第13話 調和の小夜曲 その1

文字数 4,696文字

 この日緑祁は、新青森の【神代】の予備校にいた。ちょうど幹部クラスの人が今、いるらしい。

「香恵は待ってて。僕だけで十分だよ」
「そう……?」

 香恵のことをフリースペースで待たせ、単身執務室に乗り込みそこにいた神崎凱輝を同じフロアの小講義室に呼び出す。そこで自分の意見を述べるのだ。

「何、緑祁? 君はそれを、本気で言っているのか?」

 凱輝は、緑祁の要望に驚愕した。

「もちろんです」

 かなり無茶な話をしていることは自分でもわかっている。

「もう一度、確認する。修練が青森に来る可能性が、あるということは、私もわかった。確かに青森は、修練の故郷でもあるし、多くの因縁のある場所だろう。再び、故霊の力をこの世に戻すことだって、十分に考えられる。だが……」

 だが、その先が理解を拒むレベルの内容だ。

「わざわざ故霊を、君が、呼び戻すと言うのか? 多大な被害を出す、あの故霊を、か? そのために、霊界重合を起こせる幽霊が、欲しい、だと?」

 修練がまた故霊に頼るかもしれないということは、緑祁だって予測できる。もちろん選ばないかもしれないのだが、予防できるならそれでいい。
 しかし故霊は除霊ができない性質がある。だからこそ、あの世に無理矢理送り出すしか対処法がない。

「実に馬鹿げている話だ。当然、受け入れることは、できない。君はもうちょっと、知的な男だと思っていた……」
「批判は何でも受けます。でもどうしても、僕にやらせてください……!」

 修練の戦力を削ぎたい以上に、故霊とわかり合いたい。前に故霊と出会った時、心を通わせている感覚があったのだ。
 それが勘違いではないと信じている。わかり合えれば、故霊は自ら成仏する。そう直感できた瞬間が、確かにあった。

「その話にも、根拠がない。君と一緒に故霊を目撃した、【UON】のフレイムという霊能力者にも確認したが、そういう風には見えていなかったそうだ」

 凱輝は【神代】の幹部として、一般人に被害が出ることは絶対に避けたいと思っている。

「…………」

 これはマズい。目の前の凱輝一人を説得できないようでは、誰も力を貸してくれない。

(僕が、どうにかしないといけないのに!)

 少しずつ心に焦りが現れる。それが緑祁に冷や汗を流させた。こうなるのなら香恵に一緒に来てもらえば良かったか。だが擁護されながら、この作戦を通したくはなかった。

「霊界重合はこれからも起きる可能性があります! その都度故霊がこの世に舞い降り、武力で対処するのですか? それこそ、無駄なことだ!」
「一理、ある……」

 これから先のリスクを考えると、今ここで完全に対処してしまうことは、筋が通っている。

「僕が必ず! 命に代えてでも、説得してみせます! だから!」
「故霊の魂が、君の意見を受け入れても、性質まで変化させることができなかったら、どうする? 成仏することは故霊も望んで願って、既に実行していたかもしれない。心が求めても、体は応じない。それが故霊にも、当てはまるかもしれない」
「…………」

 そのことを、失念していた。
 人間だって、仮に背丈を伸ばしたいと思っただけでは身長は伸びない。それと同じだ。その場合、故霊は信じていた緑祁に裏切られたことに激怒し、容赦なく彼の命を奪うだろう。
 自分の論理を壊された緑祁は、もはや黙るしかなかった。

「その作戦は、修正する必要があるな……」
「……?」

 だが凱輝は会話を続ける。

「故霊が望むというのなら、式神にしてしまえばよい。それなら、体質も、こちらで制御可能だ」

 緑祁が故霊とわかり合えているのなら、故霊はその申し出を拒否しないはずだ。

「緑祁、私の権限で、何とか召喚士を手配する。式神召喚士は、幽霊こそ見えるが、霊障は使えない……つまり本人に戦闘能力が、ない。読経に効果がないので、魂をあの世に、送ることもできない。だが、人間の魂からでも、式神を作ることができる。そこが、霊能力者と召喚士の、明確な違いだ」

