第6話 来襲の行進曲 その1

文字数 4,823文字

 東の空が薄っすらと明るくなっていく。太陽が水平線の向こうから顔を出したのだ。修練はそれと同時に目を覚ました。

「来たか……!」

 仲間たちを起こす。

「朝ですか。早いですね」

 テントを畳みマイクロバスに収納した。それから買っておいた朝食を食べる。

「どこを狙うの?」

 皐が修練に尋ねた。【神代】の予備校は全国に展開しているため、言ってしまえばどこにでもあるのだ。だがその中でも霊能力者の秘密結社、その拠点として機能しているのは、各地方に一個ずつしかない。関東地方の場合は東京都内なので、千葉にある予備校を襲ってもあまり意味はない。

「やはり、東京の本店でしょうか?」
「それは早い。私に考えがある」

 修練は言う。まずは自分たちの力を見せつけよう、と。そのためにもまずは別の場所を強襲する。その方が、ただ復讐するよりも恐怖を与えることができる。

「となると……」

 候補をいくつか考える洋次。千葉には、【神代】の息がかかった病院や寺院、神社がある。

「パッと思いつくだけでも、宵闇宮、外役寺、死神塚、獅子王病院……くらいある。どれにするんだ、修練?」

 先に秀一郎が四か所を挙げた。その内のどれに攻撃をするのか。修練は、

「全てだ」
「おいおい、それは欲張りでは?」
「考えてみろ、洋次。一か所にだけ襲撃しては、【神代】は本丸の守備を固めてしまう。だがあえて寄り道し、色々な場所に攻撃すれば、嫌でも戦力を他の場所に割かなければいけなくなる。それすなわち、本店の守備が薄くなるということだ」

 こちらの動きに勘付かれるリスクこそあるものの、【神代】の主戦力全てを一度に相手するよりははるかにマシだ。

「一番近いのは、外役寺かな?」

 タブレット端末で場所を確かめる結。

「なら、そこに行こう。蒼、頼める?」
「任せて」

 峻に言われ運転席に蒼が座る。

「『月見の会』の者たちはどうする? こんなバスには全員は乗せられないぞ…」
「それなら、私に考えがありますよ、修練さん」

 ここで使うのは、蛭児の蜃気楼だ。蘇った死者全員分の姿を隠ぺいする。

「それも良いアイディアだ。ちょうどいい、洋次、結、秀一郎! 蛭児の護衛をしろ」
「了解した」

 結の礫岩があれば、地面に穴を開けて地下を通ることも選択肢に入る。バスの運転はゆっくりにして、蛭児たちの到着に合わせるように目的地に向かう。

「出発だ。外役寺で合流するぞ」

 修練たちは二手に分かれて、『月見の会』の跡地を出た。


 外役寺には、夏目聖閃が来ていた。

「ふあ~。眠いな……」
「何せ、勝つまでポーカーするとか言い出したからな? 何時に寝付けたと思っている?」

 彼の仲間である霧ヶ峰琴乃も、目を擦りながらそう言った。もう一人の仲間の奥川透子はまだ客間で夢の中だ。
 彼らは本来、関東地方に住んでいるわけではない。だが修練が脱走したという情報を受け、地方から飛んできたのである。

「あの修練が! 今度も絶対に捕まえるぞ!」
「………前に捕らえたのは緑祁だし、そもそも私たちが来た時点でもう事件は終息してなかったか?」
「細かいことを一々気にしていると大きな器は育たねえぞ」

 ただ、千葉に来たのはいいのだが修練に関する情報が全然耳に入らない。だからこうして外役寺に来て仕事の手伝いをし、連絡が来るまで待機しているのだ。宿賃の節約も兼ねている。

「さて作業に戻るか。ええっと昨日はどこまでやったかな」
「昨日はぬいぐるみのお祓いだ、それの続きから。あと御守りの作成、絵馬の準備、おみくじの撤去とお祓い、各種お焚き上げ。午後には隣の神社で厄払いの手伝い、墓地の手入れ、草むしり……」
「琴乃、透子を起こせ! 仕事量が多過ぎる」

