第5話 犯された禁忌 その2

文字数 3,734文字

 高知の『この世の踊り人』の慰霊碑に着いたのは、この日の夜のことだ。

「サプライズなんて思わなければよ、こんなことにはならなかったのかもしれないな……」

 骸は言う。最初から絵美たちに、自分たちが来ることを伝えていれば、と。

「確かにそうね。私か刹那のどちらかさえ話を聞いていれば、この付近に慰霊碑があることは教えられたわ」

 格好つけた結果の墓穴だ、逆にダサい。

「んで、この辺だよね骸? 僕たちが壊してしまったのって」
「ああ」

『ヤミカガミ』の時と同じように、そこには何もない。慰霊碑の残骸は回収済みで、何かが置いてあったことだけが周りの地面との色の違いでわかる程度である。

「おっ!」

 ここでは全員が、気づいた。紅華は腕時計を見て時刻を確認している。日は既に落ち、幽霊の時間が訪れているのだが、どういうわけか付近に霊がいないのだ。

「『ヤミカガミ』の時と同じ? それはかえって変じゃ。仮に、【神代】に滅ぼされた霊能力者に怨みがないとしよう。それが『ヤミカガミ』であったとしよう。同じことが、こんなに離れておる『この世の踊り人』にも起こり得るのか?」

 二つの集団が滅んだのは、明治の話だ。今よりも通信が発達していない時代、連絡の一つ通すことすらも一苦労のはずだ。それに『ヤミカガミ』も『この世の踊り人』も、秘密裏に設立された集団である。だからお互いのことを知っていたかどうかも怪しい。
 そんな二つの集団の霊が、同じ結末……【神代】に特に恨みはなく、成仏することを選ぶとはとても思えない。

「確かさ、もう二つあったよね?」
「『橋島霊軍』と『月見の会』である。【神代】に滅ぼされ、歴史から闇に葬られた秘密の組織――」

 その二つは、どうなっているのだろう?

「行ってみる? 明日?」
「おいそなたたち! まだわたしらを引っ掻き回すつもりか? もう時間が来てもおかしくはない。大人しく神保病院に戻るのが……」
「あと一回ぐらい、いいだろう? そこんところ、融通利かせろよな? 俺は許可する!」
「イマのままじゃ、チュウトハンパなキブン。ワタシもシりたい。どうしてこのジケンに蛭児がカラんでいるのか、は」
「だからそれは四人の思い込みで……」
「チガうとオモう」

 雛菊は朱雀に反論。

「俺たちからすれば、どうして貴様ら四人が蛭児に責任を擦り付けようとしているのかがわからない。これがさ、俺と雛菊、そして皇の四つ子との間ならわかるぜ? だって仲悪いもの。でも貴様らは違うだろう?」

 絵美たち四人は今までに蛭児と関りを持ったことがない。彼の名前は、この一連の事件の発端……最初の依頼の時に初めて知ったぐらいだ。多分蛭児の方もそうなのではないだろうか? だとすると絵美たちと蛭児の間に因縁はなく、互いに陥れようという思いも芽生えないはず。

「やはり真実を見つけるには、その何かを暴く必要がある! そして【神代】は真実の究明の方が重要だと判断して、四人に猶予を与えたんだ。行くべきだ!」
「そうよ。イってタシカかめてからセイシンビョウトウにハイっても、ショケイされてもオソくはない」

 幸いにも今十人は四国にいる。ここからなら、長崎の『橋島霊軍』の慰霊碑の方が近い。

「どうする、緋寒? このままじゃ、あの汚い処刑人たちに主導権を握られたままじゃ…」
「なら墓穴を掘るまで待つ。わちきも、【神代】の思惑には逆らえん。犯人よりも真実を求めておるなら、悔しいが行くべきと思うが……」


 何とか皇の四つ子を説得し、この日は高知のホテルに泊まる。

「逃げることは考えぬことじゃな」
「できるわけないでしょう!」

 ただし、部屋はダブルを五つ。範造と雛菊は同じ部屋。監視のために絵美は緋寒と、刹那は紅華と同じ部屋だ。

「安心しなよ。俺は添い遂げたいと思う人とじゃなきゃ、その気にはならないから」
「なったら通報するだけじゃ。わたいのベッドに近づいたら、警察に突き出す。覚えておれ」

 骸は赤実と、そして雛臥は朱雀と。

「僕はそういう下心ないから……」
「どうだか。人間と言えども獣じゃ、それに今は容疑者。信用できる材料がない」

 文句を言いつつも見張るために、避けることはできない。骸と雛臥も、自分たちよりも強そうな皇の四つ子を完全に敵に回したいとは思っていないし、だいいち逃げる意思がない。

