第7話 本物と偽者の狭間 その1
文字数 2,832文字
緑祁には、偽者が誰かを攻撃する姿が見えたのだ。だから、
「や、やめろ!」
と叫んだ。そしてその声に反応して振り向いたのは、紫電だったのである。緑祁には状況がわからなかったので、このまま行っていれば紫電の勝利だったのだが、声をかけてしまったが故に、その勝利を棒に振ってしまった。
「緋寒、紫電のことを頼むよ! 僕は偽者が逃げないよう見張ってる!」
「わかった。わちきだけで十分じゃ。紅華、赤実、朱雀! 緑祁と一緒に目を光らせよ!」
頼みごとをされた緋寒は泉の中に入り、紫電の体を引っ張り上げる。
「お前誰だよ? つーか、何で緑祁が二人いるんだ? 一人っ子って聞いてたが…!」
「……そなた、事態を一つも把握しておらぬ様子じゃな」
大きな怪我はしていない。ただ、落ちた拍子に足を捻挫したらしく、これ以上の戦闘は無理だ。
「ここに座っておれ。詳しい説明は後じゃ!」
最低限の応急処置をすると緋寒は紫電のことをベンチに座らせ、これから先の顛末を黙って見守るよう言った。
「……」
紫電は無言だった。何が起きているのか、その説明が全くなされなかったために、疑問すら思いつかないのである。
「まさか、目覚めてしまっていたとはね……」
偽緑祁が言った。
「これが、僕の偽者……」
その姿と声に、改めて驚く。実は自分は双子で、生き別れた弟がいると言われたのなら信じてしまいそうなくらいに、似ている。
だが、そうではない。相手は寄霊が再現した偽者だ。
「よいか偽者! ここで倒してやろうぞ! わちきら皇の姉妹の力があれば、そなたなんぞ現世の塵にできることを忘れるな!」
「じゃあそっちは僕のことを殺しに来たの?」
一斉に頷く皇たち。
「もう犯行はバレておるのじゃ。逃がさぬ。じゃが、その前に落とし前をつけたい人物がおる。それが、本物の緑祁じゃ!」
皇たちが一歩下がった。反対に緑祁は前に進んだ。
「そうか……。本物が僕のことを倒しに来たってワケだね? でもさ、そっちは本当に本物なの? 証明できるの?」
「できるさ」
「どうやって?」
式神の札だ。それに本物の緑祁の方には、常に監視が付いていた。皇の四つ子が、彼の方こそ本物であると証明してくれる。
「そうじゃないよ。仮に僕が偽者だったとしよう。本物のそっちを倒してしまえば、偽者も本物も、意味がなくなる……」
ここで偽緑祁は、宣言する。自分が勝って新たに本物となることを。
「そんなこと、させない! 僕の偽者は、僕がここで倒す!」
今まさに本物と偽者、そのどちらが正しいかの証明という戦いが始まろうとしていた。
「偽の緑祁! たとえそなたが本物を倒しても、わちきらが必ずそなたを殺す! そのことを忘れぬ方がいいぞ?」
少しでも緑祁が有利になるよう、緋寒はプレッシャーをかけたが、
「外野は黙っててよ? 僕なら逃げ切る自信があるし、なんなら四人がかりでも僕のこと倒せないんじゃないの?」
「なぬ……?」
逆に言い負けた。
「偽者! そっちの相手は緋寒たちじゃないだろ! 僕だ!」
「ああ、そうだね。永露緑祁はこの世に二人もいらない。消えてもらうよ」
「消えるのは、僕じゃない! そっちの方だ!」
(相手は、僕自身……)
偽者とはいえ、誰かが真似ているのではない。寄霊が、魂や記憶をコピーしその情報から再現したのだ。やや攻撃的な性質ではあるものの、隅から隅まで緑祁と同じ。
(重之助さんは、それを利用すれば勝てるって言っていたけど…)
問題はどうやって、自分の弱点を攻めるかである。事前に思いつけた、三つの霊障しか使えない点は確かに明確な欠点ではあるのだが、同じことを偽者も思い着けているはず。本物の方が優れているという保証はないのだ。
(それは駄目だ。他のを考えないと……)
よく、自分のことを一番よく知っているのは自分自身と人は言う。しかし今の緑祁には、当てはまらない。自分のことであるはずなのに、どうすればいいのかわからないのだ。
「何を悩んでいるんだい?」
偽緑祁が叫んだ。同時に、鬼火が飛んできた。
(もう攻め込んでくる!)
慌てずに、鉄砲水で消火する。
(大丈夫だ、問題ない。相性までは逆転はしないみたいだ!)
今度は緑祁の方から攻める。鉄砲水を指先から繰り出し、狙う。
「させないよ!」
すかさず偽緑祁は旋風を生み、水の軌道を風で曲げた。しかもそれだけじゃなく、その風を緑祁にも向けた。
「これくらい……」
避けられる。そう思って横に飛んだのだが、旋風が緑祁の頬を掠った。
(……何でだ? 今のタイミングは完璧だったはず…?)
