第6話 侵犯の青い汚染 その1
文字数 3,144文字
連絡を受けた向日葵と冥佳は、かなり緊張感を持って慰霊碑の守備に回った。
「敵が破壊をやはり目論んでいるわ」
房総半島の『月見の会』の慰霊碑は、明治時代に建てられた。しかし『月見の会』が生きていることがわかったので、もう一つ建てることにもなった。ただ、依頼された建築家が雰囲気を嫌ったためか、実際に集落があった場所から一キロほど離れた場所に設置されている。
「ねえ一つ疑問なんだけど」
と冥佳が言い出す。
「なあに?」
「なんかさ、おかしくない?」
どこが、と向日葵に聞かれて、
「迷霊を使っているところよ!」
「でも辻神たちは迷霊を操って……ん?」
いいや違うのだ。緑祁の言葉が正しければ、
「迷霊には逃げられた。そうじゃないの?」
「つまり冥佳、こう言いたいの?」
迷霊に逃げられるような人物が、今度は正確に迷霊を操った、と。
「不思議じゃない気もするわ。でもそれ、かなり近い期間の話よ? そんなレベルアップできるような時間は彼らにはなかったはず。それに三人は霊障が使えるんだし、いちいち迷霊に出撃させるのは、何か二度手間って感じ……」
確かにそうだ。最初こそ幽霊の手を借りようとしたのはわかる。だがそれに失敗したのに、また同じことを普通は企むだろうか? それに慰霊碑を壊したいなら、霊障でさっさとやってしまえばいいのである。その方が確実。
「まあでも防衛するには変わりはないんだけど……」
だからこの日も、慰霊碑を見張る。
するとそこに、一体の幽霊が現れた。
「で、出た!」
やはり迷霊だ。
「フン! バカにしてるわね……? こっちは二人。でも向日葵がいるのよ!」
勇ましかった迷霊の表情が、困惑に変わる。まるで大勢の霊能力者を相手しているようだ。
(蜃気楼! 幻覚を生み出して人数を誤魔化した! 今アナタには、五十人くらい見えているよ。アナタを十分に祓える人が、それぐらい!)
隙を突いて礫岩で攻撃する冥佳。地面から飛び出した岩すらも蜃気楼で姿を認識できないようにしてある。
「ウッグヤアアア!」
何もない空間から突然体を攻撃された迷霊は叫んだ。
「よし! このまま一気に……」
だが今の一撃、迷霊を怒らせるのも十分だった。怒り狂った迷霊はなんと、手あたり次第に雑な攻撃を始めたのだ。
(面倒なことを!)
いくら姿を蜃気楼で誤魔化しているとはいえ、存在までは偽れない。暴れ出した迷霊を何とか止める必要に迫られた。
「礫岩ならできるわ!」
しかしここは冥佳、礫岩を使い岩の壁を繰り出した。それに迷霊は衝突し、崩されてしまうのだが向こうにもダメージがあったようだ。
「もう時間はかけない! 一気に終わらせるわよ、向日葵!」
「わかった!」
幽霊を破壊することで終わらせることもできるが、その間に再度暴れ出した際のリスクを二人は考えた。
(強制的に除霊してしまおう!)
塩と札を取り出し怯んでいる迷霊にそれらを投げつける。
「ゲゲアッ!」
激しい痛みが走ったかのように、塩と札に反応した。それを体から剥がそうと爪を立てるが、
「もう遅い!」
二人の読経がそれを邪魔する。
「ウグアウウアアア……」
迷霊が天に召され、その姿が消えた。
「ふう、何とかなったね」
ため息を溢す向日葵だったが、実はまだ安心はできない。
「迷霊は独りでに発生する幽霊ではないわ! 誰かが作らないとこの世に生まれない霊! だからコイツも誰かが生んでここに寄越した! ソイツを捕まえる!」
そのため、向日葵に守備を任せて冥佳は走った。
(人間の気配を感じれば……。人である以上、絶対に地に足を着けないといけない!)
