第10話 処刑の瞑想曲 その2
文字数 4,415文字
「オわりにしてあげる、皐……」
雪の氷柱を作り出し、皐に向かって飛ばした。
「っうあ!」
それが皐の足元に突き刺さり、躓いて彼女は地面に転げ落ちた。
「クソ! クソがああ!」
立ち上がるために力もうと地面に手を置いた際、突如ムカデが土の下から現れて彼女の手の甲に嚙みつき、力を入れることを阻害する。もちろんそれは雛菊が応声虫で生み出した虫だ。
一匹だけじゃない。タランチュラやサソリまで出てきて、立ち上がらせないために皐の手に牙や針を突き刺す。
動けない相手を狙うことなど、雛菊にとっては容易い。
「カンネンするんだね。もう、どうしようもない。やるべきことはただヒトつ……ジブンのカコ、したことについてコウカイすること!」
スマートフォンを取り出し、それを拳銃のように皐に向ける。この電霊放で、脳幹を撃ち抜く。今皐は雛菊に背中を向けているので、うなじがハッキリと確認できた。
「これで……」
だがいきなり皐が近くの木の幹に手を伸ばした。すると皐が触れた部分が腐り出し、重さを支えられなくなった樹木が雛菊めがけて倒れだす。
(ツカったね、ドクヤクを。キをクサらせて、ワタシにけしかけた。でも)
通じないと言わんばかりに、スッとかわす雛菊。倒れる木の動きは単純だしゆっくりだ。
しかし不思議なことがある。今の皐は、雛菊の応声虫で生み出された虫に手を攻撃され、体を起こせない……力を入れようにも痛みでそれができない状態のはずなのだ。なのに今、上半身を起こして膝立ちだけで踏ん張って、腕を伸ばした。
「ふん! この程度で勝ったつもりでいるわけ?」
さらに余裕で立ち上がる皐。彼女の手に噛みついていた虫たちはみんな、黒ずんで腐って地面に落ちた。毒厄を流し込まれて発病させられてしまったのだ。
「そういうワケ…」
痛みを感じていないのだ。毒厄は自分にも有効である。だから手に流し込んだ。効果を低くすれば、局所麻酔のような使い方もできる。感覚神経だけを一時的に毒で鈍くさせ、痛覚を遮断したのだ。
(だとしたら、イチゲキでコロさないといけない。スコしずつコウゲキしてダメージをチクセキさせるやりカタは、イタみをカンじないイジョウ、イミがない……)
だが、焦る必要はない。処刑の方程式を少しいじって修正するだけだ。
「正々堂々とかかってきなさいよ、アンタ!」
「アナタがそれをイう……?」
直接触らなければ毒厄は効果を発揮できない。だからどうしても皐は、接近戦に持ち込みたいのだ。だがその魂胆が丸見えのセリフに、一々付き合う雛菊ではない。
「そんなギリはない!」
雛菊の霊障は電霊放と雪と応声虫。これらは全て遠距離からの攻撃を可能にしてくれている。彼女は皐に、一歩も近づかせないつもりである。
「いけ!」
腕を振って、応声虫で虫を生み出す。それは電霊放の力を得て稲妻をまとっている。霊障合体・蚊取閃光だ。カマキリやバッタ、スズメバチが飛ぶ。
「ちぅ! このゴミ野郎!」
飛び道具の類を持たない皐に、その虫たちを撃ち落とすのは不可能だ。もちろん自分の体に触れてくれば毒厄を流して逆に始末できるが、
「さっきミたから」
雛菊が虫に指示を飛ばし、皐の腕が届かない距離で放電させた。
「このゲロがああ!」
電撃が体に走り、痺れる。しかし動きを止めてはいけない。少しでも隙を見せれば、雛菊が電霊放を急所に撃ち込んでくるのだ。だからまた毒厄で自分の感覚神経を麻痺させて、ダメージを誤魔化した。
「死ね、逆に! アンタが!」
木々の間を抜けて逃げる。その際に樹木に毒厄を使い枯らし、倒す。