 まだ布団の中にいる透子を起こし、万全の態勢で仕事を始める。

「ぬいぐるみって結構人の感情が向けられやすいし、それを吸収しやすい。だから厄介なんだよな。まあ僕にかかればその念を祓うことなど、簡単だがな!」

 ぬいぐるみを一つ一つ手に取って、目を閉じる。形が違えば新品や古びた物もある。それら全てに魂があり、持ち主とのドラマがある。それを邪念に成長させることなく、読経して魂を抜き取って浄化し、黄泉の国へ送るのだ。供養が済み次第、順次お焚き上げをする。

「かわいそうだとは思うが、でも仕方がないことだ。ぬいぐるみは人の心の成長の糧にはなるが、成熟後は必要とされない」
「同情してどうすんのよ! 黙ってやんなさいよ、あんたたち!」

 外役寺の住職は聖閃たちが来た際、これ幸いと大量の仕事を頼んだ。今まで溜めに溜めこんできた大量のぬいぐるみが山積みされている。午前中ずっと作業していても床が見えてこない量だ。
 当然、仕事を代わりにしてくれる彼らに住職は色々サービスをする。食事や寝床の無償提供などがそうだ。だが、

「精進料理はもういい。透子、琴乃! 昼ぐらいは町中のレストランで食べよう。贅沢することも修行だ!」
「わかったわ」

 財布を持って寺院を出ようとした時だ。

「あ? 何だあのバスは?」

 マイクロバスが外役寺近くの道路に停まったのが見えた。

「琴乃! 今日ってここで厄払いの予定あったっけ? 私の勘違い?」
「いや、外役寺では今日の来客はなかったはずだ」

 不審な来客に驚く三人。しかも降りてきた人物を見てさらに驚愕する。

「お、お前は……! 確か、鎌村峻! どうしてここにいる?」

 全身に汗が流れる。それもかなり嫌な汗だ。

「透子、【神代】に連絡を……」

 耳打ちされるまでもなく透子はスマートフォンを取り出し通報しようとしたが、後ろから飛んできた鬼火に弾かれてしまった。

「な、何よ……?」

 振り向くと、さらに仰天する事態が起きている。

「何だこの大勢は? いつからそこにいた? 誰だ、コイツらは……!」

 外役寺の本殿から出てきて一本道、誰ともすれ違っていない。なのに後ろに、大勢の人がいるのだ。もちろんこの大群は、結が地中移動させた『月見の会』の死者たち。足並みを合わせた結果、こうして同時刻に到着できたのである。透子のスマートフォン目掛けて鬼火を飛ばしたのは、一緒に地下から這い出た秀一郎だ。
 目の前に修練の仲間である峻が現れたということは、すべきことはただ一つ。

(修練を捕まえる! それか、情報を得る! だからこそ、アイツらは逃がせない!)

 今、挟み撃ちにされている。それでも希望を見い出し行動に移すことができるところが、【神代】が聖閃たちをエリートと見なして頼りにしている点だろう。

「琴乃、後ろは任せたぞ。僕と透子が、あのバスにいるだろう修練を捕まえる!」
「わかったわ!」
「了解した!」

 前に出る聖閃と透子。同時に霊障を使う。

「くらえ、電霊放!」

 手を擦って静電気を生じさせ、その小さな電力を霊力で何十倍にも増幅させ、前方に撃ち出す。相手は今、峻一人だけだ。

(集束電霊放だ! これで撃ち抜く!)

 しかしその速い判断が仇となった。峻は懐からあるものを取り出した。それは藁人形だ。

「グウウウウウウ!」

 撃ち込んだはずの電撃が、逆に呪縛のせいで聖閃に跳ね返る。左腕が痺れた。

「透子、行け! アイツから藁人形を叩き落とせ!」
「任せなさい!」

 足並みが合わなくなったが、それでも透子は前に出た。接近戦に持ち込めば、相手の体に触れて毒厄を流し込める。それに透子には蜃気楼もあり、

(霊障合体・不知火!)

