導入 その1
文字数 2,321文字
普通なら、【神代】の後継者予定である神代閻治に、ワザワザ仕事を頼むのは失礼だ。だが、
「積極的に請け負う。そうしなければ腕は上がらん!」
向上心を持っているがために彼は、その辺の霊能力者にやらせればいいような依頼も、普通料金でこなす。
「相手は【神代】の組織自体知りませんからね。何も不思議がることはないでしょうし」
富樫がそう言いながらハンドルを切る。
「で、今回の目的地は……。ふむふむ、あまり良くない霊に取り憑かれたか…」
霊柩車は香取市内のとある道を走っている。他に車はないほど活気のない道路だ。
「素人質問で申し訳ないのですが……」
「何だ?」
言ってみろ、と言うと富樫 は、
「祓う難易度って霊によって変動するのでしょうか? 私は見えませんし感じもしないので…」
一般人の彼女には、わからないことだ。
「浮遊霊が一番簡単だ。地縛霊は少し面倒だ。生霊は結構厄介だ、そりゃ生きた人間の恨みが根源だからな。怨霊も難しいが、悪霊はもっとだ。まあ長崎で起きたらしい寄霊事件もトップクラスであろうな」
霊の強さに料金は比例する。だから弱い霊なら、除霊に手間はかからないので格安。しかし今回のケースのような怨霊の場合は、それなりの実力者に任せなければいけないために、結構高くなる。
「もっとも我輩には関係ない! 我輩に祓えぬ霊など、この世にはおらんのだ!」
言い換えるなら、あの世にはいる。閻治は三途の川を越えたことがないので、幽世の世界は未知数である。だから四月に青森に現れたという、故霊の場合はどうなるか、彼自身も知らない。
「霊界重合が起きない限りは、無敵!」
その比類なき力に、圧倒的な自信がある。
「もし私が何かに取り憑かれたら、閻治さんが対処してくれますか?」
「当たり前なことを聞くな! だが、貴様に限ってはそういうことは起きないぞ? 既に強力な守護霊をつけてある」
だから心配はいらないと、閻治は言うのだ。
車は淡々と進む。
「あとどれぐらいで着きそうだ?」
「まあ三十分くらいですかね。目的地の宵闇宮 には日が暮れるには」
「わかった」
実際に富樫が返事したように、それだけの時間をかけてその神社に到着する。
「おお、こんばんは」
神主、菊池 檀十郎 。割と閻治のことをわかっている人物で、派手なおもてなしは一切しない。
「今日は寝るだけだ。明日、除霊を行う!」
「わかっている。準備は万全だ。離れ屋に客間を用意したから、たっぷり休んでくれ」
離れ屋に上がる閻治と富樫。八月だというのに扇風機しか置いてない。あとはテーブルの上にうちわが置いてあり、勝手に扇げ、と。
「暑い…ですね……」
富樫は我慢できなさそうなことを呟いた。が、
「耐える!」
閻治には文句がない模様。そして運ばれた夕食も、
「ええ! これだけですか!」
と驚くレベルの精進料理だ。当然物足りなさを感じる富樫は修行僧に、
「せめてもう少し多めに。あと美味しそうなものを!」
要求するが、
「それが……。檀十郎さんに、余計なものは出さなくていい、って言われてるんです」
という返事が。流石に我慢できなくなった彼女は、美味しさと涼しさを求め車に乗り込み、コンビニに向かった。
「ったく、富樫め! 根性がないな……! だが、熱中症に備えるという観点から見れば、アイツの方が正しいのかもしれん……」
エアコンすらない部屋なので、扇風機をガンガンかけて扉を開いて風もドンドン送り込むが、それでも少し体を動かすと汗が出る。暑さを風鈴の音で誤魔化せと言う方が無茶だ。
「仕方がない! ここは霊障を使うか…」
