導入 その1
文字数 3,851文字
「あと一時間! 船が出る前に酔い止めは飲んだか? 薬束で治してもいいが、その前にゲロを吐かない努力をしろ!」
三月中に四国での八十八か所霊場巡りを終わらせた神代閻治は、新学期が始まる直前に生まれ故郷に帰ろうとしていた。友人の平等院慶刻は、
「大丈夫。俺は酒以外では酔わない。そしてビールの持ち込みはなしだ! つまりは吐きようがない!」
自信満々だ。しかし一方で一緒に船に乗ることになった白鳳法積は不満そうに、
「俺もその旅路に付き合わないといけないのか……。到着まで、二十四時間程度って、移動だけで一日が潰れる長い船旅だ……」
縁もゆかりもない場所に行くことに面倒くささを感じていた。
「でも、霊能力者なら一度は行った方がいいか。金も稼げるし、うんうん、そう考えよう」
タダでもらえるパンフレットを開いた。そこには、
「ようこそ、神蛾 島 へ!」
と、【神代】の、二ホンザリガニがモチーフのシンボルマークと共に大きく書かれている。
そこは、【神代】の始まりの島だ。正確には、初代代表である神代詠山が生まれた場所。
島の歴史は少なくとも江戸時代には始まる。八丈島よりも本土から遠い場所だが、その分面積はそこの三倍近く広くしかも気候に恵まれ、一年中蚕を育てることができるのだ。だからここに流れ着いた人たちは、養蚕で良い質感の絹を作っていた。それが財源となり、島は潤った。
「蚕は神が送ってくれた蛾なのだ。だからこの島は、神蛾島と名付けよう」
誰かがそう言うと、反対されなかった。
蚕を育てるには、桑が必要だ。その桑も自生していたこともあって、島民は困らなかった。さらに島民のほとんどが霊能力者であり、その力を使って桑や蚕を育てたのだ。
ところで、この島は【神代】のルーツがある島なのである。いや正確には、苗字に「神」の字が使われている霊能力者は例外なく、この島に起源を持っている。だけれども不思議なことに、この島を最初に訪れた誰が【神代】を名乗ったのかは記録されていない。ただ一つ、江戸末期~明治初頭にかけて神代詠山という人物が数多くの霊能力者を率いて海を渡り本土へ向かったことだけはわかっている。
島の産業は養蚕が中心で、そこで得た金銭が当初の【神代】の有力な資金源だった。当時の日本は絹を輸出し儲けていたので、【神代】もその汁を啜っていた。
だが第二次世界大戦に突入すると話が変わってくる。特に重要な拠点が置かれてなかったために、敵軍が攻撃してくることはなかった。しかし絹が売れなくなったのだ。敵対しているアメリカは絹に変わる人工繊維を生み出し、この島の特産物は貿易で必要とされなくなった。これは神蛾島に対して、大打撃であったのだ。
戦後、多くの島民がこの島を去ろうとした。しかし占領軍の調査によって、この島の山に金が眠っていることが明らかとなる。
「やはり、神の島であったか」
霊能力者たちはこの予期せぬゴールドラッシュに盛った。元々が個人の所有する島だったので、【神代】はすぐに人員を動員し金の採掘に尽力することとなる。昭和の時代、【神代】の財源を支えたのは金となった。
そして今でもまだ養蚕と金の採掘は行われており、【神代】の懐を潤し続けている。最近は養蚕所と製糸場、金山、魚よりも甲殻類の方が多い水族館、そして年中温かい海と綺麗なビーチを売りにして観光にも力を注いでいるようだ。しかしどういうわけか、空港の建造の話は提出されたものの、不採用となった。
