第7話 本物と偽者の狭間 その2

文字数 2,886文字

 かなり早い段階だが、この戦いを見ていた紅華は、

「緋寒! 今すぐに緑祁のことを助けるべきじゃ!」

 判断した。今なら本物が殺される前に救出できる、と。だから動くべきだ、と。
 だが、

「待て! まだわからぬぞ……」
「何を言うか! もう勝負はついたも同然じゃ! どうしてか偽者の方が、実力がある。これでは……」

 その先を、緋寒は言わせなかった。

「黙っておれ! 信じるのじゃ! 本物に勝る偽者など、この世にもあの世にもいない、と!」

 根拠はない。ただ、本物が勝つことを信じたいだけだ。

「………」

 紅華は黙った。


「そっちは僕、僕はそっち。記憶も感情も身体も何もかも、同じさ」

 偽緑祁は本物を見下しながら喋り始めた。

「今、そっちが考えていることが手に取るようにわかるよ? 勝てないかも、って考え始めてるよね?」

(ううっ!)

 図星だ。黙っているのは認めているのと同じ。

「ではどうすればこの状況を覆せるか? 一生懸命考えている。そして、思いつけると自負しているよね? だって今までも、力で敵わない相手を発想と閃きで逆転してきたんだもの。となれば、僕がしようと思っていることもわかってるんじゃない?」

 何か思いつく前に勝負を決める。それが偽緑祁の狙い。

「くっ!」

 鬼火を撃ち込んだが、すぐに鉄砲水で消された。旋風を起こしても、より強い風が吹いて力が空気に溶けていく。

「無意味だよ! 僕が起こせる霊障は、僕が一番知っている! 死ぬのが数秒伸びるだけさ」

 片手を挙げ、それを中心に旋風が渦巻く。風でこの世から吹き飛ばしてやろうという算段らしい。時間が欲しい本物の緑祁は、

「そんなヘナチョコな旋風で僕を倒せるって?」

 余裕がないのに挑発を入れた。

「見え見えだね。少しでも時間を稼ごうって魂胆だろう? させないよ。今、僕の方が優勢……その内に一気に勝負を決めてやる!」

 が、効いていない。

(もう手段を選んでられない! 多少卑怯なことになっても仕方がない! どうにかしてこの最悪な状況を抜け出さないといけないんだ……!)

 霊障を用いて脱することができないのなら、他の手法を考える。

「に、偽者のそっちが、本当に僕になり切れるのかい?」

 それは、精神攻撃だった。本当に卑怯だと思うしそういう自覚が緑祁の中にあるのだが、口を動かしてできることはそれだけだ。藁にも縋る思いで、言葉に飛びついたのだ。

「言ってくれるね。でも大丈夫、心配ないんだよ。何から何までそっちと同じさ。それこそ、好きな食べ物から嫌いな音まで……」
「じゃあ、僕が何を嫌っているかも知ってるのかい?」
「ああ、もちろん」

 ならば、言ってみろ。緑祁が促すと偽者は、

「過去さ。故郷の人間は僕のことを疎んでいた。そのことを思い出すと無性にムカつくんだ。それだけじゃない。昔のことを掘り起こす人も行為も嫌いだ。だから石碑や史跡が、気に入らないんだよ? 違うかい? 違わないよね?」

 半分は正解だ。だが、もう半分は違う。

「不正解だよ」

 緑祁は言った。すると偽者は怒って、

「フン! 一々そっちの指図は受けないよ! もうこれで、三途の川の向こう岸まで吹き飛ばしてやる!」

 旋風を一気に成長させる。振り下ろせば、十分に命を奪える。

「間違ってるのに、答えを知りたくないのかい?」

 だが、腕の動きが止まった。

「何だよ?」

 偽緑祁が食いついたのだ。

「そんなことは思ってないはずだよ。僕は……」
「違う!」
「嘘を言うな!」
「逆にどうして否定するのさ?」
「そっちも僕ならわかるだろう? 過去はとても忌々しく鬱陶しいものだ。おまけに変えようがない、面倒なものだ。そんな過去のことを思うと腹が立つ! 早く忘れたいんだよ!」