閻治が天井を見上げると、そこから何本もの氷柱針が伸びた。それに扇風機を向け、風を部屋の中で循環させる。クーラーほどではないが、涼しい空気が生まれる。
「これで良し」
あとは寝るだけだ。
ちょうど富樫が戻ってきた頃、閻治は散歩に出かけた。
「この宵闇宮……。あまり良い話を聞かんからな」
それは、仕事をサボっているとか、ご利益が全くないとか、そういう評判の話ではない。
「出るらしい。未練に苛まれし怨霊が!」
実は、ちょっと有名な心霊スポットなのだ。
これには訳がある。宵闇宮は死者の霊を弔うために設立された。だがその魂が最悪なのだ。今は見る影もないが、かつて……江戸時代かそれ以前、この一帯は処刑場だったのである。特に首を撥ね飛ばされたのは、極悪人だ。だが今のように法整備がなされていない時代、迷信が当たり前だった時代、無実の人も少なくなかった。
つまりここら辺は、死した魂の怨念が宿っている。
「悔しかっただろうに」
罪人への擁護はないが、罪をでっち上げられた人はたまったものではなかっただろう。閻治が少し耳を傾けてみるだけで、
「俺は悪くない!」
「誰か、助けて!」
「まだ死にたくない!」
「生きたい!」
霊の嘆き声があの世からこだましてくるのだ。
そういう所以のある神社だからなのか、墓場も特殊だ。
「気味が悪い」
閻治がそう言ってしまうぐらいに。墓地が荒れ果てているというものあるが一番の要因は、霊の質の悪さ。暗い顔をした奴等ばかりなのだ。これでは流石の彼でも、墓参りをする気になれない。
「安らかに眠れと言うのは、怒れる魂への冒涜に近い。怨み恨みが昇華するのは、それが晴らされた時だけだ……」
除霊できない霊はないと豪語する閻治だが、幽霊の都合を考えていないわけではない。
逆にそれを考慮すると、頭ごなしに除霊を行うのはかえって危険。霊が何をしでかしてくるか、まるで予想できない。怨霊の除霊が難しいのは、そういう理由がある。
「そっとしておくか」
触らぬ神に祟りなし。だから閻治は死した魂を弔ってやることはせず、離れ屋に戻った。
「積極的に請け負う。そうしなければ腕は上がらん!」
向上心を持っているがために彼は、その辺の霊能力者にやらせればいいような依頼も、普通料金でこなす。
「相手は【神代】の組織自体知りませんからね。何も不思議がることはないでしょうし」
富樫がそう言いながらハンドルを切る。
「で、今回の目的地は……。ふむふむ、あまり良くない霊に取り憑かれたか…」
霊柩車は香取市内のとある道を走っている。他に車はないほど活気のない道路だ。
「素人質問で申し訳ないのですが……」
「何だ?」
言ってみろ、と言うと
「祓う難易度って霊によって変動するのでしょうか? 私は見えませんし感じもしないので…」
一般人の彼女には、わからないことだ。
「浮遊霊が一番簡単だ。地縛霊は少し面倒だ。生霊は結構厄介だ、そりゃ生きた人間の恨みが根源だからな。怨霊も難しいが、悪霊はもっとだ。まあ長崎で起きたらしい寄霊事件もトップクラスであろうな」
霊の強さに料金は比例する。だから弱い霊なら、除霊に手間はかからないので格安。しかし今回のケースのような怨霊の場合は、それなりの実力者に任せなければいけないために、結構高くなる。
「もっとも我輩には関係ない! 我輩に祓えぬ霊など、この世にはおらんのだ!」
言い換えるなら、あの世にはいる。閻治は三途の川を越えたことがないので、幽世の世界は未知数である。だから四月に青森に現れたという、故霊の場合はどうなるか、彼自身も知らない。
「霊界重合が起きない限りは、無敵!」
その比類なき力に、圧倒的な自信がある。
「もし私が何かに取り憑かれたら、閻治さんが対処してくれますか?」
