。先ほどの姿とは打って変わって、大型犬くらいの大きさのダイオウグソクムシ型の式神だ。
「どうしてこう我輩が式神を作ると、容姿が甲殻類になるのだ?」
式神の姿とチカラは、作り手に関係なくランダムに決まる。彼の場合先に名前を決めてしまったので、ちょっと違和感が大きくなった。
次の日には、閻治たちは三色神社を後にした。
「閻治さん、また来るつもりでしょう?」
「そう見えるか?」
「だって、白黒ついてないですよね?」
鋭い指摘を洋大はする。
「多分来ないと思うが……」
だが肝心の彼は、来るつもりがないらしい。
「どうしてよ?」
夢路にも突っ込まれた。
「あの男とは、決着がつくと思えん。それこそ再戦を申し込んでも、また何かしらの霊が邪魔をする気がするのだ」
それは叢雲も同じだ。
「叢雲、君はこれでいいの?」
橋姫に聞かれた彼は答える。
「いいさ。戦いにおいて勝ち負けは絶対じゃない。勝つ者も負ける者もいない時だってある。俺はあの戦争でそう学んだ。それは今回も同じだったんだ」
過去から学んだ教訓で無理矢理自分を腑に落とした。
「本当は優劣つけたかったんじゃない?」
夢路も橋姫も同じことを言った。それに対し、閻治も叢雲も同じことを答える。
「お互いに雌雄決しがたい存在だったんだ」
相手を認める発言だ。
戦うことは愚かで馬鹿馬鹿しいと罵る人間がいる。だが彼らのように、競い合うことで成長する人たちも、存在するのだ。
「な、なんだ……?」
地が揺れた。
(コイツの礫岩か? いいや、違う!)
当初は叢雲もそう思った。だが閻治の顔を見ると、彼も驚きを隠せていない。だから二人とも、
「何かが起きている!」
ことに気づく。
次の瞬間大地を割って、この世ならざる存在が現れた。
「グオオオオオオオン………」
巨大なタカのようなそれは、羽の代わりに鋭い爪を腕の先に持っていた。
「まさか、
叢雲には心当たりがあるらしく、そう声をこぼした。
「いや、違う! これはおそらく
どうしてこの地方に三色神社が存在するのか。その存在意義は、この犠霊を封じ込めるためである。同時にダム建設や災害などで命を落とした者の供養も目的だったが、この幽霊はその魂すらも吸収し、地下に潜んでいた。今この戦いの衝撃で、目覚めたのだ。
「閻治君、叢雲君! 勝負は中断だ! 逃げろ!」
神主の判断は冷静で、二人の身を案じていた。すぐに見物人は本殿に避難させ、後は二人だけ。だが、
「逃げるだと? この我輩にそう言い聞かせるつもりか、貴様? この場合で吐くセリフが違うだろう?」
「神主さん……。俺は勝負に横槍を入れられるのが大っ嫌いなんだ! 三年前を嫌でも思い出す……あの時、脅霊さえいなければ、あの女との決着が!」
閻治も叢雲も、戦うことを選ぶ。
「犠霊なら、問答無用で破壊対象だ! この世から消してやろう……!」
「俺が先だ!」
叢雲が前に出た。電霊放をチャージし、撃ち込むつもりである。
(アイツの電霊放は、信じられる。だから……)
この場合閻治の行動は一つだけ。時間稼ぎだ。
「こっちを向け、犠霊!」
鬼火を飛ばして向きを変えさせる。
「グシャアアアアン…」
爪を振り下ろす犠霊。一撃で地面がめくれるほど鋭い。
「だが! 貴様に傷つけられた大地の怒りを思い知れ!」
ここは礫岩。突如地面から鋭い岩が飛び出し、犠霊の腕に突き刺さり、串刺しにすることで固定した。
「ググギャアアオオオオ…」
閻治は犠霊のことを見た。上半身だけが地面から出ている状態で、下半身はまだ地の下だ。だから行動力に乏しいはず。
(仕留めるのなら、今がチャンス! コイツの目的はおそらく、ダムを破壊し多くの人の命を奪うこと! そうはさせるか、この我輩が!)
次の一手に鉄砲水を選んだのだが、なんと犠霊は口から激流を吐き出した。そして閻治の水流はそれに押し負けて、転んでしまう。
「ぬおっ!」
倒れこんだそこに、腕が迫った。一瞬早く動いていなかったら、切られていた。
(まだなのか、叢雲? まだこの犠霊を倒すのに、電力が足りないのか?)
焦る閻治。電霊放が撃ち込まれないことに、汗が流れる。
だが叢雲の方は、準備が整っていた。
(邪魔だ、閻治! お前が退かないと電霊放を撃てない! この威力、人なら一瞬で蒸発する……お前が離れないと!)
