第4話 超再構成力 その3

文字数 3,315文字

 しかし、

「……変だな? 幽霊は普通なら、もう消えてしまっておかしくないはずだ……」

 呪黙の体にはそのような様子が見られない。これは一体どういうことなのだろうか。
 頭に大穴が開いたというのに、呪黙は起き上がった。

「火力が足りなかったのか? ならば……」

 ここは相手の体全体に攻撃できる、霊障合体・風神雷神で攻めよう。そう思ってポケットから電池を取り出そうとした時だ。呪黙が自分の頭に手を伸ばすと、開いたはずの傷口が即座に塞がった。

「慰療なのか……! 生きている人間なら即死レベルの致命傷でも、コイツは平気なのか!」

 やはりダブルトルネードでは足りなかった。そこで山姫が、

「なら、火炎噴石で押し潰す!」

 炎をまとった岩石を、地面から吐き出させる。呪黙はそれを避けようとしない。

「自信満々の慢心だネ! 後悔しても知らないヨ」

 逃げないので命中する。胸に直撃し、潰した。だがそれもすぐに慰療で回復される。それでも何度も何発も、彼女は火炎噴石を撃ち出した。

「山姫! ちょっと待て」
「何?」
「こちらが消耗している……。相手の動きに疲れが見えない」

 相手は人間ではないのだ。だから戦いが長引いても疲労が溜まらない。スタミナが減らないし受けた傷は治せるので、呪黙は回避行動をとらないのである。

「じゃあ、どうすればいいの?」
「霊障に頼らない方がいいのかもしれない」

 胸ポケットから取り出す、除霊用の札。これを体に直接貼り付ければ、祓えるかもしれないのだ。ただし全く効かない可能性もある。

「山姫は鬼火で気を引いてくれ。私がアイツの懐に入る!」
「わかったヨ!」

 ちょっと下がってから、山姫が鬼火で火炎放射をした。これに対して呪黙は、何と鉄砲水を口から吐き出して消火している。でも少し山姫の方が有利で、押せている。

(いいぞ。アイツは今、山姫に気を取られている! 私の動きに……何をしようとしているのか気づいていない。これなら!)

 旋風に乗って一気に距離を縮め、札を呪黙に押し付けた。

「ギギギリ」
「なっ!」

 しかし、それが通じなかった。いいや、札が貼り付ける前にボロボロになったのだ。

「馬鹿な……? 触れられてすらいないはず……」

 違う。自分の指を見ると、黒い点がある。動いているので、ほくろではない。アリだ。アリが顎で、札をバラバラにしているのだ。

(また応声虫か! だが、いつもの間に? このアリには翅がない。飛んでいたわけじゃない!)

 気を取られていたのは、辻神の方なのだ。足元に視線を下ろすと、靴やズボンを登る大量のアリが。軽過ぎてしかも肌にあまり直接触れられていなかったので、わからなかった。

(だが、これでわかったことがある! コイツには、除霊用の札が通じる! 前もってアリを使って破壊したということは……これに直接触れるわけにはいかないということ! 触れれば除霊されてしまうということだ!)

 それでも勝利の方程式は揺るがない。札は何もこれ一枚というわけではないので、二枚目三枚目もある。まだ取り出すわけにはいかないが、絶望するには早すぎる。

「ん?」

 最初に違和に気づいたのは、山姫だった。何やら呪黙が手を動かしている。その残像が虫に変化する。ここまでは普通の応声虫だ。だが、

「ひっ! い、痛い……?」

 急に、何かが彼女の手を引っ掻いた。硬く鋭く、そして小さい何かが、だ。

「これって……まさか、銀蜻蜓? 霊障合体の……?」
「それはあり得ない……いや、報告されている! 【神代】の跡継ぎが、一回だけ……」

 幽霊が霊障合体を使った。その衝撃は凄まじく、心霊研究家の間で沸き上がったほどだ。辻神はそれをニュースとして聞いていたので、心当たりにすぐに気づけた。
 超高速で旋回する、先ほど山姫を引っ掻いたクワガタ。夜空に黒いボディーが溶け込んで、肉眼で発見するのは不可能に近い。しかも呪黙はさらに新たに銀蜻蜓で虫を生み出しけしかける。

「山姫、逃げろ!」

 返事をする前に、礫岩で地面に穴を掘って逃げる。超スピードがあっても銀蜻蜓は流石に地中にまでは入っていかない。彼女は生垣の方から地面に出た。

「さて、どうするか?」

 呪黙が霊障合体を使えるということがわかると、問題になるのはその種類だ。この場で目撃しただけでも電霊放、鉄砲水、毒厄、蜃気楼、慰療、礫岩、応声虫、旋風……八種類あってその組み合わせは二十八通り。

(ヤバいな……)

 圧倒的な物量技術量で攻められると、もうどうしようもない。ここは早急に勝負を決めなければ。

(風神雷神しかないな。動きを封じて、札を貼り付ける!)

