第5話 犯された禁忌 その3
文字数 2,292文字
正午には、長崎に到着した。
「場所はわかっている。そこはかつて、偽者の緑祁が凶行に及んだ場所だ――」
慰霊碑は既にない。聞く話によると、未だ制作中であるらしい。まじないを込めて作るので時間がかかるのだとか。
「夜まで待つ?」
「そんなに呑気にはしておれん! さっさと済ませて東京に戻る! なあ、緋寒?」
「……ん、ああ。でも、やはり幽霊が活発に動くのは夜じゃ。昼間は霊気も感じにくい。【神代】から催促はされておらんし、ちょっと待ってもいいかもな」
紅華に聞かれた緋寒は、自身の信念に反した答えを言う。
「……そうか? なら明日でも良いのか? どうせ一日二日の違いなんて大きくはないんだし、念には念を入れてみるか」
そしてその主張が、通ってしまった。
(やはり、訂正するべきか?)
監視役として、どうするべきか。それ以前に人としてはどうか。
(大丈夫じゃ、何も問題はない)
自分に言い聞かせた。監視はできている。それに【神代】の方から、早く戻って来いとも言われてない。だから自分の判断は間違っていないのだ、と。寧ろ、真実の究明には時間を費やすべきなのだとも。
そうして夜、慰霊碑の跡地を訪れた十人。
「おい、誰かいるぞ?」
範造が真っ先に気づいた。
「まさか、蛭児?」
そう疑ったのは、雛菊。しかし赤実が、
「ああいう体型ではなかったはずじゃ」
と言ったので違うらしい。
「変じゃな……。そなたたちも、そうは思わぬか?」
「どう?」
話を振られた雛臥は、ちょっと考えてみる。
「『橋島霊軍』って、霊能力者の間で有名……ではないよね。だって明治時代に潰えたんだし、『月見の会』と違って霊怪戦争を起こしたわけでもない。相当民俗学とかに精通してなきゃ、知らないんじゃない?」
「だったら、どうして訪れる人がおる?」
しかもこんな夜中にだ。これは明らかに不審。
離れて様子を伺う絵美だったが、
「でもここで待っていては、何も証拠を探せないわ! 私は、行くわよ!」
前に出た。
「ねえあなた、何かし…………」
そしてその人物に話しかけた瞬間、言葉を失った。
「きゃああああ!」
その人には、生気がない。逆に死人特有の霊気を感じるのだ。
「ううう……」
苦しそうな声を出しながら、絵美の顔を睨みつけている。よく見ると服装もだいぶ古く、今風ではないのだ。
「どうした、絵美!」
すかさず骸が駆け付ける。
「何か、されたのか!」
「ち、違うわ! でも………」
なんて表現したら良いのか、それがわからない。そしてそれは、骸も同じだ。
「おいお前、何者だ! どうしてここにいるんだ?」
「ううう、うう…」
うめき声でしか返答がない。明らかに意思疎通ができない相手。
(どうなってやがる? これ、幽霊なのか?)
もしそうなら、全て説明がつく。よく見ると冬だというのに、吐く息が白くない……そもそも呼吸をしておらず肺が膨らんだりしぼんだりしてない。
「どうしたんじゃ、二人とも」
緋寒も来る。そして、
「これは、何じゃ? 幽霊……なのか?」
決めることができない。生気のないこの者は、生者ではないはず。しかし一方で、概念としてではなくちゃんとこの場所に存在している。歩けば音がするし、動けば空気も揺れるのだ。
(ここまで実体化した幽霊、ということか?)
