第9話 要請の受難曲

文字数 6,366文字

【神代】の本店である予備校が襲われて、数日が経った。奇跡的に、【神代】側に死者は出なかった。

(違うな。修練たちが、命を奪うことまで考えておらんかっただけのこと!)

 皇の四つ子は、ボロボロだった。傷はもう癒えているため、心のことだ。【神代】の本店を守れなかったのだから、当然である。暗い顔をして、空港近くの公園で待っていた。
 富嶽はことの深刻さを重大に受け、予定を切り上げたのだ。だからこの日の午後に飛行機で沖縄から帰ってくる。

「あの便じゃな?」

 今、一機の旅客機が空港に降り立った。その便から、とてつもないプレッシャーを感じる。時間的にも富嶽が登場している便で間違いないだろう。近くの駐車場に停めておいた車に乗り込んだ。
 今回、皇の四つ子たちにはすべきことが二つあった。その内の一つは、謝ることだ。【神代】の本店を守れなかった。修練たちの襲撃を許してしまい、守り切れず陥落した。これは自分たちの責任だ。
 空港に着いた時、ちょうど富嶽が護衛と一緒にゲートをくぐっていた。

「富嶽様!」

 すぐに駆け寄る緋寒たち。

「おお、皇の四つ子か。無事であったか、何よりだ」
「申し訳ございませぬ……」

 そして、その場で土下座をする。額を地面に貼り付けながら、四人一緒に、

「【神代】を守れませんでした……! どう、詫びれば良いのか……! 罰を……」
「顔を上げろ」

 しかし富嶽は、彼女たちが悪いとは思っていない。だから謝る必要はないと言った。

「しかし!」
「今ここで土下座すれば、解決するのか?」
「……」

 言われた通り、立ち上がる四人。

「深刻な事態なのは聞いておる。だから吾輩もこうして会談を打ち切り、戻って来た。だがな、好転しているようではないか?」

 それは、絵美たちのことを指していた。昨日、絵美たち四人と病射たちのグループが、蛭児を捕まえたのだ。

「三つの内の一つはもう解決した。これは素直に喜ぶべきこと! 残る二つも、きっと解決できよう……」

 楽観的に聞こえる発言だが、そうではない。富嶽は信じているのだ、【神代】の霊能力者たちのことを。自分があれこれ言わなくても、蛭児の身柄は拘束できた。だから残る皐と修練、その仲間たちも、捕まえることができる、と。

「そのことで、お願いがございます。聞いてはくるませぬか?」
「んん、何だ?」

 緋寒たちがここに来た二つ目の理由、それは、

「天王寺修練と日影皐の、殺害許可を出してください! 範造と雛菊に、それを命じてください!」

 意外なものだった。

「範造と雛菊? 貴様たち、アイツらとは仲が良くなかった気がするが?」

 そうだ。監視役と処刑人の仲はすごく悪い。そのことは富嶽だって当然知っている。だから不思議に思うのだ。

「それなのに、貴様らはそんなことを言うのか?」
「それでしか、この事件を解決できないと思うのです……!」

 蛭児との戦いは、かなり厳しく激しいものだったらしい。あの蛭児にすら、生かして捕まえることに苦戦するのだ、修練や皐ではさらに難易度が跳ね上がるだろう。
 だったら、もっと大きな事件を起こす前に暗殺してしまう。それが皇の四つ子が考えた、解答だった。
 かなり乱暴な考えに思えるかもしれない。しかしこれから起こり得る事件等のリスクと天秤にかければ、最適解だ。

「変わったな、皇よ……。以前の貴様らでは、そんなことは口が裂けても言えぬだろう」

 富嶽は返事よりも先に、感想を述べた。
 正直なところ、彼の言う通りだ。皇の四つ子は範造たちと仲が悪かった。口を利くのも億劫なほどだった。向こうも自分たちを毛嫌いしていたし、歩み寄る意味すら見い出せなかった。