「しかし、閻治の生まれ故郷だろう? 実家ってどれぐらい大きんだ?」
【神代】の一族は、例外なくこの島で生まれている。妊娠がわかると島に戻り、神に祈りを捧げながら出産を待つのだ。生まれさえすれば、本土に戻る。だから慶刻は閻治と幼馴染ではあるが、出身地は別なのである。
「別に豪邸があるわけではないぞ?」
閻治は何度かこの島に戻ったことがある。だが詠山が暮らしたとされる家は現存しておらず、毎回違う民宿に泊まっている。
「ホテルじゃないのかよ? 【神代】の跡継ぎ様が?」
「観光ホテルはあるが……。ご利益がないであろう? それに民宿の方が味がある暮らしができるだろう? いちいち贅沢する必要はない!」
「知らん、そんなこと!」
乗り込んだフェリーは伊豆諸島の他の島にも寄るので、大勢の人々が船内にいる。
「最悪だ……」
法積はまた、愚痴をこぼした。でもこればっかりは仕方がない。案内されたのは窓側の特等室……ではなく、外の景色が見えないタコ部屋としか言いようがない二等和室。他の人たちと雑魚寝しろということだ。
「精神の鍛練になるぞ、これは! 我輩はいつもここで眠ってるが?」
「……。なあ、慶刻? 今からでも金払ってランクアップできない?」
「無茶言うな」
幸いにも壁側だったので、そこは法積が陣取る。その隣に慶刻、そして閻治。
(頼むから、早く到着してくれ!)
耳栓をすると法積は布団を広げ、さっさと寝てしまった。慶刻はゲーム機を立ち上げてプレイする。閻治は荷物を置いて一旦外に出た。
閻治は甲板に出た。このヒンデンブルク号はただひたすらに青い海のその先の、水平線を目指して進む。心地よい潮風が彼の全身を包んだ。
「海、か……」
泳げないわけではないのだが、閻治は海水浴だけはしたことがない。一家で禁じられているからだ。
「多くの人が散っていった海。魂を飲み込んだその青は、罪深き綺麗さを保っておる」
彼は目の前に広がる海に向けて合掌し頭を下げた。数多くの生命の始まりである海、そして数多くの人の命が奪われた海。感謝と弔いである。
「泳いだことがない?」
夕食の時間に、法積からそのことを聞かれる。
「どうして? カナヅチなわけじゃないだろう?」
「もちろんだ。我輩はクロールからバタフライまで泳げる。小学生の時にマスターしたからな。だが海にだけは入ったことがない」
理由は簡単だ。【神代】の一族は、海に入ると肌が大変なことになるのだ。
「まあ言ってしまえば、呪いである」
「体質的な問題じゃなくて?」
「閻治はね……。海によくいる生物が駄目なんだよ。アレルギーだったろ?」
「そうだ、慶刻」
甲殻類に触れると、肌がただれる。カニやエビはもちろん、陸地にいるダンゴムシやワラジムシも駄目だ。しかも甲殻類全てに対し体が異常に反応してしまうがために、フジツボやカメノテがいるであろう磯辺にも足を踏み入ることができない。
「それのどこが、呪いなんだよ?」
「こう言えばわかるか? 初代代表だった詠山は、エビやカニが大好物だった」
その詠山は、日本中の霊能力者を統括するという自分の野望のために大量の人を殺した。その殺された人たちの怨念なのか、詠山の息子である【神代】獄炎に、甲殻類のアレルギーが判明した。その呪いが遺伝子に結びついているのか、未だに子孫たちに発現している。
「まるで、好物を子に味あわせないと言わんばかりの仕打ち。これが呪いだ」
海の中には目で見にくい甲殻類の幼生が無数に存在し、それのせいで肌がただれてしまう。量が多過ぎるために対処しきれず、だから海に入ることは禁じられているのである。
