導入 その2

文字数 4,515文字

「先に自己紹介をしておこう! おれはゼキア!」
「ぼくはゲイトだ」
「あたしはテギアよ」
「ガイザが、わたしである」

 ちなみにこれらは全て、コードネーム。【UON】は幹部以外は全員、ファーストネームを名乗らない決まりがある。

「さて、このままおまえを黙らせるわけだが! 流石に四対一では格好悪いな……。ここはおれが行く!」
「待ちなさいよあんた、また独り占めするつもり?」

 しかしテギアがそれに異議を唱える。彼女は以前仕事を横取りされたことを未だに根に持っているらしく、

「ここはあたしが!」
「いいや、ぼくが適任だよ」
「ここで揉めても何も始まらないので、わたしが出る!」

 全員、戦いたくてうずうずしている様子。見かねた閻治は一言、

「四人全員で、かかって来い!」

 と言った。

「おいおいおい! 格好つけすぎだぜ! でもま、今のはおまえが言い出したんだ。いいだろう、望み通りおれたち四人、一度に相手してやるよ!」

 開始の挨拶と言わんばかりに、大地が割れた。これも礫岩の仕業である。

「もう遅い! 既に見切っておる!」

 だが地面に開いた穴は、閻治を飲み込まなかった。

「フンッ!」

 逆に勢いのある鉄砲水を流し込む。今のでゼキアは押し流されて体が木にぶつかった。

「ぐわわ? これが、コイツのファントムフェノメノンか! 気をつけろテギア、コイツはアクアシュトロームを使える!」
「ふぁんとむふぇのめのん? あくあしゅとろーむ? 何を言っておる?」

 それは、霊障のことである。【UON】では一般的な霊障とは別に、霊能力者が起こせる現象をファントムフェノメノンと名付けている。言わば英訳だ。鉄砲水はアクアシュトロームとなるのだ。