あり得ない話ではない。現に今まで彼女は、そういう幽霊をたくさん見てきたし、いっぱい祓った。
だが信じられないことが、次の瞬間に起こる。
「離れろ!」
範造が機傀で生み出した槍をソイツに投げたのだ。それは胸を貫通したのだが、その時に赤い液体が飛び散った。
「血……?」
ただ、赤いとは言っても血液のような色ではない。腐ったような色なのだ。
「うううう…」
そして槍が刺さったというのに、それに苦しんでいないように見える。ゆっくりと絵美に近づいて、手を伸ばしてきた。
「い、嫌ぁ!」
その指に触れた時、絵美は感じ取れなかった。体温を。死んだ人のようにソイツは冷たいのだ。
「い、い、い……。生きてる人じゃないわ、これ!」
「死んでるとでも言いたいのか、絵美?」
呼吸がない。痛覚もなく、温度もない。それはゾンビのような存在だったのだ。
「だから離れろって言ってるんだ、貴様ら!」
範造が、絵美とソイツの間に割って入る。
「心当たりがあるのか、そなたには?」
「………ああ。これはな……」
かつて、【神代】のトップが標水だった時代のことだ。範造はとある処刑を請け負った。内容は暗殺。もはや生かしておけない罪人がいるから、命を奪えと命じられた。
その時に、目にしたことがある。そのターゲットは何やら赤い石を使って、墓地で霊気を解き放った。すると、地面の下から人の形をした何かが出現したのである。
この次の日の別の場所で仕事には成功するのだが、あれは何だったのか。気になった彼は【神代】に聞いてみた。
「それは、間違いない。禁霊術『帰』だ」
「禁霊術……」
【神代】において、絶対に行ってはいけない呪い。ターゲットはそれを犯していたのだ。
今目の前にいるソイツは、その時に見た、蘇った人によく似ている。
「死者だ! 甦った死人だ!」
「はい?」
理解が追いついていない絵美と骸。
「禁霊術というわけか?」
緋寒は納得し聞き返した。
「ああ、そうだ。黄泉の国から現世に帰って来た、正真正銘の死者蘇生……」
幸いにも、この生き返った亡者の戦闘力は高くはない。だから範造が機傀と鬼火の霊障合体である、ドロドロに溶けた金属を浴びせる融解鉄 ですぐに排除できた。
「すぐに【神代】に知らせた方がいい。これは間違いない、禁霊術だ。禁忌が犯されてしまったんだ………!」
「場所はわかっている。そこはかつて、偽者の緑祁が凶行に及んだ場所だ――」
慰霊碑は既にない。聞く話によると、未だ制作中であるらしい。まじないを込めて作るので時間がかかるのだとか。
「夜まで待つ?」
「そんなに呑気にはしておれん! さっさと済ませて東京に戻る! なあ、緋寒?」
「……ん、ああ。でも、やはり幽霊が活発に動くのは夜じゃ。昼間は霊気も感じにくい。【神代】から催促はされておらんし、ちょっと待ってもいいかもな」
紅華に聞かれた緋寒は、自身の信念に反した答えを言う。
「……そうか? なら明日でも良いのか? どうせ一日二日の違いなんて大きくはないんだし、念には念を入れてみるか」
そしてその主張が、通ってしまった。
(やはり、訂正するべきか?)
監視役として、どうするべきか。それ以前に人としてはどうか。
(大丈夫じゃ、何も問題はない)
自分に言い聞かせた。監視はできている。それに【神代】の方から、早く戻って来いとも言われてない。だから自分の判断は間違っていないのだ、と。寧ろ、真実の究明には時間を費やすべきなのだとも。
そうして夜、慰霊碑の跡地を訪れた十人。
「おい、誰かいるぞ?」
範造が真っ先に気づいた。
「まさか、蛭児?」
そう疑ったのは、雛菊。しかし赤実が、
「ああいう体型ではなかったはずじゃ」
と言ったので違うらしい。
「変じゃな……。そなたたちも、そうは思わぬか?」
「どう?」
話を振られた雛臥は、ちょっと考えてみる。
「『橋島霊軍』って、霊能力者の間で有名……ではないよね。だって明治時代に潰えたんだし、『月見の会』と違って霊怪戦争を起こしたわけでもない。相当民俗学とかに精通してなきゃ、知らないんじゃない?」
「だったら、どうして訪れる人がおる?」
しかもこんな夜中にだ。これは明らかに不審。
離れて様子を伺う絵美だったが、
「でもここで待っていては、何も証拠を探せないわ! 私は、行くわよ!」
前に出た。
「ねえあなた、何かし…………」
そしてその人物に話しかけた瞬間、言葉を失った。
「きゃああああ!」
その人には、生気がない。逆に死人特有の霊気を感じるのだ。
「ううう……」
苦しそうな声を出しながら、絵美の顔を睨みつけている。よく見ると服装もだいぶ古く、今風ではないのだ。
「どうした、絵美!」
すかさず骸が駆け付ける。
「何か、されたのか!」
「ち、違うわ! でも………」
なんて表現したら良いのか、それがわからない。そしてそれは、骸も同じだ。
「おいお前、何者だ! どうしてここにいるんだ?」
「ううう、うう…」
うめき声でしか返答がない。明らかに意思疎通ができない相手。
(どうなってやがる? これ、幽霊なのか?)
