第2話 隣の席に その3

文字数 4,464文字

 時刻は十時半。

「どうだ?」

 舞台の裏方で神代(かみしろ)富嶽(ふがく)が呟いた。

「満席ですよ!」

 彼のマネージャーを務める比叡山(ひえいざん)絹子(きぬこ)がそう返事する。

「そうか、それはいい! では絹子、始めてくれ」

 ゴーサインを出すと絹子は了解です、と呟き、マイクを持って舞台に出る。

「時間となりました。ではこれから、二〇一四年第二回霊能力者講演会を始めたいと思います! みなさんどうかご清聴にお努めください!」

 始まった。会場は用意された千程度の席が満員で、立ち見の人すらいる。そんな彼らが絹子のアナウンス一つで口を閉じる。

「では本日最初のプログラム……心霊事件調査報告からまいりましょう!」

 講演台に立っている神崎(かんざき)凱輝(がいき)にマイクを渡す。

「では、私の方から、報告をさせてもらう」

 プロジェクターにより、パワーポイントの画面がスクリーンに映し出される。

「まずは、青森で起きた、霊界重合事件の詳細から説明する」

 この年の第一回は二月に行われているので、四月にあった修練が起こした事件の詳細説明から始まる。

「この事件の、発端は……」

【神代】も事件後詳しく調査をしたらしく、当時の緑祁もしらないような情報がスクリーンに表示された。

「……であるから、再発防止策は、次の通りとなる……」

 凱輝は彼なりにわかりやすいよう、わかったことや練られた対策全てを丁寧に説明した。しかしそれが返って眠気を誘ってしまうのだ。既に首が垂れている人物も少なくない。

(なるほど…!)

 だが緑祁は違う。自分がその事件の当事者だったから、完全に聞きに回っている。香恵もだ。彼女が病院で眠っている間の出来事だが、緑祁が関わったから全てを学んでおきたいのである。
 熱心な二人とは裏腹に、骸と雛臥はもう夢の中だ。

「……以上、である」

 事件報告はその一件と、最近起きた病棟での火災についてだけだった。

(そりゃあね。海神寺のことは外には漏らせないし、寄霊なんて完全に僕と香恵のプライバシーだもん。ここで言われるわけがないよ)

 講演会のプログラムは次に移る。その時緑祁は骸と雛臥を起こした。

「むにゃあ? やっとあのオッサンの眠たーい話が終わったか」
「……寝に来たわけじゃないでしょ………」

 そう言う雛臥であるが、彼も寝ていたので説得力はない。

「続きましてのプログラム! 心霊研究学会発表でございます! では蛇田(へびた)正夫(さまお)さん、どうぞ!」

 絹子は講演会を進める。次は心霊研究の成果報告だが、緑祁は特に興味がなかった。

(海神寺の実験のことはないし、期待はできないな…)

 でも香恵の横で寝るわけにもいかないので、一応耳を立てる。
 その報告では、新たに確認された霊の種類や霊障の紹介が行われた。他にも妖怪や民俗学の発表の場でもあるらしく、それに関する研究成果もプレゼンされる。