しかし今、お互いに意思疎通が取れていない。犠霊の注意を引きたくないから閻治は叢雲に声をかけないし、叢雲も気づかれたくないから閻治に向かって叫ばない。
「グギャン?」
最悪なことに、犠霊が叢雲の存在に気づく。電霊放を貯めているので、光が電極から漏れ出し視界に入ってしまったのだ。
「まずい……」
もちろん危険を感知して爪を振り下ろす犠霊。しかしその一瞬こそ、閻治は待っていた。
「そこだっあああ!」
瞬間、閻治は飛んだ。旋毛風に乗って機傀で刀を出し、雪の氷柱も展開しながら。犠霊の腕が完全に振り下ろされる前に、切断したのである。
「ギャアアアアン!」
片方の腕は礫岩によって地面に固定され、もう片方は切り落とされた。そして閻治が犠霊の側から離れたのを見ると叢雲は、
「消え失せろ……! 勝負に水を差したヤツに落とす天罰だ」
最大威力の電霊放を撃ち込んだのだ。
「キ、キイイイイィィィィ……………ン」
巨大な稲妻に犠霊の体は飲み込まれて消えた。
「や、やったのかい?」
神主が急いで二人の下に駆け寄る。
「どうだ? これでも我輩に逃げろと言うか?」
勝ち誇った顔の閻治。だが叢雲の表情は暗い。
「ぎ、義手が……」
あまりにも力を込め過ぎた。電極が溶け落ち、真ん中のカギ爪は根元から蒸発してしまっている。
「これでは、もう勝負を続けることは不可能、か………」
不思議と、閻治はその結果を異議なく受け入れた。でも叢雲の方はと言うと、オシャカになった義手を地面に叩きつけ、
「また、だ! また三年前と同じことが! どうして俺は、勝負の神に嫌われているんだ?
ちくしょう!」
悔しさのあまり叫ぶ。勝てなかったことが悔しいのではない。寧ろ勝ち負けはハッキリつけたかったぐらいだ。勝負が中断させられて決着しなかったことが一番気に食わないのである。でもその癇癪も、すぐに理性で抑え込んだ。
「………引き分けだよ。それでいいね、閻治君。叢雲君? 二人とも、勝者だ! あの犠霊を祓ったんだから、誰が何を言おうと!」
これ以上戦えない状態を察知した神主は、そういう判定を下した。
「かなり意味のあったバトルであったぞ、叢雲! 我輩の歴史に名を刻んでおこう」
「【神代】の跡継ぎにそう言われるのは光栄だな。閻治、【神代】の未来……霊能力者の明日はお前がいれば安泰だ」
二人は面と向き合って立ち、熱い握手を交わす。合わせた目は情熱で燃えていた。
ふと地面に目を下ろすと、犠霊の目玉だけが転がっていた。
「しぶとい野郎だ! でも……」
義手がないので、あの世まで吹き飛ばすほどの電霊放を撃てない。
「待て。我輩に考えがある」
そう言って閻治は目玉の下に歩み寄り、懐から和紙と筆ペンを取り出した。この犠霊の残骸から、式神を作るつもりなのだ。
「名前は、そうだな……」
天を見上げた。九月の午前中の太陽光は、結構眩しい。
「[アマテラス]にしよう」
和紙にそう書き込み、それを目玉に当てる。次の瞬間犠霊は和紙に宿り、和紙は式神の札となった。
「洋大の時もこうやって、除霊不可能と言われた呪いを祓った」
そして今作った式神を召喚してみる。先ほどの姿とは打って変わって、大型犬くらいの大きさのダイオウグソクムシ型の式神だ。
「どうしてこう我輩が式神を作ると、容姿が甲殻類になるのだ?」
式神の姿とチカラは、作り手に関係なくランダムに決まる。彼の場合先に名前を決めてしまったので、ちょっと違和感が大きくなった。
次の日には、閻治たちは三色神社を後にした。
「閻治さん、また来るつもりでしょう?」
「そう見えるか?」
「だって、白黒ついてないですよね?」
鋭い指摘を洋大はする。
「多分来ないと思うが……」
だが肝心の彼は、来るつもりがないらしい。
「どうしてよ?」
夢路にも突っ込まれた。
「あの男とは、決着がつくと思えん。それこそ再戦を申し込んでも、また何かしらの霊が邪魔をする気がするのだ」
それは叢雲も同じだ。
「叢雲、君はこれでいいの?」
橋姫に聞かれた彼は答える。
「いいさ。戦いにおいて勝ち負けは絶対じゃない。勝つ者も負ける者もいない時だってある。俺はあの戦争でそう学んだ。それは今回も同じだったんだ」
過去から学んだ教訓で無理矢理自分を腑に落とした。
「本当は優劣つけたかったんじゃない?」
夢路も橋姫も同じことを言った。それに対し、閻治も叢雲も同じことを答える。
「お互いに雌雄決しがたい存在だったんだ」
相手を認める発言だ。
戦うことは愚かで馬鹿馬鹿しいと罵る人間がいる。だが彼らのように、競い合うことで成長する人たちも、存在するのだ。