導入 その3
文字数 1,615文字
用件はこれで終わりではない。
「富樫、では行くか?」
「わかりました」
閻治を乗せる霊柩車が、宵闇宮を出発する。実は千葉に来たのには、もっと重大な案件があるからなのだ。
「正直、あまり乗り気がせんな……」
「私もです」
今度の目的地は、習志野市内のとある病院だ。でも、誰かのお見舞いに行くのではない。
「でも話を聞いてみたいと言い出したのは、閻治さんの方でしょう?」
「そうだが」
精神病棟。それも【神代】が昭和時代に建てたヤツだ。
「道を踏み外した霊能力者を収監している、牢屋だあそこは」
病棟というのは、嘘ではない。実際にその敷地内には、三棟ある。内一つは普通科の病院が利用している。しかしそれは病棟と呼ばせるためのカモフラージュ。残る二つは檻としての役目しかない。
「一つは、除霊不可能になって精神に異常をきたした人物及びそのために霊能力を悪用する可能性が高い人物が押し込まれる。そしてもう一つが、【神代】に背いた人物がぶち込まれる……」
そこに四月から、とある人物が入院している。
「天王寺修練、か……。一体何を企み、霊界重合を起こしたと言うんだ?」
中々口を割らない修練に対し、【神代】の跡継ぎである閻治が直に話を聞くことにしたのだ。
「もういい。ここで止めろ」
まだ数キロも離れているが、閻治は富樫に停車させた。そこから歩いて向かうのだ。
数分もしない内に、建物が見えてくる。耐震強度の問題で何度か立て直したために、割と新しい。
「閻治さんですね?」
「いかにも」
入り口は三重に施錠されている。そしてこの敷地全体に結界が張られ、内部で霊障を使うこと、霊が侵入することは不可能となっている。それだけ警備が厳重なのだ。
廊下を進んで面会室に案内される。
「しばしお待ちを!」
まるで刑務所のようだ。アクリル板で区切られた向こう側の扉から、修練が現れた。
「………」
「…」
二人は無言だった。修練からすれば、呼んでもいない相手に話すことはない。閻治からしても、会うのはこれが初めて。自然な会話が生まれるわけがないのだ。
「天王寺、修練。だろう?」
「そうだ。そういう君は確か、神代閻治…」
ここに押し込まれて約四か月。そうは感じさせない修練の外見と声。昨日まで平然と外を歩いていたと言われても信じてしまえるぐらいに健康状態が良い。
「貴様の部下……凸山紅、凹谷蒼、平川緑もここにいるだろう? 流石に独房に入れられているはずだが…。貴様、仲間の子孫を巻き込んで何がしたい?」
切り出したのは、閻治の方だ。世間話など不要なので、聞きたいことを投げかける。
「復讐…」
と、修練は答えた。
「やはりか!」
「…と、答えると思ったか? 流石の私も、そんな馬鹿な真似はしない」
「故霊の対処で命を落とした仲間、その命をないがしろにした【神代】が憎くないと?」
「いいか【神代】の跡継ぎ。復讐には二種類ある。一つは子々孫々の恥の返上だ。これは先祖代々の汚名を晴らすための仁義のようなものだ。だがもう片方……個人的な怨みを晴らすための復讐は、愚かな行為でしかない」
静かに、自分の考えを述べた。
「では、貴様がしでかしたことは愚行ではないと?」
「さあ? それは私が決めるのではない。第三者が見て判断することだ」
この時、閻治は気づく。
(コイツ…! ワザと言葉を濁しておる! 意味深に謎めいたことを言って、我輩を会話という土俵に連れ込もうとしておる!)
