第5話 二人、いる その1
文字数 3,404文字
青森で緑祁が襲撃に遭い、福島では辻神も問題の霊能力者に遭遇していた。
「ふう」
そんな緊張感は関係ないと言わんばかりに、小岩井紫電は東京のホテルで体を休ませていた。オーケストラサークルの演奏コンクールが首都圏であったためだ。不参加と言う手段もあったのだが、
「何のために在籍している? 行かないと後輩にシメシがつかねえだろう!」
ここは先輩の威厳を守りたいので、参加を表明。自分と同学年の学生も結構な数が東京まで来た。初日は移動だけで、次の日に演奏し、見事に金賞を獲得。最後の日は自由時間だ。多くの仲間がついでに観光に回る。もちろん紫電もそんな一人である。
「先輩はどこに行くんです?」
メッセージアプリで、シンバル担当の先輩に尋ねてみると、
「ディズニーだよ。紫電は?」
「俺は浅草に行きますよ。何か欲しい物でもありますか? よければ代わりに買っておきます」
「特にはない。楽しんできてくれ!」
みんな、その先輩についていく……と言うより青森にいつもいるのでは、東京は滅多に来れない。だから遊園地に行くのは当然の選択だ。
「俺の他に浅草に行きたい人は?」
グループにそういうメッセージを送ったが、既読がついただけで誰も返事をしない。
「……一人で行きます」
こんなことになるのなら、稲屋雪女を誘えばよかったか? しかし彼女もこの春から看護学校に通い始めているので、それは難しい。よって、ひとりぼっちでの浅草探索が確定した。
「来なかったことを後悔させてやるぜ!」
先輩の予定に乗らなかったことを後悔しながら、紫電は浅草の雷門をくぐった。仲見世商店街を、ホットドッグを食べながら歩く。
「これは……お土産には相応しくはねえな。鼻で笑われちまう。もっとユニークなものはねえもんかな……?」
様々な売店が並んでいるのだが、どうもパッとしない。ゴムでできたクナイや剣のキーホルダーなんて買ったら、
「童心に帰るなとは言わないけど、発想は小学生レベルだな!」
とか、言われそうである。
「東京と言ったら、やっぱしひよこか? 売ってるよな、この浅草に?」
キョロキョロしながら物色し、進んでいく。
「あ、あったあった!」
簡単に見つけられた。カバンから財布を取ろうとした時、通りのもっと前に視線が行く。その先には浅草寺があるのだ。
「あっちを見てからでいいか。どうせここを戻らねえと帰れねえんだし!」
サークルのメンバーに家の家族と執事メイドたち、ご近所に配る分も考えると、帰り道で購入した方が荷物にならない。
(最悪、空港で買ってもバレねえけど……)
とりあえず雷門の写真は撮ってスマートフォンに入れた。メッセージアプリのグループを確認すると、
「楽しそうじゃねえか!」
ディズニーで記念撮影している先輩たちの自撮りがアップされていた。
「雪女もいねえとつまんねえ! だから行かなくて良かったんだ」
自分にそう言い聞かせ、道を進む。
「おや?」
宝蔵門をくぐった時だ。違和感に気づいた。紫電以外の人が、どこにもいないのである。さっきまで彼は人混みの中にいたはずなのに、急に一人だけとなったのだ。
(どういうことだ? 特に変な雰囲気は感じねえぞ? 一体これは……)
周囲をキョロキョロしていると、浅草寺の屋根から誰かが地面に、タッと降り立った。
「誰だお前は!」
その人物は、二人の少女。同じ顔をしているので、きっと双子だ。
「見つけたわ! あなたが小岩井紫電ね?」
「だったら何だ? そういうお前たちは誰だ?」
「私は、猪苗代 紬 !」
「はい、私は絣 !」
この二人は、目的があって紫電を探していた。
「あなたはあの緑祁と一緒に行動していた、言わばアイツの仲間でしょう?」
「ちょっとちげえぞ?」
紫電は訂正を入れる。
「アイツは俺のライバルだ! 手を組んだのは、霊能力者大会で勝つためだけだ。それ以外では、協力なんてしねえよ! 寧ろ、出し抜こうとすら思ってんだぜ?」
「あなたの意見は聞いてないよ? 勝手に喋らないで!」
「はい、喋らないで!」
