第3話 ぶつかり合う心 その1

文字数 5,137文字

「どうだ?」

 富嶽は【神代】の本部で、部下に大会の状況を聞いた。

「既に多くの霊能力者が中国地方を突破しています。しかし、脱落者も多数……」

 大会開催からもう三日が立って、今日は三月四日だ。

「そうか、脱落した人たちが多いか……」

 複雑な心境である。大会を主催する身としては、みんなに優勝を狙って欲しい。だが、鍛錬するには他人と戦い、蹴落とさなければいけない。脱落者の数はそれイコール戦って負けた人数。良い成績を残せなかったのは無念だろう。

「そういう人たち優先に、大会終了後は依頼を斡旋するよう手筈を整えろ!」

 ところで、今のトップは誰か。その疑問には長治郎が答える。

「皇の四つ子です。もう既に関西エリアを通過、今朝は福井の白亜(はくあ)神社(じんじゃ)にいました。次は石川か岐阜のどちらかです」

 他の追随を許さない、圧倒的なスピードだ。

「もはや決まったようなものなのではないでしょうか?」
「そうかな?」

 しかし、順調だと思っている矢先に不幸は訪れるもの。ゴールについていない以上、まだわからないと富嶽は言う。

「そう言えば貴様の部下に、可憐という女がおったな? 出ておるのか?」
「いいえ。私はおススメしたのですが、どういうわけか断られまして……」

 出場は個人の意思なので、特に文句はない。その女性なりに、自分の修行ができるのならそれでいいという判断だ。

「引き続き、順位をリアルタイムでデータベースに反映させろ! 更新を怠るな!」
「はっ!」


 兵庫の神戸市にある、火垂(ほたる)(やしろ)。ここには神戸空襲の犠牲者を供養する慰霊碑がある。

「ちょっとゆっくり過ぎた?」

 絵美たちのチームはこの神社にこの日の午後、ようやくたどり着いた。

「順位表に出てないだけだ。焦る必要はない。我らのペースを崩すことこそ、一番恐れるべきこと――」

 だから、周りと比べ過ぎても良くないと刹那は言う。

「そうだな。中間一位は皇の四つ子……ってもう、福井を突破? 速すぎる! これは例外中の例外だ、当てにはならないぜ…」

 実際に順位表の他の二位以降の霊能力者は、まだ関西地方をうろついている。それを骸が指摘すると、

「なら、ここからでも十分挽回できるさ!」

 と、雛臥はポジティブなことを言う。
 火垂ノ社の係員は、窓香だった。

「お疲れさんですぜ!」

 彼女は本当は参加したかったのだが、未成年でできなかった。【神代】の配慮で大会の運営側に関わることになったのである。

「ちゃんとできる?」
「お任せあれ!」

 小中時代にペン習字を習っていた窓香は、見本通りの御朱印を完璧に入れられる。

「あなた方のお名前は?」
「絵美よ」

 骸たちの分も手帳に書き込む。場所はここ、火垂ノ社だ。最後に印を押す。

「できました! これで完璧ですぜ!」

 と言って四人分の手帳を返却。同時に窓香はノートパソコンに、絵美たちがこの神社を通過したことを入力。

「ねえねえ、今誰がどれぐらいにいるかわからない? 【神代】のデータベースだと、十位までしか表示されないんだよ」

 雛臥がその画面を覗き込もうとしたが、窓香はパソコンを閉じてしまった。

「駄目ですぜ? この情報は漏らせませんな。あ、でも……」

 何か言いたげだったが、急に口の動きが止まる。目が、面と向き合っている雛臥ではなく奥を見ている。

「誰だ!」

 骸が振り向くと、そこには二人ずつ、四人の男女がいた。不思議なことに男同士、女同士で同じ顔だ。

「そうそう! 氷月兄弟と彩羽姉妹は、さっき来たばかりなんですぜ!」
「それを先に言えよ、こら!」

 氷月兄弟と彩羽姉妹の目的は一つだ。それは後から来た絵美たちを脱落させること。

「あなたたちには悪いと思っている。でも、私たちも優勝を目指しているんだ。ここで敗退してもらおう!」

 氷月白夜がそう叫んだ。刹那は、

「逆に、リタイアさせてみせる――」

 戦う意思を見せた。

「あの、やるならあっちに広場がありますから、そこでお願いしますぜ?」

 窓香に指示され、お互い睨み合ったまま移動する。ついでに彼女は審判をすることに。

「準備は整いましたかな?」
「できている!」
「そうだね」

 白夜たちは万全。

「オッケーよ」

 絵美らもだ。

「では! 始めましょう!」

 そう言って窓香は戦いの火蓋を切って落とした。


 絵美と刹那は、白夜とその弟の極夜と対峙。骸と雛臥は彩羽珊瑚と翡翠の相手をする。

(聞いたことはあるわ、コイツら双子は!)