 凱輝は、緑祁の肩を持った。別に同情したわけではない。ただ単に、危険極まりない故霊が修練に利用されること、及びその故霊がこの世に戻って来た際に一般人に毎回被害を出す可能性があることを考慮した結果だ。
 それならいっそのこと、式神に生まれ変わらせ味方につける。
 ただし故霊の魂が何に由来しているのかは【神代】のデータベースで検索しても不明なので、万が一人間の魂が混じっていた場合のことを考え、万全を期す。そのために召喚士が必要だ。

「今夜にでも、派遣する。問題は、霊界重合を引き起こせる幽霊だが、これも問題ない。【神代】は研究のために、力の強い幽霊を、保存している。それを使う」

 特別許可が出た。条件は召喚士及び一般人に被害を出さないこと。

「これは、命令だ。緑祁、必ず故霊を、味方にしろ」
「わ、わかりました!」

 何とか希望の糸を紡げた緑祁。フリースペースで香恵と合流し、夜を待つ。


「久しぶり、香恵に緑祁!」
「あっ、魔綾……」

 二人、この青森に来る。その内の一方……霊能力者の方は、十神魔綾だった。香恵は幼馴染の彼女に若干苦手意識がある。

(でも今は、そんなこと言ってる場合じゃないわ!)

 彼女がカバンの中に入れて持って来た、一つの提灯。それにとある幽霊が封じ込められている。

霊葬樹(れいそうじゅ)って言うんだ、これ。霊界重合を起こせる力はある。でも、広範囲は無理だね」
「そこは大丈夫さ。僕だってこの町全部を巻き込むつもりはないよ」

 場所は決めてある。今夜零時に、油川ふるさと海岸海水浴場で行う。こんな春の夜に海水浴をしようという人はまずいないだろう。それに防砂林があるので、一般人にもバレにくい。
 もう一人、召喚士を駅で待つ。一時間後の新幹線でやって来た。

「まず自己紹介させてもらおう。名前は、辻本(つじもと)陽一(よういち)だ。岩手県盛岡市在住で、お前たちと同い年の大学生だぜ」

 彼によれば、従妹が霊能力者で【神代】に登録されており、その伝手で依頼されたとのこと。距離的にも近かったし報酬も高かったので、すぐに了承した。

「で、どの幽霊を式神にするんだ? 任せな、俺はその筋での腕は立つぜ?」
「まだ、ここにはいないんだ。移動しよう」
「わかった」

 そこからタクシーで二組に分かれ、海水浴場まで移動。

「見当たらないぞ? どこにいるんだ?」
「今、呼び出すよ。魔綾、お願い」

 緑祁に言われ魔綾は提灯を取り出し、組み立て中に火を灯す。それを見て身構える陽一だったが、

「これ、ではないわ」

 香恵が否定した。

「じゃあ、ドレ?」
「ここに来るんだ、あの世から」
「は?」

 どうやら説明がなされていなかったらしく、緑祁と香恵と魔綾は一から解説する。すると陽一も飲み込みが早く、

「なるほど、なるほど! それは面白そうなミッションだぜ。絶対に式神にしてみせる! 俺の腕を信じろ!」
「うん、頼んだよ!」

 魔綾が周囲を確認し、提灯に向かって経を唱える。すると提灯の光が瞬き、影の中から、樹木のような幽霊……霊葬樹が出てきた。地面に根を張っているので、そこから動けないが、影響力はデカい。

「この砂浜くらい? でもそれで十分でしょう?」
「問題は、故霊が来てくれるかどうか。でもそれも……」

 緑祁は自分の手首をいきなり噛んだ。

「お、おい何してるお前! いきなり自傷とか、えええ?」
「こ、こうして僕の血を流せば、匂いを嗅ぎつけてくるはずだ……」

 ポタポタと血液が砂に垂れる。香恵たちはそれではなく周囲を見回した。

「故霊は、羽が四枚あって首が長い鳥のような見た目だ。そして嘴から、光線を出して攻撃できる! 多分、視野に入ればすぐにわかる!」

 数秒、四人は辺りを観察した。海の方からは来ない。防砂林の方向も気配がない。

「おい緑祁! アレか?」

 陽一が最初に気づいた。指を差した方向には、月がある。今、そこに影が現れ動いた気がしたのだ。

「アレ、だ!」

 よく見ると、その影は羽ばたいているように見える。しかもこっちに向かって真っ直ぐ動いている。

「ピュルロロロロロオオオオオン!」

 禍々しい叫び声と同時に、故霊が砂浜に降り立った。

(凄まじいプレッシャーだ! 俺がコイツを、式神にしないといけないのか!)
(今までに見たことがない、幽霊……! 見ているだけで全身に鳥肌が立ったのがわかってしまう……)
(話には聞いていたけど、これほどなのね……!)