と言われたので、黙って言い分を聞くことに。
「邪魔者は排除しろっていう命令なの。ここで倒させてもらうわ!」
「はい、倒させてもらうわ!」
もちろん紬も絣も、正夫の息がかかった人物。正夫的には、緑祁と競戦を行った紫電は彼の影響を大きく受けている人物で、放っておけないのだ。特に二人の競戦は、霊能力者大会の元となったということを考えると、やはり許しておけない人物。
「なるほど。俺に挑もうってワケか……」
そんな彼女たちの事情なんて知らない紫電は、純粋に勝負を挑まれたとしか考えていない。だから、
「もうちょっと場所を選ぼうぜ? ここは人が多いし建物もある。隅田川の方に公園があるからそこで……」
そこで勝負をしよう、と言おうとしたら、
「問答無用なの!」
と、紬がいきなり仕掛けてきた。手を動かして旋風を起こしたのである。
「おいおい! ちょっと待て! ここでやるのは……」
紫電の話など聞き入れず。紬の起こした旋風は強く、吹き飛ばされそうだ。
(踏ん張るのは難しい……! 横に逃げるぜ)
ここはまず、近くのお札売り場の陰に隠れる。そしてダウジングロッドを取り出し両手に構え、電霊放を撃つ機会を伺う。
「そこだよ!」
突然、目の前のコンクリートが割れてその下から絣が現れた。
「うおぉ! 礫岩か! 回り込んで来やがったな!」
だがこれは逆に紫電の攻撃の大チャンスでもある。絣が礫岩で攻撃を仕掛ける前に、紫電が先に動いて電霊放を撃ち込んだ。
「ひえええええう!」
左足に命中し、悲鳴を上げる絣。
「もうちょっと考えて行動しろ! ここでは駄目だって言ってるだろう? 相手してやっから、もう少し暴れても大丈夫な場所で……」
ハッとなる。紬の方が左足を押さえながら建物の横に来ている。彼女は機傀が使え、フォークを数本生み出して紫電に向けて投げた。
「マジかよ! おいおいおい!」
避ける紫電。このままだと絣の方に当たるが、絣は礫岩で岩を地面から繰り出し、そのフォークを跳ね返したのだ。それが紫電の方に向かって飛んだ。
「うっぐ!」
脛に当たった。幸いにも跳ねたせいで向きが整っておらず、突き刺さらなかった。でも痛い。
「この野郎!」
もう紫電の方も、頭に来た。紬にダウジングロッドを向けて電霊放を撃ち込む。
「ちょっとは他人のことを考えやがれ!」
だがそれは、紬には届かない。何と絣が、再び礫岩を使って地面の中を移動して代わりに受けたのだ。
「ひえっ!」
「きゃえ!」
その時に、変なことが起きた。今の電霊放を受けたのは絣の方なのだが、どういうわけか紬の方も悶えだしたのだ。
(連動でもしてんのか? でも普通、そういう風にはならねえはずだ。俺の電霊放は、何かに当たればそこで終わる……)
だから、当たってもいない紬が痺れているのはおかしい。しかし色々考えようにも、足元の地面が割れだした。
「ま、マズい!」
この地割れに飲み込まれたら、終わりだ。電霊放は礫岩には通じないので、陥没の中に落とされたが最後、紫電は這い出てくることができなくなるのだ。
「チッ! 厄介なことを!」
横転して避け、起き上がると同時に電霊放を発射。今度は紬と絣の両方に当たる。
「う、ううう!」
「ひえぇいっ!」
また、違和だ。
(今の、そんな威力じゃなかったんだが……。どういうわけか、異常にダメージ受けてねえか?)
まるで両方当たったかのような感じだ。
(ま、考えるだけ無駄か。この二人をどうにか倒す! それだけだぜ!)
紫電が立ち直ってロッドを構え直し電霊放を撃った時だ。
「な、何だこれは!」
紬にも絣にも当たる前に、何かに電霊放がぶつかった。同時に誰かの悲鳴が聞こえたのである。
(誰だ、今の声は? 俺じゃねえし、あの紬や絣でもねえぞ?)
首を動かし周りを見てみたが、自分たち以外には誰もいない。
(違う! いないんじゃねえ! 見えねえんだ!)
さっきからの不思議な状態を加味すると、一瞬で腑に落ちた。
(あの二人のどちらかが、蜃気楼を使ってやがる! それで周囲の人に周りの風景を投影し、いないように見せかけていたんだ!)