「そうか。貴様らではそう呼んでおるのか。だが関係ない!」
「そうかしら?」

 テギアが、ペンライトを閻治に向けた。ただ光を照らして目晦ましをするのではない。稲妻が電球から飛び出た。これは電霊放である。

「くらいなさい、シャドープラズマ!」

 しかし閻治、自らテギアの礫岩で開いた穴に飛び込んでこれを回避。

「馬鹿なヤツだ! このまま地割れを塞いでやる! プロテクトテラで終われ!」

 ゼキアは礫岩を使って穴を塞いだ。

「拍子抜けだぜ。こんな間抜け腑抜けしかいないんだったら、日本の【神代】もすぐに落ちるな。楽勝だぜ、この任務……」

 勝ち誇った彼だが、突然地面の下から飛び出した手に足を掴まれた。

「わわ、何だ!」
「悪かったな、間抜け腑抜けの腰抜けで!」

 閻治だ。自分の礫岩を使って地中に身を潜めていたのである。

「ここまわたしに任せな、ゼキア!」

 ガイザが前に出る。まだ閻治の体は上半身しか出てきていない。

「ぬおおおおううううう!」

 シンプルに殴りつけるのだ。だが閻治はその拳を手のひらで受け止め逆に掴むと、そのまま投げ飛ばした。

「何と言う怪力……! いや! これはきっと、オーガズフィストだ!」

 自分の身体能力を向上させる、乱舞という霊障である。それを使って、一気に地中からジャンプした閻治。

「だが! あなたはわたしに触れた! その事実は動かない! パラライズフェイズの時間だ! さあ発病しろ!」

 触れた時、既にガイザは毒厄を使っていた。

「なるほど、だから接近してきたというわけか。だがな、それは我輩には通じんぞ!」
「やせ我慢か、聞き苦しい!」

 手のひらを、もう片方の手で撫でる。すると赤く腫れ上がっていた手のひらが、すぐにいつもの色を取り戻す。

「しまった! メディシンスピリット! コイツ、回復系のファントムフェノメノンまで持っているのか!」

 これでは自分の霊障は、まるで意味がない。そう判断したガイザは数歩後ろに下がる。

「だけど、メディシンスピリットで治せるのは病気だけだよ。ここはぼくのメタリックジェネラルで……」

 ゲイトは機傀を用いてバールを出現させ、力任せに振り下ろした。

「手応えあり! もらった!」
「そうかな?」

 しかし、彼が殴りつけたのは、閻治が応声虫で出現させたカブトムシ。数十匹で腕をびっしりと覆い、鎧にして衝撃を分散・吸収させたのだ。

「嘘だろ……。コイツ一人で、一体何個のファントムフェノメノンを持っているんだ……! こんな欲張り強欲セットがこんなヤツにも許されていいのか……!」

 バールを強引に奪うと閻治は鬼火をつけて熱し、熱くなったのをゲイトにぶん投げた。

「あぢぢぢぢいいいいい!」

 足に当たった彼は叫びながら逃げる。

「どうした? その程度か?」

 ここで閻治、挑発を入れた。今相手をしている人たちの霊障は、礫岩、毒厄、電霊放、機傀。強力ではあるが彼ならば恐れるに足らず。

「もっと攻め込んできていいのだぞ? 我輩を打ち破らなければ、【UON】の日本侵略なんぞ夢のまた夢。違うのか?」
「うるさい小僧だ! 見てろ、蹴散らしてやる!」

 ゼキアは叫んだ。同時に地震を起こした。その時に、

「はいっ!」

 テギアが電霊放を撃ち込む。

(なるほど。立っていられない揺れを起こして確実に電霊放を当てる算段か。悪くはない)

 けれども良くもない。閻治はポケットから自分のスマートフォンを取り出し、前に突き出した。

「ははは! そんなもので防ぐつも……」

 テギアが言葉を失ったのも、無理はない。そのスマートフォンが、電霊放を吐き出したからだ。

「バッテリーは結構使うが、こういうことだって可能! だから電霊放は、使いこなせればかなり強靭! でも貴様はどうやら違うようだな?」

 閻治の電霊放の方が、テギアのそれよりも威力が強いらしい。押し返された。

「ビビビッ!」

 痺れて倒れるテギア。

「隙ありだよ!」

 でもまだ地震は治まっておらず、閻治の膝が崩れる。それをゲイトは見逃さないで、機傀で銃弾を生み出し撃ち込んだ。

「甘いっ!」

 ここで閻治は乱舞を発動。拳のラッシュで全ての銃弾を弾いてみせる。

「ば、化け物か…! コイツ!」

 直後に旋風を生み出し、ゲイトのことを意識ごと吹き飛ばしてやった。
 ゼキアは礫岩を解き、地震を止める。

「大丈夫か、ガイザ?」
「ああ、何とかな。でもコイツ、結構ヤバい! 強いぞ、普通に! 予想の五十倍ぐらいは上を行っている!」
「それはわかっている! まさか極東のこんな田舎に、ここまでの猛者がいるとはな…。着陸地点を見誤った!」