 やはり電池をばら撒くしかない。幸いにも、今呪黙は蜃気楼を使っていない。辻神には風の動きで、山姫には地面を伝わる振動で居場所がバレるからだ。

「山姫、もっと火力を上げてくれ。アイツを包み込むレベルの火力だ」
「了解!」

 鬼火は電霊放でかき消せるので、風神雷神の邪魔はされない。逃げられないように、山姫にしてもらう。問題は呪黙だ。大人しく鬼火にだけ対処してくれればいい。ここでの懸念事項は、霊障合体の概念に気づいた呪黙が、この状況を脱出する方法を思いつかれることだ。それをされないためにも急ぐ。

「うおっ!」

 辻神は電池をばら撒いた。それらを旋風の風に乗せた状態で、電霊放を使う。

「霊障合体・風神雷神……!」

 その電池が電池に稲妻を伸ばし、網目状の電撃を作り出した。それを旋風で運んで相手にぶつけるのだ。

(決まれば一瞬だけでも怯むはず! その隙が欲しい!)

 同時に辻神自身も前進する。

「リラグ!」

 呪黙は霊障合体を使った。鉄砲水と旋風を合わせた台風だ。それを飛ばしてばら撒かれた電池が広がる前に、全て絡めとる。

(そう来たか!)

 だが辻神も、止まる気がない。今は呪黙の注意が電池に向いている、大チャンスなのだ。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ラガガガガガガガガロロロロロ!」

 ドライバーを突き出し、呪黙の体に突き刺した。その状態で、

「受けてみろ! これが生者の……電霊放だ!」

 電霊放を直流しする。これにはさすがの呪黙も堪えている。すかさず呪黙は応声虫でサソリを生み出し辻神の首に尻尾の針を刺させるが、それでも彼は手を止めない。

「おおおおおおおりゃああああああ!」

 除霊にはまだ足りない。祓うにはまだ至らない。ならば相手が消え失せるまで、延々と電霊放を流し続ける。
 十数秒もすると、呪黙の体が弾けた。黒い光の粒になって消えたのだ。

「どうだ!」

 除霊ができた。その証拠に、

「おっ!」

 彭侯に流されていた毒厄が消え、彼が立ち上がれている。

「やったネ、辻神!」
「ああ、何とか……」

 霊障合体を幽霊が使用した。これは【神代】に報告しなければいけない。

「待て!」

 足元に、呪黙の指が落ちているのを発見した。

「こんなの、ぼくでも潰せるヨ!」
「いいやこれは貴重なサンプルになり得る! 確保して、【神代】に提出するんだ」

 札を取り出し、それに指を押し当てる。除霊するのではなく、札の中に幽霊を封じ込める。

「これでいい」

 ちゃんと札の中に入れることができた。勝手に飛び出したりもしない。

「今日はもう、家に帰るぞ…。おまえたちの怪我の治療もしなければいけないし、【神代】に報告する必要もある」
「わかったぜ」

 幸いにも大きな負傷はしていない。流血こそしているが救急箱で十分なレベルだ。三人は一旦一番近くにある辻神の家に向かう。


 誰もが終わったと思っているであろう。だが違う。
 彭侯の汚染濁流を回避するために、呪黙が自ら切断した足。それが車の下に残っていた。その傷口から体のパーツが伸びる。あっという間に胴体を再生し、頭部も再構成した。

「レイノウリョクシャ、レイショウガッタイ………」

 しかも知能も数段、上昇しているようだ。

「ジョレイ、ハラウ……」

 呪黙の時よりもさらにガタイが良くなった。恐完(おんかん)という幽霊に成長したのである。霊障を学習し、さらに霊障合体までも習得した恐完は、

「ウラミ、ハラス……。コロス、ヒトリノコラズ……」

 辻神たちが去った後に、予定通りに病院に忍び込んだ。そこでさらに力を得る。
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