簡単な音なら作れる蜃気楼なのだ、人混みの音を誤魔化すことぐらいは可能。周囲に人はいないのではない。見えてないだけで、普通にいる。今のは一般人に当たってしまったのである。
「何て奴らだ……」
「ふう」
そんな緊張感は関係ないと言わんばかりに、小岩井紫電は東京のホテルで体を休ませていた。オーケストラサークルの演奏コンクールが首都圏であったためだ。不参加と言う手段もあったのだが、
「何のために在籍している? 行かないと後輩にシメシがつかねえだろう!」
ここは先輩の威厳を守りたいので、参加を表明。自分と同学年の学生も結構な数が東京まで来た。初日は移動だけで、次の日に演奏し、見事に金賞を獲得。最後の日は自由時間だ。多くの仲間がついでに観光に回る。もちろん紫電もそんな一人である。
「先輩はどこに行くんです?」
メッセージアプリで、シンバル担当の先輩に尋ねてみると、
「ディズニーだよ。紫電は?」
「俺は浅草に行きますよ。何か欲しい物でもありますか? よければ代わりに買っておきます」
「特にはない。楽しんできてくれ!」
みんな、その先輩についていく……と言うより青森にいつもいるのでは、東京は滅多に来れない。だから遊園地に行くのは当然の選択だ。
「俺の他に浅草に行きたい人は?」
グループにそういうメッセージを送ったが、既読がついただけで誰も返事をしない。
「……一人で行きます」
こんなことになるのなら、稲屋雪女を誘えばよかったか? しかし彼女もこの春から看護学校に通い始めているので、それは難しい。よって、ひとりぼっちでの浅草探索が確定した。
「来なかったことを後悔させてやるぜ!」
先輩の予定に乗らなかったことを後悔しながら、紫電は浅草の雷門をくぐった。仲見世商店街を、ホットドッグを食べながら歩く。
「これは……お土産には相応しくはねえな。鼻で笑われちまう。もっとユニークなものはねえもんかな……?」
様々な売店が並んでいるのだが、どうもパッとしない。ゴムでできたクナイや剣のキーホルダーなんて買ったら、
「童心に帰るなとは言わないけど、発想は小学生レベルだな!」
とか、言われそうである。
「東京と言ったら、やっぱしひよこか? 売ってるよな、この浅草に?」
キョロキョロしながら物色し、進んでいく。
「あ、あったあった!」
簡単に見つけられた。カバンから財布を取ろうとした時、通りのもっと前に視線が行く。その先には浅草寺があるのだ。
「あっちを見てからでいいか。どうせここを戻らねえと帰れねえんだし!」
サークルのメンバーに家の家族と執事メイドたち、ご近所に配る分も考えると、帰り道で購入した方が荷物にならない。
(最悪、空港で買ってもバレねえけど……)
とりあえず雷門の写真は撮ってスマートフォンに入れた。メッセージアプリのグループを確認すると、
「楽しそうじゃねえか!」
ディズニーで記念撮影している先輩たちの自撮りがアップされていた。
「雪女もいねえとつまんねえ! だから行かなくて良かったんだ」
自分にそう言い聞かせ、道を進む。
「おや?」
宝蔵門をくぐった時だ。違和感に気づいた。紫電以外の人が、どこにもいないのである。さっきまで彼は人混みの中にいたはずなのに、急に一人だけとなったのだ。
(どういうことだ? 特に変な雰囲気は感じねえぞ? 一体これは……)
周囲をキョロキョロしていると、浅草寺の屋根から誰かが地面に、タッと降り立った。
「誰だお前は!」
その人物は、二人の少女。同じ顔をしているので、きっと双子だ。
「見つけたわ! あなたが小岩井紫電ね?」
「だったら何だ? そういうお前たちは誰だ?」
「私は、
「はい、私は
この二人は、目的があって紫電を探していた。
「あなたはあの緑祁と一緒に行動していた、言わばアイツの仲間でしょう?」
「ちょっとちげえぞ?」
紫電は訂正を入れる。
「アイツは俺のライバルだ! 手を組んだのは、霊能力者大会で勝つためだけだ。それ以外では、協力なんてしねえよ! 寧ろ、出し抜こうとすら思ってんだぜ?」
「あなたの意見は聞いてないよ? 勝手に喋らないで!」
「はい、喋らないで!」
と言われたので、黙って言い分を聞くことに。