「でもお前、じゃあその皿の上の物体は何だ?」
「これか? 見ればわかるであろう、エビフライだ」
「いやいや! 思いっきしアレルゲンじゃないか! 食べちゃ駄目だろうが! 死ぬぞ、最悪の場合!」
普通ならそうなのだが、
「体は拒んでも、舌が望んでおるのだ!」
体質が受け入れないとわかっていても、甲殻類は閻治……もとい【神代】の一族の大好物。彼はエビフライにかぶりついた。
「おおおい!」
しかし、閻治は苦しんだりもがいたりしない。体表に発疹も出なければ呼吸も粗くならず、咳き込みもしない。これは一体、どういうことなのだろうか。
「体にアレルギー反応やアナフィラキシーショックが起きれば、薬束を使って鎮める。物理的に傷ついているなら慰療で治してるんだよ。こうやって強引に閻治はエビ・カニ・シャコとかを食うんだ。海には入れないけど、食べる分には量的に大丈夫なんだってさ!」
「そうなのか……」
見ていると冷や冷やする食べ方だ。絶対に知人にはお勧めできない。
夕食を済ませた法積と慶刻は、フェリー内部にある劇場に足を運んだ。まだ就寝には早すぎるので、暇つぶしだ。
「映画を上映しているぞ。ちなみにインディージョーンズ一挙放送」
「しょうがない。それで我慢するか」
一方の閻治は、また甲板に出る。潮の匂いを感じたいのだ。
夜の海風は寒くて強い。ふと顔を上げると、夜空に星々が輝いている。
「星の輝きは誰かの命とも言う」
そう思うと、この星空には尊さを感じざるを得ない。もしかしたら霊怪戦争で亡くなった彼の祖父、神代標水もこの空のどこかで光っているのかもしれない。
「……ん? 何だ…?」
どうやらこの甲板にいるのは、閻治だけではないようだ。
誰かがいる。体系的に、少女だろう。それも自分よりも若い。黒ずくめの服装…というか喪服だ。彼女は振り向いて船内に戻ろうとした。その時に閻治は、彼女の顔を目にした。
(う、美しい……!)
一瞬だけ見えたその顔は、閻治がこれまでに出会ってきた誰のよりも整っていた。それこそ女優や芸能人では勝負にならないほどだ。先ほど感じていた星々の逞しさなどは頭から吹っ飛ぶ。閻治をして、心が熱くなってずっと見ていたい欲求に駆られたレベルである。
「………」
横を過ぎ去ったその少女の後を数分、彼はぼんやりと眺めていた。
三月中に四国での八十八か所霊場巡りを終わらせた神代閻治は、新学期が始まる直前に生まれ故郷に帰ろうとしていた。友人の平等院慶刻は、
「大丈夫。俺は酒以外では酔わない。そしてビールの持ち込みはなしだ! つまりは吐きようがない!」
自信満々だ。しかし一方で一緒に船に乗ることになった白鳳法積は不満そうに、
「俺もその旅路に付き合わないといけないのか……。到着まで、二十四時間程度って、移動だけで一日が潰れる長い船旅だ……」
縁もゆかりもない場所に行くことに面倒くささを感じていた。
「でも、霊能力者なら一度は行った方がいいか。金も稼げるし、うんうん、そう考えよう」
タダでもらえるパンフレットを開いた。そこには、
「ようこそ、
と、【神代】の、二ホンザリガニがモチーフのシンボルマークと共に大きく書かれている。
そこは、【神代】の始まりの島だ。正確には、初代代表である神代詠山が生まれた場所。
島の歴史は少なくとも江戸時代には始まる。八丈島よりも本土から遠い場所だが、その分面積はそこの三倍近く広くしかも気候に恵まれ、一年中蚕を育てることができるのだ。だからここに流れ着いた人たちは、養蚕で良い質感の絹を作っていた。それが財源となり、島は潤った。
