第1話 外れた理性 その1

文字数 5,484文字

 天秤(てんびん)神社(じんじゃ)は京都にある。この神社は心霊研究家の平等院覇戒が本拠地としている場所だ。交通の便があまりよろしくなく、タクシーで移動する。

「やっと着いたか!」

 姉谷(あねたに)病射(びょうい)は料金を運転手に支払うと、車外に出た。神社の入り口の手前で降ろしてもらえた。八月の日差しは熱く、すぐに喉が水を欲するほどだ。

「ほほー。噂通りに左右対称か」

 天秤の名に恥じず、建物は装飾から塀に至るまでシンメトリーを貫いている。
 呼び鈴の類がないので勝手に門をくぐった。そして境内に進むと、

「おや! 来てくれたか!」
「そういう仕事でしょ? すっぽかせるわけがねーッスよ」

 ツーブロックな髪型は、この神社では目立つ。だが彼自身は結構真面目な性格だ。

「客間に案内しますので、ついて来てくだされ」
「わかった」

 修行僧に先導され、客間に入る。ビジネスホテル一室分くらいの広さだ。荷物を置くと、

「打ち合わせは午後七時からなので、それまではご自由に。夕飯はここで食べますか?」
「何時なんスか?」
「六時です。今日のメニューは寿司。デザートはイチゴケーキ」
「食べる!」

 この神社の夕食に混ぜてもらうことになった病射。その時間まで、ここでくつろぐことに。テレビがあるが、先に資料を広げる。前もって家でプリントしておいたものだ。

「霊障に関する研究、その手伝い……」

 覇戒の研究分野は、霊障である。そして彼はその道ではかなり有名かつ重要人物だ。何せ霊障合体の概念を発見し、確立したのだから。
 しかし、まだ覇戒の探求心は満たされていない。

「まだ何か、解明されていないことがあるはずだ。それを見つけ出す! そのためにも、霊能力者の協力が必要不可欠なのだ」

 夕食の場には、病射以外にも依頼を受けた霊能力者がいた。

「おっと、そこアタシの席だよ?」
「そう? じゃあ隣に座っても?」

 彼の隣にいるのは、十神(とがみ)魔綾(まあや)。天秤神社での実験に参加するためにわざわざ、横浜から出向いてきた。軽く自己紹介した後、話をする。

「【神代】が認知している霊障っていくつあるか知ってる?」
「十六種類だったはず。おれは、その内三つ使える」
「わあすごい」

 彼女が驚いたのには理由がある。それは、

「アタシは一つも使えないんだ」
「ああ、良く聞く話ッスね。霊能力者の中でも操れる人とそうではない人がいる。割合としては半々くらいだっけ?」
「でも苦労はしてないよ。【神代】が仕事の内容を吟味してくれているから!」
「純粋に疑問なんスけど、霊障が使えないのに何で呼ばれた?」
「さあね。でも条件が、霊障が使えないこと、だったから。こんなにおいしい話、他にはないわよ!」
「……なら実験の内容は?」
「新しい霊障の開発でしょう?」
「あれ? 違う……」

 どうやら魔綾と病射では、関わる実験の内容が異なるらしい。

「そうなの? だとすると、あちらの人たちもアタシや君とはあまり関係ないかもね」

 魔綾が視線を向けた先には、四人組がいる。

「柚好、俺のケーキを食べな?」
「何、抜け駆けかお前!」
「許せぬ!」
「心配しないでくださいよ。みんなの気持ちは私、受け取りましたから!」

 山繭柚好は自分に差し出されたケーキの皿を、持ち主に返した。

「まあ、柚好が言うんなら…」

 返品されたケーキを受け取る鎌賢治。しかし黛一は、

「僕、生クリーム苦手なんだ。食べてよ、柚好」

 そう言って、また皿を柚好に差し出す。すると隣にいた硯彦次郎がその皿のケーキをフォークで突き刺し、

「良かったな一? 俺、ケーキは大好物だぜ!」

 食べる。

「ああ、柚好のケーキが!」
「私のじゃありませんよ……」

 横から見ているだけで、かなり仲が良いとわかるチームだ。

「三月に霊能力者の大会あったじゃん? あれで結構な順位だったらしいよ、あのチーム」
「おれは年齢制限で出れなかったスけどね」

 来年の三月でやっと二十歳になる病射は、酒が飲めない。だから参戦できなかった。

「しかし、面白い名前だね? 姉谷……ビョウイ、だっけ?」
「病気を射る、と書くんだ。両親が薬剤師で、薬局を経営してるんスよ」
「すると、ここの方も良い?」

 頭を突いて言う魔綾に対し彼は、

「いや……。おれは生物系だし。父さんも母さんも昔はよく、もっと勉強しろ、薬剤師目指せ、って言ってたけど、小学生の時に理科で二十点取ったら、絶対に薬剤師にはなるな、って」
「あはは。そりゃあ才能なさそうだね。それじゃあ仕方ない」
「もっともおれは福井出身で幼い頃から恐竜とか好きでさ、古生物学者目指してるんスよ。それについては両親も応援してくれてて」
「古生物学! 恐竜! ロマン感じるね!」