 香恵や魔綾、陽一のことは見ていない。緑祁だけを睨みつけているのだ。故霊がこの場で見たことがある人間は、緑祁のみ。三度目の遭遇だ。

「パアアアアアアン!」

 足を上げて彼に向かって降り下ろした。

「うわっ!」

 衝撃で吹っ飛ぶ緑祁。砂の上に転ぶ。でもすぐに立ち上がる。

「何してるんだ、緑祁! 反撃を!」

 でも立ち上がっても、何もしない。そんな彼に対し、故霊は追撃をする。

「ポギャアアアアア!」

 大きく振りかぶって、嘴で突いてきた。

「……うぐ!」

 それも避けない。かなりの痛みが全身に回った。

「緑祁、おい緑祁! 一体どうした?」

 一向に反撃しない緑祁だが、ちゃんと思惑があっての選択だ。

「こ、故霊……! 僕の話を聞いてくれ! それだけでいいんだ!」
「ペッチャアアアア!」

 否定するかのように、羽で緑祁のことを突き飛ばした。また地面に倒れるが、それでも緑祁は霊障を使おうとしない。ただ立ち直るだけだ。

「もう見てられねえぞ!」
「待って、陽一!」

 懐に手を突っ込み、自分の式神を呼び出そうとした彼のことを香恵が止めた。

「何言ってんだ? このままじゃ死んじまう! 見れば……見なくてもわかるだろう!」
「でも、待って……。無理矢理言うことを聞かせたくはないのよ、緑祁は!」

 故霊とわかり合うためには、霊障ではなく言葉を投げかける。もちろん相手は攻めることを止めないだろう。でも緑祁は抵抗しないで全て受け止める。

「それに、見て! 様子がわかっているわ」
「何?」

 香恵は今、確かに目にした。故霊の目から零れ落ちる涙を。
 成仏できないということは、苦しいのだ。あの世に送られても、この世への未練がいつも付きまとう。それが悲しみを生み出し、さらに苦しむ。この負のスパイラルから抜け出したいが、成仏できず除霊も受け付けない性質なのでできない。

「ピュシャアアアアアルルオオオオオオオ!」

 嘴が怪しく光った。故霊の光線攻撃だ。それすらも、緑祁は回避行動を取らない。

「うっわっ!」

 今のはかなりヤバい一撃だった。十メートルは吹っ飛ばされたし、左肘があり得ない方向に曲がっている。もしかしたら、あばら骨が折れて内臓に突き刺さって内出血を起こしたかもしれない痛みもある。耳も片方、半分千切れた。

「故霊……! 絶対に、苦しみから解放してみせる!」

 一方的な攻撃のせいで、もう緑祁はボロボロだ。それでも攻撃の意思表示をしない。

(苦しい……! でもそれは、故霊も同じだ! 僕だけじゃない! 悲しい思いは、もう誰にもさせない!)

 まだ立ち上がる緑祁。その動作のせいで血が口から噴き出た。

「ううっぐ!」

 同時に、目から涙が出る。でもそれは、傷が痛いから流れ出たのではない。わかったことがあったから、出たのだ。
 故霊が長い首を振り上げた。

「と、トドメの一撃じゃないのか、アレは! もうジッとしてられない!」
「陽一、お願いだから待って……!」

 そして怪しく光る嘴が、緑祁に向けて降り下ろされた。

「ひい!」

 思わず手で目を覆う魔綾。陽一は全身で冷や汗をかいている。ただ香恵は、緑祁のことを信じていた。

「えっ……?」

 信じられない光景を目の当たりにして、陽一は声を漏らした。
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