「蚕は神が送ってくれた蛾なのだ。だからこの島は、神蛾島と名付けよう」
誰かがそう言うと、反対されなかった。
蚕を育てるには、桑が必要だ。その桑も自生していたこともあって、島民は困らなかった。さらに島民のほとんどが霊能力者であり、その力を使って桑や蚕を育てたのだ。
ところで、この島は【神代】のルーツがある島なのである。いや正確には、苗字に「神」の字が使われている霊能力者は例外なく、この島に起源を持っている。だけれども不思議なことに、この島を最初に訪れた誰が【神代】を名乗ったのかは記録されていない。ただ一つ、江戸末期~明治初頭にかけて神代詠山という人物が数多くの霊能力者を率いて海を渡り本土へ向かったことだけはわかっている。
島の産業は養蚕が中心で、そこで得た金銭が当初の【神代】の有力な資金源だった。当時の日本は絹を輸出し儲けていたので、【神代】もその汁を啜っていた。
だが第二次世界大戦に突入すると話が変わってくる。特に重要な拠点が置かれてなかったために、敵軍が攻撃してくることはなかった。しかし絹が売れなくなったのだ。敵対しているアメリカは絹に変わる人工繊維を生み出し、この島の特産物は貿易で必要とされなくなった。これは神蛾島に対して、大打撃であったのだ。
戦後、多くの島民がこの島を去ろうとした。しかし占領軍の調査によって、この島の山に金が眠っていることが明らかとなる。
「やはり、神の島であったか」
霊能力者たちはこの予期せぬゴールドラッシュに盛った。元々が個人の所有する島だったので、【神代】はすぐに人員を動員し金の採掘に尽力することとなる。昭和の時代、【神代】の財源を支えたのは金となった。
そして今でもまだ養蚕と金の採掘は行われており、【神代】の懐を潤し続けている。最近は養蚕所と製糸場、金山、魚よりも甲殻類の方が多い水族館、そして年中温かい海と綺麗なビーチを売りにして観光にも力を注いでいるようだ。しかしどういうわけか、空港の建造の話は提出されたものの、不採用となった。
「しかし、閻治の生まれ故郷だろう? 実家ってどれぐらい大きんだ?」
【神代】の一族は、例外なくこの島で生まれている。妊娠がわかると島に戻り、神に祈りを捧げながら出産を待つのだ。生まれさえすれば、本土に戻る。だから慶刻は閻治と幼馴染ではあるが、出身地は別なのである。
「別に豪邸があるわけではないぞ?」
閻治は何度かこの島に戻ったことがある。だが詠山が暮らしたとされる家は現存しておらず、毎回違う民宿に泊まっている。
「ホテルじゃないのかよ? 【神代】の跡継ぎ様が?」
「観光ホテルはあるが……。ご利益がないであろう? それに民宿の方が味がある暮らしができるだろう? いちいち贅沢する必要はない!」
「知らん、そんなこと!」
乗り込んだフェリーは伊豆諸島の他の島にも寄るので、大勢の人々が船内にいる。
「最悪だ……」
法積はまた、愚痴をこぼした。でもこればっかりは仕方がない。案内されたのは窓側の特等室……ではなく、外の景色が見えないタコ部屋としか言いようがない二等和室。他の人たちと雑魚寝しろということだ。
「精神の鍛練になるぞ、これは! 我輩はいつもここで眠ってるが?」
「……。なあ、慶刻? 今からでも金払ってランクアップできない?」
「無茶言うな」
幸いにも壁側だったので、そこは法積が陣取る。その隣に慶刻、そして閻治。
(頼むから、早く到着してくれ!)
