第5話 好敵手の決意 その2

文字数 3,617文字

 しかしこの深夜に辻神は、蛍ノ社には行かなかった。彼らのチームは旭ヶ丘駅近くのベンチに座って待っている。

「………」

 これは別に、サボっているわけではない。自分たちが緑祁のことを助けたいと思っている。だが、自分たちよりも適任者が名乗り出たのだ。

「紫電…!」

 関西に旅行中のはずの紫電が、急遽この日の午後に仙台にやって来た。

「最初から、俺が行くべきだったな……」

 彼は辻神と合流した際に、そう言った。
 実は、緑祁が岩苔大社を焼き払った時点でその情報は既に彼の耳に入っていた。遅れたのには、理由がある。紫電は広島の呉にある、海神寺に寄っていたのだ。

「何か、作ってくれ」

 そこにいる霊能力者に頼み込み、何か役に立ちそうな物を補充する。

「これや! 完成!」

 海神寺も忙しい中、紫電の要求を聞いてくれた。結果として、メリケンサックとバックパックコイルを再び手にした。

「それだけじゃないで? 新作や!」

 また新たに、十手ももらう。もちろん柄の部分に電池が仕込んであり、それを利用して電霊放を撃つことが可能に。
 それだけではない。

「紫電、私からも」

 一緒に旅行中だった稲屋雪女も、紫電にあるアイテムを与えた。それはペンダントで、ペンダントトップに手鏡がつけてある。

「霊鬼? まさか、再現したのか?」
「ううん、違うよ。でもこの鏡には、私の念を込めておいた。ボタン電池も中に入れてあるから、いざという時には……」
「助かるぜ、雪女!」

 こうして三つのアイテムを手にした紫電が、ライバルである緑祁を止めるべく仙台に舞い降りたのである。

(こんな形で戦いたくなかった。緑祁とは、勝利と敗北以外の要素が絡む戦いはしたくない)

 紫電の本心は、これだ。緑祁と戦うことは別にいい。だがその勝負の背後に何かがあるのが気に食わない。
 しかし、緑祁が悪の道に進んだのなら、自分の出番だ。迷うことなく戦うことを選ぶ。

「蛍ノ社はこの先だな?」
「ああ。この道を進めばその先にある」

 紫電と辻神は、顔見知り程度の仲だから会話も最低限しかしない。それでも辻神は、

(コイツなら! 緑祁に勝てるはずだ……!)

 確証が持てた。だから彼に任務を任せるのだ。

「よし、行くか。雪女、準備はいいな?」
「大丈夫だよ」

 雪女には戦わせるつもりはないが、同行させる。彼女も紫電一人では不安だし、安全な場所でただ待っているだけの方が嫌なのだ。

「紫電、忠告だけはしておく」
「何だ?」
「今の緑祁は、異常だ。平然と命を奪おうとするし、危険な行為もしでかす。私たちの知っている彼とは別人……そう認識しておいた方がいい」
「らしいな」

 辻神の助言に今更驚くことはない紫電。かつて彼は偽緑祁と対峙したことがある。その時と同じ雰囲気を感じているから、意外性がないのだろう。

(誰にだって、心に闇がある。アイツの過去はよく知らねえが、きっとそこに何かがあるんだろうな。忘れられない忌まわしき記憶かトラウマか何か……緑祁の影に潜む悪意が!)

 それが寄霊が再現した時、石碑の破壊……過去の否定という形で表れたのだろう。今回の場合も似ていて、

「確か、香恵のことを殺したがっているとか。そんなことはさせない」

 心の中にある願望の通りに、動いていると紫電は推測した。

(過去に対する嫌な思い出と、誰かを求める寂しさ。それが緑祁の心の闇だ! 俺がその闇を貫いてやる!)

 今夜、ここに来るかどうかはわからない。違う場所に出るかもしれない。それでも行く。

「頑張って! 応援してるからネ!」
「頼んだぞ、紫電! オレたちの代わりに必ず!」

 山姫と彭侯もエールを送る。しかしその横で、

「本当に信頼できるのか……? おれたちも一緒に行った方がいいんじゃ?」
「まあここは任せようぜ?」

 紫電とあまり交流がなかった病射と朔那は、少し不満気味。でも辻神は、

「今夜は紫電に望みを託す。私たちはそう決めたのだから、信じよう……」

 余計な手を貸すことはしない。紫電が一人で戦うと言ったのだから、そうさせる。


 暗く生い茂る林の中に入る紫電と雪女。虫や野生動物の声が聞こえる。人の気配は、二人以外にはない。懐中電灯で足元を照らしながら、前に前に進む。

「ここか……」

 蛍ノ社まで来た。四本足の鳥居が、祠を囲うように建っている。

「月明かりが射すね、ここは」

 ふと見上げると、空が見えた。ここだけ林が開けている。雨風を遮れるものがないのに、この蛍ノ社は吹き飛ばされず、傷みもせずに存在している。きっと何か不思議な力が溢れているのだろう。
 ガサ、ガサっと足音が聞こえてくる。

(来たか……!)

