第7話 謀反の狂想曲 その1

文字数 3,805文字

 最悪な報せが次々と耳に入ってくる。

「紫電、獅子王病院ってわかるかい?」
「んあ? あの個人でやっている病院だろう? 開業医の割には結構大きいらしいぜ。【神代】の裏稼業にも精通しているとか」
「そこが………」

 一昨日、死神塚が襲われた。そして昨日の夜、その病院がやられた。神輿育未、八百万由梨、氏子絢萌の三人が警備していたが、突破されてしまったと言う。殺されはしなかったが、病院は全焼。

「もう、すぐそこまで来ているのかもしれねえな」

 緑祁は紫電と【神代】の本店である予備校のフリースペースでコンビニ弁当を食べていた。雪女はジュースを飲みながら、横で話を聞いている。
 香恵が彼らのテーブルに戻って来た。

「富嶽さんがいない時に……。タイミングが悪すぎだわ」

 それだけではない。長治郎の懐刀である里見可憐も、富嶽の護衛として彼と一緒に沖縄に行ってしまっている。【UON】との会談があるらしく、終わるまでは戻って来れないとのこと。

「前に出会った、あの四人組は? 大神岬とか、いたじゃん?」
「駄目だ。アイツら、霊怪戦争にも無関心だったからな。今回も言われた通りに動くわけねえぜ。霊能力者大会に参加したのは気まぐれだったんだろうな」

 緑祁と香恵には、命令があった。修練たちが本拠地として使っていただろう廃旅館の調査だ。それはもうとっくに終わっている。しかし【神代】は、

「戻ってくる可能性もあるかもしれない」

 と言い、その場に残ることを指示された。でもそれは病射と朔那と弥和が引き受けてくれたので、緑祁と香恵はこうして本店に戻って来たのだ。

「できれば僕が、修練を止めたい」

 そんな意思を持って。
 だが緑祁に与えられた任務は、全く違うものだった。

「青森に戻れ」

 二年前に修練が事件を起こしたのは、彼の故郷でもある青森だった。だからそこに向かう可能性も捨て切れない。

「【神代】の本店の防衛をさせてもらえないのですか?」

 と反論したが、

「もしもお前の故郷であり現住所でもある青森を襲われたら、誰が守るんだ? 緑祁、辛いのはわかるが、頼む! どうしても!」

 長治郎に頭を下げられたので、頷くしかなかった。食事を終えたらもう出発だ。

「じゃ、僕らは行くよ」
「おう、わかったぜ。俺らはもうちょっと寛輔の話を聞いてみる」

 フリースペースを出て入り口に向かう緑祁と香恵。紫電と雪女は近くの病院に隔離されている寛輔に会いに行く。

「何もわからないかもしれないけど、何もしないよりはマシね。寛輔に連絡しておかないと。何も知らせずに尋ねるのは、マナー悪いよね」

 スマートフォンをいじり、訪問することを伝える雪女。雪女は寛輔と話したことはないが、緑祁に計画を教えてまでして仲間を止めたかった彼ならきっと話してくれるだろう。


 緑祁と香恵が青森に戻り、そして紫電と雪女が【神代】の本店から離れたこの日の夜。

「手を抜くな! 修練たちは段々とだが、確実に近づいておる!」

 皇の四つ子が本店の警備を担当していた。彼女たちだけではない。東花琥珀とそのチームに加え、その他大勢……できる限り集めた精鋭の霊能力者たちがガードについている。
 予備校には予定を変更させ、講義を切り上げさせた。その上で塾生たちは日が暮れる前に帰らせている。それは霊能力者ではない講師たちも同じ。【神代】の主な護衛対象である一般市民に被害は絶対に出せない。
 既に無人となっている予備校だが、【神代】のニホンザリガニのシンボルマークのネオンサインは光っていた。これは、ここに誰もいなくてもこの場所こそが【神代】の概念……その象徴であることを意味している大事なマークだ。手を出させるわけにはいかない。

「予想される敵の勢力はどれくらいじゃ?」
「目撃証言に基づけば、百にも満たぬ」

 ここにいる霊能力者の数は、そこまで多くはない。だが実力者が集まっている。
 緋寒はみんなの前に立ち、

「よいか、皆の衆! この【神代】の本店だけは、絶対に守らねばならぬのじゃ! たとえ命に代えてでも……刺し違えても、絶対に! 修練とその仲間たちを捕まえる!」

 発破をかけた。その直後のことだった。男の声が、緋寒の後ろ……つまり味方陣営の前から聞こえたのである。

「こんな夜中に、随分と賑やかだな」

 それはかなり落ち着いた声だった。どこか悲しさを含みつつも聞きやすい発音でもあった。
 反射的に緋寒は振り返る。するとそこには男が一人立っていたのだ。

「て、天王寺……修練!」

 間違いない。初対面ではあるが、あの顔は資料を何度も読み込んで頭に叩き入れた。
 よく見ると、修練の後ろには大勢の人がいる。

(ど、どうやって? わちきたちに気づかれずに、ここに集結できたのじゃ? この大人数、霊能力者どころか一般人や監視カメラの目すらくぐり抜けることはできぬはず…?)