もしそうなら、全て説明がつく。よく見ると冬だというのに、吐く息が白くない……そもそも呼吸をしておらず肺が膨らんだりしぼんだりしてない。
「どうしたんじゃ、二人とも」
緋寒も来る。そして、
「これは、何じゃ? 幽霊……なのか?」
決めることができない。生気のないこの者は、生者ではないはず。しかし一方で、概念としてではなくちゃんとこの場所に存在している。歩けば音がするし、動けば空気も揺れるのだ。
(ここまで実体化した幽霊、ということか?)
あり得ない話ではない。現に今まで彼女は、そういう幽霊をたくさん見てきたし、いっぱい祓った。
だが信じられないことが、次の瞬間に起こる。
「離れろ!」
範造が機傀で生み出した槍をソイツに投げたのだ。それは胸を貫通したのだが、その時に赤い液体が飛び散った。
「血……?」
ただ、赤いとは言っても血液のような色ではない。腐ったような色なのだ。
「うううう…」
そして槍が刺さったというのに、それに苦しんでいないように見える。ゆっくりと絵美に近づいて、手を伸ばしてきた。
「い、嫌ぁ!」
その指に触れた時、絵美は感じ取れなかった。体温を。死んだ人のようにソイツは冷たいのだ。
「い、い、い……。生きてる人じゃないわ、これ!」
「死んでるとでも言いたいのか、絵美?」
呼吸がない。痛覚もなく、温度もない。それはゾンビのような存在だったのだ。
「だから離れろって言ってるんだ、貴様ら!」
範造が、絵美とソイツの間に割って入る。
「心当たりがあるのか、そなたには?」
「………ああ。これはな……」
かつて、【神代】のトップが標水だった時代のことだ。範造はとある処刑を請け負った。内容は暗殺。もはや生かしておけない罪人がいるから、命を奪えと命じられた。
その時に、目にしたことがある。そのターゲットは何やら赤い石を使って、墓地で霊気を解き放った。すると、地面の下から人の形をした何かが出現したのである。
この次の日の別の場所で仕事には成功するのだが、あれは何だったのか。気になった彼は【神代】に聞いてみた。
「それは、間違いない。禁霊術『帰』だ」
「禁霊術……」
【神代】において、絶対に行ってはいけない呪い。ターゲットはそれを犯していたのだ。
今目の前にいるソイツは、その時に見た、蘇った人によく似ている。
「死者だ! 甦った死人だ!」
「はい?」
理解が追いついていない絵美と骸。
「禁霊術というわけか?」
緋寒は納得し聞き返した。
「ああ、そうだ。黄泉の国から現世に帰って来た、正真正銘の死者蘇生……」
幸いにも、この生き返った亡者の戦闘力は高くはない。だから範造が機傀と鬼火の霊障合体である、ドロドロに溶けた金属を浴びせる
「すぐに【神代】に知らせた方がいい。これは間違いない、禁霊術だ。禁忌が犯されてしまったんだ………!」