第10話 故霊を止めろ その3

文字数 3,883文字

 がむしゃらに空を舞う故霊だが、偶然目的地の公園に近づいた。

「今だ!」

 緑祁は腕と足を放した。体は地面に向かって落ちる。

「ピシュワワシュウウワアアッ!」

 その緑祁のことを故霊は、大きな爪で握りつぶそうと迫った。

「まだ早い!」

 鉄砲水を撃ち出し、さらに自分の体を加速させて爪をかわす。今度は紫の光線が撃ち込まれた。それは旋風で自分の軌道を変えて避ける。

「ピュウウイイイイイッ!」

 二度も攻撃が当たらなかったことに腹を立てた故霊は、緑祁のことをついばもうと嘴を突き出した。

「それだ!」

 落ちながらではあるが、緑祁は手足を動かし自分の態勢を整え、旋風と鉄砲水で重力に逆らう。近づいて来る故霊の下嘴に逆にしがみついたのだ。

「ププリプルルラワアアアッ!」

 故霊は、やろうと思えば首を下に向け、かぎ爪で緑祁のことを切り裂くことができた。しかしそれは行わない。

(理由は一つだけだ。もう、地面が近いんだ。地面に打ち付ければ僕のことを殺せるとわかっているから、変に動ける機会を与えたくないんだ)

 もちろん緑祁は爪が迫ってくるなら、そっちに移動することを考えていた。だが、もう地上が近い。下を見ると、目と鼻の先だ。
 そして、香恵が指定した公園が下にある。

「プワアアアアアアオオオオオオオッ!」

 故霊も激突させることを選んだらしく、地面に向かって落ちる。

「よし、もう大丈夫だ!」

 故霊から離れ、着地に備えなければいけない。札をポケットから取り出すと、目の前にある故霊の首に押し付けた。札は即座に炎上するが、

「ポビュワアアッ!」

 ダメージは与えられる。その反動で緑祁は故霊から離れ、公園内の木の上に落ちる。

「いいっ!」

 言い表せられない痛みを感じているが、それは生きている何よりの証拠だ。

「ピュシュワアアアアアオオオオオオッ!」

 故霊の方はと言うと、公園に着地した。が、その時何かを足でプチンと押し潰した。

「ふ、ふうう……。香恵、香恵はどこにいるんだ…!」

 園内に視線を移すと、ちょうど香恵と目が合った。

「緑祁……。やったのね!」

 そう。彼らはやったのだ。
 この公園に、散霊を香恵は追い詰めていた。いくら彼女の腕が信頼できないほどであったとしても、札を使えば霊を誘導することは十分に可能だ。だから散霊をこの園内に誘い出し、結界を張って出られなくしたのだ。唯一の心配事は、散霊をどうやって探すかだったが、彼女は自分の手首をワザと切って血を流し、その臭いで誘い出したのである。あとは傷を自分の力で塞ぎ、緑祁の到着を待つだけだった。

「まさか、上から来るとは思っていなかったわ! でも、大丈夫よ」
「そう……なの?」

 いまいちその言葉に頷けないが、故霊を見ると意味を理解する。
 故霊はもがいている。故霊だけではない。この周辺にいる全ての霊が、苦しみだしているのだ。

「押し潰してしまったわ……。散霊、この霊界重合を引き起こしていた幽霊を!」

 散霊は故霊の力に敵わず、跳ね除けることができなかった。だから潰され、消えた。そして散霊が消えたことによって、霊界重合を保つ力の源も途絶える。後は簡単だ。この世とあの世が分離し、あの世にいた霊が現世から離される。それは故霊であっても例外ではない。

「ピュファルルオオンッ!」

 羽ばたいても無意味。光線を撃ち出そうにも、現世では放てるほど力が貯まらないのか、不発。

「消えていく………! 故霊が!」

 この表現はちょっと違う。正確には、あの世に強制的に戻されているのだ。
 まだ空は暗い。だがこの世ならざる不気味な雰囲気は完全に消え失せた。

「僕らの勝ちだよ、香恵!」

 木から降りて緑祁は言った。

「そうね。そうだわ」

 香恵も安心して頷いた。


 ちょうど霊界重合が終わった頃だ。絵美が要請した【神代】の霊能力者たちが青森駅に到着していた。彼らは香恵から事情を聞いた後、霊界重合の弾みで力を身に着けてしまった、浮遊霊の相手をするために、市内に散らばる。