「当たり前なことを聞くな! だが、貴様に限ってはそういうことは起きないぞ? 既に強力な守護霊をつけてある」
だから心配はいらないと、閻治は言うのだ。
車は淡々と進む。
「あとどれぐらいで着きそうだ?」
「まあ三十分くらいですかね。目的地の
「わかった」
実際に富樫が返事したように、それだけの時間をかけてその神社に到着する。
「おお、こんばんは」
神主、
「今日は寝るだけだ。明日、除霊を行う!」
「わかっている。準備は万全だ。離れ屋に客間を用意したから、たっぷり休んでくれ」
離れ屋に上がる閻治と富樫。八月だというのに扇風機しか置いてない。あとはテーブルの上にうちわが置いてあり、勝手に扇げ、と。
「暑い…ですね……」
富樫は我慢できなさそうなことを呟いた。が、
「耐える!」
閻治には文句がない模様。そして運ばれた夕食も、
「ええ! これだけですか!」
と驚くレベルの精進料理だ。当然物足りなさを感じる富樫は修行僧に、
「せめてもう少し多めに。あと美味しそうなものを!」
要求するが、
「それが……。檀十郎さんに、余計なものは出さなくていい、って言われてるんです」
という返事が。流石に我慢できなくなった彼女は、美味しさと涼しさを求め車に乗り込み、コンビニに向かった。
「ったく、富樫め! 根性がないな……! だが、熱中症に備えるという観点から見れば、アイツの方が正しいのかもしれん……」
エアコンすらない部屋なので、扇風機をガンガンかけて扉を開いて風もドンドン送り込むが、それでも少し体を動かすと汗が出る。暑さを風鈴の音で誤魔化せと言う方が無茶だ。
「仕方がない! ここは霊障を使うか…」
閻治が天井を見上げると、そこから何本もの氷柱針が伸びた。それに扇風機を向け、風を部屋の中で循環させる。クーラーほどではないが、涼しい空気が生まれる。
「これで良し」
あとは寝るだけだ。
ちょうど富樫が戻ってきた頃、閻治は散歩に出かけた。
「この宵闇宮……。あまり良い話を聞かんからな」
それは、仕事をサボっているとか、ご利益が全くないとか、そういう評判の話ではない。
「出るらしい。未練に苛まれし怨霊が!」
実は、ちょっと有名な心霊スポットなのだ。
これには訳がある。宵闇宮は死者の霊を弔うために設立された。だがその魂が最悪なのだ。今は見る影もないが、かつて……江戸時代かそれ以前、この一帯は処刑場だったのである。特に首を撥ね飛ばされたのは、極悪人だ。だが今のように法整備がなされていない時代、迷信が当たり前だった時代、無実の人も少なくなかった。
つまりここら辺は、死した魂の怨念が宿っている。
「悔しかっただろうに」
罪人への擁護はないが、罪をでっち上げられた人はたまったものではなかっただろう。閻治が少し耳を傾けてみるだけで、
「俺は悪くない!」
「誰か、助けて!」
「まだ死にたくない!」
「生きたい!」
霊の嘆き声があの世からこだましてくるのだ。
そういう所以のある神社だからなのか、墓場も特殊だ。
「気味が悪い」
閻治がそう言ってしまうぐらいに。墓地が荒れ果てているというものあるが一番の要因は、霊の質の悪さ。暗い顔をした奴等ばかりなのだ。これでは流石の彼でも、墓参りをする気になれない。
「安らかに眠れと言うのは、怒れる魂への冒涜に近い。怨み恨みが昇華するのは、それが晴らされた時だけだ……」
除霊できない霊はないと豪語する閻治だが、幽霊の都合を考えていないわけではない。
逆にそれを考慮すると、頭ごなしに除霊を行うのはかえって危険。霊が何をしでかしてくるか、まるで予想できない。怨霊の除霊が難しいのは、そういう理由がある。
「そっとしておくか」
触らぬ神に祟りなし。だから閻治は死した魂を弔ってやることはせず、離れ屋に戻った。