「邪魔者は排除しろっていう命令なの。ここで倒させてもらうわ!」
「はい、倒させてもらうわ!」
もちろん紬も絣も、正夫の息がかかった人物。正夫的には、緑祁と競戦を行った紫電は彼の影響を大きく受けている人物で、放っておけないのだ。特に二人の競戦は、霊能力者大会の元となったということを考えると、やはり許しておけない人物。
「なるほど。俺に挑もうってワケか……」
そんな彼女たちの事情なんて知らない紫電は、純粋に勝負を挑まれたとしか考えていない。だから、
「もうちょっと場所を選ぼうぜ? ここは人が多いし建物もある。隅田川の方に公園があるからそこで……」
そこで勝負をしよう、と言おうとしたら、
「問答無用なの!」
と、紬がいきなり仕掛けてきた。手を動かして旋風を起こしたのである。
「おいおい! ちょっと待て! ここでやるのは……」
紫電の話など聞き入れず。紬の起こした旋風は強く、吹き飛ばされそうだ。
(踏ん張るのは難しい……! 横に逃げるぜ)
ここはまず、近くのお札売り場の陰に隠れる。そしてダウジングロッドを取り出し両手に構え、電霊放を撃つ機会を伺う。
「そこだよ!」
突然、目の前のコンクリートが割れてその下から絣が現れた。
「うおぉ! 礫岩か! 回り込んで来やがったな!」
だがこれは逆に紫電の攻撃の大チャンスでもある。絣が礫岩で攻撃を仕掛ける前に、紫電が先に動いて電霊放を撃ち込んだ。
「ひえええええう!」
左足に命中し、悲鳴を上げる絣。
「もうちょっと考えて行動しろ! ここでは駄目だって言ってるだろう? 相手してやっから、もう少し暴れても大丈夫な場所で……」
ハッとなる。紬の方が左足を押さえながら建物の横に来ている。彼女は機傀が使え、フォークを数本生み出して紫電に向けて投げた。
「マジかよ! おいおいおい!」
避ける紫電。このままだと絣の方に当たるが、絣は礫岩で岩を地面から繰り出し、そのフォークを跳ね返したのだ。それが紫電の方に向かって飛んだ。
「うっぐ!」
脛に当たった。幸いにも跳ねたせいで向きが整っておらず、突き刺さらなかった。でも痛い。
「この野郎!」
もう紫電の方も、頭に来た。紬にダウジングロッドを向けて電霊放を撃ち込む。
「ちょっとは他人のことを考えやがれ!」
だがそれは、紬には届かない。何と絣が、再び礫岩を使って地面の中を移動して代わりに受けたのだ。
「ひえっ!」
「きゃえ!」
その時に、変なことが起きた。今の電霊放を受けたのは絣の方なのだが、どういうわけか紬の方も悶えだしたのだ。
(連動でもしてんのか? でも普通、そういう風にはならねえはずだ。俺の電霊放は、何かに当たればそこで終わる……)
だから、当たってもいない紬が痺れているのはおかしい。しかし色々考えようにも、足元の地面が割れだした。
「ま、マズい!」
この地割れに飲み込まれたら、終わりだ。電霊放は礫岩には通じないので、陥没の中に落とされたが最後、紫電は這い出てくることができなくなるのだ。
「チッ! 厄介なことを!」
横転して避け、起き上がると同時に電霊放を発射。今度は紬と絣の両方に当たる。
「う、ううう!」
「ひえぇいっ!」
また、違和だ。
(今の、そんな威力じゃなかったんだが……。どういうわけか、異常にダメージ受けてねえか?)
まるで両方当たったかのような感じだ。
(ま、考えるだけ無駄か。この二人をどうにか倒す! それだけだぜ!)
紫電が立ち直ってロッドを構え直し電霊放を撃った時だ。
「な、何だこれは!」
紬にも絣にも当たる前に、何かに電霊放がぶつかった。同時に誰かの悲鳴が聞こえたのである。
(誰だ、今の声は? 俺じゃねえし、あの紬や絣でもねえぞ?)
首を動かし周りを見てみたが、自分たち以外には誰もいない。
(違う! いないんじゃねえ! 見えねえんだ!)
さっきからの不思議な状態を加味すると、一瞬で腑に落ちた。
(あの二人のどちらかが、蜃気楼を使ってやがる! それで周囲の人に周りの風景を投影し、いないように見せかけていたんだ!)
簡単な音なら作れる蜃気楼なのだ、人混みの音を誤魔化すことぐらいは可能。周囲に人はいないのではない。見えてないだけで、普通にいる。今のは一般人に当たってしまったのである。
「何て奴らだ……」