地面に手を置き、生き物の魂を感じ取る。
「何ですって?」
驚いて思わず声が出た。
周囲に怪しい人物は誰もいないのだ。
「どういうことよ? そんなのおかしいじゃないの!」
そう叫ぶのも無理はない。
迷霊をここに差し向けた人物は、慰霊碑の破壊が目当てだったはずだ。それが達成できたかどうか、近くで見ているはずである。既に空蝉と琥珀の方を襲ったのだから、当然守備に就いている霊能力者がいて、迷霊が祓われて戻って来ない可能性だって察せているはずだ。
だが、この周辺に人は冥佳と向日葵しかいなのだ。
「不自然ね、これは」
慰霊碑の前に戻って来た冥佳は向日葵と話をした。
「本当に辻神たちの仕業? でも第三者がいるとも思えない……」
結局、謎のままだった。
山姫が緑祁に負けた日のことである。
「ふ、ふう……」
かなり遅い時間になってしまったが、彼女は地中移動を駆使して彭侯が待機している別荘に帰って来れた。
「怪我はしてないよネ……。焦って逃げて来ちゃったけど」
事実彼女は、肉体的には何も損傷していない。旋風に当たった時にそれに驚いて逃げ出してしまったのである。
コンコンと玄関をノックし、開ける。
「ただいま……」
彭侯は起きており、
「おお、山姫か! お帰り………でも、駄目だったみたいだな…」
返事は明るさ半分暗さ半分だ。無事に戻って来れたのは良いことなのだが、肝心の緑祁を捕まえることは叶わなかった。
「でも地下を逃げて来たから、ここは絶対バレてないヨ……」
「山姫、ゆっくり休め……」
精神的なダメージを見抜いた彼は山姫をベッドに連れて行き、横にさせた。
「許さんぞ、緑祁!」
怒りを感じるが、
「今は辻神の帰りを待とう。ね、彭侯?」
山姫がそう言うので彼はこの夜は、仕方なく黙った。
それから四日が過ぎた。でもまだ辻神は帰って来ない。
「……オレは行く」
しびれを切らした彭侯はその決意を固める。
「ええ、でも…」
「大丈夫だ。そもそも緑祁はオレの毒厄に手も足も出せてない。最初からオレが行けばそれで万事解決だったんだよ。アンタを傷つける結果だけは来ないはずだった!」
やはり怒りがぶり返している。その様子を見ていた山姫は、彼を止めようとはしなかった。
「気をつけて。緑祁は結構強いヨ?」
「心配はいらないぜ。ささっと毒厄を使ってここに連れてくる。それだけだ」
彭侯は別荘を出た。
その、三時間後のことである。
「ただいま」
何と辻神か別荘に帰って来たのだ。
「あ、お帰り…」
「おい山姫? 彭侯はどこだ? 散歩ってわけじゃないだろう?」
「それがね……」
事情を説明する山姫。彭侯は辻神と入れ替わるようにここを出て行ったのだ。
「アイツ……」
本来なら指示を守らなかった彭侯に怒号を飛ばしたいだろう。だが辻神はそんなことはしない。
「わかった。今すぐに私も行く。彭侯を連れ戻しに」
彼は、この別荘に山姫しかいないことを見て事情をある程度察したのだ。
(山姫は緑祁に負けてしまったらしい。そして彭侯が一人で出向いた。悪い状況ではないが、良くもない……)
もし彭侯が緑祁のことを捕獲できるならそれに越したことはない。しかし山姫が負けたことを考えると、どうしても悪い予感が頭を過ぎる。
「ところで辻神、例の品は手に入れたの?」
「ああ、大丈夫だ。時間はかかったが、何とか探し出せた」
それは彼のポケットの中に入っている。取り出した。布袋に包まれている石だ。
「この石の力を最大限に使うためにも、彭侯が【神代】に囚われるようなことはあってはならない」
辻神は、三人いなければ万が一の手段を使用できないと考えている。そしてその最終手段を選択肢に入れた。山姫が負けたからだ。
(本来緑祁は彭侯の毒厄で死んでいて不思議ではないはずだ。しかし、そうなっていない。もしかしたら緑祁は、私たちが想像するよりも上を行く霊能力者なのかもしれない……)
