第3話 違和感の後味 その2

文字数 3,559文字

「粘るね、結構……」
「だが! ここで完全に除霊してしまうぞ! 朔那、おめーがやるか? それともおれか! どうする?」
「私に任せろ!」

 地面の上にいるなら、礫岩が刺さる。朔那は地中から尖った岩を飛び出させた。

「ギギギリリリギ!」

 あまりにも鋭かったので、怨成の体が真っ二つに切断できたほどだ。

「もう終わりだな。こんな状態じゃ、勝つことはできねーぜ! 悪いな朔那、トドメはおれがもらうぜ!」
「好きにしな。それでいいだろ、弥和?」
「うん。除霊が最優先だから……」
「よーし! 霊障が使えねー幽霊なんて珍しくはねーが……。使えたとしても、おれたちには、まあ勝てねーな!」

 最後の一撃は、嫌害霹靂にする。毒厄を含んだ電霊放なので、これで完全に除霊するのだ。

「あの世では大人しくしてるんだぞ……」

 病射が最後の一撃を撃ち出した。
 だがその時、彼らの予想を上回る出来事が起きた。
 怨成の目の前に、地面から岩が飛び出したのだ。その岩が彼の嫌害霹靂を遮ってしまったのである。

「何……! おい朔那、邪魔すんなよ」
「私は何もしてないぞ?」
「馬鹿な? あの幽霊は霊障は使えないはずだろ?」

 電霊放を完全に遮断した。これは明らかに礫岩である。
 しかも怨成の体に、クモやムカデが現れる。弥和が生み出したキリギリスたちをその牙で攻撃して排除した。次にバッタが出現し、体を縛る植物を食い千切った。

「使えている……! コイツ、霊障が使えるぞ!」
「どうなっているの? さっきまではそんな様子、なかったよ?」

 何か得体の知れない恐怖感が全身に走り、鳥肌が立った。

「だが、おれたちが有利なのには変わりはないんだ! もう一度! 霊障合体・嫌害霹靂!」

 動いて向きを変えて、嫌害霹靂を撃ち出す。だが怨成は体を腕で持ち上げると、飛んだ。旋風に乗って一気に動いたのだ。

「まさか! 逃げるつもりか!」
「いいや違う! こっちに来る! この野郎、撃ち落としてやる!」

 朔那と弥和に向かって動く怨成。それに対し朔那は豆鉄砲を撃ち、弥和は、

「霊障合体・銀蜻蜓(ぎんやんま)!」

 旋風と応声虫の合わせ技を使った。生み出した虫に、スピードを与えるのだ。ある種のトンボは最高で時速百キロは出せる。この霊障合体なら、トンボじゃなくてもピッチャーのストレート並みの速度を出せるようになる。今彼女が生み出したのはカブトムシとクワガタだ。もちろんこれらも超高速で飛翔し怨成にぶつかる。
 二人の抵抗はかなり怨成に効いた。木綿は怨成に絡みついたし、銀蜻蜓は当たるだけで体の一部を凹ませる。でもそれでも怨成はこちらに向かって来るのだ。

「そ、そんな……」
「弥和!」

 このままでは上から攻撃される。そう判断した朔那は思いっ切り、弥和の体を突き飛ばした。その反動で自分も動く。これで何とか強襲は避けれたが、その代償として体勢を崩してしまった。

「朔那、ありがとう…!」
「今はそれよりも! あの幽霊だ!」

 地面に落ちたはず。そこを狙いたいのだが、

「いないぞ? どうなっている?」

 落下した場所に姿がない。

「礫岩を使ったんじゃ……? だってあれなら、地面に潜れるよね……?」
「おい、冗談だろ! どこに隠れたんだ……!」

 足場が全て、危険地帯と化した。

「朔那、礫岩の地震であぶり出せ! 地中で揺れたら流石に隠れてはいられねーはずだぜ!」
「お、おう!」

 周辺の地面を揺らす。少し大きめの地震を起こした。

(出てきたところを撃ち抜いてやるぜ!)

 もちろん電子ノギスを構える病射。弥和も、

(もう一度、銀蜻蜓をけしかける! それで倒せるはず!)

 周囲をキョロキョロと見て確認する。
 一部の地面が盛り上がった。

「そこだ!」
「行って、お願い!」

 病射の嫌害霹靂、弥和の銀蜻蜓が宙を舞ってその盛り上がった地面から出た物に直撃した。
 しかしそれは、怨成本体ではなかった。

「む、虫……?」
「応声虫だ……」

 出てきたのは、応声虫で生み出されたであろう大量の虫たち。

(罠か!)