「ふう……」

 絵美はベッドに腰かけると、ため息を吐いた。短い期間に結構な距離を移動しているのだから、疲れが溜まる。

「いい加減、諦めたらどうじゃ?」

 側に緋寒が座り、そんなことを投げかけてくる。

「蛭児はおらんし、慰霊碑の跡地に行っても彼が関係しておるという証拠もない。これで無実を証明するのは、不可能に近いこと。そもそもそなたたちが慰霊碑を壊したことはどうやっても動かせんし……」

 もし緋寒が絵美たちと同じ立場だったら、早々に諦めていると言う。仮に無実のための奮闘が許されたとして、手掛かりが全く掴めていないのでは、士気も低くなるだけ。
 だが絵美の目は、まだ輝いている。その瞳の奥には、水が唸るように渦巻いているのだ。

「昔の私だったら、多分容疑をかけられた時点でギブアップしてるわね」
「じゃあ今のそなたには、何か……諦めない源がある、というわけか?」
「そうね………」

 ちょっと前のことを彼女は思い出していた。
 四月の出来事だったと思う。【神代】に命令を言い渡され、青森に行った。そこで出会った。

「緑祁……。彼は見た目、弱そうな人だったわ。でも、決して心を折らないの。あの時は刹那とちょっとしたゲームをしたけど、不利だったのにそれに勝ったし……」
「ああ、緑祁か。わちきもよく覚えておる」

 ゴールデンウィークのことを緋寒は思い返した。慰霊碑を破壊したという報せがあり、東京から飛んで長崎に来た。その病院で、彼と出会った。

「わちきがこんなことを言うのは変かもしれん。じゃが、妙に心が強いヤツだった」

 だから、印象に残っている。まず、自分の偽者を自分の手で倒すと言った。それはやめろと緋寒は言ったはずだが、意見を変えない。寧ろ自分が倒すべき相手だと言われた。その覚悟を評価され、偽者と対峙する許可が下りた。そして実際に偽者を倒したのである。さらに好意を抱いている人と全く同じ姿、心を持った偽者すら、自分の手で葬ってみせ、本物の藤松香恵を目覚めさせたのだ。
 普通の男だったら、そんなに肝は据わっていない。

「何か、こう……。自分の道は自分で切り開くタイプ? そういう感じの人じゃったな」

 だから、絵美もそれに感化されたのだと言った。

「私も、緑祁みたいなことができないかなって。自分の無実は自分で証明してみせるわ! 絶対に蛭児を捕まえて、【神代】に突き出してやるんだから!」

 良い影響を与えられた彼女は、彼に習いたいと思った。同い年の緑祁にできて、自分たちにできないわけがないはずだ。そして今回の事件は、それを試されているんだと認識している。
 その覚悟を聞いていた緋寒の心境は複雑だった。【神代】の監視役として、常に中立でなければいけない。でもこの話を聞いたら、一個人として応援したくなる。だから、

「せいぜい頑張るのじゃな。わちきたちはそなたたちが無実を勝ち取るその時まで、側におるぞ」

 遠回しにエールを送る。

「ええ、頑張るわ!」

 皮肉にも聞こえそうな言葉だったが、絵美はその真意を受け取り、頷いた。

(何故今、わちきは応援したんじゃ? そして絵美の表情を見て嬉しく思ったんじゃ?)

 本当に真犯人がいたとしてもだ、絵美たち四人が慰霊碑を壊した事実は覆しようがないこと。彼女たちもまた立派な心霊犯罪者であるはずだ。
 きっと心が揺れたのは、覚悟が眩しかったからだろう。ならその思いの根源はどこだ?

(わちきも、緑祁に影響されておるのかな? 絵美を通して、感化されたということか……)

 思いの連鎖を目の当たりにした緋寒。思えば当初緑祁と会った時は状況のせいもあってちょっと空気が悪かった。でもその後……彼が監視対象から外れた後は、彼のことを案じた。既に影響されていたのだが、それに中々気づけなかったのだ。

(不思議じゃ。緑祁という人を中心に、輪が広がっているように思える……)

 緑祁がいて、その側に香恵がいる。そして紫電というライバルがいて、絵美、刹那、骸、雛臥といった知人もいる。その輪はさらにこれからも広がって、大きくなっていくだろう。緑祁自身はそこまで影響力のある人とは思えない。でも覚悟や心の強さは本物で、みんな魅了されているのだろう。

(なるほどな。だから、思いが伝わるんじゃ)

 彼自身の大きさは関係ないのだ。肝心なのは、彼という存在。確かな成果を積み上げ、それでいて時には優しく時には厳しく、メリハリがついている。だからみんなその姿に憧れる。
 周りの人の態度も良い助けとなっている。香恵は緑祁のことを支え、紫電は良いライバルである。絵美や刹那たちも、彼のことを見習いたいという意思がある。ちょうど【神代】も代表が富嶽であり温和なムードも手伝って、緑祁の生み出した影響が波紋のように広がっていくのだ。

(これが、富嶽の時代か。貴重な経験じゃ、この時代に生まれて良かったと思える……!)
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