「また……。ショクブツのイノチすら、アナタにとってはカルいんだね」
まるで、自分の身を守るためなら平然と下敷きにすると言わんばかりの行動だ。命の危険が迫っていると考えれば不自然ではないのだが、だとしても往生際が悪い。
「さっさとオわらせる……! これでサイゴ…!」
動きの予想は簡単だ。皐は近くの木に触るため、また蚊取閃光の電撃を避けるために逃げているからだ。軌道がわかればその延長線上を狙うのみ。
「ニがさない」
拳銃に見立てたスマートフォンから、電霊放を飛ばした。狙いは正確で、確実に皐のうなじに着弾し脳幹を貫く。
そのはずだった。
「しまった!」
急に皐が転んだのだ。何にも躓いていないのに。その予想外の動きのせいで、電霊放が外れた。
「ヨけた……? いいえイマのは、そういうウゴきじゃなかった」
悪運が非常に強いらしい。自分に使った毒厄の悪影響が運動神経にも出てしまったのだ。そのせいで足がもつれて地面に落ちたのである。
「はあ、はあ、はあああ! どうする、どうするよアイツ! ここで逆に殺さないと、死ぬ! 死んでたまるか、こんなところで! まだ紫電に、傷一つつけてないのに!」
ならばここで行うべきことは一つだけだ。雛菊に毒厄を通すこと。それさえできれば、自分は生き残れる。
「雛菊ぅうううう!」
立ち上がった皐は反転し、雛菊の方を向いた。
「むっ!」
目が変わった。さっきまでは怯えて逃げるだけの臆病者の瞳だった。しかし今は違う。勇気を振り絞り、負傷することも恐れず、目的を果たしたいという心の強さがわかる目の輝きだ。
「死ね! ここで殺してやるわ! アタシに殺せない生き物なんて、いない!」
「サワれれば、でしょう?」
「黙れ!」
雛菊は追うのをやめた。蚊取閃光に命じ、放電させる。
「ふん、ふん!」
皐はまた、木を毒厄で腐らせて折り曲げた。だが今度はその、中途半端に曲がった木の幹の上にジャンプし駆け登る。
(動け、アタシ! 上からだ! 上からアイツを攻撃するんだ!)
落下するその時に、雛菊に触れる。一瞬でいい。指先が相手の髪の毛に掠りさえすれば、それだけで勝利を掴める。
皐に踏まれ、葉っぱや枝が落ちてくる。もう雛菊の頭上にいるらしい。
「ならば……!」
ここで彼女は上に、霊障合体を放った。電霊放と雪の合わせ技、雷雪崩である。
「あっ! 何だと…!」
突如出現した、稲妻を跳ね返し続ける吹雪。そこに降りていくわけにはいかない。ズタボロにされる。
「クソ、カスが! どうしてアタシの作戦の邪魔をする、ブス!」
「そこね……」
声がした方向に、スマートフォンを向ける。その動きに勘付いた皐は、
「ああ、ふっ!」
他の木に飛び移った。それを雛菊は見逃さない。
「ウたれなさい……!」
電霊放が瞬いた。稲妻の一撃が、皐の着地した枝を撃ち抜き足場を崩した。
「へ? あああ! そんな!」
地面に落ちてくる皐。雛菊との距離は三メートルはあり、手が届かない。
「イてつきなさい……!」
今度は雪の氷柱だ。投げられた鋭い氷柱が、皐の首に突き刺さった。
「グッ………」
血が流れ出ると同時に倒れる皐。普通なら今の一撃で勝負は決したと思うだろう。だが雛菊はまだ、警戒心をむき出しにしている。
ターゲットの死を確認しなければいけない。一番手っ取り早いのは、脈を見てみることだ。心臓の鼓動が止まっていればそれは、確実に死んでいる。
だがそれをする時に、皐がまだ生きていたら? 今、死んだふりをしていたら? 毒厄を流し込まれて発病させられ、死ぬのは雛菊の方だ。
(い、痛い……。けどそれは、もう大丈夫っ! 毒厄で、痛みを鈍くさせた! あとはアイツがアタシに近づいた時に!)