「はい、そうでございます。以前のわちきらでは、範造と雛菊に協力を仰ぐなど絶対に選らばぬかったでしょう。自分でも、そう言うと思える自信があります」

 しかしそれは、昔の話。今は違う。緋寒が最初に、意識を変えたのである。

「人は変われます。悪い関係だって改善できるのです。いがみ合うことをやめ、手と手を繋ぐことができるのです。学んだ結果、そういう発想を抱くことができました」

 そしてあの二人なら、キッチリと仕事をこなしてくれる。それは彼らの本業であれば尚更だ。だから皇の四つ子は、富嶽に許可を求めたのである。

「だが、そう言う割には修練と皐に対しては冷たい対応をするのだな?」

 痛いところを富嶽が突いてきた。仲良くなれるとは言うが、相容れない存在は取り除こうというのは、矛盾する。

「………」

 返事ができない緋寒たち。黙ってうつむいたままの状態が続く。

「しかしだ。貴様らがそういう判断をする程度には、事態は深刻なのだな?」

 でも富嶽はそのことについて、深く言及しない。ただ、起こった出来事と起こりそうな事件のことを考え、

「確かに、例の二人の排除は最優先するべき事項であろう。和解だ歩み寄りだなどと言っている暇ではない。だからこそ、貴様らはこうして許可を求めているわけだ」

 冷静に精査し、判断する。

「………わかった。貴様らのその要請、許可を出そう。吾輩も【神代】の代表として、霊能力者や組織を守らねばならん。これ以上の血は流させないし、大体罪の大きさや二人の性格を考えれば、もうこれは厳罰極刑を下すしかない」

 実に、何年ぶりだろうか。【神代】は処刑人に、仕事の許可を出すと言ったのだ。

「ただし、今回だけだ。それもあの二人だけ、特例で認める! 他の者へ危害を加えることは許容せんし、特別なことがなければ範造と雛菊以外の者にも頼らん。それでいいな?」
「はは! ありがたき幸せ!」

 皇の四つ子は富嶽に深々と礼をし、下がった。

「………本当に良かったんですか?」

 富嶽の護衛を務めている可憐が聞いた。

「正直なところ、吾輩にも何が正しいのかはわからん。後悔することになるかもしれん。ただな……」

 ただ、賭けてみたかった。あの皇の四つ子の意識を変えるまでに至った、キッカケ。それに。【神代】の未来を生み出し作り出すことができる可能性に。
 きっと、緋寒たちに接触した誰かに感化されたのだろう。その意識が、彼女たちから富嶽にも届いた。ならばそれに応えよう。芽生えたのなら、水を与え育てよう。

「わかりました。指示はこちらの端末で行ってください」

 可憐はカバンからタブレット端末を取り出した。彼の指紋でしかロックを解除できない、富嶽専用の機器だ。それを使って文書を作成する。

「極秘のミッションになるだろう。情報は公開するな。可憐、貴様もここで聞いたことは、誰にも……長治郎にも言わぬように」
「了解です」

 二人だけでは難しい任務になるかもしれない。そう感じた富嶽は、応援を送り込もうと思った。でも【神代】の息がかかった者では駄目だ。情報が漏れかねない。命を狙われていることを修練と皐が知ったら、絶対に異常な行動に出るに決まっているし、逃げられる。

(そういう時に便利なヤツらがおる!)

 ここはスマートフォンを取り出し、電話帳を開き、電話をかける。

「もしもし?」
「おお、ユーの方から電話してくるとは珍しいね! カイザー・フガク! ミーに何か用かね?」

 国際電話……いいやギリギリ国内のはずだ。昨日まで会談していた相手である、ヴァージル・ハイフーンはまだ沖縄にいて観光中の予定だからだ。

「貴様の【UON】の人材を少し借りたい。出せるか?」

 用件は言わず、できるかどうかだけを尋ねる。聞かれたハイフーンも無駄に詮索せず、

「出せるね。ちょうど手すきで待機中のメンバーに行かせるね。時間がかかるから、ちょっと待っててね」
「頼んだぞ、ハイフーン。貴様には結構期待しておるからな……」
「結果で語ってみせるね」

