第3話 運命共同体 その1

文字数 4,710文字

「どうする? まずは福井に帰るか? だが【神代】の包囲網が……」

 追われていると勘違いしている病射は、一応魔連神社からは離れた場所に逃げた。しかし土地勘のない場所であるので、どこにいても不安を感じる。

「どこまで来ているのかもわからねーし……」

 とりあえず、今は宝ヶ池の周辺に来ている。交通の便は結構悪く、ここから福井に戻るとなると、かなり大きく動かないといけない。そしてそれは、【神代】に見つかる危険性が高くなる行為だ。すれ違う人が全員、自分を追う者と錯覚する程度には病射の精神面は削られている。

「一先ず、この夜はこの森で過ごすか。あ、熱い……」

 森の中なら、人はいないはず。それに追っ手もこんなところにいるとは想像しないだろう。

「これからどうすればいいんだ、おれは……」

 今の彼に必要なこと、それは冷静になることだった。落ち着いて【神代】に問い合わせて、魔連神社で起きたことを連絡する。そうすれば、事態をちゃんと把握している【神代】は正しい言葉を彼に投げかけてくれる。
 だが、冷静さを欠いている状態なので、【神代】のデータベースにすら、アクセスできない。

「ひっ! わ、ビックリした! 何だカエルかよ…。ゲロゲロ鳴くなら向こうでしてくれ!」

 足元で何かが飛んだ。それに、異常にビクつく。

「木の上に移動するか……」

 近くの木に登って、その上で夜を過ごすことに。幸いにも病射が乗っても折れないくらいには枝が太かった。

「ふう……」

 虫の音を気にせず、カバンを枕代わりにして病射は眠りについた。
 朝になった。目を覚ました病射は木から降り、

「本当にどうする? どこかの神社に駆け込んで、事情を話して……いいや! その時点で【神代】に伝わる! それは駄目だ」

 とりあえず、池の周辺をウロチョロと歩き出した。
 その時、目の前に彼と同じくらいの年齢の少女が現れた。


 孤児院暮らしの朔那には、日課がある。それは散歩だ。孤児院は宝ヶ池の近くにあるので、その周辺を歩く。夏休みになってから、散歩に長い時間をかけられるようになったので、山の中にも入っていける。

「どうやったら、弥和を説得できるんだ? 私一人では左門を殺せる確信がない」

 歩きながら、昨日の会話を思い出してみる。弥和は一度も、朔那の言葉に首を縦に振らなかった。

(最初から、協力する気がないのか? いやでも、今までの調査は手伝ってくれたし……。やはり、実際に手を下すのが怖いのか?)

 同じ痛みを味あわされた者なのだ、絶対に許せないという感情と復讐への思いがあるはずである。しかし弥和は復讐には、前向きではないのだ。

「私一人でも、やってやるか! だがやはり、仲間が欲しいな。一緒に行動してくれるパートナーが必要だ! それこそ私と最後まで行動できる、覚悟の据わったものが!」

 弥和では、行動力が足りていない。パートナーとしては不向きだ。

「【神代】に依頼を出すか? 募集したら?」

 だが、それはできない。何故なら復讐するつもりであることがバレたら、【神代】の方が朔那を捕まえようと動くからだ。依頼を受けようとした相手も、悪事に加担するとなると絶対に断るだろうし何なら密告だってするはずだ。

「駄目か……。何かそこら辺に転がってはないか、手頃な霊能力者が」

 そんなことを考えながら歩いていると、急に頭上の木が揺れた。

「何だ?」

 誰かが向こう側に降りた様子だ。その人物は、朔那の方を向かずそのまま前進していった。

「……! 話を聞かれた?」

 焦った朔那は礫岩を使用し、地面の中に移る。そして回り込んで地上に出る。相手は、同年代の男子だった。


「誰だ、てめーは!」
「聞かれたからには、逃がすわけにはいかないな!」
「んあ? 何言ってやがる? まさか、【神代】か!」
「ほほう。一目で見抜くか!」

 病射の前に現れた朔那。この時はお互いのことを認知していない。だが、戦うべき相手であるということを察知した。
 病射からすると、朔那は自分を捕まえる【神代】の追っ手に見える。
 朔那からすると、病射は復讐の目的を盗み聞きした人物に見える。

