第8話 霊鬼起動 その3

文字数 3,296文字

 一口に電霊放と言っても、使い手によって運用法は様々だ。霊気を電気に変換することはできないのだが、電気さえ確保できればそれでいいからである。紫電・改の場合、取っ手に電池を仕込んだダウジングロッドを持っている。琥珀は大きなリュックを背負っているが、その中身はバッテリーだ。そこからコードを伸ばし、半田鏝から放電するのである。

「では、参るでござる!」

 琥珀の方が動いた。半田鏝を紫電・改に向け、放電した。その稲妻は真っ直ぐ伸びたが、避けられない動きではない。紫電・改は横に飛んで回避した。しかしなんと、かわしたはずの電霊放が途中で向きを変え、彼に迫ったのである。

「曲がるタイプか!」

 雷は真っ直ぐに落ちるとは限らない。湾曲する軌道を描くことだってあるのだ。
 避けられないと判断した紫電・改は、受け止めることを選択。

「はっ!」

 ダウジングロッドを☓の字に交差させ、電霊放を受けた。

「………!」

 鋭い電気の痺れが、手から腕、腕から肩、肩から体に伝わる。

「どうでござる? 拙者の電霊放……その味は?」
「悪くはねえぜ。昨日までの俺だったら、負けてた」
「では今日の貴殿なら敗北はないと?」

 聞いている分には意味がわからない理屈だ。でもこの戦いを見ている雪女には、理解できる。

「紫電……。ワザと受けたね? 相手の電気すらも利用するつもりなんだ」

 では今の彼が負けない理由……それは、自分の体に流された電流すらも利用できる点だ。

「っぱ!」

 両手を広げた。するとその先端から、飴色の稲妻が空気中に放たれた。

「も、もしや!」
「その通りだぜ。今のはお前が俺に撃ち込んだ、電霊放! それを一旦体に蓄え、それから放出した! 結構ヒリヒリするが、耐えられないダメージじゃないぜ!」
「そうでござるか……」

 自分の撃ち込んだ電霊放を無力化されたのだが、琥珀は焦りも絶望もしない。

(耐えられなくなるレベルの電霊放を撃てば、解決するだけの問題で候。拙者の勝利は揺るがんでござる、あっぱれ!)

 幸いにもバッテリーを背負っている彼にはできる。霊気を使って一度に放出する電気の量を増やす。

(………これぐらいでいいであろう。はたしてその体で受け止められるかな……?)

 ここでも先に動いたのは琥珀。右と左の半田鏝を全く出鱈目の方向に向け、電霊放を撃つ。不規則に曲がる稲妻だ。

「避けられないでござろう! 黒焦げにしてやるで候!」
「避ける? そんなこと俺は考えちゃいねえぜ」
「ん?」

 先ほどよりも眩い光なのはこの場も誰もがわかる。だから威力が上がっている。

(その、電霊放を避けない……だと? それじゃあ勝てないでござるはずだが?)

 疑問に思った。だが紫電・改は本当に、その場から一歩も動かない。
 あやふやな方向にくねくねと曲がる琥珀の電霊放がいよいよ紫電・改に当たろうという、まさにその時、彼は口を開いた。

「どんなに予測不可能な道筋を通ったとしても、最終的なゴールは同じだぜ! それは、俺の体! 動いても動かなくてもそっちの方から来るんなら、対策はできる!」
「そうか! 貴殿、電霊放で打ち消すきでござろう? しかし残念! それは無理でござるよ。聞く話に貴殿、そのロッドには単三電池が一本。対して拙者の背中には、バイク一台動かすのにわけない電力が貯まっているで候! 威力が違うでござる……」