「来てくれ!」

 その一部、十数人を緑祁は呼び止めた。その中には、援軍を呼んでくれた絵美と刹那、一人で奮闘した紫電の姿も。

「どうしたの、緑祁?」

 みんなが、この事件は終わったと思っていた。
 否、緑祁は百八十度違うことを考えている。

「まだ終わってないんだ。これで幕は閉じたと思ったけど、違うんだ」
「どういう意味?」

 思い返してみて、と言われ香恵はこの霊界重合のことを思い出す。特に変なことはなかったはずだ。

「この世とあの世が合わさった。そうしたら、死者の魂はこの世に留まることになるよね」
「当たり前じゃない……。あっ!」

 気づいたようだ。

「修練よ! 彼が」
「修練? でもソイツ、自殺しちまったんだろう? 霊界重合を起こすために、散霊を解き放った時に」

 紫電が言うと、

「違うわ。あの時確かに死んだように倒れた。でも、その時既に霊界重合は始まっていた。けれど、修練の霊魂は見てない……」

 それはつまり、彼はまだ生きていることを意味している。

「人探しなら任せな!」

 ここで紫電が名乗り出た。ダウジングロッドを持つ手の力を抜き、魂の鼓動を感じ取る。彼が先導して町中を進む。

「この先だ。角を右に曲がれば……」

 ロッドが開いた。【神代】の関係者は臨戦態勢を整え、住宅の影から身を乗り出す。
 いた。

「ほう? 私のことを見つけ出すとは、驚きだ。いやそれ以前に緑祁、お前が生きていることに衝撃を隠せない」

 修練は確かに生きている。目の前に立っている。

「死んだと見せかけたのが、多分思惑の一部なんだ。考えてみれば修練は、【神代】のお尋ね者。そんな彼がこの一件を乗り切って誰からも邪魔されずに今後を歩むとしたら、都合のいい方法は一つしかないよ」

 それが、死んだと思わせることである。ちょうど霊界重合を引き起こすために命を捧げたとなれば、【神代】も死んだと誤認するだろう。

「そうか! そのために屍亡者を操っていたのか!」

 紫電も閃いた。屍亡者をコントロールしていれば、自分の死体がなくなったとしても不思議じゃない。死んだことで制御できなくなった屍亡者が持って行った、と考えるのが自然になるから。
 だがその企みは、緑祁の気づきで破綻した。

「ふん、まあいいだろう。緑祁、今回はお前に勝利を譲ってやる」

 いくら修練でも、この数の霊能力者を相手するのは不可能に近い。だから彼は降参し、抵抗することもなく身柄を拘束される。
 事件の首謀者である修練がついに、【神代】に捕まった。これで彼が編み出したとされる、霊に襲われずに命令のみを下せる方法も明らかになるだろう。

「だがな、これで終わりだと思わないことだ。まだ始まったばかりなのだからな…」

 捨て台詞は意味ありげな言葉だった。

「どんなことが起きても、僕は解決してみせるよ。修練、全てをそっちの企み通りに進ませるわけにはいかないんだ!」

【神代】は修練に手錠をかけて霊柩車に押し込み、その身を近くの支部に連行した。彼がこれ以上何を計画しているかは、そこで白状させられることとなるだろう。

 事件は解決された。

「じゃあ、東京の方に戻るわよ、刹那?」
「いかにも。我らは命じられるがままにこの地に赴いたに過ぎぬ。その一件が終わったのなら、元の居場所に戻るべき。それが自然の流れである――」

 絵美と刹那の帰り際、緑祁は、

「ありがとう。二人が【神代】の応援を呼んでくれたんでしょう? それに霊界重合中に町に出て、一般人への被害を最小限に抑えてくれた。本当に、ありがとう!」

 何度も頭を下げる。

「もう、よして! 照れちゃうじゃないの!」

 恥ずかしがりながらも絵美の表情は喜びに満ちている。

「機会があれば、汝と再び交わることを我らは望む。神のみが知る、全人類の計画、これから歩むこととなる道筋。それは案外、近い未来であるかもしれない――」

 刹那も、再会できるならそれがいいと言ってくれた。二人はまずホテルに戻る。

「結局、修練のことはお前に取られちまったな、緑祁!」

 この雰囲気の中、一人だけ不満な顔をしている。それが紫電だ。彼も絵美らと同じで被害を少なくするために行動していた。それは【神代】内での評価の向上に貢献しており、決着こそつけられなかったが決して無駄ではないのだ。

「緑祁! いい気になるなよ? 数日の間は無理だがその内……いいやすぐにでもお前にまた挑戦状を叩きつけてやるからな!」
「うん。楽しみにしてるよ!」

 この時、緑祁の心の中にも紫電に対するライバル意識が芽生えていた。


 騒動解決後、緑祁は自分の家に戻ることに。バス停近くのコンビニのイートインで始発を香恵と一緒に待っている間、緑祁の方から切り出した。

「香恵はどうするの?」

 そう言えば、彼女がどこから来たのか、全然聞いていなかった。もちろん終結後はどこに行くつもりなのかも。

「そうね……迷ってるわ」

 その迷いとは、純粋である。

「せっかく本州最北端に来たのに、どこも見て回らずに帰るっていうのはつまらないことよね。しばらくは青森に残ろうかしら? その間、また緑祁の家にお邪魔することになっちゃうけど、いい?」
「も、もちろん…!」

 断る理由はない。緑祁は秒速で快諾する。

「ひとまず、家に戻ったら休みましょう。色々あったから、もう疲れてしまったわ。【神代】への正式な報告書も書かないといけないけど、その前に体を休めることが大事ね」

 疲労は緑祁も感じている。

「そうだね。僕も帰ったら寝るよ。事件は解決して終わったし、修練も捕まった。家に帰ったら、夕方ごろまで熟睡できそうだよ……」
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