「やってやろうか、てめー!」
「自信満々だな、お前? 油断が見えるぞ!」

 後ろに下がる朔那。対する病射はカバンから電子ノギスを取り出した。

「そんなもので、戦う気か! 馬鹿馬鹿しい!」
「言ってろ、クソカス! おれは手加減はしねーぞ! くらいやがれ!」

 一気に電霊放を撃ち込む病射。電子ノギスのその先から、瞬く光が飛び出した。

「電霊放か! だが!」

 朔那には、礫岩がある。それを使って地面の中に潜り込んで電霊放をかわした。

「しまった!」

 いくら命中率重視の拡散電霊放であっても、電気の通らない地面の中にまでは影響しない。

「来る!」

 このまま突っ立ているのはかなり危険だ。そう判断した病射は、近くの木の幹を一気に駆け登る。

「上なら、礫岩も届かないはず!」

 狙うは、朔那が地中から顔を出したその瞬間だ。

(その図々しい顔面に、おれの電霊放を叩き込んでやる!)

 息を潜めて様子を伺う病射。まだ朔那の姿は見えない。彼が乗っている木が勝手に動き始めた。まるで病射ごと地面の中に落ちるかのように、陥没して地面に埋まっていくのだ。

「っは!」

 かすかにする葉っぱがかすれる音で、その動きを察知した病射。

「木綿か! だがな、逆にあぶり出してやる!」

 もちろんこの木から別の木にジャンプするのだが、その前に手で幹に触れる。

(毒厄だ、枯れろ! ついでにあの女も毒で潰してやるぜ!)

 太く大きな木が、病射の毒厄のせいでボロボロになって枯れ、朔那の木綿の影響を脱して彼女が意図していない方向に倒れる。

「出てきやがれ、てめー!」

 しかし、今の毒厄は外れた。木を伝っても朔那に届いていない。
 バシュッと地面から何かが噴き出した。

「岩か! 礫岩ならできなくもないこと!」

 その岩が、病射が掴んでいた木の枝に直撃。大きく揺れたせいで彼の手が離れてしまう。

「やってくれるな……。最初から、おれに当てるつもりはねーわけだ。てめーのフィールド……地べたの腕にさえ降ろせばいいんだからな」

 着地した病射は、覚悟を決める。

(多分、次の一撃が重要だ! あの女が顔を出した時に、おれの霊障が決まらなければ、負ける!)

 だが逆に、自分が勝つ最大のチャンスでもあるのだ。
 大地が揺れた。病射の後ろの地面が開く。

「そこか!」

 そこに電霊放を叩き込む病射。だが、そこから顔を覗かせたのはただの岩だった。

「何、ダミーか!」

 病射を挟んだ反対側から朔那が出てくる。

(まだだ!)

 朔那は木綿で、植物性の手錠を作っていた。それで病射を捕まえる前に、病射が振り向いて、

「そこまでだ!」

 電霊放と毒厄の霊障合体・嫌害霹靂を発現。毒厄をまとった桃色の稲妻がはじけ飛ぶ。

「クソ、やるな……!」

 何発か、朔那に直撃した。

「どうだ、クソ野郎! 拡散するタイプの電霊放は、てめーが今感じたように一発一発の威力は低めだ。だがな、おれの嫌害霹靂は、毒厄が混じっている! その毒がてめーの体を蝕んでいくぜ!」

 かすっただけでも効果のある毒厄だ、直撃したのなら、もう逃れることは叶わない。

「毒厄? そうか、痛みは控えめなのに異常に痺れると思ったら、そういうことか!」
「わかったところで、てめーにはもう敗北しか残ってねーぜ!」
「どうかな?」

 朔那は、黒ずんだ場所……嫌害霹靂が当たったところを撫でた。すると毒厄が、消えていく。

「馬鹿な?」
「確かに毒厄はかなり強い霊障だよな。でも、相手が悪かったとしか言いようがない。私は、薬束が使える……毒厄を無効化できる!」

 それだけではない。礫岩も使える朔那は、病射の電霊放も無効化できてしまう。

(コイツ……! マジにヤベー相手だ! おれの霊障が、通じないだと? 霊障合体すらも、完封できるだと?)