 これは事実だ。紫電・改と琥珀では、準備している電力量が異なる。そこだけ見れば、琥珀の圧勝なのだ。
 しかし、

「俺は電気の話はしてないぜ? 覚悟の話をしてるんだ! 勝負っていうのは、物理的なぶつかり合いを意味するんじゃねえ……心の強さの比べ合いでもあるんだ!」

 ロッドを回して腕を覆うように持ち、自分の体に電気を流した紫色の電霊放が、紫電・改の体を包み込む。

「無駄でござ……。なっ?」

 その暗黒電霊放のバリアに、琥珀の電霊放は弾かれてしまったのだ。

「そんな馬鹿な? 何かの間違いでござるっ!」

 慌てて彼はもう二発、今度は真っ直ぐ電霊放を撃った。それは紫電・改に直撃するのだが、ダメージを与えられていない。寧ろ彼の体の中に取り込まれたようにすら見える。

「吸収した………?」

 再びロッドを回して先端を突き出すと、紫電・改は叫んだ。

「くらえ! これが俺の……暗黒電霊放!」
「何の! ここで押し負けては、電霊放使いの名が廃るでござるっ!」

 撃ち合いだ。激しく瞬き閃く稲妻がぶつかった。

「んむむむ………!」

 マズい手応えを感じる琥珀。紫色の電気が、彼の飴色の電霊放を押しのけて迫っているのだ。

「済まねえな、琥珀……」

 紫電・改は言う。

「普通なら、電霊放使い同士の戦いだ。そこに真剣になるべきなんだが、俺にはお前を乗り越えて、戦って勝たないといけねえ相手がいるんだ。だから俺はお前を倒すが、それが目標じゃない。俺のゴールはこの戦いの勝利のさらに後ろ側にあるんだ」

 そして、暗黒電霊放の威力を一気に上げる。

「うおおおおおおあ!」

 凄まじい威力の暗黒電霊放に琥珀は吹っ飛ばされてしまった。

「やったぜ!」

 勝利に思わずガッツポーズをする紫電・改。

「勝ったね、紫電……。これで競戦のための課題はクリアした。文句なく挑戦できるわ」

 雪女もそれを思うと、まるで自分のことのように喜びがこみ上げてくる。
 彼女の下に歩き寄る紫電・改。雪女に手のひらを差し出し、

「鏡をくれ」

 要求した。

「はいこれ」

 雪女は頼み通り手鏡を渡した。紫電・改はそれを受け取ると自分の額に当てる。霊鬼を鏡に戻すのだ。

(それができる……そう判断できるってことは、前みたいな悪影響は受けてないってことだ……。紫電、本当に霊鬼はきみのものになったんだ。一番重要なところをクリアしたんだ、もう私は心配ないよ)

 その鏡を返却されそうになったが、雪女は受け取らなかった。

「これはもう、きみのものだから」


「大丈夫か、琥珀?」

 地に伏した彼だが、すぐに立ち上がれる。

「プライドはボロボロでござるが……」

 しかし体は無事だ。

「しかし、強かったでござるな。まさか負けるとは思っていなかったで候」

 と言いながら琥珀はポケットからあるものを取り出した。

「よし、認めよう! 紫電! 貴殿は挑戦権を掴んだでござる! これがその証明!」

 それは封筒だ。紫電はそれを受け取ると中身を確認する。飛行機のチケットとホテルのカードキーである。

「あとは二十日を待つだけでござるな。あっぱれ紫電! 拙者に勝ったのだから、緑祁にも必ず勝つでござる!」
「わかってるぜ!」

 琥珀は冥佳を連れて、帰っていった。


 家に戻った紫電と雪女。

「大丈夫。第一人者の妹が言うんだから間違いはないよ。紫電は霊鬼を使いこなせてる。破壊衝動も感じなかったでしょう? 霊鬼は正常に起動したから。なら、心配することは何もない」

 反省会をしたが、マイナスな単語は何も飛び交わない。
【神代】が派遣してきた空蝉、向日葵、冥佳、琥珀との勝負はそれが練習試合になってくれているので、鍛錬不足も感じない。

「あとはどうするの? まだ予定の日まであるよ?」
「イメージトレーニングだな。霊鬼を制御することを耐えず頭に置いておく! 実戦訓練はもうやるだけやったんだ、体を休めておくぜ」

 気分転換に勤めるのだ。

(待ってな緑祁! 俺はお前に必ず勝つぜ!)


 その知らせは、すぐに緑祁のところにも来る。

「ん、電話だ……」

 番号は【神代】の予備校、新青森支部。高校時代に通っていた場所だ。

「はいもしもし、永露です。……はい、そうですか、わかりました」

 用件だけを伝えると電話はすぐに切れる。

「何だったの?」
「紫電が、四人に勝ったらしいんだ。だから競戦が確定したって」

 香恵は驚いた。

「じゃあ、行かないといけないのね……」
「でもそこまで衝撃じゃないよ」
「どうして?」

 紫電からの挑戦が無効にならないことは薄々わかっていた。

「だって僕のライバルだもん。やると決めたら必ずやる男だよ彼は!」

 この日の内に緑祁と香恵は荷造りを開始する。競戦に必要な命繋ぎの数珠も忘れずにポケットに入れる。

「紫電! 僕だって、負けないよ!」
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