 病射と魔綾はそんな感じで会話を膨らませながら、食事を口に運んだ。


 七時になった。この天秤神社に集められた霊能力者たちが、一か所に案内される。

「こんばんは、平等院覇戒さん!」

 覇戒は、今の【神代】の代表である、富嶽と幼馴染なのだ。だからかなり有名だし、地位も高い。彼の息子の慶刻も、その隣にいる。

「今日は私の実験への参加、及びここまで来てくれたことに感謝する!」

 まず覇戒と慶刻はお辞儀をした。

「では早速始める……のではなく、軽くガイダンスを行おう。おそらく君たちは、気になっていると思うんだ、目的が自分とは違う人がいることに」

 二人に騙すつもりはない。ただ研究家として、他の誰かに先を越されたくないから、必要最低限度の情報しか与えることができなかったのである。
 魔綾が参加する実験は、新しい霊障の開発である。

「今現在【神代】が認知している霊障は十六種類。鬼火、鉄砲水、旋風、木綿、機傀、毒厄、雪、乱舞、電霊放、応声虫、礫岩、慰療、薬束、蜃気楼、呪縛、霊魂だ。しかし、これで終わりではない。報告によれば【UON】という海外組織が、ガジェットなる霊障を開発しているらしいんだ。この分野で後れを取るわけにはいかない!」
「その、ガジェット? を再現するんですか?」
「それはかなり難しいだろうから、違う霊障を。今考えられるのは、ポルターガイスト現象とかか? 霊力で物を動かすことができれば、それは新しい霊障だ。他にもアイディアがあるなら、些細なことでもいいから是非提案してくれ!」
「了解しました」

 柚好、賢治、一、彦次郎たちは、他人と霊障を合わせることを行ってみる。

「霊障合体は個人の中で完結している場合のみ成立するが、他人と協力してもできるかもしれない! 特に君たちはチームごと呼んだんだ、期待している!」

 他人に、自分の霊力を分け与えることはできる。ならば霊障も混ぜ合わせることができるかもしれない。

「やれるところまで、やってみます!」
「頼んだぞ! 何故かこれについては【UON】から文句を言われているんだ……」

 そして病射に与えられた実験。それは、三つ以上の霊障で霊障合体を生み出すということだ。

「今現在、それに成功した人はいない。やってみた人もいるにはいるが、中々成功しないんだ。是非とも君に、やってみて欲しい!」
「了解っス」

 覇戒は、

「期間は一週間しかないし、失敗するかもしれない。でも、その時はそれでいいんだ。研究の材料になるからな」

 研究に込められている願いを語った。加えて、

「よく心霊研究家が犯罪を起こすせいで、【神代】からもちょっと白い目で見られ始めている……。犯罪のために研究してるのか、と前に訪れた巡礼者に言われてしまった……。ここは、印象を良くしたい! 是非貢献してくれ!」

 イメージの回復も目的であるらしい。
 三組に分かれて、実験を実施。方法自体は渡されたプリントに記載されているので、それに従ってやってみるだけだ。

「難しいな……」

 病射の霊障は、電霊放と毒厄と慰療。この三つを組み合わせるとなると、かなりの難題だ。何せ、合体させた結果が全く思いつかないのである。

「悩んでそうだな?」
「えっと……?」
「慶刻! 平等院慶刻だ。さっきのは俺の親父!」
「なるほど。じゃあ、一緒に霊障合体を確立した……んスよね?」
「ああ! でも俺は、雪と機傀だけしか使えない。親父もなんだ」
「そうなると、最初に使われた霊障合体は……霊氷止水なんスか?」
「そうだ」

 慶刻はとある紙を取り出した。それはエクセルで作ったらしく、表が書かれている。

「現在、霊障が十六種類あるわけで……組み合わせは御覧の通り百二十通りになって」
「わ、スゲー! これ、全部親子で考えたんスか?」
「ほとんどは俺が。でも一部はね、富嶽様に決めてもらっているんだ。例えば……この、空善(くうぜん)絶護(ぜつご)百架(ひゃっか)凌濫(りょうらん)は、富嶽が名付け親になってくれたんだ」

 その表の空白を埋めるために、相当苦労したのだろう。

「幸いにも俺の友人に、富嶽様の息子がいてな。ソイツ、霊障を全部使えるんだよ。だから霊障合体も一気に組み合わせてその性質を調べることができた! 名前は苦労したけど」
「その【神代】の跡継ぎは、今回の実験には参加してないっぽいスね。それらしい人物がいないし」