そう考えると増々、彭侯のことが心配になってくる。
「とにかく、山姫! おまえはここから動くな! 私が、いいや私たちが戻って来るまで一歩も出てはいけない!」
「わかっているヨ!」
「敵が破壊をやはり目論んでいるわ」
房総半島の『月見の会』の慰霊碑は、明治時代に建てられた。しかし『月見の会』が生きていることがわかったので、もう一つ建てることにもなった。ただ、依頼された建築家が雰囲気を嫌ったためか、実際に集落があった場所から一キロほど離れた場所に設置されている。
「ねえ一つ疑問なんだけど」
と冥佳が言い出す。
「なあに?」
「なんかさ、おかしくない?」
どこが、と向日葵に聞かれて、
「迷霊を使っているところよ!」
「でも辻神たちは迷霊を操って……ん?」
いいや違うのだ。緑祁の言葉が正しければ、
「迷霊には逃げられた。そうじゃないの?」
「つまり冥佳、こう言いたいの?」
迷霊に逃げられるような人物が、今度は正確に迷霊を操った、と。
「不思議じゃない気もするわ。でもそれ、かなり近い期間の話よ? そんなレベルアップできるような時間は彼らにはなかったはず。それに三人は霊障が使えるんだし、いちいち迷霊に出撃させるのは、何か二度手間って感じ……」
確かにそうだ。最初こそ幽霊の手を借りようとしたのはわかる。だがそれに失敗したのに、また同じことを普通は企むだろうか? それに慰霊碑を壊したいなら、霊障でさっさとやってしまえばいいのである。その方が確実。
「まあでも防衛するには変わりはないんだけど……」
だからこの日も、慰霊碑を見張る。
するとそこに、一体の幽霊が現れた。
「で、出た!」
やはり迷霊だ。
「フン! バカにしてるわね……? こっちは二人。でも向日葵がいるのよ!」
勇ましかった迷霊の表情が、困惑に変わる。まるで大勢の霊能力者を相手しているようだ。
(蜃気楼! 幻覚を生み出して人数を誤魔化した! 今アナタには、五十人くらい見えているよ。アナタを十分に祓える人が、それぐらい!)
隙を突いて礫岩で攻撃する冥佳。地面から飛び出した岩すらも蜃気楼で姿を認識できないようにしてある。
「ウッグヤアアア!」
何もない空間から突然体を攻撃された迷霊は叫んだ。
「よし! このまま一気に……」
だが今の一撃、迷霊を怒らせるのも十分だった。怒り狂った迷霊はなんと、手あたり次第に雑な攻撃を始めたのだ。
(面倒なことを!)
いくら姿を蜃気楼で誤魔化しているとはいえ、存在までは偽れない。暴れ出した迷霊を何とか止める必要に迫られた。
「礫岩ならできるわ!」
しかしここは冥佳、礫岩を使い岩の壁を繰り出した。それに迷霊は衝突し、崩されてしまうのだが向こうにもダメージがあったようだ。
「もう時間はかけない! 一気に終わらせるわよ、向日葵!」
「わかった!」
幽霊を破壊することで終わらせることもできるが、その間に再度暴れ出した際のリスクを二人は考えた。
(強制的に除霊してしまおう!)
塩と札を取り出し怯んでいる迷霊にそれらを投げつける。
「ゲゲアッ!」
激しい痛みが走ったかのように、塩と札に反応した。それを体から剥がそうと爪を立てるが、
「もう遅い!」
二人の読経がそれを邪魔する。
「ウグアウウアアア……」
迷霊が天に召され、その姿が消えた。
「ふう、何とかなったね」
ため息を溢す向日葵だったが、実はまだ安心はできない。
「迷霊は独りでに発生する幽霊ではないわ! 誰かが作らないとこの世に生まれない霊! だからコイツも誰かが生んでここに寄越した! ソイツを捕まえる!」
そのため、向日葵に守備を任せて冥佳は走った。
(人間の気配を感じれば……。人である以上、絶対に地に足を着けないといけない!)