【神代】とあまり繋がりがない【UON】の霊能力者たちなら、情報漏洩を気にせず範造たちをサポートできるだろう。

 電話を切ると富嶽は、可憐に次の指示を出す。

「可憐、範造と雛菊の二人を呼び出せ」
「場所は、どこですか?」
「さいたま市の予備校だ。【神代】としての機能はほぼないが、それだからかえって誰にも疑われない。修練だって、マークもしていないであろう」

 言われた通り、二人に招集指示を出す可憐。この日の夕方には、範造と雛菊はさいたま市内にある【神代】の予備校に到着した。

「何の用でしょうか? 集められたのは、俺と雛菊だけ? そもそも何でこんな場所に? 襲われたのは、東京にある本店では? そこが一番、人の手を必要としているのでは?」
「わからないことには、ウナズけません。富嶽さん、わけをセツメイしてください」

 少人数用の小さな教室の教卓の前に、富嶽はいた。プロジェクターやスクリーンすらない、黒板しかない部屋なので、

「ああ、話そう。今、吾輩が何を貴様たちにして欲しいのか」

 詳細は事前に印刷したプリントに記載してある。それを可憐が二人に配った。

「コイツが事件の首謀者か……」

 そこには、修練の顔写真が載っていた。範造が持っている方には、彼のだけだ。雛菊の方には、皐の情報がある。

「このヒトをどうするんです?」
「単刀直入に言おう。この二人を始末してもらいたい」

 あまりにも自然に富嶽が口を動かしそう言ったので、二人は驚いた。一瞬反応に遅れたほどだ。

「い、今! 何て……? 俺の耳の鼓膜がおかしくなっちまったのか?」
「それは、コロせというイミですか? このジンブツのショケイをせよ、ということですか?」

 聞き返されても富嶽は口調を変えず、静かに、

「ああ、そうだ。その通りだ」

 と答えた。数秒みんな黙っていた。

「できないのか?」

 沈黙を破ったのは富嶽だ。範造と雛菊の顔を交互に見ながら、聞く。

「【神代】の指示に従えない、のか? それとも数年間そういうことはしていなかったから今更になって手を汚すのが嫌か?」

 すると範造が、

「いやいやいや。できますよ。やれって言うんなら、です。でもちょっと唐突過ぎやしませんかね? 最後に処刑の指示を出したのはいつ頃です?」
「覚えはない」
「でしょうね? だって富嶽さんが代表になってから、一件も耳にしたことがないです」
「だが今、この案件を担当してもらいたい」

 富嶽が出す初めての処刑命令。その真意を可憐が代わりに説明するのだ。

「今、【神代】は窮地に立たされているわ。この二人が捕まらない限り、霊能力者はおろか一般人の安全すら保障されないの。一連の事件を解決するためにも、お願い!」

 落とし前をつけさせるという意味も含まれている。修練と皐の責任ある死をもって、事件の幕を閉じたいのだ。

「吾輩は既に、文書を作成した」

 今度は富嶽が直々に、書類を二人に手渡す。

「何、これは……!」

 彼の直筆の署名だ。それに捺印もある。その隣には空欄があり、そこが処刑人の署名と印鑑を押す場所だ。もちろんターゲットの名前も記載されている。

「…………富嶽サマ、これがアナタのカクゴですね?」

 雛菊はそれを見て悟った。今まで誰の処刑も命じなかった心優しい……悪く言い換えれば命を奪う度胸がない富嶽が、見せた決意。

「わかりました。【神代】の処刑人として、応じましょう」

 だから二人は察した。この任務を遂行しなければいけないということを。カバンからペンを取り出し、書類に自分の名前を書く。印鑑も押す。

「日影皐……。そういえば、どこかでキいたことがあるナマエ?」
「確か、緑祁と香恵に頼まれて再調査したはずだ、俺たちが。まさかアイツが、加担していたとはな……」
「アナタのターゲットはダレ?」
「天王寺修練だ。コイツについてはデータベースに……ほら、あった。二年前に緑祁が捕まえている。そうか、脱走して騒ぎを起こしまくっているわけか」