 学会発表が終わると、この講演会のメインプログラムだ。

「続きましては、【神代】現代表、神代富嶽様の講演ですっ!」

 この時の絹子の発言には明らかに熱がこもっていた。しかし会場の方はやや冷めている。

「富嶽って人が、今の【神代】のトップなのか!」

 初めて聞く名前だ。

「ええ、そうよ。でもあまりいい話を聞かないわ」

 香恵は、会場が冷え切ってしまった理由を知っていた。

「二代目【神代】代表の、神代(かみしろ)獄炎(ごくえん)以来二度目の傀儡時代と言われていたわ」

 富嶽は十年前から今の地位についているのだが、その後ろには彼の父、神代標水がいた。早い話が、彼は長年父の言葉をそのまま伝える伝言係でしかなかったのだ。

「三年前の霊怪戦争で標水さんが亡くなって、それでやっと自分の言葉を手に入れたと言われているけど、どうだか……」

 言ってしまえば富嶽には、厳しさが足りない。

「それは標水さんの血の気が多かっただけでは?」

 今緑祁が言ったように、標水はかなり血気が盛んだった。三年前にその存在が露わとなった『月見の会』を滅ぼしたのは、他でもない標水自身だ。当時は何かしら妥協案が提出されていたが、そのほとんどを彼が破り捨てたと言われているし、誰も反対しなかったとも。仮に標水が生きていたら、修練のような裏切り者はもう処刑されているだろう。
 対する富嶽は、

「これからの時代は多様性だ! 鞭はいらない。霊能力者一人一人のことを大切にすべきなのだ」

 という温和な性格の持ち主。【神代】の家系とは思えないほどだ。その甘さが霊能力者に裏切るチャンスを与えてしまっていると、名のある霊能力者は批判している。

「だから富嶽さんには期待していない人もおお……」

 突如、会場の照明が落ち暗くなった。

「何だ!」
「機械トラブルか?」

 ざわつく来場者たち。その時、天井から大きな鎌が奇怪な光と共に出現。

「うわああ!」
「幽霊か? 霊障か!」

 その鎌は刃を客席に向け、振り下ろされようとしている。銀色の刃が怪しい光を帯びて、今にも落ちてきそうだ。
 だがそうはならなかった。講演台の方から一筋の光が伸びたと思うと、鎌を破壊したのである。

「何が起きている…?」

 誰もが答えを見つけられない。破壊され散らばった鎌の破片は燃え出し、紫色の炎と化した。熱さこそ感じるが、炎は全く燃えない。

「ここに集いし霊能力者諸君……! 今諸君らは、新たなる時代の幕開け、その境目に位置している!」

 スポットライトが、講演台に立つ富嶽のことを照らし出した。彼は何事もなかったかのように演説を始めたのである。

「吾輩が鎌に見立てたのは、暴力! 人類が今まで繰り返してきた、愚かなる過ち! それを吾輩が作り出す世界が放った光が、破壊した!」

 先ほどの鎌、そして光は、全て富嶽の霊障……幻覚である。だがその実力精度は非常に高く、大勢に全く同じビジョンを見せることができるのだ。しかも視覚以外の感覚に訴えることすら可能。

「吾ら霊能力者は、世界の陰に隠れて生きていた。それは今まで、そしてこれからも変わらない。霊能力者は陰から世界を支える者! だが吾輩は【神代】を確実に変える! 霊能力者の敵は霊能力者ではない! 一般人でもない! 召喚士、超能力者、神通力者、錬金術師、魔法使い、化者でもない! 異なる思想の持ち主でも、異国の者でもない!」

 力強い演説は、彼を舐めていた人の心すらも鷲掴みにする。

「科学でもない! 時代でもない! では何か! 吾ら霊能力者は現世を生きる者! その血を流せる者の唯一の敵は! この世ならざる存在だけだ! 吾ら【神代】は今まで以上に、この世界に安全を約束する! 地球聖域化計画だ! この星全体を、悪の霊が存在できぬ環境にするのだ! そのためには争い合うことをやめ! 戦うことをやめ、憎み合うことをやめ! 昨日までの敵と明日に向かって生きよ! 愛する人、信頼できる友、尊敬できる者……皆が結託すれば、この世から悪の瘴気は消せる! 吾ら霊能力者同士がいがみ合うことは不利益でしかない! 今、ここに【神代】の新体制を樹立することを宣言する!」

 簡単に言えば、裏切り者や歯向かう者への処罰を減らすということだ。富嶽は、霊能力者同士が潰し合うこと自体が愚行と考えている。元来の性質に加えて、霊怪戦争で父を失ったことも影響しているのだろう。
 だから、霊能力者は協力してこの世の脅威へ立ち向かうべきだと力説した。