その先に何か危険な臭いを感じた閻治は、
「もういい!」
と、面会を打ち切った。
「どうでしたか、修練という人物は?」
霊柩車に戻ると富樫が聞いてきたので、
「不気味な人物だった……」
率直な感想をまず伝える。それから、
「背後が見えない相手だ。どうしてあんなことをしたのか、その予兆すらも掴めん。感情でも理解ができん、顔が見えん相手でもある。そして何が目的であったのか……これはもう、闇の中だ…」
この日、閻治は初めて敗北感を味わった。
「富樫、では行くか?」
「わかりました」
閻治を乗せる霊柩車が、宵闇宮を出発する。実は千葉に来たのには、もっと重大な案件があるからなのだ。
「正直、あまり乗り気がせんな……」
「私もです」
今度の目的地は、習志野市内のとある病院だ。でも、誰かのお見舞いに行くのではない。
「でも話を聞いてみたいと言い出したのは、閻治さんの方でしょう?」
「そうだが」
精神病棟。それも【神代】が昭和時代に建てたヤツだ。
「道を踏み外した霊能力者を収監している、牢屋だあそこは」
病棟というのは、嘘ではない。実際にその敷地内には、三棟ある。内一つは普通科の病院が利用している。しかしそれは病棟と呼ばせるためのカモフラージュ。残る二つは檻としての役目しかない。
「一つは、除霊不可能になって精神に異常をきたした人物及びそのために霊能力を悪用する可能性が高い人物が押し込まれる。そしてもう一つが、【神代】に背いた人物がぶち込まれる……」
そこに四月から、とある人物が入院している。
「天王寺修練、か……。一体何を企み、霊界重合を起こしたと言うんだ?」
中々口を割らない修練に対し、【神代】の跡継ぎである閻治が直に話を聞くことにしたのだ。
「もういい。ここで止めろ」
まだ数キロも離れているが、閻治は富樫に停車させた。そこから歩いて向かうのだ。
数分もしない内に、建物が見えてくる。耐震強度の問題で何度か立て直したために、割と新しい。
「閻治さんですね?」
「いかにも」
入り口は三重に施錠されている。そしてこの敷地全体に結界が張られ、内部で霊障を使うこと、霊が侵入することは不可能となっている。それだけ警備が厳重なのだ。
廊下を進んで面会室に案内される。
「しばしお待ちを!」
まるで刑務所のようだ。アクリル板で区切られた向こう側の扉から、修練が現れた。
「………」
「…」
二人は無言だった。修練からすれば、呼んでもいない相手に話すことはない。閻治からしても、会うのはこれが初めて。自然な会話が生まれるわけがないのだ。
「天王寺、修練。だろう?」
「そうだ。そういう君は確か、神代閻治…」
ここに押し込まれて約四か月。そうは感じさせない修練の外見と声。昨日まで平然と外を歩いていたと言われても信じてしまえるぐらいに健康状態が良い。
「貴様の部下……凸山紅、凹谷蒼、平川緑もここにいるだろう? 流石に独房に入れられているはずだが…。貴様、仲間の子孫を巻き込んで何がしたい?」
切り出したのは、閻治の方だ。世間話など不要なので、聞きたいことを投げかける。
「復讐…」
と、修練は答えた。
「やはりか!」
「…と、答えると思ったか? 流石の私も、そんな馬鹿な真似はしない」
「故霊の対処で命を落とした仲間、その命をないがしろにした【神代】が憎くないと?」
「いいか【神代】の跡継ぎ。復讐には二種類ある。一つは子々孫々の恥の返上だ。これは先祖代々の汚名を晴らすための仁義のようなものだ。だがもう片方……個人的な怨みを晴らすための復讐は、愚かな行為でしかない」
静かに、自分の考えを述べた。
「では、貴様がしでかしたことは愚行ではないと?」
「さあ? それは私が決めるのではない。第三者が見て判断することだ」
この時、閻治は気づく。
(コイツ…! ワザと言葉を濁しておる! 意味深に謎めいたことを言って、我輩を会話という土俵に連れ込もうとしておる!)
その先に何か危険な臭いを感じた閻治は、
「もういい!」
と、面会を打ち切った。
「どうでしたか、修練という人物は?」
霊柩車に戻ると富樫が聞いてきたので、
「不気味な人物だった……」
率直な感想をまず伝える。それから、
「背後が見えない相手だ。どうしてあんなことをしたのか、その予兆すらも掴めん。感情でも理解ができん、顔が見えん相手でもある。そして何が目的であったのか……これはもう、闇の中だ…」
この日、閻治は初めて敗北感を味わった。