地面に手を置き、生き物の魂を感じ取る。
「何ですって?」
驚いて思わず声が出た。
周囲に怪しい人物は誰もいないのだ。
「どういうことよ? そんなのおかしいじゃないの!」
そう叫ぶのも無理はない。
迷霊をここに差し向けた人物は、慰霊碑の破壊が目当てだったはずだ。それが達成できたかどうか、近くで見ているはずである。既に空蝉と琥珀の方を襲ったのだから、当然守備に就いている霊能力者がいて、迷霊が祓われて戻って来ない可能性だって察せているはずだ。
だが、この周辺に人は冥佳と向日葵しかいなのだ。
「不自然ね、これは」
慰霊碑の前に戻って来た冥佳は向日葵と話をした。
「本当に辻神たちの仕業? でも第三者がいるとも思えない……」
結局、謎のままだった。
山姫が緑祁に負けた日のことである。
「ふ、ふう……」
かなり遅い時間になってしまったが、彼女は地中移動を駆使して彭侯が待機している別荘に帰って来れた。
「怪我はしてないよネ……。焦って逃げて来ちゃったけど」
事実彼女は、肉体的には何も損傷していない。旋風に当たった時にそれに驚いて逃げ出してしまったのである。
コンコンと玄関をノックし、開ける。
「ただいま……」
彭侯は起きており、
「おお、山姫か! お帰り………でも、駄目だったみたいだな…」
返事は明るさ半分暗さ半分だ。無事に戻って来れたのは良いことなのだが、肝心の緑祁を捕まえることは叶わなかった。
「でも地下を逃げて来たから、ここは絶対バレてないヨ……」
「山姫、ゆっくり休め……」
精神的なダメージを見抜いた彼は山姫をベッドに連れて行き、横にさせた。
「許さんぞ、緑祁!」
怒りを感じるが、
「今は辻神の帰りを待とう。ね、彭侯?」
山姫がそう言うので彼はこの夜は、仕方なく黙った。
それから四日が過ぎた。でもまだ辻神は帰って来ない。
「……オレは行く」
しびれを切らした彭侯はその決意を固める。
「ええ、でも…」
「大丈夫だ。そもそも緑祁はオレの毒厄に手も足も出せてない。最初からオレが行けばそれで万事解決だったんだよ。アンタを傷つける結果だけは来ないはずだった!」
やはり怒りがぶり返している。その様子を見ていた山姫は、彼を止めようとはしなかった。
「気をつけて。緑祁は結構強いヨ?」
「心配はいらないぜ。ささっと毒厄を使ってここに連れてくる。それだけだ」
彭侯は別荘を出た。
その、三時間後のことである。
「ただいま」
何と辻神か別荘に帰って来たのだ。
「あ、お帰り…」
「おい山姫? 彭侯はどこだ? 散歩ってわけじゃないだろう?」
「それがね……」
事情を説明する山姫。彭侯は辻神と入れ替わるようにここを出て行ったのだ。
「アイツ……」
本来なら指示を守らなかった彭侯に怒号を飛ばしたいだろう。だが辻神はそんなことはしない。
「わかった。今すぐに私も行く。彭侯を連れ戻しに」
彼は、この別荘に山姫しかいないことを見て事情をある程度察したのだ。
(山姫は緑祁に負けてしまったらしい。そして彭侯が一人で出向いた。悪い状況ではないが、良くもない……)
もし彭侯が緑祁のことを捕獲できるならそれに越したことはない。しかし山姫が負けたことを考えると、どうしても悪い予感が頭を過ぎる。
「ところで辻神、例の品は手に入れたの?」
「ああ、大丈夫だ。時間はかかったが、何とか探し出せた」
それは彼のポケットの中に入っている。取り出した。布袋に包まれている石だ。
「この石の力を最大限に使うためにも、彭侯が【神代】に囚われるようなことはあってはならない」
辻神は、三人いなければ万が一の手段を使用できないと考えている。そしてその最終手段を選択肢に入れた。山姫が負けたからだ。
(本来緑祁は彭侯の毒厄で死んでいて不思議ではないはずだ。しかし、そうなっていない。もしかしたら緑祁は、私たちが想像するよりも上を行く霊能力者なのかもしれない……)
そう考えると増々、彭侯のことが心配になってくる。
「とにかく、山姫! おまえはここから動くな! 私が、いいや私たちが戻って来るまで一歩も出てはいけない!」
「わかっているヨ!」