 ここで雛菊が疑問を抱いた。

「富嶽サマ……。クダンのフタリは、コウソクされてはいないのですか?」
「そうだ。我々【神代】は現状、行方を掴めておらん」

 それなのに、処刑せよという命令。言い換えるなら、暗殺だ。

「だが、行きそうな場所の見当は付けられる」

 心当たりがあると富嶽は説明する。

「蛭児の目的は、復讐だった。三人が結託したとするなら、残る修練と皐も同じ行動に出てもおかしくはない。憎い相手がそれぞれにいるはずだ」
「深山ヤイバ、ですか? しかしカレはもうニホンにはいないはずです。UONもミガラのヒきワタしにはオウじませんでしたから、ウミのムこうでニげマワっている……」
「修練たちは、捨て駒として他の霊能力者の力を利用しておった。彼らによれば皐のターゲットは、小岩井紫電らしい」
「アイツを捕まえる時に一緒にいたヤツです。今、思い出しました! なるほど、逆恨みですね。紫電さえいなければ逃げることができた……と皐が思っているなら、恨むには十分でしょう。復讐が動機なのなら、命を奪う方向に動くはず!」

 となれば、皐は青森県八戸市に行くのではないか、と予想が立てられる。すると修練の方も、

「緑祁が憎いわけですね? 彼も確か青森出身だ。なるほど、道筋が見えてきましたよ。一緒に復讐を! ってことですか」

 自然と予想できる。

「あの皇の四つ子が惨敗したのだ、苦戦は必至だ。応援を要請してはおるが、時間がかかる」
「いりませんよ」

 単身行動に出ると申し出たのは、雛菊だ。彼女は皐の霊障を知っている。毒厄しか使えないのであれば、近づかせないだけだ。寧ろ人員を動員した方が被害が出るかもしれない。

「富嶽サマ、コロしカタにカンしてのシジはございませんよね?」
「できるだけ、苦しみを与えぬように。そして大多数の人間が見ていない場所で。何よりも、確実に仕留めろ」
「リョウカイ、です。すぐにジュンビしましょう」

 しかし範造は悩んでいる。

(皇が負けるほどの相手の暗殺は、成功しないかもしれない……)

 肌でピリピリ感じる。隙を突いても無理だろう、と。だから、

「富嶽さん……いいえ富嶽様、緑祁に協力を仰いでも?」
「この命令は、極秘任務と思って欲しい。だから吾輩も、情報が漏れないようにUONに依頼しておる。事後報告なら良いが、手を下す前の連絡は避けてくれ」

 が、その要求は突っぱねられた。富嶽としては、いいや【神代】としてはごもっともな言い分だ。殺されるとわかったら逃げるか大暴走するか。追い詰められれば誰しも、何をしでかすかわからない。

「でも、紫電にはオシえておいたホウが……皐にネラわれていることは、オダやかではないはずでしょう」
「それも、終わった後にしてくれないか? 紫電が皐を迎撃……逆に殺しかねない。殺害はあくまでも、貴様らにしか許可しておらんのだ。紫電は処刑人ではない、彼には許可できないのだ」
「わかりました」

 雛菊はすぐに納得し、書類をしまった。
 だが範造は、少し迷っている。

(殺して終わりか? 考えろ……。皇ならどうする? いいや、緑祁なら………!)

 あれだけ自分を恨んでいて殺そうとまでした豊雲のことを心配していた。命を救えなかったことを、悔いていた。そんな緑祁が、範造が修練を処刑したことを後から知ったら?

(アイツなら、別の未来を導き出せるはずだ……)

 命令違反になってしまうかもしれないが、賭けてみる価値はある。その危険な綱渡りに範造は希望を見い出した。

(範造……。変わったのは貴様も、か……)

 そしてそれを、富嶽は見抜いていた。範造はきっと、緑祁に暗殺のことを喋るだろう。しかし、それでもいい。範造や皇の四つ子たちの意識が変わるキッカケが緑祁なら、また違った結末を探し出せるかもしれないのだから。

 だから、看破した上であえて黙っていた。

「武運を祈るわ。あなたたちなら、きっと……いいえ絶対に、大丈夫!」

 予備校の入り口まで範造と雛菊を見送る可憐。そう遠くない未来にこの事件は解決する。その糸口を二人に託して。
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