 偽緑祁の言い分もわかる。緑祁は過去の出来事が原因で、故郷を去った。
 だが、偽緑祁は寄霊であって本物ではない。寄霊自体の性質が、コピーした緑祁の思想と絡み合った結果、本物とは異なる発想を抱いたのだ。

「違うよ。過去は忘れるものじゃない、乗り越えるものだ!」

 かつて過去のトラウマを香恵に語った時、言われた言葉を思い出した。

「乗り越える? ああ、そんな感じのこと言ってたね。それがどうかしたの?」
「過去を否定して回るようじゃ、香恵がどんな顔をするかわからないのかい? 見限られるだけだ!」

 このセリフに、偽緑祁は、

「何だと! うるさいぞ、このヤロウ!」

 顔が真っ赤になっている。

(怒った……!)

 頭に完全に血が上っている状態だ。

(その場合の僕の行動は、一つしかないんだ……!)

 戦闘の最中、それも相手が優勢であるこの状況で、偽緑祁に怒りが加えられることは、普通に考えれば最悪の出来事だ。怒りに任せた一撃は、普段以上の破壊力を生み出し得るからだ。

 でも、緑祁は違うとわかっている。
 偽緑祁は育てていた旋風をアッサリと捨て、もう片方の手も挙げて、大きな鬼火を作り始めた。

「うるさい口は塞ぐに越したことないよね。すぐに黙らせるから、耳障りな音は嫌いなんだ」

 声のトーンからは、あまり怒りを感じない。だが脳は沸騰しているはずだ。炎が周囲を昼間のように照らし出し、その熱を感じる。

「燃え尽きるといいよ、その腐った考えごと、ね」

 偽緑祁の鬼火はもう十分な大きさになった。しかし、

(これで、いい。ここからが勝敗を分けるんだ…)

 緑祁は焦らない。右手の先にとても小さな旋風を作り、それに薄くした鉄砲水を乗せる。カモフラージュのために一応、左手から鉄砲水を結構な量、放水した。

「もう消せる温度じゃないんだよ?」

 水は炎に飲み込まれ、瞬く間もなく蒸発。白い煙に変わった。その瞬間、緑祁はその煙の中に入り込んだ。

「それで隠れたつもりとは、お笑いだね」

 ついに大きな鬼火を解き放つ。

(いいや! 遅い……!)

 その火球が緑祁を燃やそうと迫りくる中、ブーメランの軌道のように緑祁の小さな旋風と鉄砲水が、偽緑祁の方に飛んだ。それに偽者は気づいてない。目は完全に本物に釘付けだ。

「あっ!」

 偽緑祁がその攻撃に気が付いた時、既に水がまるで刃物のように鋭く伸び広がって、そしてそれが首目掛けて飛んできていた。完全に反応速度の外だ。

「グブっ!」

 それは偽緑祁の喉元を容易く掻っ切った。切断された傷口から、おびただしい量の血が流れ出る。同時に偽者の体は、糸を断ち切られた人形のように力を失い、地面に落ちた。完全に動かなくなった体は、自然の風が吹くと塵と化して空気に溶けていく。それと一緒に、巨大な鬼火も本物の緑祁に当たる前に消え失せる。

「や、やった……? のかな?」

 自分の安全を確認すると緑祁は、起き上がる。そしてさっきまで偽者がいた場所に移動する。

「何も、感じない……」

 霊障の痕跡、霊紋がない。偽緑祁の存在はこの世から完全に消失したのだ。

「よくやった、緑祁!」

 パチパチと拍手をしながら緋寒が言った。

「結局、偽者は所詮紛い者でしかないのじゃな。真似たところで本物を越えることなどできぬ、というわけじゃ」

 そしてそれを証明してみせた本物の緑祁。自分に取り憑いた寄霊のことを、彼は祓ってみせたのだ。
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