第9話 運命の選択 その3

文字数 2,665文字

(とにかく今は流れが僕にあるんだ、攻めないともったいない!)

 だから鉄砲水を出し、流し出そうとした。

「させませんよ」

 しかし花織は精霊光をシールドのように展開して、水を跳ねのける。

(でも精霊光では炎に干渉できない!)

 僅かな知識を繋ぎ合わせて攻略という織物を編む。ここは鬼火である。二人の前には精霊光のバリアがあるせいで、こちらをちゃんと見れていない。だから悟られずに攻撃を加える。鬼火は緑祁の目論見通り精霊光の壁をすり抜けた。

「よ、よし!」

 いけた、と思ったその矢先、違和を感じた。

(変だ……? 鬼火が精霊光を通過して二人に当たったのなら、何かしら悲鳴が叫ばれるはず! 一発で命を奪うレベルの火力は出してないんだ、何か、反応があってもいいんだけど……それがない?)

 無反応だからこそ心配になる。効果はあったのだろうか?

「今、やった! って思ったんだろう? 緑祁? 違うか?」

 光の壁が消えた時、二人の姿が見えた。皮膚はおろか、服すら焦げていない。

「鬼火が外れた…?」
「違う。かき消してやったんだよ。堕天闇で!」

 久実子が操る黒い影なら、物理的な干渉が可能。それで精霊光の防壁をすり抜けて来た鬼火を打ち消したのである。

「危ないところでしたね。わたくしたちはどこか、自分たちの霊障を過信している悪い癖があるみたいです」

 ただ、声に出さなかっただけで二人は多少は驚いた様子だ。

「ああ。でもな花織、あたしたちの欠点がわかった今! 敗北の二文字の可能性は完全に消えた!」
「ええ、そうですよ!」

 決定的な勘違いをしていたのは、どうやら緑祁の方らしい。相手の霊障を攻略していると思いきやそれは、相手にも解決の糸口を与えてしまっていたのである。

「や、ヤバそうだ……」

 さっきまで、戦いの主導権は緑祁に傾いていた。しかし今ので完全に、また流れが変わったのだ。花織と久実子は攻め方を変更。花織が精霊光で攻撃し、久実子は堕天闇で防御に回る。

「突破できると言うんなら、是非ともしてみせろ!」

 自信満々に久実子は叫ぶ。その心の強さをぐらつかせようと緑祁は旋風を飛ばした。が、それは堕天闇がかき消してしまった。

(逆に怯えるのは、僕の方だった……)

 マイナスの方向に、流れも思考も支配される。その証拠に、無意識のうちに緑祁の足が一歩、また一歩と後ろに下がる。

(このままじゃ駄目なんだ…! で、でも……)

 でも、立て直す気力が生まれないのだ。今の彼の心境は中途半端。勝負を投げ出して諦めることは選ばないが、かと言って起死回生の一手が閃けているわけでもない。そしてその状態が、一番悪い。

「緑祁!」

 その香ばしくない空気を打ち壊したのは、香恵の叫びである。

「香恵……?」
「落ち着いて! 緑祁なら絶対に二人を倒せるわ。自信を持って、勝つことだけを考えるのよ!」

 その言葉の根拠は薄い。でもぐらついている心を一押しするのには十分だ。

(そうだ……! あの式神だって倒せたんだ、花織と久実子だって打ち倒せるはずだ!)

 拳を握りしめた。そこから闘志が生まれ、消極的だった心の曇りが晴れていく。

「やるよ、僕…!」

 彼の心は立ち上がった。そしてそれが態度にも反映され、構える。一歩一歩前に踏み出した。

「まさかとは思いますが、続けるつもりですか?」
「ああ、もちろんだよ!」

 声の調子も強い。

「いくよ……! 二人とも!」

 駆け出す緑祁。同時に鉄砲水を指から出して攻撃する。

「学習しない奴め! 任せろ花織、あたしが防ぐ!」

 暗闇では、堕天闇を目視するのは不可能に近い。だが、

(見えた! 道が!)

 水がぶつかり跳ね除けられる。それを緑祁は見たかったのだ。それさえ認識できれば、堕天闇が今どのように伸びて展開されているのか、わかる。目に見えない障害物を、水を使ってあぶり出したのだ。

「そこだ、いけぇ!」

 左手の指から放った鉄砲水は、細かった。堕天闇の、ほんの小さな隙間を通る水の流れは久実子の顔に命中した。

「うわっ、何だ?」

 はねた水しぶきが彼女の視界を、目を閉じさせることで一時的に遮る。その瞬間、堕天闇のコントロールが乱れる。

「今だ……! チャンスは自分で作る、それだけだ!」

 旋風に鬼火を乗せた。横向きに螺旋を描く炎の渦が久実子に迫る。

「そんなことが……」

 唖然とする花織。精霊光では炎を防ぐことはできない。久実子の体を引っ張って逃げようにも、鬼火も旋風も生き物のように曲がる。

「おああああぁあ!」

 ついに命中した。決定的な一撃が久実子の胸を撃ち抜いたのである。

「く、久実子……!」
「う、うう…」

 その場に倒れた久実子の体は、起き上がろうという動きすらできない。

「許しませんよ、緑祁…!」

 花織は怒った。目の前で久実子がこんな無残な一撃を受けたので、頭に血が上らない方が無理だ。

「消してお終いです!」

 両手を上げてその間に大きな精霊光を生み出す。精霊光は撃ち出したら曲がらないので、上手く当てるコツが三つある。一つは標的が避けられないほど近距離で撃つこと。もう一つは数を多くすること。最後に、周囲ごと飲み込む大きさにすること。

「この距離でこの大きさなら、もう避けられませんよ?」

 今の花織は、内最初と最後を選択した。風呂桶よりも大きな光の玉が頭上に出来上がると、それを緑祁に向けて撃ち出したのだ。

「トドメです。これで光の中に消えなさい!」

 だが、相手である緑祁はあまり焦っていない。

(大丈夫、問題ないよ。精霊光への対処法は、もう考えてある! 霊力が込められているとしても、基本は光! なら曲げることができる!)

 まず、自分の周りに大量の旋風を生み出す。それにはやはり鬼火を乗せてあり、空気をあぶっている。夜なので見えにくいが、景色が歪んでいる。

(空気を熱すれば、陽炎ができる! それは光を屈折させる! これで!)

 確証はない。だから失敗すれば命はないも同然。でも緑祁はそれに賭けた。それを無謀ととるか、それとも勇気ととるか。

「え……?」

 花織は自分の目を疑った。真っ直ぐ放ったはずの精霊光が、自分に近づいてきているのだ。
当然精霊光は普通そんな動きはできないので、これは緑祁の仕業だ。彼は賭けに勝ったのである。旋風で温かくなった空気を微調整し、光の屈折を連続で起こして、精霊光の進む向きを百八十度折り曲げたのである。

「きゃああああああ!」

 花織からすれば、相手に向けて撃った弾が突如自分を襲うようなもの。当たり前だが、逃げる時間などない。自分の精霊光が当たって、彼女の体は吹っ飛んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み