 はめられた。即座にそう思い知らされた。
 怨成は病射の足元から出現し、這い出ると同時に彼の足を爪で切り裂いた。

「ぐ、ぐあっ! こっちに来てやがったのか!」

 すぐに傷口を手で押さえ慰療を使い、塞ぐ。

「だがな! 姿を現したことは、ミスだぜ!」

 すかさず電子ノギスを怨成に向け、嫌害霹靂を発射。病射の電霊放は拡散タイプなので、多少狙いが粗くても当たりやすい。

「ギギギ……!」

 放たれた数十発の嫌害霹靂の内、五発命中した。

「今度こそ、終わりだ! 毒厄がてめーの体を蝕むぜ! そのまま黒ずんで腐って、消えちまえ!」

 腕を動かす怨成だったが、立ち上がれない。もう毒厄が回ってしまい、動くことすらできないのである。それでも霊障は使って、最後の悪足搔きをしてくる。応声虫で作ったスズメバチが羽ばたいた。

「虫には、虫を!」

 これに反応したのは、弥和。彼女も応声虫を用いてトンボを繰り出し、それらにスズメバチを狩らせる。

「今だよ、朔那! 最後の一撃を!」
「ああ、任せろ。最初からこうすれば良かったんだ!」

 最初から、朔那が霊障合体を使っていれば苦戦することはなかったかもしれない。

「霊障合体・大地讃頌!」

 下方向への土砂崩れが起き、怨成の体を周囲の草木や土ごと巻き込み飲み込んだ。朔那は手応えが無くなるまで、大地讃頌を続けた。時間にして十数秒である。

「消えた……!」

 ついに怨成を倒した。そう確信できる。事実朔那が大地讃頌を止めて数分待ったが、地面が割れない。つまり、怨成は土砂の中で消滅したということ。

「ふう、任務完了だ」

 辛くも勝利を掴み取った病射たち。怨成が貪っていた野良猫の死体を埋葬し、拝んでその場を去る。


「あの幽霊は何だったんだ?」

 だがここで疑問が湧く。
 最初、怨成は霊障を使ってこなかった。つまりそれは、霊障を起こす力すらない弱い幽霊であると言える。

「でも途中から、急に! 使い始めたんだよな……」

 朔那が言うように、戦闘の途中から怨成は霊障を使い出したのだ。

「おれたちに苦戦したから、使い始めた?」
「いやいや、最初から使えるのなら使うだろ! 普通に考えて、お前が最初に電霊放を撃ち込んだんだし、私たちが使えることは向こうもわかっていたはずだ」

 だとしたら増々、疑問が残る。

「わからない……。【神代】では前例とか、あるのかな?」

 弥和はタブレット端末を操作し【神代】のデータベースの文献を漁ったり幽霊の種類を調べたりしてみた。だがどうもヒットしない。

「一応、報告はしておこうぜ。ちゃんと倒したんだから」
「そうだな。私が辻神に電話する。一旦ネットカフェにでも行って、報告書はそこで作ろう」

 大地讃頌で地中の中に葬ってしまった都合上、怨成を掘り起こして調べることは不可能だ。だから三人はこの場を後にして、【神代】への報告を優先させた。

「しっかしよー。絶対に突っ込まれるぜ? 【神代】にも重之助さんにも、辻神にもよー。どうやって説明するんだ?」
「うーむ。私たちは起きたことを正確に伝えよう。それしかできないんだから」

 勝利こそしたものの、後味は良くなかった。咀嚼できない違和感だけが残されていた。


「………ギギギ、ギリギリリ」

 朔那の礫岩によって切断された、怨成の下半身。それが草むらの影で動く。失った自分の上半身を再構成し始めた。これは慰療である。

「ギギリ」

 怨成は病射たちが睨んだ通り、最初は霊障を使えなかった。だが戦いの中で、相手が使用した霊障、というよりも霊障という概念を理解し、再現してみせたのだ。だから先ほどの戦闘で怨成が見せた霊障は、病射たちが使ったものと同じだった。そして今回はまだ、霊障合体を把握しておらずそれは使えなかった。

「リギリギ」

 しかし学習した。残された下半身は、上半身が行った戦いをしっかりと見ていた。
 元通りに戻るだけではなく、さらに大きく……成人男性くらいの大きさになる。もはや怨成とは違う幽霊だ。一ランク上の、呪黙(じゅもく)と言うべきか。
 呪黙はこの河川敷から川に入り、そのまま流れに乗って海まで行く。こうすれば、陸の方を移動する病射たちと鉢合わせることはない。

「ラギガルラ、ガララゴ」

 先ほどの三人に復讐したい気持ちがある。だがそれよりも新たに得た霊障を存分に使い、人間社会に報復をしたいと思い至る。適当に波に流されて泳ぎ、砂浜を見つけて上陸した。

「グルギロレガリ、ギリギギガガガ」

 手始めに狙うのは、病院だ。そこには幽霊が集まるし、何より産声を上げさせない……中絶を選んでしまう人がいる。
 呪黙の瞳は黒く不気味に燃えている。先ほどまでの強さではなくなっている。

 病射たちは、呪黙に成長のキッカケを与えてしまったのだ。しかもそれに気づけていなかったのである。
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