 今更そんなことを後悔しても遅いので、今は閻治をどうにか倒すことだけを二人は考える。

「プロテクトテラもパラライズフェイズも通じない………。しかもテギアとゲイトは、気絶してしまっている…」

 絶望的なこの状況。逃げ出そうにも多分不可能。相手は彼らよりも速く動けるだろう。

「もう戦意喪失か。ならば終わりにしてやろう!」

 見かねた閻治は懐から、植物の種を大量にばら撒いた。

「これは、まさかダンシングリーブズまで!」

 木綿だ。種は地面に落ちる前に発芽し、茎を伸ばしてゼキアとガイザの腕に巻き付いた。

「ゲッ!」

 しかも、鬼火も使用されている。茎は二方向に伸びており、反対側は燃えているのだ。これが霊障合体・火岸花(ひがんばな)である。

「この日本から大人しく出ていくと言えば、火を消してやろう。しかしそれ以外の返事が来たら、火だるまになると思え! 攻め込んできた以上、我輩はもう容赦を捨てた!」

 二人の霊障では腕に巻きつく発火した植物の処理ができない。

「くっ……!」

 その時、

「そこまでだね!」

 声が背後から聞こえた。

「まだ仲間がおったか!」

 反射的に振り向く閻治。そこには眼鏡をかけた、彼よりも少し年上であろう青年が立っていた。

「まさか、ユーがミーの部下と戦っているとは、思いもしなかったね。ていうかその前に、ヘリコプターの残骸を調査しに来たのがユーだったとは、ね!」

 閻治は構えなかった。その男から殺気を感じないからだ。

「誰だ貴様は?」

「ハイフーン、っていうね。ヴァージル・イロコイス・ハイフーン、これミーのフルネームね」

 元々はイギリスの名門だった家。しかしアメリカとの独立戦争に敗北後はそっちに渡り、そこで霊障を用いて商いをしていた。ただ第二次世界大戦での原爆投下をはじめとする行為に嫌気がさして、またイギリスに戻ったという変遷を持つ。
 そして彼が今名乗った名前は、本名だ。昔はコードネームだったが、五年前にそれを捨てることに成功した、つまりは【UON】で高い地位を獲得したということ。ゼキア、テギア、ゲイト、ガイザは、彼の直属の部下である。

「おっと、勘違いしてほしくないね。ミーはユーと戦う気はないね」
「何故です、マスター・ハイフーン!」

 それを聞いて思わずゼキアが叫ぶ。

「ユーたち、彼が誰か知ってないね?」

 理由は簡単だ。

「この彼は、エンジ・カミシロね! 日本を牛耳る【神代】の、跡継ぎ予定の人物ね! だからユーたちではどう頑張っても勝てないね」

 ハイフーンは閻治がどんな人物かを知っていた。相当の実力者なので、やり合うのは危険と判断したのだ。

「弱腰だな。貴様ら、日本を掌中に収めるために来たのであろう? そんな貴様……大ボスがそんなので、どうする気だ?」

 この、穏便に済まそうという態度が気に食わない。だから閻治はまたも挑発。

「そうですよ! マスター・ハイフーン、あなたのアレを使えばコイツも簡単に……」
「ちょっと黙る、ね! アレはまだ試作段階で、今【神代】の跡継ぎ相手に使うのは無謀……テストの意味がなくなる可能性があるね」
「何だ、アレ、とは?」
「ユーが知る必要はないね」

 ハイフーンは気を失っているテギアとゲイトを揺さぶって起こし、そして戦闘態勢のゼキアとガイザをなだめると、

「では、ここから帰るね。流石に【神代】の名を持つネクロマンサーとやり合うのは、リスクしか生み出さないからね」
「このまま帰れると思うか? 我輩は一人も逃がさんぞ?」

 一人増えて五人になったが、閻治は全員ここで捕まえるつもりだ。
 ハイフーンは手を叩いた。すると彼らの姿が周囲の景色に溶け込んでいく。

「しまった! 蜃気楼か!」

 閻治はすぐに旋風を起こして周囲を探ったが、一歩遅れた。既にあの五人はここにはいない。逃げられたのだ。
 でもすぐに冷静になる。

「まあ良い! あの五人をマークすればいいだけの話だ!」

【神代】に電話をする。五人の特徴を教え、さらに霊紋を取らせるためにこの場所に何人か呼びつける。

「【UON】……。貴様らの侵略、無に帰させてやろうぞ!」

 閻治が本気と言うことは、【神代】も本気であるということだ。


 ゼキアたちを山中のキャンプに戻すと、ハイフーンは一人で先ほどの場所の近くまで来ていた。既に【神代】の霊能力者が多くはないが来ていて、調査を始めている。

「エンジ! まさかとは思うけどね、ミーたちだけだと思っているんじゃないかね?」

 実は、【UON】が派遣した霊能力者はハイフーンとその直属の部下だけではないのだ。

「きっと、今から入国するのが厳重になるんだろうね。でも、遅いんだよね! もう既にね、ミーは日本に寄越してるんだよね!」

 そう。彼の言う通りだ。
【UON】も本気だ。だからハイフーンたちとは別の部隊もこの任務に動員されているのである。
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