死んだフリをしながら、皐は自分が勝利にたどり着く道筋を考える。まだ腕に力を入れられるので、雛菊が近づいた際に触ることができる。いいや、力めば首に刺さっている氷柱が抜けそうだ。そうしたら傷口から、血が吹き出るだろう。毒厄はそれ……流れ出た自分の血液でも相手に効果がある。
数歩近づいて止まる雛菊。
(ど、どうしたんだ……? 足音が、まだ近くじゃない。何でそこで、止まるの?)
経験の差だ。
皐が人を殺す時、毒厄を必ず使う。それなら触っただけで一撃で、病に侵すことができるからだ。
だが雛菊は毒厄を持っていない。だから処刑の際……特に今回と似たような相手が拘束されておらず暗殺をしなければいけないケースの場合、ターゲットは何としても助かろうとする。捨て身の反撃をされたこともあった。時には、死んだフリをしてやり過ごそうとする相手もいた。
そういう相手に対して、有効な一手がある。
「ムダよ、イミはない。レイショウガッタイ……」
応声虫と雪の合わせ技、冬虫架葬 。雪でできた虫を大量に生み出した。この虫はかなり低温で、氷や雪のように冷たい。それらを皐の体に、大量に覆いかぶせたのだ。
「………!」
反射的に皐の表情が一瞬、鋭くなるくらいだ。
「そして、ツメたいということは……。ジブンのタイオンがウバわれているということ」
ヒンヤリしているだけではない。冬虫架葬には、吸熱作用がある。触れた生物や物体から、温度を奪ってしまうのだ。だから寒い。
「なっ………!」
寒気で体がブルブル震える。手足が段々と動かなくなり、呼吸が速くなる。
(何が、起きて………!)
この状況に長居するのはマズい。だが、体が言うことを聞いてくれないのだ。意識も朦朧としてきている。毒厄を使って虫を破壊しているのだが、それ以上の速さで雛菊が冬虫架葬を行い凍てつく虫を生み出しているので、間に合わない。
(……………)
やがて、何も考えることができなくなった。
「ネンにはネンを。テッテイテキに」
雛菊は日が暮れるまで、冬虫架葬を続けた。奪えるだけ温度を奪い、完全に生存の可能性を潰すのだ。
「もう、いいでしょう……」
冬虫架葬を止め、虫を消した。皐の亡骸は血の気のない薄青色に変化している。多分、体温は氷点下を越えた。
一旦タクシーに戻ってトランクの荷物を取り出し、新聞紙で皐の遺体を包む。それから灯油をまんべんなくかけ、ライターで点火。簡素だが荼毘に付す。
「ああ、もうこれがゲンカイだわ……」
元々、人を殺めてきた数が多い雛菊だ、視力に異常をきたしており、色が判別できない。目に映る物は全て白黒だ。その状態でさらに一人殺したためにより深く呪われ、コントラストの判別がより困難になってしまった。おそらく次に一人殺したら、失明するだろう。
殺人の呪いは【神代】の力をもってしても取り祓うことができない。呪われ過ぎると失明どころか眼球が動かせなくなったり、瞼すら開けられなくなったりすることがわかっている。そこまで悪化させないためにも、明暗の判別が曖昧になったら必ず【神代】に報告し、処刑人を引退しなければいけない決まりとなっている。
炎が治まると雛菊はトングを持ち、スマートフォンで照らしながら皐の遺骨を残さず骨壺に入れた。
「オわった、これで。あとは修練だけ。そっちは範造がシゴトしてくれる。ワタシは…」
八戸に残る必要はない。この骨壺を提出するために、東京に戻る。視力的にもう車の運転も危険なので、道路まで歩いて電話でタクシーを呼ぶ。
雪の氷柱を作り出し、皐に向かって飛ばした。
「っうあ!」