 温度だけは感じる偽りの炎を繰り出した。峻はそれに藁人形を向けたが、

「おや?」

 焼かれても透子にダメージが行かない。

「なるほど、霊障合体を使ったな……。だったら!」

 近づいて来る相手に対し、あえて自分も足を前に動かす峻。透子は蜃気楼で自分の分身を四体は映し出している。

「さて、どれかな。吐かせてやるよ」

 持っている藁人形を使った。これに鉄砲水を流し込む霊障合体・入水を行えば、

「うっぐ! えええええ!」

 喉の奥から大量の水が突如出現したため、全部吐き出す透子。溺れる寸前、ギリギリだった。溺死は避けられたものの、吐き出した水のせいで本物がバレてしまう。

「くっ! コイツ……! 藁人形さえなければ雑魚のくせに!」
「お次は何をしよう?」

 手のひらに応声虫で虫、トノサマバッタを生み出す。それに藁人形を食べさせる。

「霊障合体・侵食! さあ、食べられ千切られてしまえ!」
「あああ、ああ!」

 食われていく感覚が、全身に走る。皮膚が髪の毛が、勝手に体を離れていく。

「このクソカス! なんてことをするのよ!」
「おっと!」

 痛みを我慢して駆け寄ってくる透子に対し、峻は乱舞で藁人形を捻る。霊障合体・地獄万力だ。それが衝撃となって透子を襲った。

「ぎゃああああああああああ!」

 足に激痛が走ったのだろう、彼女は立っていられず地面に跪いた。だがその直後、彼女の頭上を稲妻が飛び、峻の額に当たった。

「ぐはっ、やられた! 何だ今のは!」
「僕のことを忘れているんじゃないのか、お前は?」

 聖閃だ。痺れから立ち直り、倒れ込む透子の陰に隠れて電霊放を撃ち込んだのである。流石に今の一撃には、峻は反応できなかった。

(二対一だが、非常に余裕そうな顔をしてやがる! それは己の強さが故か、それとも!)

 何か、切り札……それも自分以上の力が隠れているのだろう。そしてそれは、きっと修練だ。聖閃はプレッシャーでわかった。
 そしてその切り札を、峻は惜しみなく繰り出してくる。

「修練様……」

 いいやこの場合は、修練が痺れを切らして自ら出てきたと言った方が正しい。

「何を手間取っている、峻?」

 彼が出て来ると峻は、藁人形を捨てて後ろに下がった。

「出やがったな、修練! 今度は捕まえてやるぜ!」

 構える聖閃と透子。峻との戦いで少し疲れたが、今一気に力が蘇った。聖閃は木綿と電霊放の合わせ技である、深緑万雷を準備する。透子の方は鬼火に毒厄を混ぜて酸化炎を繰り出した。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 雄叫びを上げ、気合も持ち合わせて霊障合体で攻撃する。これが通れば、修練をダウンさせて確保することができる。そう確信するくらいには二人の霊障合体は強力だし、妨害も今のところは特にはなかった。

「甘いな……」

 片手を挙げて手のひらを二人に見せる修練。そこから、鉄砲水が勢いよく飛び出した。

「んな………!」

 膨大な量だ。まるで巨大なバケツに入った水を一気にぶちまけられたかのような洪水で、二人は瞬時に押し流され、境内の木の幹に叩きつけられた。

「殺しはしないのですか?」
「ここでアイツらの命を奪えば、私たちのことを【神代】に報告する者がいなくなってしまう。それは困るからな」

 その水の勢いは聖閃と透子を越えて、琴乃の方にまですぐに迫った。

「何だこれは?」

 反応に遅れた彼女も津波に飲み込まれ、本殿にぶつけられた。

「あ、危ない……」

 その一撃は、琴乃と戦っている洋次や結、秀一郎たちをも洗い流そうという勢いだった。間一髪、結が『月見の会』の死者を礫岩で再び地下に隠しさらに秀一郎が木綿で大樹を成長させその太い枝の上に避難できたので、無事だった。

「戦いは済みましたか?」

 修練が唯一鉄砲水を逸らしたため、蛭児は濡れもしなかった。

「ああ。本殿は……燃やす」

 残虐性を見せなければ、【神代】に恐怖を与えること……自分たちが本格的に【神代】を攻撃しようという意志を伝えることはできない。そう判断した修練は空気を思いっ切り吸い、両手を合わせて隙間を少し作ると、外役寺の本殿目掛けてそこから鬼火を放射した。ちょっと炎に曝されただけで、すぐさま炎上する外役寺。坊主が逃げまどっている。

「これでいいだろう。放っておく、それでいい。勝手に私たちのことが、【神代】に伝達されるはずだ。次に行くぞ」

 修練の言う通り、数十分後に意識を取り戻した聖閃たちは、

「修練が外役寺を焼き討ちしたぞ! 他の場所も狙われるかもしれない!」

 ということを【神代】に報告していた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み