 音がする方を向いた。そこに、緑祁がいた。

「あれ、紫電じゃないか? 偶然にしてはおかしくないかい?」
「緑祁! 俺はお前を倒すために、ここまで来た……」
「へえ、そうかい」

 話はできる。だが、

「ライバルを殺せばさ……永遠に僕の方が強いってことだよね? それも良さそうだ! 香恵を僕のものにする前に、紫電……君は僕の前にひれ伏しな!」

 もはや殺意を隠す気もない。堂々と緑祁は紫電に対し、殺害宣告をした。

「どうしてお前が今のようになっちまったのか? それも重要なことだとは思うぜ。だがな、俺には関係ねえ! お前が道を踏み外したって言うんなら、俺が裁きの鉄槌を叩きつけてやる!」

 罪を犯したのなら、裁く。紫電はそういうスタンスだ。その相手が緑祁であろうと他の知人であろうと関係ない。法の下に全ての人は平等。病で人が死ぬのと同じ摂理だと彼は信じている。

「君に僕が倒せるかな?」
「それは、俺のセリフだ」
「へえ、言うねえ……!」

 雪女が距離を取った。
 ついに二人の戦いが、始まろうとしている。


「辻神! あっちで光が!」

 病射が指を差して叫んだ。おそらく紫電の電霊放だろう。地面から空に向かって稲妻が伸びている。

「やっぱり私は心配だ! アイツ一人で勝てるのかどうか、わからないだろう? 行くべきだ」

 朔那も大きな声で言う。実は辻神も、二人……緑祁と紫電のことが心配だ。

「……わかった。なら、様子を見に行こう。ただし紫電が戦っている最中なら、手を出すな! その勝負が終わってからが、私たちの出番だ……」

 それでいい。五人は急いだ。


(緑祁が使う霊障は! 旋風・鉄砲水・鬼火の三つ! 霊障合体も三つだ)

 最初から特技がわかっていれば、対処は容易い。だがそれは緑祁にも同じことが言える。紫電は電霊放しか使えない。それを彼は知っている。

「行くぞ、緑祁!」

 先に動いたのは紫電だった。既にダウジングロッドを両手に構えており、緑祁に向ける。電霊放を撃ったのだ。

「くう!」

 避けるのが遅れ、緑祁は脚に被弾。鋭い痺れが体中に広がる。

「今のは、豆電球を一瞬照らす程度の威力かもしれねえ。だがな緑祁! 俺は必ず本来のお前を取り戻してやる!」
「言ってなよ……。勝つのは僕だ。君はここで負けて死ぬ運命だ!」

 しかし緑祁もただ攻撃されているのではない。

「一気に決めさせてもらうよ、紫電! くらえ!」

 霊障合体を使う。それは旋風と鉄砲水の合わせ技なのだが、様子がおかしい。どうやら台風ではなさそうなのだ。

「な、何だ……?」

 急に頭上から、雨粒が降り注ぐ。紫電は驚いて上を見る。そこには荒れ狂う雨風が存在した。

「これは……!」
「霊障合体・低気圧(ていきあつ)だ!」
「何……?」

 聞いたことがない霊障合体だ。それもそのはずで、旋風と鉄砲水の組み合わせでは台風しか作れない。【神代】のデータベースや論文にも、そう書かれている。だが緑祁は、既存の霊障で全く違う霊障合体を繰り出した。
 何故……他の霊能力者が試しても成功しないことを緑祁が行っているのか。それはきっと、今の精神状態に関係しているのだろう。悪に堕ちた心が、それを可能にしてしまっているのだ。

 低気圧は、台風と違って上から下にしか動かせない。しかし目視の範囲内なら任意の場所に落とせるのだ。だから今、紫電の頭の上に出現させて彼に落とした。

「おおう!」

 すぐにその場を離れたものの、水で体が濡れる。それが緑祁の狙いだ。

「もう、電霊放は使えないね? 濡れている状態で撃つと、自分の体に逆流してしまう! 君はもう、攻める術を失った!」
「果たしてそうかな?」

 が、ここは紫電も引き下がらない。

(鉄砲水が使える緑祁なら、真っ先に考えるだろうな……電霊放の無力化を! だが俺も、その対策をしているんだぜ!)

 だからこそ、海神寺に寄ったのだから。

「くらいな!」

 紫電は自分の手と腕が濡れているにもかかわらず、電霊放を撃った。

「馬鹿な……? うぶぶぶ!」

 この不可能を可能にしているのは、紫電が背負っているバックパックコイルだ。自分の体に流れる電気を吸収してくれる。だから逆流せずに電霊放が撃てるのだ。

「………面白いね、紫電! どうやったのか常識を打破してくるとは!」
「こうでもしねえとお前は倒せないだろうからな」
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