疑問を抱く暇はない。続けて偽緑祁の鉄砲水が迫って来る。
「押し合いだ!」
緑祁の方も鉄砲水で応戦。二つの水の流れがぶつかり合い、激しく水しぶきが飛ぶ。
普通ならこの時、この撃ち合いは中々終わらないと感じるはずだ。だが、現実は違う。
「うわああ!」
本物の緑祁が押し負けて転んでしまったのだ。
「どうだい、本物さん? そんなに弱いのに、僕に勝つって?」
時期的に偽緑祁が自身を鍛錬する暇はほぼなかったはず。だから両者の間に差はない、と誰もが考えるだろう。
実際には、本物の緑祁は事故の後、ずっと病院にいた。病室のベッドで横になっていた。そのせいで体が鈍っており、それが霊障にも影響してしまっているのだ。また偽者の方も修行する暇がほぼなかったとはいえ、霊能力者の襲撃を二度も退けており、しかもさっきまで己のライバルと火花を散らしていた。それでは体が鈍ることはまずない。
これに気づいた緑祁は軽く絶望を覚えた。
(相手は僕自身。しかも、僕の方が劣ってしまっている……!)
焦りを感じた緑祁は立ち上がると同時に距離を取ろうとし、まず鬼火を放った。
「無駄だね」
だが、より大きな鬼火を繰り出されて飲み込まれてしまった。
「さあ、いけ! 自称本物を焼き尽くすんだ!」
「……で、でも!」
さっきまで地に手をつけていた緑祁は、公園内が濡れていることを肌で感じ取っており、その湿り気を利用して地面から鉄砲水の水柱を出現させ、火を消した。
「しまった。紫電とのバトルの影響が、ここにきて! でもね、僕は電霊放は使えない。だから塩水なんて怖くはないんだよ!」
水を退ける霊障は、風だ。偽緑祁は自分を中心に渦巻く風を生み出し、その竜巻が防壁となって水柱を押し返す。
「ああ…!」
これにどう対処すればいいのか。前にも似たようなことをやったことのある緑祁だが、自分でその弱点を理解していない。
(鉄砲水は駄目だ、風に負ける。でも鬼火も、風がかき消してしまう!)
ならば残る旋風で抵抗するべき。しかし、
(同じ霊障でも、僕の方が弱い……)
それを頭で理解してしまっているがために、手が動かない。結果、この竜巻に弾かれ緑祁の体は吹っ飛ばされてしまう。
「どうやら早く決着しそうだね? これが僕の名を騙る偽者の実力かい? ガッカリにもほどがあるよ!」
戦いが進めば進むほど、焦る本物。逆に余裕を抱ける偽者。
「や、やめろ!」
と叫んだ。そしてその声に反応して振り向いたのは、紫電だったのである。緑祁には状況がわからなかったので、このまま行っていれば紫電の勝利だったのだが、声をかけてしまったが故に、その勝利を棒に振ってしまった。
「緋寒、紫電のことを頼むよ! 僕は偽者が逃げないよう見張ってる!」
「わかった。わちきだけで十分じゃ。紅華、赤実、朱雀! 緑祁と一緒に目を光らせよ!」
頼みごとをされた緋寒は泉の中に入り、紫電の体を引っ張り上げる。
「お前誰だよ? つーか、何で緑祁が二人いるんだ? 一人っ子って聞いてたが…!」
「……そなた、事態を一つも把握しておらぬ様子じゃな」
大きな怪我はしていない。ただ、落ちた拍子に足を捻挫したらしく、これ以上の戦闘は無理だ。
「ここに座っておれ。詳しい説明は後じゃ!」
最低限の応急処置をすると緋寒は紫電のことをベンチに座らせ、これから先の顛末を黙って見守るよう言った。
「……」
紫電は無言だった。何が起きているのか、その説明が全くなされなかったために、疑問すら思いつかないのである。
「まさか、目覚めてしまっていたとはね……」
偽緑祁が言った。
「これが、僕の偽者……」
その姿と声に、改めて驚く。実は自分は双子で、生き別れた弟がいると言われたのなら信じてしまいそうなくらいに、似ている。
だが、そうではない。相手は寄霊が再現した偽者だ。
「よいか偽者! ここで倒してやろうぞ! わちきら皇の姉妹の力があれば、そなたなんぞ現世の塵にできることを忘れるな!」
「じゃあそっちは僕のことを殺しに来たの?」
一斉に頷く皇たち。
「もう犯行はバレておるのじゃ。逃がさぬ。じゃが、その前に落とし前をつけたい人物がおる。それが、本物の緑祁じゃ!」
皇たちが一歩下がった。反対に緑祁は前に進んだ。
「そうか……。本物が僕のことを倒しに来たってワケだね? でもさ、そっちは本当に本物なの? 証明できるの?」
「できるさ」
「どうやって?」
式神の札だ。それに本物の緑祁の方には、常に監視が付いていた。皇の四つ子が、彼の方こそ本物であると証明してくれる。
「そうじゃないよ。仮に僕が偽者だったとしよう。本物のそっちを倒してしまえば、偽者も本物も、意味がなくなる……」