 実際にあったわけではない。ただ、前にその存在を耳にしたことがあった。あれは去年のゴールデンウィークだ。寄霊が再現した偽緑祁と彼ら兄弟は戦っている。

(でも、負けて逃げたのよね……)

 偽者であっても、緑祁の方が強かったらしい。もしここで、絵美たちが緑祁よりも強いなら、氷月兄弟は強弱がハッキリしている相手と言える。

(でも、私も刹那も緑祁には、勝ってない……)

 九月に呼び出され、青森を訪れた時のこと。簡単な勝負だったが、負けた。
 つまりは二組とも、あの当時の緑祁よりは強くない。そしてその二組の間の上下は不明瞭。こうなると、実際に戦ってみるまで強弱関係はわからないのだ。

 しかし絵美が考え出したいことは、そんなことではなかった。

(緑祁……の、偽者……。氷月兄弟には、どうやって勝ったの? 彼らの霊障に、弱点はある? それを知りたい!)

 自分が緑祁だったら……と考える。きっと、相手のことを利用し勝利しているはずだ。
 問題は、それが絵美と刹那にできるか、である。そもそも何をどうやって勝利を掴み取ったのかは不明だし、その決定打に対し氷月兄弟が対策を施していないとは思えない。

「刹那、ちょいいい?」
「何か――?」

 耳打ちした。

「最初は様子を見るわよ。確かこの双子の霊障は、二人とも雪! でもどういう風に攻めてくるのかは知らないわ」
「わかった――」

 刹那も物分かりがよく、すぐにわかってくれた。

「行くぞ、弟者!」
「任せろ、兄者!」

 突然、二人の目の前に雪の結晶の壁ができる。それに隠れてその向こう側から、白夜は山なりに雪の氷柱を飛ばした。

「自走砲みたいに、遠距離攻撃を!」

 迫りくる氷柱の命中精度は高くない。多分、直接相手を目視できていないからだろう。ちょっと横にずれるだけでかわせる。

「刹那! これはけん制よ! 二人は私たちに、近づいて欲しくないんだわ!」

 それは言い換えれば、接近戦に持ち込めば勝ち筋が見えるということ。

「だが、我らも立ち向かわなければ勝てぬ――」
「ならば勇気を出して接近しよう――」

 刹那が前に出ようとした時だ。

「ぐっ――」

 氷柱の破片が、足に突き刺さった。小さいヤツだが、砕け散った時に吸い寄せられたように見えた。

「こっちの居場所がわかる……?」

 絵美がそう疑問に感じたのは、狙いが正確になりつつあるからだ。さっきまでは適当だった攻撃が、どういうわけかちゃんとこちらを狙っているように感じ始める。

(でもあの雪の壁は、曇ってて見えないはず…!)

 透明ではなく白いので、壁の向こうから見ているのではない。

「刹那! 何か……わかんないけど、場所が把握されてる!」
「何――」

 壁から顔を出しているわけではない。氷月兄弟は雪しか操れないので、刹那のように空気の動きで察知しているわけでもないはず。
 彼女が一歩後ろに下がった時、足元でパリンという音がした。

「そういうわけか――」

 氷が割れる音だ。白夜はまず氷をこっちにばら撒いた。それを踏んだら、そこが自分たちの居場所。そう考えているのだろう。試しに足を止めて突風で氷を割ってみると、

「やはり――」

 降り注ぐ氷柱の方向が変わった。これをどうやって絵美に伝えるか、迷う。喋れば聞かれ、別の攻撃を繰り出してくるだろう。

(ならば、利用するまで――!)

 多くの風を巻き上げ、氷を割る。同時に自分でも踏む。

「ん?」

 確かに今、壁の向こうからそういう声が聞こえた。

「どうした、兄者?」
「人数が増えたぞ?」
「そんな馬鹿な?」

 狙い通りだ。相手は目視でこちらを確認しているわけではないので、混乱した。その一瞬、攻撃が止んだ。

「そういうことだったのね! ならば話は早いわ!」

 ここで絵美、激流を地面に流し込む。氷を洗い流そうという魂胆だ。

「しまった!」

 やっと、氷月兄弟はバレていることに気づく。そうしたら今度は雪の壁を壊して乗り出してきた。

「認めよう! 私たちのレーダーを見抜くとは、できるヤツだ! ここは正々堂々と姿を現し、正面から突破する!」
「そうだな弟者! もう遠距離攻撃は止めだ。二人で力を合わせ、絵美と刹那を排除する!」

 極夜は正面に雪の結晶の盾を作り、白夜は雪の氷柱の槍を持った。

「来るわ、刹那! ここは私たちも一緒に!」
「承った――!」

 二人も力を合わせる。

(絵美の激流は、凍ってしまうのだろうか?)