 普通なら、ここで絶望して勝負を諦めて白旗を揚げるだろう。だが病射は、

(コイツを倒さねーと、おれに未来がない!)

 逆に自分を追い込み焚きつける。朔那もそんな病射のことを見ていると、

(油断はしない方がいい! コイツは間違いなく、勝負を最後の最後まで諦めないタイプだ! 有利なのは私の方だが、足を取られると一気に負ける!)

 その覚悟と信念の厚さに驚愕。

「ふ、どうした! 有利なのはてめーの方なのに、今、汗が頬に垂れたぜ!」
「言ってくれるな……! だが私も、負ける気はない!」

 朔那は種を取り出し、それを木綿で成長させて病射に投げる。

(何の植物だ……?)

 それはどうやら、トリカブトらしい。病射の口目掛けて投げつけたのだ。

「効くか、そんなもの!」

 成長しているトリカブトを、電子ノギスで払いのける病射。

「クソ、木綿は通じなさそうだな……!」
「近づいてきやがれ! バチバチにしてやるぜ!」

 電霊放が直流しされれば、それは勝負を十分に決め得る。それは朔那も理解している。だとすれば彼女はできるだけ距離を取って戦うしかない。

「逃がさねーぜ!」

 しかし病射が嫌害霹靂を撃ち出しながら迫ってくる。

「無駄だ! 礫岩!」
「逃げるか、また!」

 岩を飛び出させて、嫌害霹靂を妨げた。だが二発ほど、岩をすり抜けて朔那の肩に直撃した。

「ぐあ!」

 すかさずそこを撫でて、毒厄を薬束で消す。それでも病気と毒にだけ効果がある薬束なので、傷までは治らない。

「このまま何度も何度も叩き込めば、てめーもお終いってワケだな! 相手が悪かった? どの口がそんな間抜け腑抜けなことを嘯いていたか!」
「本気でそう思うか、お前! ならば!」

 ここで朔那は礫岩を使った。地響きが突然起こり、大地が揺れる。

「地震……? い、いやこれは、礫岩か!」

 この付近だけ揺れている。その震度は結構大きく、病射の脚が勝手に崩れるほどだ。立ち上がろうにも足が揺れて正しく動かせない。

「もう動けないだろう? これで安全に、お前を倒せるわけだ。くらえ!」

 野球ボール程度の大きさの石を持ち上げ、病射に投げつけた。

「っぐ!」

 それが額に当たり、血が流れ出る。こんなことをされても彼は立ち上がれない。

「よし、このまま……」

 このまま礫岩で押し切る。そうしようと思った時だ、病射の額の傷が、突然塞がったのだ。

「何をした? 確かにさっき、怪我したはずだが……」
「霊障合体・電心帯(でんしんたい)、だ! 電霊放に慰療の効果を混ぜて、おれの体に流した! それでてめーに開けられた怪我は塞いだ!」

 病射の左腕に巻かれている腕時計。その電力を使って微量の電霊放を自分の体表に流した。それが額に集合し、傷を癒したのである。

「慰療が使えるというわけか! これは泥沼になりそうだな……」

 一気に倒さないと、いつまでも回復されてしまう。

「ああ、そうだぜ。最後まで粘る! そして勝利を掴む!」
「しかし私も、負ける気はない!」

 先ほど朔那がしようとしていた霊障合体を使えば、病射は確実に葬ることができるだろう。だからもう一度、構える。

「終わりだ! 聞いてしまったことを後悔するんだな! 霊障合体……!」
「聞いた? 何のことだ?」
「……あ?」

 しかし、朔那の手が止まる。

「お前……。【神代】の密偵ではないのか?」
「何の話だ? てめーこそ、おれを捕まえに来た追っ手だろ?」
「追っ手? 意味が不明だ……」

 話が嚙み合わない。これに何か事情があると判断した朔那は、一旦礫岩による地震を止めた。病射はその直後に立ち上がったが、電子ノギスをカバンにしまう。

「どうやら、話をまず最初に聞くべきらしいな」
「そうみたいだぜ。おっと、不意打ちすんなよ?」

 一旦山を下りる。
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