ここで偽緑祁は、宣言する。自分が勝って新たに本物となることを。
「そんなこと、させない! 僕の偽者は、僕がここで倒す!」
今まさに本物と偽者、そのどちらが正しいかの証明という戦いが始まろうとしていた。
「偽の緑祁! たとえそなたが本物を倒しても、わちきらが必ずそなたを殺す! そのことを忘れぬ方がいいぞ?」
少しでも緑祁が有利になるよう、緋寒はプレッシャーをかけたが、
「外野は黙っててよ? 僕なら逃げ切る自信があるし、なんなら四人がかりでも僕のこと倒せないんじゃないの?」
「なぬ……?」
逆に言い負けた。
「偽者! そっちの相手は緋寒たちじゃないだろ! 僕だ!」
「ああ、そうだね。永露緑祁はこの世に二人もいらない。消えてもらうよ」
「消えるのは、僕じゃない! そっちの方だ!」
(相手は、僕自身……)
偽者とはいえ、誰かが真似ているのではない。寄霊が、魂や記憶をコピーしその情報から再現したのだ。やや攻撃的な性質ではあるものの、隅から隅まで緑祁と同じ。
(重之助さんは、それを利用すれば勝てるって言っていたけど…)
問題はどうやって、自分の弱点を攻めるかである。事前に思いつけた、三つの霊障しか使えない点は確かに明確な欠点ではあるのだが、同じことを偽者も思い着けているはず。本物の方が優れているという保証はないのだ。
(それは駄目だ。他のを考えないと……)
よく、自分のことを一番よく知っているのは自分自身と人は言う。しかし今の緑祁には、当てはまらない。自分のことであるはずなのに、どうすればいいのかわからないのだ。
「何を悩んでいるんだい?」
偽緑祁が叫んだ。同時に、鬼火が飛んできた。
(もう攻め込んでくる!)
慌てずに、鉄砲水で消火する。
(大丈夫だ、問題ない。相性までは逆転はしないみたいだ!)
今度は緑祁の方から攻める。鉄砲水を指先から繰り出し、狙う。
「させないよ!」
すかさず偽緑祁は旋風を生み、水の軌道を風で曲げた。しかもそれだけじゃなく、その風を緑祁にも向けた。
「これくらい……」
避けられる。そう思って横に飛んだのだが、旋風が緑祁の頬を掠った。
(……何でだ? 今のタイミングは完璧だったはず…?)
疑問を抱く暇はない。続けて偽緑祁の鉄砲水が迫って来る。
「押し合いだ!」
緑祁の方も鉄砲水で応戦。二つの水の流れがぶつかり合い、激しく水しぶきが飛ぶ。
普通ならこの時、この撃ち合いは中々終わらないと感じるはずだ。だが、現実は違う。
「うわああ!」
本物の緑祁が押し負けて転んでしまったのだ。
「どうだい、本物さん? そんなに弱いのに、僕に勝つって?」
時期的に偽緑祁が自身を鍛錬する暇はほぼなかったはず。だから両者の間に差はない、と誰もが考えるだろう。
実際には、本物の緑祁は事故の後、ずっと病院にいた。病室のベッドで横になっていた。そのせいで体が鈍っており、それが霊障にも影響してしまっているのだ。また偽者の方も修行する暇がほぼなかったとはいえ、霊能力者の襲撃を二度も退けており、しかもさっきまで己のライバルと火花を散らしていた。それでは体が鈍ることはまずない。
これに気づいた緑祁は軽く絶望を覚えた。
(相手は僕自身。しかも、僕の方が劣ってしまっている……!)
焦りを感じた緑祁は立ち上がると同時に距離を取ろうとし、まず鬼火を放った。
「無駄だね」
だが、より大きな鬼火を繰り出されて飲み込まれてしまった。
「さあ、いけ! 自称本物を焼き尽くすんだ!」
「……で、でも!」
さっきまで地に手をつけていた緑祁は、公園内が濡れていることを肌で感じ取っており、その湿り気を利用して地面から鉄砲水の水柱を出現させ、火を消した。
「しまった。紫電とのバトルの影響が、ここにきて! でもね、僕は電霊放は使えない。だから塩水なんて怖くはないんだよ!」
水を退ける霊障は、風だ。偽緑祁は自分を中心に渦巻く風を生み出し、その竜巻が防壁となって水柱を押し返す。
「ああ…!」
これにどう対処すればいいのか。前にも似たようなことをやったことのある緑祁だが、自分でその弱点を理解していない。
(鉄砲水は駄目だ、風に負ける。でも鬼火も、風がかき消してしまう!)
ならば残る旋風で抵抗するべき。しかし、
(同じ霊障でも、僕の方が弱い……)
それを頭で理解してしまっているがために、手が動かない。結果、この竜巻に弾かれ緑祁の体は吹っ飛ばされてしまう。
「どうやら早く決着しそうだね? これが僕の名を騙る偽者の実力かい? ガッカリにもほどがあるよ!」
戦いが進めば進むほど、焦る本物。逆に余裕を抱ける偽者。