第5話 好敵手の決意 その3

文字数 2,957文字

 また電霊放を構える。それを見て緑祁は低気圧を落とした。

「ぐっ……!」

 雨風のせいで、狙いがブレる。それでも紫電は撃ち込んだ。

「くっうううう!」

 どうやら命中した様子。でも浅い。

(やはり、集束させるべきか! だが、この低気圧がいつ降り注ぐかわからねえ状況では、狙いが外れるかもしれねえし、だいいちチャージしている暇がねえ……)

 勝負を決めるには、高威力の電霊放が必要だ。とにかくすぐに低気圧から離れて、今度は緑祁に近づいた。

「うおおおおお!」
「来るか、紫電!」

 紫電の指には、メリケンサックがはめられている。これで殴ることができれば、緑祁の体に電霊放を直流しできる。それをわかっているのは紫電だけだが緑祁は、

「怪しいよ、君! 今のこの動き……! 直流しを狙っているのかい?」

 察知して逃げる。空しく紫電の拳が空を切った。

「おお、っと……」

 服が濡れているせいで動きが若干鈍くなっているのだ。紫電は空回りした際に自分の背中を緑祁に見られてしまった。

「何だい、それ? その、背負っているものは? もしかしてそれのせいで、電霊放が逆流しないのかな?」

 鋭い。当たりだ。

「なら、それを壊しちゃえば僕の勝ちだね」
「壊せるか、お前に!」

 動き回っていれば鈍くても、低気圧はくらわない。そう考えて紫電はとにかく足を動かし一点に留まることをしない。対する緑祁は、

「じゃあ、これを使おうか! 霊障合体・大熱波(だいねっぱ)!」

 また新たな霊障合体だ。今度は鬼火と旋風の合体。しかし、火災旋風とは違って炎が見えない。

「あ、熱い……! 熱気を帯びた風か!」

 その名の通り、熱を含んだ風を動かす。火災旋風とは違って炎がないために威力は低い。しかし炎がないので電霊放に干渉・中和・無効化されないのが強みだ。

「どうだい、紫電? 熱いだろう?」

 この熱と風圧で、相手を遠ざける。紫電は足を動かそうにも、足が言うことを聞かない。踏ん張るので精一杯なのだ。しかも熱。長時間曝されていると、火傷してしまう。

「ネチネチと攻める気かよ緑祁……。お前には似合わねえな」
「新しいスタイルを開拓したまでさ。合わせるべきは時代の流れだよ」

 大熱波が、周囲の木々を燃やし始めた。温度がそれほど高くなっているのである。

(マズいぜ……! このままだと、俺まで発火する! ここは……)