 わからない。しかし彼女はそれを口にはせず、頭の中で考えただけに留めた。逆に口から出た発言は、違った。

「悪びれることもなく【神代】に反旗を翻すとはな……。愚かなことじゃ。そなたが賢明な人物であれば、過ちに気づくことも……いいや起こさないことすら、できたはず!」

 緋寒は当初、修練と話し合う気など持っていなかった。【神代】を攻撃すること自体、許せない行為だから、言葉が通じるわけがない。だが修練の声を聞くと、何故か会話したい衝動が生まれたので、尋ねた。

「何故じゃ? 何が気に食わぬ? 一体どんな原因が、そなたにあるというのじゃ?」

 行動の原動力になっている感情と、その根源を知りたい。解決して仲直りという結果は絶対に待ってはいないが、不満があるなら解消するべきだ。
 修練は、

「許せないだけだ」
「誰のことが? 何のことを?」
「それは、私自身だ……」

 それだけ呟いた修練。光を失った彼の瞳の奥にあるのは、闇の感情だ。その先を理解するのは危険だと判断した緋寒は、今なら情に流されず任務に戻れると思い、

「正直に話す気はない、というわけじゃな?」
「そうだな。少なくとも君には、理解できないだろう」
「ならば! ここで捕まえるまで!」

 緋寒が構えると、後ろの仲間も全員臨戦態勢に移る。

「いいだろう、皇の四つ子……。君たちの相手は私だけが、しよう」
「大した自信じゃな? わちきたちを甘く見れば、後悔することになろうぞ!」


「う、わわ……」

 寛輔は紫電と雪女に呼び出された場所に来たのだが、そこはかなりの高級レストランだった。あまりにも場違い過ぎて、入り口に立つことすら躊躇ったくらいである。オロオロしていると中から紫電が来て、

「おいおい! 到着したんなら入らねえと! さ、来いよ。席はもうとってあんだぜ」
「はい…」

 強引にレストランの中に案内された。奥の角部屋だ。そこに雪女が既に座っている。テーブルにはコース料理が並んでいた。

「何か食べたい料理、あるか?」
「別に、ないです……」

 メニュー表の受け取りを拒否すると、寛輔はコップに注がれた水を一口飲んだ。冷たい感覚がゴクリと喉を通る。少し落ち着きを取り戻したら、自分に運ばれてきた魚料理も食べ始めた。

「料金は気にすんな。全部俺たちのおごりだ。その代わりに知っていることを全部、話してくれ。もう何度も聞かれているだろうが、もう一度頼む。是非ともお前の口から、聞きたいんだ」

 それは、起こった出来事をただ教えろという意味ではない。寛輔の感覚も含めて話せ、ということだ。少しでも抱いた違和感、怪しい態度や言葉などを逐一全て。それを紐解くことが、事件の解決に繋がると紫電は確信している。

「ゆっくりでいいよ。言いづらいこともあるだろうから、自分のペースでお願い」

 雪女もだ。無理に焦らせる必要はない。寛輔には何の罪も責任もないのだから。

「………確か、三月の半ばくらいにあの四人組が孤児院に来たんだ」

 しかし寛輔は先月の出来事を話し始めた。あの日、首都圏の大学に進学している洋次も福島の孤児院に帰省していた。そのタイミングを見計らったかのようだった。持ちかけられた話は、【神代】への復讐だった。洋次、秀一郎、結は、その話に乗ることを選んでしまう。前から【神代】のことを心地よく思っていなかったからだろう。だが寛輔は、どうしても素直に頷けなかった。ただ、仲間のことも心配だったから、無視することもできずについて行くことに。

「結果、直前になって緑祁のところに僕は行ったんだ。もっと早く伝えていれば、こんなことには……」

 彼は後悔している。孤児院の仲間は【神代】に手配され、しかも精神病棟から逃げ出した霊能力者が【神代】へ攻撃をしている。止められる立場にいながらそれができなかったことに、自責の念がある。

「気にすんな。もう過ぎたことを悔やんでもしょうがねえぜ。今からできること変えられることについて考えよう」

 もっと話を聞こうと考えた紫電は、新たに肉料理とコーヒーを注文。雪女もメモ帳を取り出しボイスレコーダーも起動した。
 その時、マナーモードのはずの紫電のスマートフォンが音を出し鳴り出した。

「むむっ!」

 この着信音は、滅多に鳴らない。【神代】からの緊急伝達だ。すぐにポケットから取り出しその場で電話に出る。

「はい、もしもし? ……え? 敵襲だと?」

 どうやらのんびりと食事をしている暇はないらしい。すぐに荷物をまとめ料金を支払い、レストランを出なければいけない。
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