耳栓をすると法積は布団を広げ、さっさと寝てしまった。慶刻はゲーム機を立ち上げてプレイする。閻治は荷物を置いて一旦外に出た。
閻治は甲板に出た。このヒンデンブルク号はただひたすらに青い海のその先の、水平線を目指して進む。心地よい潮風が彼の全身を包んだ。
「海、か……」
泳げないわけではないのだが、閻治は海水浴だけはしたことがない。一家で禁じられているからだ。
「多くの人が散っていった海。魂を飲み込んだその青は、罪深き綺麗さを保っておる」
彼は目の前に広がる海に向けて合掌し頭を下げた。数多くの生命の始まりである海、そして数多くの人の命が奪われた海。感謝と弔いである。
「泳いだことがない?」
夕食の時間に、法積からそのことを聞かれる。
「どうして? カナヅチなわけじゃないだろう?」
「もちろんだ。我輩はクロールからバタフライまで泳げる。小学生の時にマスターしたからな。だが海にだけは入ったことがない」
理由は簡単だ。【神代】の一族は、海に入ると肌が大変なことになるのだ。
「まあ言ってしまえば、呪いである」
「体質的な問題じゃなくて?」
「閻治はね……。海によくいる生物が駄目なんだよ。アレルギーだったろ?」
「そうだ、慶刻」
甲殻類に触れると、肌がただれる。カニやエビはもちろん、陸地にいるダンゴムシやワラジムシも駄目だ。しかも甲殻類全てに対し体が異常に反応してしまうがために、フジツボやカメノテがいるであろう磯辺にも足を踏み入ることができない。
「それのどこが、呪いなんだよ?」
「こう言えばわかるか? 初代代表だった詠山は、エビやカニが大好物だった」
その詠山は、日本中の霊能力者を統括するという自分の野望のために大量の人を殺した。その殺された人たちの怨念なのか、詠山の息子である【神代】獄炎に、甲殻類のアレルギーが判明した。その呪いが遺伝子に結びついているのか、未だに子孫たちに発現している。
「まるで、好物を子に味あわせないと言わんばかりの仕打ち。これが呪いだ」
海の中には目で見にくい甲殻類の幼生が無数に存在し、それのせいで肌がただれてしまう。量が多過ぎるために対処しきれず、だから海に入ることは禁じられているのである。
「でもお前、じゃあその皿の上の物体は何だ?」
「これか? 見ればわかるであろう、エビフライだ」
「いやいや! 思いっきしアレルゲンじゃないか! 食べちゃ駄目だろうが! 死ぬぞ、最悪の場合!」
普通ならそうなのだが、
「体は拒んでも、舌が望んでおるのだ!」
体質が受け入れないとわかっていても、甲殻類は閻治……もとい【神代】の一族の大好物。彼はエビフライにかぶりついた。
「おおおい!」
しかし、閻治は苦しんだりもがいたりしない。体表に発疹も出なければ呼吸も粗くならず、咳き込みもしない。これは一体、どういうことなのだろうか。
「体にアレルギー反応やアナフィラキシーショックが起きれば、薬束を使って鎮める。物理的に傷ついているなら慰療で治してるんだよ。こうやって強引に閻治はエビ・カニ・シャコとかを食うんだ。海には入れないけど、食べる分には量的に大丈夫なんだってさ!」
「そうなのか……」
見ていると冷や冷やする食べ方だ。絶対に知人にはお勧めできない。
夕食を済ませた法積と慶刻は、フェリー内部にある劇場に足を運んだ。まだ就寝には早すぎるので、暇つぶしだ。
「映画を上映しているぞ。ちなみにインディージョーンズ一挙放送」
「しょうがない。それで我慢するか」
一方の閻治は、また甲板に出る。潮の匂いを感じたいのだ。
夜の海風は寒くて強い。ふと顔を上げると、夜空に星々が輝いている。
「星の輝きは誰かの命とも言う」
そう思うと、この星空には尊さを感じざるを得ない。もしかしたら霊怪戦争で亡くなった彼の祖父、神代標水もこの空のどこかで光っているのかもしれない。
「……ん? 何だ…?」
どうやらこの甲板にいるのは、閻治だけではないようだ。
誰かがいる。体系的に、少女だろう。それも自分よりも若い。黒ずくめの服装…というか喪服だ。彼女は振り向いて船内に戻ろうとした。その時に閻治は、彼女の顔を目にした。
(う、美しい……!)
一瞬だけ見えたその顔は、閻治がこれまでに出会ってきた誰のよりも整っていた。それこそ女優や芸能人では勝負にならないほどだ。先ほど感じていた星々の逞しさなどは頭から吹っ飛ぶ。閻治をして、心が熱くなってずっと見ていたい欲求に駆られたレベルである。
「………」
横を過ぎ去ったその少女の後を数分、彼はぼんやりと眺めていた。