それが皐の足元に突き刺さり、躓いて彼女は地面に転げ落ちた。
「クソ! クソがああ!」
立ち上がるために力もうと地面に手を置いた際、突如ムカデが土の下から現れて彼女の手の甲に嚙みつき、力を入れることを阻害する。もちろんそれは雛菊が応声虫で生み出した虫だ。
一匹だけじゃない。タランチュラやサソリまで出てきて、立ち上がらせないために皐の手に牙や針を突き刺す。
動けない相手を狙うことなど、雛菊にとっては容易い。
「カンネンするんだね。もう、どうしようもない。やるべきことはただヒトつ……ジブンのカコ、したことについてコウカイすること!」
スマートフォンを取り出し、それを拳銃のように皐に向ける。この電霊放で、脳幹を撃ち抜く。今皐は雛菊に背中を向けているので、うなじがハッキリと確認できた。
「これで……」
だがいきなり皐が近くの木の幹に手を伸ばした。すると皐が触れた部分が腐り出し、重さを支えられなくなった樹木が雛菊めがけて倒れだす。
(ツカったね、ドクヤクを。キをクサらせて、ワタシにけしかけた。でも)
通じないと言わんばかりに、スッとかわす雛菊。倒れる木の動きは単純だしゆっくりだ。
しかし不思議なことがある。今の皐は、雛菊の応声虫で生み出された虫に手を攻撃され、体を起こせない……力を入れようにも痛みでそれができない状態のはずなのだ。なのに今、上半身を起こして膝立ちだけで踏ん張って、腕を伸ばした。
「ふん! この程度で勝ったつもりでいるわけ?」
さらに余裕で立ち上がる皐。彼女の手に噛みついていた虫たちはみんな、黒ずんで腐って地面に落ちた。毒厄を流し込まれて発病させられてしまったのだ。
「そういうワケ…」
痛みを感じていないのだ。毒厄は自分にも有効である。だから手に流し込んだ。効果を低くすれば、局所麻酔のような使い方もできる。感覚神経だけを一時的に毒で鈍くさせ、痛覚を遮断したのだ。
(だとしたら、イチゲキでコロさないといけない。スコしずつコウゲキしてダメージをチクセキさせるやりカタは、イタみをカンじないイジョウ、イミがない……)
だが、焦る必要はない。処刑の方程式を少しいじって修正するだけだ。
「正々堂々とかかってきなさいよ、アンタ!」
「アナタがそれをイう……?」
直接触らなければ毒厄は効果を発揮できない。だからどうしても皐は、接近戦に持ち込みたいのだ。だがその魂胆が丸見えのセリフに、一々付き合う雛菊ではない。
「そんなギリはない!」
雛菊の霊障は電霊放と雪と応声虫。これらは全て遠距離からの攻撃を可能にしてくれている。彼女は皐に、一歩も近づかせないつもりである。
「いけ!」
腕を振って、応声虫で虫を生み出す。それは電霊放の力を得て稲妻をまとっている。霊障合体・蚊取閃光だ。カマキリやバッタ、スズメバチが飛ぶ。
「ちぅ! このゴミ野郎!」
飛び道具の類を持たない皐に、その虫たちを撃ち落とすのは不可能だ。もちろん自分の体に触れてくれば毒厄を流して逆に始末できるが、
「さっきミたから」
雛菊が虫に指示を飛ばし、皐の腕が届かない距離で放電させた。
「このゲロがああ!」
電撃が体に走り、痺れる。しかし動きを止めてはいけない。少しでも隙を見せれば、雛菊が電霊放を急所に撃ち込んでくるのだ。だからまた毒厄で自分の感覚神経を麻痺させて、ダメージを誤魔化した。
「死ね、逆に! アンタが!」
木々の間を抜けて逃げる。その際に樹木に毒厄を使い枯らし、倒す。
「また……。ショクブツのイノチすら、アナタにとってはカルいんだね」