「悪とは!」

 その言葉の合図で、再び大きな鎌が出現。

「人の幸せを考えられない者の代名詞! この鎌のように、命を奪うことしかしない存在! 新しい【神代】は、その存在を許さない! 吾らの力が合わされば、消すことができるのだ!」

 彼が指をパチンと鳴らせば、鎌は消える。今度は太陽のように眩しい光が現れた。

「正義とは! 愛のことを示す! お前たちの愛する人は誰だ? 友達か? 恋人か? 家族か? 彼ら彼女らへの愛は無限だ、あらゆる未来への可能性を生み出す! その芽を刈り取る権利など、悪にあってはならない!」

 もう一度指を鳴らした時、会場の照明が復活した。

「今、吾輩はお前らに問う! 己の正義と悪をハッキリさせるのだ! そして激励する! 悪に立ち向かえ! 悪と戦え! その邪念を断ち切れた時、吾ら霊能力者は更なる高みへシフトする! 新時代への幕は開き、時計の針は既に動き出した! 新たなる時代の光を掴み取れ、霊能力者よ!」

 会場から、声が上がる。絶賛の声だ。

「す、すごい……」

 普通のボリュームで呟いた緑祁だったが、隣にいる香恵の耳に届かないほど会場は白熱している。当初は甘く見られていた富嶽であったが、この演説はそのマイナス評価を一気に払拭してしまったのである。
 すぐには彼の思想は広まらないだろう。だがこの様子なら、以前のように舐められずに受け入れられていることは間違いない。


「すごい熱気だったね」

 講演会が終わり帰路に就く緑祁と香恵。三時間にわたったのだが、頭の中はほとんど富嶽の演説のことで一杯だ。周りの霊能力者も誰もが口をそろえて富嶽の名を喋っているほど。

「確かに、平和的な方法があるなら一番いいわね。でも時には戦わないといけないはずよ」
「それも、富嶽さんは指摘してたね。悪とは戦う、って」

 完全に低い姿勢というわけではない。時には勇気を振り絞って悪と対峙する時だってあるのだ。

「お疲れ様。僕らは先に帰るよ」
「そうなのかい、雛臥?」
「コイツに任せると電車間違うからな、俺が先導するぞ! どうしてスマホいじってんのに時間ミスるかな……」

 呆れ気味に骸が言った。そのミスさえなければ、会場で刹那と絵美と合流する予定だったのだ。

「僕はしばらく千葉にいるよ。バイトでね…」
「それは大変そうだ。頑張れよ?」
「言われなくても!」

 緑祁と香恵は、最寄り駅で骸と雛臥と別れた。
 一方、会場にはまだ霊能力者が残っていた。演説の余韻に浸る彼らの中に、皐の姿があった。

「永露永露……。あ、これだ」

 データベースの中からその名前を見つける。

「大したことなさそうな小僧だ。これなら確実にアレをアタシのモノにできるじゃん! 面倒な手間は全部神奈に任せちゃえば……」

 そのタブレット端末を覗き込んでいる人物が一人。

「お前、緑祁について調べているのか?」

 隣の席に座っていた、小岩井紫電である。

「誰、アンタ?」
「お前が知りたがっている緑祁のライバルだ! 何を探ってんだ?」

 皐はその簡単な自己紹介で、閃く。

(この馬鹿を使えば、もっと簡単にいきそう! 詳しい情報を聞き出して…それから緑祁にぶつけて、疲弊しきったところにアタシがトドメ! 完璧!)

 紫電を利用する。そう思いついた皐は、

「アタシはね、日影皐。式神の研究家なの。緑祁の持っている式神に興味があって詳しく研究したいんだけど……」

 嘘を吐いた。すると紫電は、

「つまりは緑祁を倒して式神をちょっと預かる、ってことだな?」

 その嘘を事実として飲み込んでしまった。

「話が速くて助かる! この後暇? ちょっとお茶しない?」

 そう言って二人は会場を出た。皐はこの時またメッセージアプリを開いたが、まだ既読はついていなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み