 富嶽の子供は、天秤神社にはいない。夏はよく、生まれ故郷である神蛾島に戻るらしい。

「また蚕の世話でもするんじゃないかな? それか糸繰り? ただのバカンスかも」

 雑談はこの程度にして、いよいよやってみる病射。

「毒厄と電霊放は、おれでも組み合わせられる」
「ああ、嫌害(けんがい)霹靂(へきれき)だろう?」
「そこに、慰療が追加される……? んん、どんな感じになるんスかね?」
「毒厄と慰療で、魔酔(ますい)だ。あの、感覚を麻痺させてから痛みを感じさせずに傷を治せるヤツ。それに電霊放が加わると考えてみてもいいかもしれない」

 考えれば考えるほど、ドツボにはまってしまう。結果、病射も慶刻も中々答えを見い出せない。

(こんなに苦労するのか、研究って……)

 まだ大学二年の春学期までしか経験したことがない病射にとっては、かなりの衝撃だった。彼が目指している古生物学者もきっと、苦難の連続だろう。

「ま、ゆっくりやってくれ。俺も親父も、別に急いではないんだ」
「はい……」

 慶刻は他の人の方にも行く。

「魔綾、調子はどうだ?」
「う~ん。それが……」

 魔綾の方もあまり進展がない。

「物を動かすのって、念動力? それじゃあ、超能力者じゃないと無理なんじゃ……」
「いいや! ポルターガイスト現象はエスパーじゃないはずだ! 幽霊ができるのなら、霊能力者にだって出来るはず!」

 そのアイディアを考え出すのが、この実験の目的でもある。

「そうね……。念じて動かすんじゃなくて、物に仮の魂を与えるって言うのはどう?」
「なるほど! 魂を与えることで、受動的に動かすのではなく、自発的に動ける状態にするのか! それはいい考えかもしれない!」

 ただし、実際にできるかどうかは別問題だ。

「霊魂を使えばいいかね? あれは霊障が使えるかどうかは関係ないし」
「でもそれだと、霊魂の延長……霊障発展・荒魂になるぞ?」
「なら、やっぱり違う、わね……。何か別の方法を探索しないと」

 いい線をいってそうだったが、それでもまだ実現できそうにないのだ。

「名前だけは、決めてるんだけどさ。浮幽(ふゆう)、って」
「完成してないのに名前だけはあるんだね…」

 魔綾は、【UON】が開発したガジェットの方が手っ取り早いかもしれないと慶刻に提案。

「それも一理、あるかもな」

 ここで、賢治のチームを呼んでおいて本当に良かったと彼は思う。

(確か、ガジェットと遭遇したのは小岩井紫電と稲屋雪女の他にも二人いた! それが賢治と柚好だ! 二人からガジェットについて、聞いてみよう!)

 四人組の方に向かってみる。

「あ……?」

 その四人の内、男子三人は何故か座っている。そして柚好は何故か踊っている。

「どうです? 新しい振りつけ考えました!」
「最高だぞ、柚好! うおおおおおおお!」

 まるでアイドルを囲うファンのようだ。

「何やってんだお前らああああああ!」
「げげー! バレた!」

 真面目に実験をさせる。ついでに賢治か柚好を呼ぶのだが、

(柚好がいると進まない気がするな…)

 そう判断した慶刻は柚好の方を選んだ。

「ちょっと、こっち来てくれ」
「わかりました!」
「あ、おい! 抜け駆けする気かお前!」
「権力反対!」

 彼女は素直に応じてくれたのだが、一と彦次郎が即座に反対。

「んなわけあるか! ガジェットについて聞くんだよ!」

 三人から離れて、その話を聞く。距離的には、病射に近い場所だ。

「できれば詳細に! 思い出せる範囲でもいい! ガジェットについて、詳しく聞きたい!」
「そうですね、どこから話せばいいのやら……」

 柚好は頑張って思い出し、話す。

「端的に言うと、歯車を生み出して霊障を中継させるんです」
「歯車? それがガジェットと呼ばれる所以か……。でもそれだと、機傀なのでは?」
「いいえ。歯車を十数個くらい同時に操って、霊障を使うんですよ」
「ん? どういうことだ?」

 彼女も見て応戦しただけで、全てを把握しているわけではない。柚好の主観がどうしても説明に入り込んでしまう。

「……つまり! 歯車を生み出す。その歯車が、霊障を使う! 一度に何個でも生み出せて、複数の霊障を発現させることができる、ということか!」
「それです!」

 かなり頑張って咀嚼した慶刻。気づけは一時間経っていた。

「ふ、ふう! ちょっと休もう! みんな、実験期間中はこの天秤神社に寝泊まりしてくれ。朝昼晩の飯はあるし、ここは温泉も湧き出ている。何も今夜中に成果を出す必要はないから。自分の体調と霊障と相談して、ゆっくりと! な?」
「わかった!」

 この最初の夜は、みんな何の成果も結果も得られなかった。
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