 しかしやってもらうしかない。それを促すと、絵美は激流を発射した。その水流は極夜が前に出て、雪の結晶で受け止める。すると、結晶の冷たさのせいで水がどんどん凍る。

「弟者、その盾を捨てて新しいのを作れ。ゴールデンウィークの反省を活かすんだ」
「わかった兄者!」

 ぽいと捨てればバリンと割れて終わりだ。新しい盾を生み出し、構える。

(まさか、これが緑祁がやった突破口だったの?)

 しまったと思った。今の水が凍ることを利用すれば、極夜の方は倒せたかもしれなかったのだ。でもそれが、もうできない。相手は水が氷に変わることに警戒心をむき出しにしている。
 別の方法での攻略が必要になったのだ。

(どうするのよ、これ……。激流と突風は合わせられない。霊障合体はできないわ……)

 だが絶望するのはまだ早い。刹那は勝利の方程式を見い出そうとしていた。

(できる――)

 それを可能にするには、絵美の協力が必要不可欠だ。だから彼女に、

「絵美、踊り水を使う時が来た――」

 と耳打ちする。

「え? でも……」
「迷いは捨てろ――!」

 ここは刹那を信じ、絵美は踊り水を繰り出す。自動的に動く激流だ。

「何だこれは!」

 驚いた極夜は、一歩下がってしまう。

「この!」

 勇敢にも白夜は槍で、水を突こうとした。しかし踊り水の方が自動で、雪の氷柱を避ける。
 そのまま踊り水は氷月兄弟の周りを囲んだ。

「これで勝った気か、甘い! 兄者!」
「任せよ!」

 凍らせてしまえば何も問題ではない。雪の氷柱を撃ちこむ。白夜自身で軌道を設定せずにランダムに大量に。これなら勝手に動く踊り水にも効くだろうと思ったのだ。

「よし!」

 それが功を奏し、水が冷えて固まって地面に落ちた。

「さあ二人とも、ここで………」

 槍を向けた先に、二人がいない。

「は?」

 見失ったのだ。踊り水はただの囮。本命は刹那の眩暈風だ。今絵美と刹那は、十数メートル上空にいる。

「スカート履いてこなければよかったわ……」

 刹那は、氷月兄弟を攻略するには上からの攻撃しかないと感じていた。しかし目の前でジャンプしたのでは、すぐにバレてしまう。だから絵美に踊り水を使わせ注意を引かせたのだ。
 その上から、激流を垂れ流した。

「何の!」
「よせ極夜! 上で凍らせてしまうと……」

 忠告は遅く、極夜は自分たちの頭上に雪の結晶を生み出してしまう。それは激流を凍らせて氷をどんどん成長させ、重くなる。

「しくじった……!」

 雪を解いた。だがそうなると、激流にさらされてしまう。極夜は流されて近くの木に叩きつけられた。

「弟者!」

 ぐったりしており、返事がない。しかしまだ脱落はしてない。

「許せん! よくも私の弟者を!」

 一人になった白夜は冷静さを失い、上に向かって大量の氷柱を乱れ撃ち。

「任せたわよ刹那! あなたの眩暈風で!」
「終わりだ――」

 風が氷柱を吹き飛ばし、逆に白夜に向かわせる。

「何! こんなことありか!」

 驚いた彼は、後ろに下がった。でも氷柱は風に操られ追ってくる。撃墜しようと氷柱を撃ち込んでも、それもまとめて風に絡めとられてしまう。

「しかし、それで勝ったとは思わないことだ!」

 ハッとなった。思い返せばあの氷柱は、白夜が自分で作ったもの。任意のタイミングで消せる。それをする。

「どうだ……。って…!」

 でも風は止まらない。目を開けているのがやっとなほど強い風だ。その強風に乗って、絵美が迫った。

「私もこの風だけで勝ったとは思ってないわよ!」

 一気に目の前に来られたので、反応できなかった。彼女の手が白夜の顔に近づいた瞬間、その手のひらから激流の放水。

「うごご!」

 頭を水で弾かれ飛ばされた白夜。体が吹っ飛ばされて極夜とぶつかる。

「……」

 氷月兄弟、沈黙。体から白い光が出ていってしまったので、これでようやく脱落だ。

「何とかなったわね……。骸たちの方はどうかしら?」
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