まるで、自分の身を守るためなら平然と下敷きにすると言わんばかりの行動だ。命の危険が迫っていると考えれば不自然ではないのだが、だとしても往生際が悪い。
「さっさとオわらせる……! これでサイゴ…!」
動きの予想は簡単だ。皐は近くの木に触るため、また蚊取閃光の電撃を避けるために逃げているからだ。軌道がわかればその延長線上を狙うのみ。
「ニがさない」
拳銃に見立てたスマートフォンから、電霊放を飛ばした。狙いは正確で、確実に皐のうなじに着弾し脳幹を貫く。
そのはずだった。
「しまった!」
急に皐が転んだのだ。何にも躓いていないのに。その予想外の動きのせいで、電霊放が外れた。
「ヨけた……? いいえイマのは、そういうウゴきじゃなかった」
悪運が非常に強いらしい。自分に使った毒厄の悪影響が運動神経にも出てしまったのだ。そのせいで足がもつれて地面に落ちたのである。
「はあ、はあ、はあああ! どうする、どうするよアイツ! ここで逆に殺さないと、死ぬ! 死んでたまるか、こんなところで! まだ紫電に、傷一つつけてないのに!」
ならばここで行うべきことは一つだけだ。雛菊に毒厄を通すこと。それさえできれば、自分は生き残れる。
「雛菊ぅうううう!」
立ち上がった皐は反転し、雛菊の方を向いた。
「むっ!」
目が変わった。さっきまでは怯えて逃げるだけの臆病者の瞳だった。しかし今は違う。勇気を振り絞り、負傷することも恐れず、目的を果たしたいという心の強さがわかる目の輝きだ。
「死ね! ここで殺してやるわ! アタシに殺せない生き物なんて、いない!」
「サワれれば、でしょう?」
「黙れ!」
雛菊は追うのをやめた。蚊取閃光に命じ、放電させる。
「ふん、ふん!」
皐はまた、木を毒厄で腐らせて折り曲げた。だが今度はその、中途半端に曲がった木の幹の上にジャンプし駆け登る。
(動け、アタシ! 上からだ! 上からアイツを攻撃するんだ!)
落下するその時に、雛菊に触れる。一瞬でいい。指先が相手の髪の毛に掠りさえすれば、それだけで勝利を掴める。
皐に踏まれ、葉っぱや枝が落ちてくる。もう雛菊の頭上にいるらしい。
「ならば……!」
ここで彼女は上に、霊障合体を放った。電霊放と雪の合わせ技、雷雪崩である。
「あっ! 何だと…!」
突如出現した、稲妻を跳ね返し続ける吹雪。そこに降りていくわけにはいかない。ズタボロにされる。
「クソ、カスが! どうしてアタシの作戦の邪魔をする、ブス!」
「そこね……」
声がした方向に、スマートフォンを向ける。その動きに勘付いた皐は、
「ああ、ふっ!」
他の木に飛び移った。それを雛菊は見逃さない。
「ウたれなさい……!」
電霊放が瞬いた。稲妻の一撃が、皐の着地した枝を撃ち抜き足場を崩した。
「へ? あああ! そんな!」
地面に落ちてくる皐。雛菊との距離は三メートルはあり、手が届かない。
「イてつきなさい……!」
今度は雪の氷柱だ。投げられた鋭い氷柱が、皐の首に突き刺さった。
「グッ………」
血が流れ出ると同時に倒れる皐。普通なら今の一撃で勝負は決したと思うだろう。だが雛菊はまだ、警戒心をむき出しにしている。
ターゲットの死を確認しなければいけない。一番手っ取り早いのは、脈を見てみることだ。心臓の鼓動が止まっていればそれは、確実に死んでいる。
だがそれをする時に、皐がまだ生きていたら? 今、死んだふりをしていたら? 毒厄を流し込まれて発病させられ、死ぬのは雛菊の方だ。
(い、痛い……。けどそれは、もう大丈夫っ! 毒厄で、痛みを鈍くさせた! あとはアイツがアタシに近づいた時に!)
