第4話 迅雷の直談判 その1

文字数 2,768文字

「どう、紫電? 上手くいきそう?」

 雪女は心配している。霊鬼を上手く扱える人間は少ない。【神代】にデータがないから、どれが一番良い対処法かも不明だ。

「………」

 もう一週間が経った。でも紫電は机の上に鏡を置いて、それと睨めっこをしている。

「駄目そうなの?」
「わからねえぜ……」

 一体何が、霊鬼を制御できるのか。優れた霊力か、それとも生まれつきの素質だろうか? それがわからないために、もう一度憑依させる気になれないのだ。

「理性は保ってられる。それは前にわかった。でも……」

 致命的な欠点が、紫電と霊鬼の間にある。

「破壊衝動に駆られることね」

 気持ちが高揚するせいだ。きっと長時間憑依されていたら、目に映るもの全てを電霊放で破壊しようとしただろう。
 それ以外にも何か、欠点がある気がしてならない。だが憑依させること自体が危険で、そんな簡単にしていいことじゃない。だから、わからない。

「少し気分転換でもしたら?」

 雪女は勝手に本棚から、適当に本を取った。キリスト教関係の『修行論』という本だ。

「そういう気分にもなれねえんだよな」

 しかし受け取った本を紫電は開かない。

「どうにか、使いこなさないといけない。のに、それが思いつかねえ」

 自分で自分に、考えろ、と繰り返し怒鳴る。

(焦るな……。答えは見つけられるはずだ)

 そして怒鳴ってはそう考えて、また無意味に時間が過ぎるのである。

「なあ雪女? お前の兄が言ってた、霊鬼を一番使いこなせた人物はどんな人だったんだ?」
「紫電とそんなに変わらないわ。霊能力がある以外には至って普通……というか、寧ろ同世代の霊能力者に劣ってすらいた。だから特別な才能があったわけではないよ」

 もしここに雪女の兄がいれば、確実に研究して霊鬼との適性を編み出していただろう。でも彼は三年前に死んだ。
 ふと、雪女は思ったことを口にする。

「ライバルに勝ちたい、っていうのじゃ駄目なの?」
「それは覚悟と違う気がするんだよな。心を強くする糧じゃなくて、心の目標だ」

 相手よりも優れていたいという気持ちがあれば、霊鬼をコントロールできるかもしれない。でもそれは願望であって覚悟じゃない。心を強くするには弱すぎる。それに、仮に緑祁に勝利したとしても、霊鬼に憑依されたままでは破壊衝動が暴走する危険性もはらんでいる。
 紫電はカレンダーを見た。九月の初週がもう終わる。十月には大学が始まるので、グズグズしていられない。

「大学が始まったら学業のせいで、霊鬼どころじゃなくなっちまうからな…。緑祁の方も大学はあるだろうによ」
「じゃあ、いつになったら彼に挑むの?」

 これを言われ、ハッとなった。

「そ、そうだ! この夏休みには白黒つけたいと思ってたんだ!」

 霊能力者ネットワークを開き、緑祁の連絡先を確認する。電話一本入れれば、話ができる。
 だが、それはしない。いいや、できない。

「前に俺は一度、緑祁に挑んでるんだ。【神代】は霊能力者同士の衝突を避けたい節があって、一度は無許可でもいい。でも二度目は、正当な理由がないといけない。じゃないと西部劇並みの諍いが起こりまくってしまうからな」

 四月に紫電は、緑祁と手合わせをした。彼の一回の権利はそれで消費され、もう残ってないのである。
 緑祁の方から挑んでくるかもしれないが、現状彼の方にそれをするメリットがないので、確率はゼロだ。

「どうにかしないといけねえな」

 だから紫電は【神代】に連絡を入れてみる。

「はいもしもし?」

 予備校の電話口のオペレーターに霊能力者専用のコードを伝えると、【神代】の裏の方に通してくれる。電話を代わったのは、神保百合子という人物。

「………なわけで、永露緑祁ともう一度バトルしたいんだが…」

 雪女が『月見の会』の生き残りであることとか、霊鬼の話はしない。ただ、闘志を聞かせるだけだ。それで十分と思ったが、

「あなた、既に一度やってるよね? じゃあ駄目、許可出せない。決まりだから仕方ないことだよ」

 と言われ、切られる。

「クッソー! このまま俺が引き下がると思うなよ? 雪女、荷造りしろ!」
「何をするつもり?」


 朝一番の新幹線に乗り込むと紫電と雪女は東京に向かった。

「【神代】の本部は、予備校ということになっているんだ」
「それは知ってるわ」

 彼の選んだ行動は、直談判だ。【神代】の幹部に頭を下げて、戦いの許可を得る。

「そこに誰かしらいるだろうから、いいと言われるまで帰らなければいい! 根負けするに決まってるぜ」

 やや楽観的な発想だが、行動力自体は素晴らしい。
 二十五階建てのビルの前に到着した。

「でも、どこにいるのその偉い人とやらは?」
「職員室なわけねえだろう? 噂によれば生徒が立ち寄れない地下があるらしいぜ。そこだ!」
「噂頼みなのね……」

 一階をくまなく探索したが、それらしい階段がない。エレベーターのボタンも、上の階の分しかないのだ。

「外から入るのか? でもそれっぽい秘密の入り口はなかったぞ?」
「秘密じゃないのかもよ?」

 雪女に言われ、紫電は考える。

(一般人も多く出入りしているこの塾で、一階に堂々と置いてあるとは限らねえな。ワザとらしく秘密っぽくする意味もなさそうだ)

 ここは、ダウジングロッドの出番。両手に軽く握り、それっぽい反応があるまでひたすら、ゆっくり歩く。

「……わかったぜ雪女!」

 閃いた紫電は、階段を指差した。

「上? でもきみ、さっき噂では地下にあるって……」
「ああ。でも、一階から地下に行けるとは限らんぜ」
「どういう意味?」

 それを証明するべく、三階に上がる。そして掃除器具の仕舞われている部屋の前に立った。

「そこは任せて」

 雪女は扉の鍵穴をまず覗き見て、それからコンコンと指で突っついた。次に雪の氷柱を作るのだが、これがなんと鍵の形をしている。しかも回してみると見事にロックを解除できた。人目がないことを確認すると二人は入る。

「おお、ビンゴ!」

 その部屋の奥には、下に伸びる螺旋階段が。その先で【神代】のコアメンバーたちは、秘密の会議をしているのだ。
 迷わず降りることを二人は選択。忍び足で階段を下る。すると階段の終わりが見えてくる。同時に、ドアもいつくかある。会議室の他に、【神代】の代表の控室もあるのだろう。社を祀っているだけの部屋すらある。

「どれかが【神代】の……」

 紫電はどれを開けようか迷っていた。その時後ろから、

「【神代】に何か、用事か?」

 声が聞こえたのだ。
 慌てて振り向くと、そこには六人の霊能力者がいた。

「えっ! 足音がしなかったぞ…?」
応声虫(おうせいちゅう)の応用だ。貴様ら、何者だ?」

 しかもその中の一人は、顔を見たことがあるし声も聞いたことがある人物だ。

【神代】の現代表、神代富嶽。

 一番マズい人物と鉢合わせてしまったのだ。

(終わった………)
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