 踏ん張ることよりも逃げることの方が大事。

「あ、逃げる気なのかい? 紫電?」
「言ってろ!」

 風の方向に走る。

「なるほど……」

 これが逃亡ではないと緑祁はすぐに理解。だから紫電の動きをよく観察し、追いかける。大熱波は後から風向きを変えられないので、このまま風は流したままに。

「でもね紫電、逃げてばっかりじゃ勝負には勝てないよ? 勝つつもりだったんじゃないのかな?」

 あえて挑発するようなことを緑祁は呟いた。それに答えるように、紫電が電霊放を撃つ。燃え始めた木々に直撃し、消火した。

「へえ。意欲だけはあるみたいだ」

 やはり旋風と同じで大熱波では電霊放の邪魔をできない。緑祁は一旦大熱波を止め、紫電に迫った。

「くらえ、緑祁!」

 ここで紫電が電霊放を撃つ。拡散電霊放だ。

「うぎゃぎゃぎゃぎゅあ!」

 弾けた電霊放一発一発が緑祁を襲う。でも拡散タイプなので威力は低い。

「そこだ、紫電! 霊障合体・大熱波!」

 また、熱を帯びた風を紫電にけしかける。

「ぐおっおおおおおお!」

 熱い。思わず腕で顔を覆ってしまうくらいにヒリヒリする風だ。動きが止まってしまう。

「そこだ!」

 そこに、低気圧を落とす。

「ぬう……! 中々のコンビネーションか!」

 緑祁としてはどうにか、バックパックコイルを破壊したい。しかし鬼火や火災旋風では、触れる前に無効化される恐れがあるので、ここは低気圧で攻める。

「その背中のよくわかんないヤツを、ぶっ壊してあげるよ!」
「そうはさせねえぞ!」

 低気圧を振り払い、大熱波を切り裂いて紫電は前進して緑祁に殴り掛かった。

「危ない危ない……」

 風圧のせいで紫電の動きは、簡単に読める。ダウジングロッドの動きに注意を払っているので、その金属部分には触れないように紫電の拳を掴み、逆に投げ飛ばそうとした。

「ああ、ぶえ!」

 が、彼の拳に触れた途端に電霊放が緑祁の体に流された。

「ど、どうして………?」

 体がフラッと崩れそうになる。何とか一瞬は持ちこたえていたが、そのすぐ後に尻餅を着いた。

「このメリケンサックが目に入らねえか? そう言えば、お前は知らねえんだったな…」

 ボタン電池が仕込まれているメリケンサック。そのことは、緑祁は知らない。彼がいない間に紫電が手にしてそのまま壊してしまったから、彼に見せていないからだ。これはバックパックコイルも同じである。
 緑祁は立ち上がって、言う。

「ふーん。アイテムでパワーアップしてるってことかい……」
「お前と同じだな」

 電池を仕込んだアイテムで武装し戦力を上げている紫電。対する緑祁は、霊障合体の亜種で自分を強化している。

「だけど、近づいたのは僕の墓穴じゃないさ! これを浴びせるためだ!」

 緑祁は指を紫電に向け、その先端から放水した。

(鉄砲水か? だが今の俺がびしょ濡れになっても電気が逆流しない。それはわかっているはずだが……?)

 しかしそれは、ただの水じゃない。

「ぎゃあああああああああああああああああああ!」

 思わず悲鳴が出た。今のは水ではなく、熱湯だったのだ。

「霊障合体・沸騰水(ふっとうみず)さ!」

 鬼火で百度近くに熱した水を相手に浴びせる。これが何も感じないわけがない。

(や、ヤバい! 今のは完全にヤバいぜ………! 火傷したか、俺? かかった場所がヒリヒリしやがる!)

 低気圧、大熱波そして沸騰水が緑祁の新しい霊障合体だ。悪に染まった緑祁は、【神代】の範疇に収まらない霊障合体を生み出してしまったのである。
 しかも緑祁はもう一発放とうとしている。

「どうだい、紫電? 肉がしゃぶしゃぶみたいに変性しちゃうよ? 美味しくはないかもだけどね」
「緑祁、お前……!」

 相手の首を徐々に絞め上げるようなやり方だ。

(心が闇に染まると、人はこうも変わるのか!)

 辻神が言ったように、目の前にいるのは自分の知っている緑祁ではないのだろう。

(だが! ならば俺が取り戻すだけだぜ! 待っていろ、緑祁! その闇に隠れた心に、光を!)

 いいや、心が悪に染まってしまっているだけなら、戻れる。紫電は決して諦めない。

「もう一度、沸騰水を!」
「で、電霊放!」

 上げた指を撃った。

「ぐが!」

 流石に緑祁もこれは堪えた。思わず後ろに下がってしまい、沸騰水が外れた。

「そこだっ!」

 すかさず一気に迫る紫電。沸騰水の危険性があるが、緑祁に電霊放を直流しするには近づかなければいけない。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 雄叫びととともに拳を振り下ろした。緑祁の胸に命中。

「うあああああああああああああああ!」

 激しい電霊放が緑祁の体に炸裂した。

(終わったね……)

 見ている雪女がそう確信するくらいには、決まった。入った。その証拠に緑祁の体は拳が離れると地面に崩れた。

「ふ、ふう。倒せた、か………」

 こちらもかなり負傷した。きっと体の至る所に火傷を負っているだろう。短い時間の戦闘だったが、ボロボロだ。
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