死んだフリをしながら、皐は自分が勝利にたどり着く道筋を考える。まだ腕に力を入れられるので、雛菊が近づいた際に触ることができる。いいや、力めば首に刺さっている氷柱が抜けそうだ。そうしたら傷口から、血が吹き出るだろう。毒厄はそれ……流れ出た自分の血液でも相手に効果がある。
数歩近づいて止まる雛菊。
(ど、どうしたんだ……? 足音が、まだ近くじゃない。何でそこで、止まるの?)
経験の差だ。
皐が人を殺す時、毒厄を必ず使う。それなら触っただけで一撃で、病に侵すことができるからだ。
だが雛菊は毒厄を持っていない。だから処刑の際……特に今回と似たような相手が拘束されておらず暗殺をしなければいけないケースの場合、ターゲットは何としても助かろうとする。捨て身の反撃をされたこともあった。時には、死んだフリをしてやり過ごそうとする相手もいた。
そういう相手に対して、有効な一手がある。
「ムダよ、イミはない。レイショウガッタイ……」
応声虫と雪の合わせ技、
「………!」
反射的に皐の表情が一瞬、鋭くなるくらいだ。
「そして、ツメたいということは……。ジブンのタイオンがウバわれているということ」
ヒンヤリしているだけではない。冬虫架葬には、吸熱作用がある。触れた生物や物体から、温度を奪ってしまうのだ。だから寒い。
「なっ………!」
寒気で体がブルブル震える。手足が段々と動かなくなり、呼吸が速くなる。
(何が、起きて………!)
この状況に長居するのはマズい。だが、体が言うことを聞いてくれないのだ。意識も朦朧としてきている。毒厄を使って虫を破壊しているのだが、それ以上の速さで雛菊が冬虫架葬を行い凍てつく虫を生み出しているので、間に合わない。
(……………)
やがて、何も考えることができなくなった。
「ネンにはネンを。テッテイテキに」
雛菊は日が暮れるまで、冬虫架葬を続けた。奪えるだけ温度を奪い、完全に生存の可能性を潰すのだ。
「もう、いいでしょう……」
冬虫架葬を止め、虫を消した。皐の亡骸は血の気のない薄青色に変化している。多分、体温は氷点下を越えた。
一旦タクシーに戻ってトランクの荷物を取り出し、新聞紙で皐の遺体を包む。それから灯油をまんべんなくかけ、ライターで点火。簡素だが荼毘に付す。
「ああ、もうこれがゲンカイだわ……」
元々、人を殺めてきた数が多い雛菊だ、視力に異常をきたしており、色が判別できない。目に映る物は全て白黒だ。その状態でさらに一人殺したためにより深く呪われ、コントラストの判別がより困難になってしまった。おそらく次に一人殺したら、失明するだろう。
殺人の呪いは【神代】の力をもってしても取り祓うことができない。呪われ過ぎると失明どころか眼球が動かせなくなったり、瞼すら開けられなくなったりすることがわかっている。そこまで悪化させないためにも、明暗の判別が曖昧になったら必ず【神代】に報告し、処刑人を引退しなければいけない決まりとなっている。
炎が治まると雛菊はトングを持ち、スマートフォンで照らしながら皐の遺骨を残さず骨壺に入れた。
「オわった、これで。あとは修練だけ。そっちは範造がシゴトしてくれる。ワタシは…」
八戸に残る必要はない。この骨壺を提出するために、東京に戻る。視力的にもう車の運転も危険なので、道路まで歩いて電話でタクシーを呼ぶ。